« [書評]ラテン語の楽しみ | トップページ | 行動と言葉 »

2004年1月25日 (日)

大脳とココログ

ココログとかがこれだけ受けるって、それが人間にとって自然な仕組みだからだと思う。

きっとすでにいろいろな人が描いているんだろうけどblogのリンクとか、トラックバックとか、きっと脳の構造体に似ているんだろうね。一定のまとまりのある節と節とが、意味のあるつながりをもっている。しかも、リンクを先へも元へもたどれる。ぼくらが記憶をたどるときとか、新しい発想が浮かぶときでもそうだ。Aとか、Bとかいう文字と文字がつながって、単語になり、単語がつながって文章ができていく。その新しいつながりが生まれるときに新しい発想ができるといってもきっと過言ではないんだろ。blogのつながり方とか、新しい集団的な意識、集団的な知識のあり方を示しているのかもしれない。

あるいは、ぼくが期待したいのでは、このつながりの中でなにかゲシュタルトのようなものが形成されて、人々の主張や生き方といった問題がより明示的に我々の前にあらわれることだ。

やっぱり、いろいろ議論があるんですね。以下、私がblogに関しておもしろいと感じさせていたただいたご意見。


blogメディアの社会性 by HSKI'sさん

04・01・12 blogで何がどう変わるのか? by 「またいらないモノ買っちゃったよ」さん

追記 なんか検索していたら、やたらなつかしいニュースグループへの投稿へのリンクが残っていたので、思わず関係ないけどここに記録しておく。いつまでこのキャッシュは存在しているのだろうか?

Re: News Group by E-mail

|

« [書評]ラテン語の楽しみ | トップページ | 行動と言葉 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 大脳とココログ:

« [書評]ラテン語の楽しみ | トップページ | 行動と言葉 »