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2004年3月31日 (水)

[書評]職業としての政治

職業としての政治 by マックス・ヴェーバー


そう、「職業としての政治」だ。これは本当にすばらしい本だ。たとえ政治へのかかわり方が、パートタイムであろうと、フルタイムであろうと、投票しかしない人であろうと集票マシーンといわれる人であろうと、この本に現代に至る政治の形がみな書いてあるように思う。ちなみに、本当に選挙を中心としる装置、マシーンという言葉がこの本の中にでてくるのだが、この言葉を一つのキーワードとして、なぜ自民党のような政党では、議員はたんに票を投じるだけの存在になるのか、なぜ幹事長というのがあんなにえらいのか、みなこの本の中で説明されている。本当に蒙を啓かれるとは、このことをいうのであろう。

この本は、マックス・ヴェーバーの最晩年の講義をまとめたものだという。1920年が没年であるので、死の1年前である。第1次世界大戦が終わったばかりのこの時期に、ここまで現代にいたるまでの政治の形について正確に分析し、人々のそれからの動きについて予見していたということは、筆舌に尽くしがたい価値があると思う。この本の、もう一つのすばらしさは、ヴェーバーのドイツの青年に向けてのことばである。青年達を育てようとする、ヒントを与えようとしている最後の節の言葉はほんとうに胸にしみる。

いくつか、気になった言葉を抜け書きしたい。ちなみに、テキストは岩波文庫版による。

*()内は、私の補足を示す。
*「...」は途中省略個所を示す。

p.9
国家とはある一定の領域で...正当な物理的暴力の行使の独占を...要求する人間共同体である、と。

p.14
どんな形態の政治的支配?伝統的支配、合法的支配、カリスマ的支配

p.22
人が経済的な意味政治でのために生きることができるためには...ずばり言えば、恒産があるか、でなければ私生活の面で十分な収入の得られるような地位にあるか...

p.23
労働者だけでなく...企業かも、そして近代的な大企業家の場合はとくに、この意味での余裕がない。

p.28
アメリカ合衆国では、猟官政治家による素人行政によって、...数十万の官吏が大統領選挙の如何で替えられてしまい...

p.25?
「職業政治家」は、...その第一は聖職者で、...第二は...文人である。...第三の階層は、宮廷貴族である。..第四の範疇は、...「貴紳」(ジェントリー)...第五の階層は...法律家である。

p.39
そして、事件を利害関係者に有利なように処理することこそ、まさにヴェテラン弁護士の腕というものである。

p.41
政治指導者、したがって国政指導者の名誉は、自分の行為の責任を自分一人で負うところにあり...

p.43
つまりジャーナリストは一種のアウトサイダーとして、...社会的に評価される。

p.48
権力者が定期的に選ばれるようになると、政治は必然的に利害関係者による運営という形をとる。


p.50
(イギリスの場合のように)大貴族、わけても国王は、選挙法改正まで多数の選挙区における官職任命権を握っていた。

p.51
(イギリスでつくられた政治)クラブの指導は臨時の仕事なので副業や名誉職としておこなわれ、クラブのない場合も...同じく副業や名誉職として行われていた。

p.53
(フランスの場合)代議士はそれぞれ官職任命権をもち、また一般に、自分の選挙区のあらゆる問題について各種の恩顧を施したが、...地方名望家との接触も忘れなかった。

p.54
もちろん実際に権力を握っているのは、経営の内部で継続的に仕事をしている者か、...政党政治の根っこのところを金銭や人事の面で抑えている人間たちである。...アングロサソン諸国ではこれを、「機械」(マシーン)などとうまい言葉で呼んでいる

p.58
(イギリスで)この党首とならぶ党組織の最も重要な職業政治家といえば「院内総務」である。

p.61
今日イギリスの国会議員は、2,3の閣僚(と若干の奇人)をのぞいて、一般に訓練の行き届いたイエス・マンにすぎなくなっている。...議員は投票だけして党を裏切らなければよい。

これからがクライマックスですが、ちと寝ます...続きはこちら...

■参照リンク
name by イノガミさん

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生木村剛さん!

mar31_2055.jpg

ミーハーなわたしはやっぱりきてしまいました。ぼけた写真ですが、入場のときの写真です。



ええと、いま木村剛さんが来られたイベントの帰りです。ちょっと、全然ソーシャライズできなかった自分が恥ずかしかったです。いやあ、ほんとになにを話していいのかわからなかった。たぶん、みなさんブログをやられる方たちですが、すんごくまともな、普通な方たちでした。美しい女性が多かったのも感動ものです。

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2004年3月30日 (火)

[書評]「河野太郎の国会攻略本」 既に日本の40才以下の人口は半分を占めるんだぞ!

実は半分しかこの本、「河野太郎の国会攻略本」を読んでいない。それで書評を書いてしまっていいのか!と思うのだが、書いてしまう。あと残りの半分を今日の帰りの電車の中で読んでしまおうと思っていたのだが、同行していた若い友人に渡してしまった。その時の彼のセリフがよかった。

「国会攻略...ぼくあまり政治に感心がないんですよ。」
「まあ、そういわずに読んでみなよ。」
「やっぱり、日本ってもう成熟してしまっている国だと思うんですね。もう誰が政治家になっても日常の生活はかわらないところまできてしまっています。成熟の途上にある国だと政治はとても影響力をもつし、誰がリーダーになるかがとても重要なのでしょうけど。」
「...」
「でも、選挙は一回もかかしたことはないんですよ。」

いつわらざる感覚だと思う。ある意味、確かな論理なのだと思う。私も正直日本の政治が今の状態からどちからの方向に変ったときに、本当に日本がよい国に変身できるのかどうか結構疑問だ。それに、日本人のすごく正直な生活感覚って信頼していたりする。一般に禅的な精神の影響をうけたと考えられている武士道がまだその音の響きを国中に残しているのか、日本人は、自分の目の前にある課題や技術に対してとても真剣だし、対応が早く確実だと思う。(私には、それはとても誤解された禅なのではないかと思うのだが、それはまた別の話だ。)それでも、どうも一人一人の日本人はあまり幸せそうでない。電車に乗っていると、きっと自分もそうなのかもしれないが、疲れきった、飼いならされた目をした人をよく見る。

ここで、今の不況や、いままでの意味での道徳的、倫理的な価値観の崩壊を前に、「だから、日本は変らなくてはならない。だから、戦略的、論理的な思考を日本人は身に付けなければならない。」というのも、また問題が違うような気がする。そもそも、西欧的な思考自体がぐらついているし、アメリカの資本主義社会というのも、どこかうさんくさい。社会的にも本当に尊敬できるものなのか、ものすごく疑問だ。時々、アメリカは独裁主義国家なのではないかという疑問にかられるが、これもまた別の話題。

じゃあ、どうすればいいのか!というのが今現在の私の問題意識なのだと思う。なんとなくこのネットとかブログののりというのは、とても日本人に合っているような気がしてならない。これがもっともっと影響力をもつようになると日本は、変りそうな気もする。まだそんな程度である。また、距離と時間の喪失という問題にもつながるのだが、またまたこれは別の問題。

前置きがながくなったが、河野太郎さんの本はなかなかおもしろかった。「ああ、日本にもこんなに戦っている代議士がいるんだ!」というのが実感。多分、河野太郎さんと私とは年齢もあまり変らない。米国で行っていた大学も、私の大学のすぐそばだ。でも、今の立場は全然ちがう。いや、そんな問題じゃない。大切なことは、河野太郎さんは、政治に専門家としてとりくんでいて、私はここにすわってただキーボードを打っているにすぎないということだ。

だからといって、私が明日から代議士になれるというものではないし、それが社会のためになるというものでもない。ただ、ブログを書きながらひしひしと感じているのは、なにをしていても政治とは無関係でいられない。この国で生活しているからには、この国で父祖から伝統をひきつぎ、そして、子供を育てているからには、この国のあり方に積極的にかかわっていかなくてはならない。半分までだが、この本を、読んでつくづくそう感じた。

