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2004年1月24日 (土)

[書評]ラテン語の楽しみ

ラテン語にはまっている。学生の頃のように参考書を読み、テープを聞き、問題集を解く。これはついぞない楽しみだ。以下、初学者であることを省みず自分の使っている参考書を披露したい。21世紀の教養人を自称するならラテン語の教養は不可欠だと見出した!


今をさること1992年に塩野七生の「ローマ人の物語」の第1巻が刊行された。この本の表紙にあった「res gestae populi romani」をきちんと読みたいというのが、私が最初にラテン語を読みたいと思うきっかけだった。この物語の広がりとともにラテン語を勉強したいという熱は上がっていった。カエサルの「来た、見た、勝った」も「vini , vidi , vici」とか判ると、「ああ、venirというフランスがあるから、そのもとで『来る』なんだな、vidiもvideoが一人称単数の『見る』という動詞でそのまま今のビデオの語源なんだな、viciはvictoryに繋がっているんだな」とか、創造するだけで楽しい。言葉がわかるということはその世界の成り立ちに触れるということであると思う。だからこそ今に繋がるラテン語を勉強することはそのままいまの社会を学習することなのだと思う。

確か、最初に読み始めたラテン語関連本だったにもかかわらずまだ読み終わらない!しかし、さすがに少々はラテン語の知識が入ってきたせいか、すこしづつ頭に入り始めた。ラテン語を習い始めて最初に気が付いた「車の名前ってみんなラテン語じゃん!」というのも、この本にかなり体系的に記述されていることも再発見したし、格変化の覚え方もかなり解りやすく整理されていることが最近わかった。
余談だが、例えば「イプサム=ipsum」というのは、そのまま「自分自身」という意味のラテン語。「ルーチェ」は、「光り輝く」。「ファミリア」は「家族」。カローラ、セルシオ、フィアット、などなど、ほんとうに車のネーミングってみんなラテン語!
この本を読んで、現代社会でどれだけラテン語が生きているか理解できた。いろいろな団体やら政体における言葉から、考え方、ヨーロッパ人共通の古典的教養の母体。現代で一般に使われている「拒否権」を意味する"veto"や、「上院議員」を意味する"senator"はそのままラテン語である。ラテン語は決して死語ではない。しかも、一般教養を深めながらラテン語文法の基礎も平易に解説してくれているありがたい一冊。

ン十年ぶりに、ノートに問題文を書き写した、文法の問題を解いた、和訳をした。文法書を読んでいるだけでは全然あたまに入らなかった名詞の変化や動詞の各のパターンが、問題をといていると自然にはいってきている。なぜかすごく楽しい。
オビにある「失われた時をもとめて、典雅なる知の遊戯を楽しんでみませんか、一生の愉楽です、退屈しているひまはありません。」という一文は、ほんとうにその通りだと実感している。
解答といっしょに別冊になっている単語集もものすごく貴重!これまらン十年ぶりに単語カードを買ってきて製作をはじめたところ。これは本当に「一生の愉楽」になりそう。

いまだに苦労しているというか、全然ものにならないラテン語であるが、このテープを聞いて耳から覚える習慣がつき、これまでとっつきにくかったラテン語の単語が自然に入り、入門書も通読できるようになった。車に乗るといつも聞いている。でも、さすがに運転しながらラテン語を聞いていると少々眠くなってしまうのがたまにきず。しかし、言葉は言葉である。いくら本で読むより耳で聞いたほうがはるかに頭にはいってくる。やはり、usus est magister optimus.(実践こそ最良の教師)と実感した。

■参照
・ウィキペディア 「ラテン語文法
ラテン語入門 by Taro Yamashitaさん (ラテン語ML、ROMで参加させていただいております。ありがとうございます。)

■追記 平成16年11月5日

気がつくと、いつのまにかmixiで「ラテン語が好き!」なんていうコミュニティーをやっていたりする。また、楽し。

■追記 平成19年2月14日

さすが!

書評 - ラテン語の世界 by Danさん

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