また、先日もどこかで書いたことの繰り返しだが、すでに40才以下の日本の人口は過半に達する。もう若いといっても誰にも遠慮する必要はない。これまでがこうだった、これはこう決まっている、これはこういう慣習だ、といわれて萎縮する必要などない。そりゃ、あんたがたの時代の常識だったかもしれないが、これからは常識といわれていることを、どうしても再構築する必要がある。あたりまえだ、こうでなければならない、ということを変えなければならない。それは、政治の場でも、商売の場でもいっしょだ。この本を読みながら、そんなことを感じた。ちょっと一冊(あ、半分か...)本を読んだからといってなれなれしいかもしれないが、河野太郎さんには、そんな40才以下の日本人の変革の尖兵であってほしい。したたかに、たくましく生きる40歳以下のモデルであってほしい。

<参照>
「政治への参加」
「 【Misc】政治家のWEBサイト 」 by nimさん

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[書評]バガー・ヴァンスの伝説 小説版

先日、この映画版についてコメントした。映画を見て本当に感動した。自分のもとめているなにかが語られているのだと感じた。しかし、映画とネットでちょこっと調べただけでは、どうも十分に理解できなかったので、翻訳本だが映画の原作を読んだ。

本書「バガー・ヴァンスの伝説」を読んでみて、これは映画と小説が全く別物であるという好例であることがわかった。以前、「ナインス・ゲート」を読んで、映画では物語の半分しか語られていなかったということを発見したときも驚愕したが、今回はそれ以上の驚きがあった。映画はどこまで行ってもゴルフの映画だが、小説の方は精神世界に深く分け入っている内容だった。

実は、小説版はもうそのまま「バガヴァット・ギータ」だったのだ。冒頭に引用されているとか、ネットで見かけてことを前回そのまま書いてしまったが、とんでもない。全体のストーリー構成から、名前までみんな「ギータ」だ。ウィル・スミス演じるバガー・ヴァンスという名前も多分バガヴァットのもじり、ギータの中でクリシュナが語りかけるアルジュナ王子から多分マット・デイモン演じるジュナの名前がきている。映画のセリフで"field"という言葉が、ゴルフコースのことだとして翻訳されていたが、これは「フィールド」という完全に独立の言葉として語られる、小説版のとても大事なキーワードだ。

ストーリーとしても、映画では最初と最後しか姿を見せないジャック・レモンの演じた老年時代のハーディが小説版では大活躍する部分がとてもいい。映画で語られた部分と語られなかった部分のつなぎ役であり、彼なしではそもそもこの物語が成立しない。

では、小説版では一体なにがメッセージとなっているのか?これはかなり難しい問いだ。多分、ギータは何を言おうとしているのかという問いに答えられなければならないのだろう。あくまで自分に残った言葉で語りたい。それは、人生で一番大切なのは、グリップであるということだ。本書を読んで、頭でなく、自分の手こそが考え、語り、行動するのだ、と感じた。

<参照>
「バガヴァッド・ギーター」 in インド哲学へのいざない
・映画版「バガー・ヴァンスの伝説」

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2004年3月29日 (月)

距離、時間、そして統治と戦争

■それは、小説から始った

「バガー・ヴァンスの伝説」の小説版を読んでいて、突然天恵天啓が降りてきた。世界を平和にするのは、愛だと...この瞬間、これまで本ブログで書いた記事が全部つながったように感じた。

頭が狂ったのかと思われるかもしれない。この前iEditKJ法のまねごとをしたのがわるかったのかもしれない。突然、全体像が見えた。どれぐらいのスピードで個体が移動できて、どれだけ離れた個体と個体が相互作用か情報伝達をもちうるかということが、個体と個体の関係を決定するということ一点において、いままでここで書いてきたことは、すべてつながると感じた。つまりは、個体と個体の単位時間あたりの距離が問題なのだ。離れた個体の間の移動手段と通信手段が問題なのだ。固体がどれだけの距離で別の個体と相互作用をもちうるかが問題なのだ。このいわば移動距離、通信距離、あるいは移動時間、通信時間、あるいは、移動速度、時間速度といったもので、単位とする個体と個体の対立関係を生み出すのか、同化を生み出すのかということが決定される。

まあ、検証してみると大した思いつきではないのかもしれない。以下、検証しながら表現として展開してみたい。

自分自身のためのポイントメモ
情報媒介としての生物
・接触できる生物数、生物種数とネットワークの深化
六次の隔たり生物の進化
言葉は時間を超える
単位時間当たりの移動距離が大きくなると、戦争の単位も大きくなる
愛とネットが地球を平和にする

■生命の距離と時間

まずは、単位を生物個体、時間を生物の歴史というかなり長い単位で考えてみよう。生物の歴史とは、生態学的なネットワークを複雑することなのだと思う。そもそも、最初の単細胞の生物は、周りの物質を取り入れたり排出するという単体の存在が前提であったはずだ。なぜなら、最初であるから、ほかに食い合いをすべき同様あるいは食物になる生物が存在しなかったからだ。それが、繁殖をつづけた時点では多少の食い合い、食物連鎖が生まれた。ここで、注目すべきなのは、最近の科学的知見によると、ミトコンドリア、染色体を持つ核、細胞質などは、もともと別の生物であったらしい。それが、ごく近くに存在するうちに食べあったり、ライバルであったりするより、一緒になったほうが得だと気付いた(進化した)細胞が生まれたのだという。食い合いから、共存への進化がうまれた。これはとても重要だと思う。いくら顕微鏡的な近さであってもあるていど離れた距離で存在しているときは、食べる=食べられる、死ぬ・排出する=取り込まれる、といったどちらかというと対抗的な関係から、個体と個体の距離が近づくことは同化することに変化した、と想像する。

生態学的なネットワークは、かなり単純な形で、一定の数の個体が近くに存在するということから始まった。すこしずつ、すこしづつ、数と種類を増やし、それでも全体としてバランスがとれるように進化した。バランスが取れなかった生態系は死滅したはずだ。生物が生まれたときから、たぶん常に相互作用はあり、生態は存在したのだ。この時の相互作用が行われる距離は、顕微鏡的ななんマイクロミリメートルというごく短い距離の中で起こったことだ。それが、海ではじまり、陸にあがり、一部は空へ、また別の一部は海へもどっていった。いずれにせよ、ながいながい時間をかけて単細胞生物から始まった生き物は、地球上に広がってこの地球全体をつつみこんだ。この生物のネットワーク化が地球を覆ったというのが、この10数億年の地球の生物の歴史だといっても間違いではない。

エコロジーというネットワークは、数を増やすだけでなく、常に複雑化すること、多様性を内包することで、安定を深めていった。これまで地球上の生物はほとんどの生物種が死に絶えてしまうという大絶滅を、何度も経験してきたという。しかし、今現実に生物が生き残っているという事実は、生物はそれらの大絶滅を乗り切ってきたことを証明する。ミトコンドリアの分析から、人間の先祖のただ一人のイブが予想されているが、同様に現在生きている単細胞生物からけもの、人間にいたる現在するすべての生物の共通の単細胞生物が存在したのかもしれない。いずれにせよ、それらの大絶滅を乗り切れたのは、多様化し、お互いを支え合うネットワークの網が二重、三重、いや無数にはられていたためだと想像する。一つの種しか存在しないよりも、2つ、3つと異なる種が一定のバランスのもと、地球上のさまざまな環境の中で存在しうるとすれば、どの方向に地球自体が変化したとしても生存の確率は高くなる。このとき、この生物ネットワークの一単位と一単位、ノードとノードの間では熾烈な食べあい、食べられあいがある。戦いがある。紛争がある。しかし、全体として見れば、一つの種は、他の種の存在を許容し、生かし合う。これも、生物種の距離の問題であろう。ある種の生物は、別の種類と同時に同じ場所で存在することはできない。距離が重要なのだ。しかも、日常の餌場からは隔絶した環境があって、種の多様性が保ちうるということは、誰でも想像できることであろう。言い換えれば、すみわけということだ。すみわけして、別の種になっていく、分かれていくにも、距離が必要だった。環境のきわというこえられない「距離」が生物の多様性の基本であろう。

■死滅と独占

もちろん、地球環境の変動が、たとえば火星のように、生物としての根本的な基準を越えてしまえば、絶滅するしかないのだろう。ただ、ネットワークが広がれば広がるほど、多様化すれば多様化するほど、個体と個体の関係が相互につながればつながるほど、生物ネットワークが許容できる環境変化の限度というものは広くなっていく。部分的な変異は、即全体に影響を与えるわけではなくなっていく。映画の「マトリックス」ではないが、ただ、このときにひとつの種が他の種を圧倒してしまうことは、ネットワークを弱体化させることになる。全人類がエージェント・スミスになってしまうことは、強いように見えて、すべてが共通の生存条件のもとで存在することになるので、一撃のもとで倒されてしまう危険性がある。人間があまりに地球の上で、繁殖しすぎている現在は、実はエージェント・スミスの世界なのだ。ひとりひとり違って、種が多様であることが大事なのだ。

いずれにせよ、ネットワークが多様化していくプロセスの中で、個体と個体が接触しうる距離はどんどん広がっていった。海に泳ぎ、地を駆け、空を飛び、多細胞生物となり、魚になり、地をはうものになり、獣になり、鳥になり、地球上を生物種のネットワークが覆っていった。これは、ますますネットワークの安定性が高くなることを意味する。部分的な変動が全体の変動に直結しないようになる。嵐が来て鳥という鳥すべてがたたきおとされても、獣は地にもぐり生き残れるかもしれない。砂漠化がひろがっても、海の魚はいきていけるかもしれない。それでも、すべてはつながっている。谷の中、海の底、空のどこかで、変動に耐え、個体と個体でネットワークを進化させ、食べあい、あるいは遺伝情報を交換して、生存していく。ウィルスでさえも、個体情報を伝播する役割をおっているのかもしれない。

アナロジーとして、現在ネットの上では、「6次の隔たり」というのがあるそうだ。これは、ネットの上では、大体6人くらいでだれとでも知り合いのチェーンが見つかるということだそうだ。しかし、顕微鏡的な距離でしか情報交換できない単細胞生物の場合は、「6次の隔たり」をへても、1mくらいしかすすまないかもしれない。多細胞生物では、鳥にいたって短い時間のうちに大陸をわたり、海を越えることが可能になった。地球を覆う「6次の隔たり」は、高度に通信・移動技術を発展させた人間独自の現象だといえよう。しかし、一方ウィルスなどの感染を媒介する鳥同士では、非常に限られた情報交換しかできない。現在のさまざまなウィルス等による伝染病のたぐいの背景には、多量の人間が長距離を頻繁に移動するようになったということがあることを忘れてはならない。

■人間の歴史 ~ はじめにことばありき ~

今度は、一気に視点を変えて、人間のネットワークについて考えてみよう。私は、人間が人間になった瞬間とは、言葉が生まれた時であると考える。言葉は時間を越えて、個体と個体をつなぐネットワークとなった。言葉は、文字となり個体と個体の接触は、同じ時代に存在していなくとも可能になった。ある個体が獲得した生存手段、闘争手段が、時代を超えて、いままでの遺伝という情報媒体よりも遙かに早いスピードで、伝えられるようになった。これは、人間という種に圧倒的な生存の上での強みになった。既述のように、生物史的にみれば、人間という種だけが突出して増えてしまっているというアンバランスは、生物種ネットワークからみれば、かなり深刻な問題なのかもしれない。しかし、言葉をもった人間は生物ネットワークとはまったく別な形での環境変化に対抗する力を得た。以後、生物ネットワークから離れ、安定した独自の生活圏を得た人間の、人間対人間の闘争としての戦争と、個体と個体をつなげるネットワークの力としての意思決定機関、つまりは統治活動、政治活動としての政治という行為に着目したい。

言葉を得た生物である人間の闘争の場は、その分化の初期において歴史的にかなり狭いエリアに限定されていた。多分、部族社会の時代においては、せいぜい歩いて移動できる程度の距離の部族と部族の間において、闘争を繰り返してきたに違いない。たぶん、当初は個体と個体で闘争がはじまり、有史以前ではせいぜい数人のグループとグループの間の争いだったのであろう。それが、移動手段と統治機関である政治活動、リーダーシップがうまれることによって、組織的な生産活動と戦闘行為が可能になり、大人数のグループ対大人数のグループへ、そして国対国の戦争へと進化していった。このとき注意したいのが、ある程度の共通の基盤がなければ戦争にはならないということだ。互いに対抗するだけのテクノロジーをもっているので、初めて集団戦になる。言葉が組織を作る上で重要な意味をもっていたということを理解するためには、言葉をもたない動物のグループには、せいぜいグループ単位の戦いはあっても、きちんと準備された戦争などが存在しえないということを想像してみるとわかりやすいだろう。言葉という通信手段が、政治という集団としての意思決定方式の形を整えたのだ。

■テクノロジーの進歩と距離、そして統治

我々の生活には、さまざまなテクノロジーの進歩が影響している。中でも、一番最も大きな影響を与えるテクノロジーというのは、移動手段の進歩と通信手段の進歩だとはいえまいか?それは、直接一個の個体の生活圏=活動の場の拡大を意味する。より大きな戦いの可能性を意味する。通信手段の進歩とは、より多くの人間に働きかけることを意味し、移動手段の進歩は、より遠くの相手と闘うことができると言うことを意味する。

この移動技術、通信技術の進化のインパクトということは、ヨーロッパにおける戦いの変化から考えてみるとわかりやすいかもしれない。ローマ帝国以前には、現代のヨーロッパのひとつの国のなかでの戦いしかなかった。せいぜい部族と部族の争いだ。ギリシアが都市国家間で戦い続けたこと、ローマが都市国家から長い時間をかけてイタリア半島を統一したことなど、多くの人間を統治し、軍隊組織化し、その軍隊に長い距離を移動させるすべが当時はまだなかった。この時代には、ごく地域を限定した戦いしかありえなかった。アレクサンダー大王という例外はあるかもしれないが、アレクサンダーの長征の背景には、戦車、車輪、そして統治技術というテクノロジーの進歩があったのではないかと考えている。この時代の文字の普及というのも一つの顕著なテクノロジーの進歩であったかもしれない。

移動速度と通信可能範囲により、統治可能な単位の距離と大きさが決定されていった。国家の誕生だ。ローマ帝国は、非常に組織化された国家が形成されていったよい例である。このローマ帝国の国家としての初期の戦争であるポエニ戦争は、移動手段である航海技術の進歩と地中海をまたにかけた通信、輸送手段の進化という交易ネットワークの整備が背景にあった。移動、通信手段が富を生むことが、カルタゴとローマの戦争を数字に渡り引き起こし、一方が完全に倒れるまで続いた。それでも、地中海が世界の海、おらが海(マーレ・ノストラ)だった。

カエサル時代までには、ローマの国内での道路整備、インフラ整備が進み、より遠くまで物資を輸送できるようになり、イタリア半島からはるかに離れた地域でもローマ帝国軍は戦争することが可能だった。いわば、社会的なインフラという移動、通信技術の進歩があった。これらのインフラによる移動距離革命ともいえる条件は、西ローマ帝国の崩壊とともに、基盤を失ってしまった。メンテナンスを行うものが誰もいなくなり、これ以後ルネサンスの時代まで、道路は十分に整備されず、移動と通信に関する新しい技術も開発されることはなかった。ルネサンス期にいたるまで中世の時代においては、哲学的、神学的、美術的な進歩はあっても、きわめて限定的な戦争しか行われず、また一方でローマ帝国をしのぐ大きな政治単位も生まれなかった。

十字軍の派遣というのもいい例かもしれない。中世の諸侯の力では、1000年近く前のイタリア半島から軽くパレスチナ、ヨルダンに到達して、その先まで版図に治めていたローマ帝国には、かなうべくもなかった。数次にわたった十字軍の遠征も、すべてが失敗に終わった。一時的なエルサレムの占領も、移動、通信手段がローマ時代よりなにひとつすぐれた通信、輸送、移動技術を持たないヨーロッパ人には、保つすべがなかった。中央集権的で絶大な権力を握るなペルシア人の王たちにかなわなかったのだ。

ルネサンスに入り、航海技術と竜骨をもつ船を建造する技術がすすみ、いままでとは桁の違う輸送力がうまれ、ヨーロッパ以外の地域での優位性を、ヨーロッパの国々が確保するにいたった。しかし、通信技術はローマ帝国の古代から進まず、航海によりもたされた富だけが先行し、通信手段が進化せず、相互の理解がうまれずヨーロッパを荒廃させる長く、大きな戦争の時代が続いた。ヨーロッパの王族同士の婚姻というのも、実は意思疎通のテクノロジーだったのかもしれない。統治者達が、血がつながっていて、同じ言葉をしゃべるのであれば、まだ意思の疎通は赤の他人よりはましであろう。

■近代、現代における主権の変質

しかし、国の富の蓄積と国内基盤整備が進むにつれて、封建的な、つまりはごくごく限定的な地域を治める諸侯の連合体としての国家から、中央集権を意味する絶対王政へと移行することができた。今回の観点からいえば、ルネサンス後の絶対王政の時代から、極端なことをいうと第一次、二次世界大戦前までごく実用レベルとしては、移動・通信手段に変化はなかった。したがって、武器の激烈な進歩があったにせよ、戦いは常にヨーロッパの中で行われた。植民地支配のための戦いは、テクノロジーが欧州とあまりに違ったため全面戦争にはなりえなかった。第二次世界大戦の後である現代においてまたヨーロッパ統合という政治革命が生じるのは、通信手段と交通手段が、航空機、無線、電話など劇的に進歩し、もはやヨーロッパの国々があまりに近い存在となり、ヨーロッパ内での戦いは意味をもたなくなり、ヨーロッパが統合されたからだと私は考える。じゃあ、東西の対立はどうなるのだという疑問がおこるが、東側国家が通信手段を統制できている間は国家単位での統治が可能であった。しかし、ファックス通信をはじめとする、国家の通信テクノロジーの遮断が及ばない通信手段をもつにいたり、東西の壁も崩壊した。

通信手段、移動手段のテクノロジーの進歩をひとつの主権、政治単位が統治できる大きさと比較して考ええてみおもしろいかもしれない。歩ける範囲の間の直接の話合いで意志決定される部族、馬で移動できる通信できる範囲の部族の連合体、組織的な通信手段をもった都市国家、機械力による移動通信手段による国家、そして、ありとあらゆるコミュニケーション、混血、交通網をベースとした現代国家と国家連合。2000年の間の歴史を、通信移動手段でとらえると、統治可能な、意思決定可能な距離が、統治単位の大きさを決定し、移動手段の進歩が戦争の範囲を大きくしたと、理解することが可能だ。

■ネットの出現

そして、ネットの出現だ。これは、地球上の人という人、地域という地域、国という国を、多対多のかなり緊密なネットワークでつないでいる。太平洋戦争を分析すると、どれだけの戦争が情報不足によって失敗したり、成功したりしたか、どれだけ索敵の失敗が作戦の失敗につながったかが良く理解できる。いわば先の見えない、ほんの一部しか見えないチェスをやっていたようなものだ。しかし、いまでは国対国の戦争においては、ほとんど完全情報ゲームになっているようだ。しかも、これだけ通信網が発達し、富が継続する経済活動を意味するようになった(つまり、天然資源よりも株の方が価値が高いことを意味する)現代では、国対国の戦争において、コストの方が利益よりも大きいということになる。戦争をしても、領土を占領することはできない。経済活動の延長としての国家連合なら、全体の利益をたかめることはできるかもしれない。しかし、現代では国対国の戦争は、コストの方がたかくつく。つまり、つながればつながるほど戦争が意味を持たなくなる時代がきているのだ。

ネットにより、そして地球的な規模での人の流動性の高まりにより、人と人が、企業と企業が、つながっていけば、ますます戦争はコストがあわないものとなり、逆に貿易という差異の交換のみが、価値をもつようになる。価値を生み出す製品、それを運ぶ物流、そして、売上をあげ全体を統制する手段としての通信、こそが現代では原材料よりも遥かに価値が高い。

今、ああ、フランシス・フクヤマを読んでおけばよかったかもしれないと、ちょっと感じている。だが、読んでいない。「歴史の終わり」には、もっと違った視点が書いてあるのだろうか。「「信」無くば立たず―「歴史の終わり」後、何が繁栄の鍵を握るのか」には、同様の視点があるのだろうか。

今現在に起こってる紛争とは、経済と情報の格差があるため、戦争してもコストの方が高くつく、あるいは、経済における競争において、絶対に勝てないと感じている人々の中で、あるいは、その原因を作っていると思われる国家に対する対抗策としてのみ、戦争が生じている。食い合うしかなかった生物と生物が、あるいは融合し、あるいは同じ生態系ネットワークに組み込まれることにより関係が安定化したように、国家と国家もネットワークにつながれ、距離を喪失することによって、戦うことが意味を失う時代がそこまで来ているのだ。

ゆえに、本論の結論として言いたい。「つながりたい」という個体と個体との間の愛の欲求が、地球を救うのだと。

■参照リンク
「年代学いろいろ」 byKazuoさん
戦争と貿易

■追記 「歴史の終わり」を読了して

昨日(2004/5/3)、「歴史の終わり」を読了した。まだ、ここで提示した視点との相互作用について、自分の中で結論にいたっていない。ただ、この読書は本当に実り多い読書体験だった。この体験は、単にフクヤマの主張、考えを私に伝え、理解させてくれただけでなく、さまざまなヒントを私にくれた。良い読書体験、良著というのは、期待しつつ裏切られ、裏切られつつ期待に応えれるという、ある意味では対話のような性質をもつものだと思う。

とりあえず、現時点でフクヤマの影響下において書いた自覚のある記事へのリンクを置く。

フクヤマ=ヘーゲル的水泳教授法
見えない自由がほしくて、見えない銃をうちまくる -ネット上の貨幣としての認知にインフレーションは来るのか?-
そこ、そこをクリックしてくれ!
恒久平和
魔女たちとの日曜
・スミス的なもの、素子的なもの、あるいは、ネットは世界をつなげるのか?
始まりの戦いと歴史の終り
男と女
ビジネスとしてのイラク統治
平和を乱すもの
占領とレジスタンス

なんのことはない、こうやってリストアップしてみると、「歴史の終わり」を読み始めてから書いた記事はほとんどフクヤマの影響下にあるといって過言でないようだ。それでも、私のなかにかたまりつつある一定の方向性は、100%フクヤマと結論をひとつにしていない。

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2004年3月26日 (金)

ブログとマインドマップとiEdit

まえまえから、どんどん記事がながれていってしまうので、ブログの全体像をつかめるような作業ができないか考えていた。先日、ありがたいことに、muse-A-musem_um_uさんに、iEditというアウトラインプロセッサーソフトを紹介いただいた。これが使える。ハマってしまった。とりあえず試みたいのが、自分のブログの記事をマップに並べなおすという作業。ついでに、リンクをはってちょっとした記事全体のインデックスが作れた。なんか、こうしてみると雑多に書いて記事も主旨一貫しているような気になるから不思議。これからこの記事の順番の並べなおしをしようと思っている。経過を随時報告したい。


iEditで作った本ブログのマインドマップ(サンプル)

iEditで作った本ブログのマインドマップ
(クリックするとSVG viewer用のデータが開ける。ALT+マウスで移動、ctrl+左クリックでズームイン、ctrl+shift+左クリックでズームアウトする。)

・マップといっしょにみてもらうためのインデックス:HPO_blog_index.htm

・iEditのそのままファイル:HPO_blog_index.ied

・iEditプログラム:http://homepage3.nifty.com/kondoumh/software/index.html

・SVGビューワー:http://www.adobe.co.jp/svg

<参照>
・ついでに[参照]-[表示設定]で全部表示させて作ったべたなインデックス
・「備忘録としてのblogの可能性」 at muse-A-muse
KJ法とブログ
ブログで書くということ
リンクとトラックバック
スミス的なもの、素子的なもの、あるいは、ネットは世界をつなげるのか?

■追記 (h16.3.26 15:30現在
すみません。これ以前のファイル等はリンクがうまくいっていませんでした。どうも、ココログ自体のアップロード機能だとファイル毎にどこのフォルダーに入るかわからない構造になっていまして、リンクが途切れいていました。しかたないので、自分のホームページにフォルダーをつくりそちらに入れなおしました。そもそも、アップロードしたファイルの削除ができないというのはココログに改善してほしいですよね。

■追記2
iEditの作者のkondoumhさんが、コメントしてくださいました。マインドマップに興味のある方は、ぜひぜひ。iEditがもっとマインドマップ表示に機能強化されるのが、楽しみです。

■追記3
この記事を書いたのがつい1ヶ月前だ。しかし、iEditの作業をしてから何かが私の頭の中でかわった。それは、また本ブログの方向性をも定めた。不思議だ。これがマインドマップの威力なのだろうか?

■参照リンク
言葉の神、ウェブの神、ネットの神、そして、約束の知 (HPO)
愛に空間を (HPO)
ブログで書くということ (HPO)

■なるほど!

マインドマップについて

あと、最近NBオンラインの佐藤信正「今日の仕事のコツ2.0」でiMindmapというソフトが紹介されていた。これはマインドマップの開発者であるBuzanが公認したというソフトである。たしかに良さそうでもある。しかし、私は使ったことがないので、わからない。

その本買ってみます。あ、いやウェブ上の記事なんですね。

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2004年3月25日 (木)

戦争と貿易

少し以前からの疑問がある。A国とB国があったと仮定する。この二国間の関係で、戦争をするのと、貿易をするのと、どちらが利益をあげられるか、という疑問である。通常の答えは、貿易をするということに帰結する。比較優位という考え方がある。Xという製品とYという製品が貿易可能だとする。そして、A国とB国でXとYの生産効率がすこしでも違うのなら、貿易して生産効率の高い製品に特化することでA国もB国も、そして、結果的に両方の国の生産量の合計をもたかめられるというものだ。

戦争はある意味比較優位の全く逆だ。核や想定されうる細菌兵器という相互完全破壊のオプションを除外して考えれば、どちらかが少しでも武器の生産効率が高ければ、長い間にはかならずその国が勝つことになるだろう。そして、相手方の国を完全に自国の利益に組み入れられれば初めて利益が生まれる。戦争をしている間は、戦争による破壊や精算のためのリソースが兵器につぎこまれることになるので、市民の生活のレベルの向上や財の蓄積という観点からは、両国ともマイナスにしか働かない。

しかし、現実には戦争が起こっている。いまもきっと続いていると考える方が自然であろう。とすると、なにか仮定に間違いがあるということだ。戦争がA国、B国どちから一方のものであっても、国の利益につながるのだとすれば、もうすこし前提を変えてやる必要がある。これは、たぶん、兵器の問題と情報の問題だ。兵器の問題とは、除外してしまったいわゆる「大量殺戮兵器」による完全相互破壊の可能性だ。だ。戦争という選択肢をとることにより、ほぼ確実に自国の壊滅をまねくとするなら、かなりエキセントリックな指導者でないかぎり選択しない。

貿易と戦争の比較に関する上の思考実験では、背景にある仮定として相互に完全に情報がいきとどいているということだ。

...と、ここまで書いたときに「小さな目で見る大きな世界」のstandpoint1989さんの記事を読んでしまった。これ以上ながなが書くより、はるかにポイントをおさえていらっしゃるこの記事を読んでいただくほうがよいと判断した。また、この稿はいつかの時点であらためたい。

■参照リンク
デヴィッド・リカード (文中に"comparative advantage"=比較優位の説明あり。) THE HISTORY OF ECONOMIC THOUGHT WEBSITE
競争力の研究「製品の比較優位」 経済産業研究所
距離、時間、そして統治と戦争

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2004年3月22日 (月)

世の中狭い

世の中、せまい。最近、実感している。

この前打ち合わせをしていた金融機関の方が、同じ小学校、中学校だった。しかも、いまの私の同僚と同学年で友達だった。

この前乗っていた電車が駅に停まって扉があいたら、高校、大学の同級生が子供2人の手を引いてたっていた。10数年ぶりだった。

その電車のホームであった同級生と、連絡先を交換して別れた。その後、予定を打ち合わせてもうひとりの高校、大学の同級生と3人で食事会をした。その時、同じ学部のある先輩の話になってもりあがった。その2週間後、地下鉄の乗り換えでホームを歩いているとその先輩がたっていた。「○○○さん!」と思わず叫んでしまった。

また、別な機会に電車にのっていて、最初はその車両が混んでいて気がつかなかったのだが、終点近くですいてきて気がついたら、隣に座っていらっしゃったのは知人のご両親で、私もよく存じ上げている方だった。ごあいさつして話し始めて、その時の会話で初めてその息子である知人と、私の会社の同僚の奥さんがおさななじみだということが判明した。

もいっこくらい話しても槍はとんでこないかな。ある仕事を大学の友人に依頼した。その友人は、私の依頼とは全く無関係に、ちょうど同時に日本の全然反対側に近いところの方の紹介で、私の依頼と似たような依頼を受けた。しかし、その依頼をしたのが、私といっしょに仕事をしている人間だとわかったときは、びっくりした。友人からのメールで、その人間のことの問い合わせがいきなりきたときは、よく理解できず、私が友人にその人間をいつのまにか紹介していたのかなくらいに思っていたら、大間違い。偶然というのは恐ろしい。

こういうとりとめもないことばかりなのだが、きっと世の中狭い。あ、そうそう米国にいたときにワシントンD.C.で知り合ったタイ人にディズニーワールドの売店であったりもした。これは昔の話だが。こういう類の現象を仮に「友達の友達は友達だ現象」と名づけよう。なぜか知らないが、この類の話は私の周りで枚挙にいとまがない。しかし、これは決して私の顔がひろからとかではない。

大学の授業で、世間の狭さという話題があった。アメリカの東海岸に住むある一人の人にむけて、無作為に選んだ西海岸に住む3000人の人たちから、「その人を知っていそうな人に手紙を出してください。」とやった。そのまた手紙を受け取る人に同様の依頼をしてもらった。かなりの手紙は、到達しなかったが、到着した手紙はだいたい4人から6人の知り合いのつながりでつながったいう。これの実験をパクった、チェーンメールが発生したので、ご存じの方も多いのだろう。でも、これは最初はれっきとした社会心理学の実験だった。

たぶん、多い少ないはあっても生涯で学校から職場から家庭のつながりから、考えればきっと一人ずつ少なくとも1000人はつながりがある人がいると思う。義務教育から高校までの、12年間で1年40人ずつ新しい人間と知り合ったとして480人、就職してからいま30代として15年間に40人で600人、合わせればかるく1000人を越す。当然いろいろな集団でおつきあいしているので、お互いに知り合いでない知人を100人自分の生涯の知人の中から選べたと仮定する。小学校の各学年で一人とか、学生時代の倶楽部活動から一人、職場の代表でひとり、よく話をする飲み屋のお姉さんからひとり...などなど、お互いに多分知らないであろう知人たちがいたと仮定する。そしてまた、選んだ同級生から同僚、友達とかそれぞれが、またお互いに知り合いでない知人を100人ずつもっていると仮定する。そうすると知り合いの知り合いで100人×100人で1万人、そのまた友達の友達だとすると100人×100人×100人×100人でちょうど1億人になる。実際は、人の流動性というのはそんなに多くないし、日本全国をまたにかけて動いているわけでもないから、もうすこしタブっているだろう。でも、感覚的に人口が2億6千万人あまりのアメリカでも、西海岸から東海岸への手紙のつながりではないが、4人か5人くらいでつながる理由がイメージできる。*1

これは本当に思考実験にすぎないが、かなりの確率で友達の友達は友達だ!ということが数学的に説明できるに違いない。実際には、日本の人口の流動性はあまり高くないので、関東地方とか、関西とかでもっと小さく閉じてしまうに違いない。逆に1000人の知り合いのうち、お互いに知らない100人なんて選べないとするなら、きっともっともっと人間関係が密だということなので、ぐっと「友達の友達は友達だ現象」が頻繁に起こりやすい地域社会の中で暮らしているということに違いない。

まして、このネット時代!ブログですでに何万人もの人がサイトをひらいているという。この前はてなアンテナをつかってみたら、よく巡回させていただいている個人の方を数えただけでも、30人くらいはいた。ネット上での知り合いというのをどう定義するかという問題はあるが、そもそもブログをやっていたり、頻繁にネットで発言する人は少ないはずなので、もっともっと人間関係は密になっているといっていいのではないか?

と、いうことでながなが「友達の友達は友達現象」について書いてしまったが、実は書きたかったのは、日本はそんなに広くないよ、周りにいるのが他人ばかりだから、勝手なことばっかやって、他人ばかりの社会にかかわりをもたなくていいいよ、なんて考えないほうがいい、ということを言いたいばかりにこんなになってしまった。頭を使って記事を書くと、全然収束してこないという典型みたいな記事だね、こりゃ...

そうそう、もし私が人よりもこうした「友達の友達は友達現象」に会う機会が多いのだとすれば、それはきっと私がお会いした方々に根掘り葉掘りいろいろ聞いてしまうクセがあるからだろう。もし、いまあなたが明日会う初対面の人に根掘り葉掘り人間関係を聞いていけば、多分50%くらいの確立で共通の知人が出てくる、そういう結論だ。

■注
*1
 数学的に考え始めるときっとどっかおかしいのだとは思う。今日の午後いっぱい、エクセルをながめながらこの問題を考えたが、答えがでない。一応、お互いに「素」というか「疎」というか、そういう100人を選べるという仮定に基づいて上記の計算は成り立っている。実際に自分の経験を思い返すと、人と知り合うときにその人と共有する集団単位で知り合うことのほうが多い。クラス全員とか、会社の同じ部の同僚とか、ある程度の集団単位で知り合うことのほうが多い。それに、ループバックと呼んだらよいのか、幾何級数的に増えていく前に、さかのぼって知り合いだったというケースがかなり増えていくように思う。日本の人口1億2千万人余りを超えるはるか手前で、「友達の友達は友達だ現象」が頻繁に起こるに違いない。お互いに「素」という仮定に反して、自分の知人の大半を知っているけど、自分とは知り合いでないという人もいるかもしれない。たぶん、フィボナッチ数みたいなことでこれはもっと厳密に計算可能なのではと思う。うさぎが一度に1つがい子ウサギを産むのでなく、50つがい生むとか仮定してフィボナッチ数の生成みたいなことをすれば、きっともうちょっと厳密に求められそうな気がする。

■参照リンク
EPR相関は相対論に矛盾するか?  by Nobuo YOSHIDAさん @ 「科学の回廊」
「フィボナッチ数を極める」 honmaさん
ソーシャルネットワーキング記念日 by kohさん
インターネットは「狭い世界」を検証できるか @ hotwired (あんまり再実験はうまくいってないみたい。)

■追記 (平成16年5月10日)
グリーに入ってしまった。まだ、6次の隔たりは実感できない。しかし、おびただしい数の人がネットの上でつながりあっていることをヴィジュアルに感じられるのは大きいように感じる。グリーの語源が「6次のつながり」(Six Degrees of Separations)からきているということをはじめて知った。思うに、相互作用というものは、もともとリニアなものではないので、統計的に実証的ないものなのかもしれない。
グリーで今日現在のネットワークの状況というのがあった。平均すると、一人平均6.6人のリンクということだ。これを多いとみるのか、少ないと見るのかまだ判断がつかない。

・ネットワークへの参加者数 21,862人 ・参加者間のリンクの総数 145,834リンク

■追記 平成16年12月11日

「友達の友達は友達だ現象」の数学的証明をゴールドマインさんがやってくださった。すばらしい!

  • 数学で「狭い世界」現象!!
  • by ゴールドマインさん

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    2004年3月21日 (日)

    聞くこと、話すこと

    「現成公案」をようやくほぼ暗記した。流れは間違わずに暗誦できるようになった。まだ、接続詞を間違う。それでも、うれしい。このきっかけを与えてくださった極東ブログfinalventさんに深く感謝したい。

    「現成公案」は、実はもう3年以上も暗記しようとして果たせなかった。しかし、今回はネット上でも宣言してしまったので、後がない。自分でテープに自分の声で録音して、車で聞いた覚えた。車の中で、最初からなんども暗誦した。無理やり詰め込もうとしたせいか知らないが、車を運転しながら暗記しようとするとやたらと眠くなるのが困った副作用だったが、やっているうちにテープなしで、言葉が口からついてでるようになってきた。

    暗誦するというのは、結構不思議な感覚で、自分はどちらかというと考えながらしゃべることのほうが多いのだが、暗誦というのはほんとうに口が勝手に動いているように感じる。身体が覚えるというのか、「あれつぎなんだっけ」と一瞬意識がぶれることがあっても、身体はきちんとその先を暗誦しつづけていたりする。自分の中に、暗誦できたという実感がないのに、暗誦できるにびっくりした。それに、暗誦すると少しだけれども理解に近づいた感じがある。まだ完全ではない接続詞のひとつひとつまでに、道元はいきとどかせていたのだと改めて感じた。暗記するようになって、ひとつひとつのつながりがはじめて感じられた。不思議だ。聞くことって大事なんだなと発見した。

    語学でもいっしょだ。ラテン語にはまっていたとき、ラテン語の学習テープを聞いて、ラテン語への理解が深まったのを思い出す。といっても、いまだにほんとに初心者レベルなのだが...あ、これはちょっと恥ずかしい。

    逆の話もある。日によっては、一日中、仕事で色々な人と会うことで終わることもある。しゃべり続けている自分の中で気付いたのは、仕事で自分がしゃべっている「こと」のほとんどは、人から聞いたり、本で読んだりした、他人の「こと」にすぎないということだ。自分の言葉はほとんどない。しかし、月に一度自分の言葉だけでしゃべろうと努力してる場があるのだが、ここでは全然話せない。いつもしゃべりまくっている同じ自分なのかと自分で思うくらい、まとまりのない話しかできない。

    以前、芝居をやっていた。芝居でしゃべる言葉は、完全に他人に与えられたものだ。舞台の上で役を演じている時に、100%役になりきっている自分と、それを冷静に判断している自分と、両方同時に存在しているのを感じた体験がある。舞台の上で、娘を失った親になりきり、その悲しみを身体でめいっぱいに感じながら、暗転後の照明がはやくつきすぎるというハプニングに冷静に対応する、そんなことがあった。芝居というのは、そんなもんだと思う。存外、自分の言葉でしゃべるということもそのようなものなのかもしれない。まだ、わからない。

    聞くこと、自分の言葉で話すことは、両極端のようにも思えるが、暗誦することとにおいて、案外近いものなのかもしれないと、感じる今日この頃である。

    <参照>
    ・極東ブログさんの「仏教入門その4」

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    2004年3月18日 (木)

    政治への参加

    なんかどうもここのところ、自分のブログへのアクセスを気にしてみたり、自家中毒的な記事を書いてみたりしていて、不健康だ。当ブログのテーマである、「自己をならふというは、自己をわするるなり」に全然なっていない。やはり、きちんと自分の問題意識にそったことをやるべきだと思った。そうそう、ココログのアップグレードに伴ってちょっと自分の仕事に近い企画を準備しはいじめていたりする。こういうい風にすすむほうがもっともっと健康的だ。

    昨日、ある人と話した。政治とかって、遠いように思えても実はかなり身近に存在するのだなと、あらためておもった。実際に、地方であれ中央であれ、政治にかかわっている方のお話を聞いていると、すくなくともその人たち自身の仕事と生活は、案外我々たちの身近なところにあることが多い。政治に関わる人たちというのは、なにか特別なものなのだとベールをかぶせて、恐れおののいてしまっていることが、政治への無関心や、我々の世代の政治への無力感につながっているような気がしてならない。アクセスしようとおもえば、そういう人たちはそこにいる。政治もそこにある。

    身近に政治のゴシップやら、政策を聞くとあらためて思うのは、政治の実体というものはごく日常的なものの連続で、それをマスコミやら、広い意味での官僚やらが、針小棒大に拡大しているだけだと思えてくる。我々のささやかな職業よりは影響範囲が広いかもしれないが、それでも人間のやっていることには違いない。理想もあれば、欲得もあるし、保身もある。政治家だって、一日24時間しかないなかで、自分の目と鼻と口と手と足でやっている。

    こう思う背景には、自分自身を含めて、いまの30代以下の世代は、上の世代に飼い慣らされてしまっているような気がしてならないことがあるように感じる。死語になってしまったが、新人類とかいわれながら、我々の世代は、なにもあたらしいものを世の中に持ち込めなかった気がする。しかし、「つかいっぱ」(使われっぱなし)の状態にあるからといって、目の前の仕事と、楽しい趣味に走って自己満足していていられるほど、事態は楽観できる状態ではない。日本は、急速に年老いていっている。

    ここまで書いていまかなり悩んでいる。文章を書く途中で悩んでいるのでは、「自己をならふというは、自己をわするるなり」という趣旨に反する。しかし、自分を政治へコミットすることを想像してみるに、一体自分の立場でなにができるのか?いまある一切合切を捨てて政治家にチャレンジするだけの根性があるのか?大体選挙を勝ち残れるのか?他の政治家となんの差別化がはかれようか?じゃあ、既存の政治家とつるむのか?一揆を起こすのか?疑問というより疑惑で自分がいっぱいになってしまった。

    「じゃあ、身近なところからはじめよう!」と、開き直るのはよくあるパターンだが、これも私はよしとしない。なぜなら、これは逆の欺瞞だからだ。自分が無力だと最初に宣言してしまっているように私は感じる。最初から、政治というトーテムポールに飲まれている姿勢だからだ。かといって、100%政治にコミットして、政治家になれるわけでもない。

    だから、私は、政治に対してストレートに関わることというのは、まず政治にコミットすると宣言することだと思う。人と具体的な政治の話しをすることだって、十分立派なコミットだと私は思っている。自分が将来やりたいことに、政治はこうコミットすべきだとか、こういう不安があるんだから、こうせいとか、国はこうあるべきだとか、口にしてはならない理由はない。自民党だって、自民党員を募集しているだろうし、私は絶対なろうとおもわないが共産党員だってなろうとおもえばなれるだろう。それも、より積極的にかかわる方法だ。もっと、元気と時間があれば、自分の地域から選出されている地方議員でも、代議士でもつかまえて話をしてみてはどうだろうか?案外、政治家ってそういうのに飢えているらしい。自分たちだけでつるんでいるから、案外古いタイプからぬけだせない、発想を変えられないらしい。

    そうそう、結局私はサイレント・マジョリティーというのがどうも気に入らない。そういうことだ。

    おっとっと、そう、この記事は、nimさんとの意見交換から書かれている。nimさんのご意見とかなり通低和音していると信じている。

    ■参照リンク
    nimさん、ありがとうございます。
    ふじすえブログ by ふじすえさん
    安倍晋三幹事長
    河野太郎議員
    古川元久議員
    河村たかし議員
    だいちゃんぜよ by 橋本大二郎知事 @ ココログ(!)

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    [書評]マンガ日本の歴史43巻 明治の一揆

    マンガ日本の歴史43巻 「ざんぎり頭で文明開化」 石ノ森章太郎

    書評というほどのものには、とてもなりそうにないが、感想を書きたい。

    歴史を見る時、レンズをどこにあわせるかがとても大事だ。遠い過去のことほどいくら拡大しても、望遠鏡でみるように、概略的、概括的なものならざるを得ない。近くなればなるほど、レンズは近接の、それこそ顕微鏡のような、こまかい細部を見るようになりがちである。自分の不勉強をあきらかにするだけかもしれないが、石ノ森章太郎の明治政府のはじまりを書いたこの作品は、とてもちょうどよい倍率で、焦点を結んでいるように思われる。これまで読んだ明治をあつかったどの本よりも全体の流れをクリアーにイメージできた。

    そもそも、倒幕から明治政府が確立している時期に、なにか新しい政策がうちだされるたびに、一揆がこれだけおこっていることと頭の中で連動できていなかった。そういえば、教科書で読んだような気がする程度だ。たかだが、100年前の我らの父祖がこれだけ血気盛んだったとはイメージできていなかった。本当に薄氷を踏む思いで、明治の元老は文明開化を進めたに違いない。日本も中央集権国家が定着するまでには、かなりの血がながされたのだと理解した。

    大体、これだけ中央集権がすすんでしまった現代からは、とてもとても廃藩置県の重さとかは理解できない。実は、日本は事実上戦国大名以来明治維新まで地方分権国家あるいは小国乱立の国だった。だからこそ、ビスマルクのプロシアに共感をもったのだろう。ついこの間まで諸侯の乱立する後進国が、フランスをくだすまでの国に変化したのだから、日本もこれにならおうとするのは、心情的によくわかる。

    それと、大久保にしろ西郷にしろ、あるいは後の伊藤博文にしろ、みな年齢が若い。いまの自分と対して変わらない。まだ、人生50年の時代だったのだろうか?現代の我々は、健康で40代をむかえられるにもかかわらずその成し遂げたこと、その意気の高低において、とてもとても比べものにならない。死ととなりあわせであった覚悟の違いなのか?

    こうしたことをかなりのスピードをもって概観できる、マンガというのは実に便利だと改めて感じた。まあ、自分の無知をさらけだしているだけだという話でもあるが...

    若干、問題意識として、藩籍奉還、廃藩置県と、今政府手動で行われている市町村合併、道州制が重なるように感じた。これはまた探求していきたい問題だ。

    <参照記事>
    [書評]歴史劇画大宰相
    [書評]太平洋戦争

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    2004年3月16日 (火)

    ブログとネットワークの知

    実は、本業は建築屋だったりする。実は、とても地味な仕事を積み上げていたりする。実は、日常むちゃくちゃ忙しくて、昼飯も週に半分はまともに食えないくらいだったりする。更に実は、全身全霊でとりくんできたある大きなプロジェクトが先日つぶれたばかりだったりする。そう、もっともっと実は、ココログでこんなに記事を書きまくっているられるというのも、勢いで動いていた前のプロジェクトがつぶれていきなり足をすくわれ、そのためにあけていた時間が思いっきりあまってしまっているという現実と、どこへもやりどころもないルサンチマンをもてあましているとい情念が、交差しているからだったりする。

    いきなり、私事を開陳して恐縮だが、ここからブログとネットワークの知という2者の関連を引き出していきたい。
    正直にいって、このブログをはじめたとき精神的にすこし破綻しかけていた。自分をどう運んだらいいのか、運ぶのをやめたらいいのか、行き場を失っていた。そこに、一筋の光明のように、ココログの環境が舞い降りた。仕事という現実だけでは、すりきれてしまいそうな自分をもう一度自由にしてやることがここでひさしぶりにできた。実は、ここにたどりつくまえに海外出張に逃げたり、酒を飲みまくってみたり、いろいろあった。ここにその一端を書くことすらためらわれるようなこともあった。
    書くことを通して、自由になれるという感覚をしっかりつかんでおきたい。
    まるでスポーツを通して体をすっきりさせるように、あたまを使わずに全身で書きたい。頭を切り落としてしまって、身体だけで書ききりたい。正直にいうと、書いているときにあまり深く、先まで考えていない。(ああ、だからこんなに浅い文章しかかけないのだろうか?)頭に浮かんだことと、そこ書いた要素の延長をただただ追っていくだけ。ごくごく普通の身体と心の状態でかいている。普通の状態だけれども、どこかで深く集中している。電車の中でキーボード付のPDAで、ココログの記事を書いていて駅を乗り過ごしたことも、1度や2度ではない。
    こういう状態になれたのは、ひとえに自分が書いたものを誰かが読むかもしれないという構えを自分で持てたたからだと思う。それも、このココログで実際にすでにいろいろ書いていらっしゃる諸先輩方を想定の上の読者として、ずどんと自分の前においておけたことは大きい。
    そう、実はネットワークに存在する知というのは、リンクとトラックバックとコメントで構成されているのではなく、人と人とがこの場を共有して、なんらかの接点を持てる、形成しうるという一点でできているように思えてならない。ブログでなくとも、いままでのネットでも技術的にはかなりのことはできた。ここでしかできないことというのは、これだけ良質の書き手と読み手がそろっている環境だということではないだろうか?尊敬する極東ブログのfinalventさんが、いつぞや、「何人かの人とめぐりあえたことだけが、ブログをやっていてよかったと思えることだ」、という趣旨のコメントを残しておられた。至言だと私には感じられる。

    さすがに、軽いノリで書いてもアップする前には、すこし時間をおいてから読み直して、推敲している。あまりにもこの記事には結論がない...そう、結論はきっと、こうだ。

    ココログでお世話になっているみなさま、ありがとうございます!お陰さまで、なんとか立ち直れそうです!

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    2004年3月14日 (日)

    [書評]ゴルフと人生 「バガーヴァンスの伝説」映画版

    ひさしぶりに、のんびりした休日をすごした。ひさしぶりに、そして、前からのんびりとみたいと思っていた「バガーヴァンスの伝説」をDVDで見た。おもしろかった。外道といわれてしまいそうだが、全編に禅の息吹を感じてしまった。夜の月が水溜りに写る絵、雲が流れていく風景、ヘーゲンというゴルフプレーヤーが海辺でショットするシーン、ひとつひとつに禅を感じてしまう。ウィル・スミス演じるバガーヴァンス当人の台詞はまるで禅問答だと、誰でも感じるだろう。いわく、「あなたは自分のスィングを見つけなければならない。」、いわく「答えはフィールド(ゴルフコース)の中にある。」などなど。しかし、この映画についていろいろ調べたのだが全然禅は出てこない。人生の達人がつきつめていくと、いろいろなものがどこかで形はいっしょになるということなのだろうか?

    これは、ロバート・レッドフォードの監督作品の三番目だと思う。DVDでの監督のインタビューで"story telling"(物語)とか"myth"(神話)とか自然とかの話題は出てきても、仏教の「ぶ」の字も出てこなかった。しきりに、現代では失われてしまった神話や物語の力を語っていた。それらが人生の答えを与えてくれたことを、少し前までどこにでもあった「人情」のような情緒とともに、話していた。

    それでは、原作かなと思い調べたみた。そもそも、原作者のスティーヴン・プレスフィールドという人は、映画の脚本を書いたり、ギリシアの歴史に題材をとる小説をかいていたりする人らしい。原著は"he Legend of Bagger Vance: Golf and the Game of Life"というのだそうだ。実は、この原著の原題を見つける前に、この記事のタイトルを「ゴルフと人生」に決めていた。私のようなぼんくらでもそう感じるくらい、この映画の中には、ゴルフを通した人の生き方がある。いや、人の生き方とゴルフがつかずはなれずに描かれている。翻訳版の原作をこれから読む。読んでみてよければ、英語版にも挑戦するつもりだ。

    若干、なんらかの痕跡があるは、この原作の最初にバガバットギータの言葉が引用されているらしいことくらいだ。それに触発されてから、"Gita on the Green : The Mystical Tradition Behind Bagger Vance"という本も出版されていて、この映画、原作とインド哲学との関連が分析されている、らしい。

    この映画のホームページも良かった。(http://www.cannery.com/thelegendofbaggervance/)映画の台詞がフューチャーされたフラッシュがよい。著作権に触れてしまうのだろうか?一部だけ...

    "Inside each and everyone of us is our own true authentic swing." :私達ひとりひとりは、正真正銘本物のスウィングを持っている。

    "When we question the path we've taken, the answer can be right in front of our eyes."
    :もし、私達の来た道を問う時、その答えは私たちの目前にあるのかもしれない。

    "Play your game, the one that was given to you, when you game into this world"
    :あなたに与えられたゲーム(ゴルフ)をプレイしなさい、あなたはこの世界にあそびに来たのだから。

    わらながら下手な訳だ。もし、翻訳が間違っているようなことがあれば、どなたかご指摘いただけるとものすごくうれしい。

    そもそも、ゴルフをプレーするというのは、とても人生を生きていくのに近いと感じていた。私はゴルフはものすごく下手なのだが、あまり緊張していない雰囲気で道を歩き、人と話したりしていても、ショット(スウィング)の瞬間にはものすごい集中力を要求される「感じ」くらいはわかる。ゆるゆるやっているようでも、礼儀正しさとルールは厳しく要求される。この、ゆるさと集中の対比がとても人生そのものであるように思う。普通に生きていても、酒をのんだり、いい加減に生活していても、仕事のポイントをはずさなければ生きていけるし、どんなにまじめに生きているようでも、ツボのような部分をはずしていては、人生の行く末はあやうい。映画の中でも、球聖ボビー・ジョーンズが美しいゴルフのプレーの仕方を見せていた。ギャラリーと雑談していた一瞬後には、グリーンのピンをしっかり見つめ、理想のショットをとことん追求する。美しい姿だった。人生を、このように緩急自在にすごせたらよいと感じた。

    ウィル・スミス演じるバガー・ヴァンスがいう「答えはコース(フィールド、field)の中にある。」という台詞がたまらない。人生も実はその通りだと思う。我々は、人生において、なにか考えたり、恐怖ももったりしすぎるのではないだろうか?ストレートに、ある意味なにも考えずに、人生に対面すべきなのではないだろうか?それこそが、自分の中の本当の、正真正銘のスィングを見つけるということだと感じた。

    ■参照リンク
    「バガー・ヴァンスの伝説」小説版 (HPO)

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    2004年3月13日 (土)

    人口、世代、そして闘争へ

    普通、「人口問題」というと国連などで議論される分には、人口が増えすぎて貧困や文盲を生んで困るという問題であろう。日本の場合は逆。減っていく人口の中でどう生きて行くべきなのだろうかという問題。もしかすると贅沢な悩みなのかもしれない。

    この問題を、「未来への希望」という記事で考えてみた。日本の人口の推移の予想を、かなり稚拙であるが、年齢別の死亡率、年齢別の出生率をかなり仮定したが、シュミレーションしてみた。2002年推計ではあるが、年齢階層別の男女の人口データはきちんとした統計に準じている。エクセルの計算式だけでだらだら作ったので、きちんとしたわかりやすいプログラムにそのうちしたいと思っている。

    このシュミレーションをながめてみて、ふと気づいたのだが、年齢別の人口分布を数えると大体今の40歳才の階層がちょうど中央値になっている。平均ではなく、上から数えても下から数えてもちょうど同数になる年齢階層だということだ。私は、昭和41年生まれで今年38歳になるので、常に上の世代からへいこら使われる立場にたたされているような気がしてならない。数少ない例外をのぞけば、少し年齢が上の先輩の話を聞いていても、少し年齢が下の後輩の話を聞いていても、同様の感想をもっているように思われる。

    ぼくらよりちょっと上の、そう昭和30年代生まれくらいの、団塊の世代の下の世代、がよくいうのは、「ぼくらはおいて行かれた世代だ」ということだ。彼は、1960年代のサイケデリックでモーレツな時代を知らず、安保闘争も1970年で下火になってしまい、それ以後の世代は、「祭り」を知らない村民みたいなものなのだと思っているのだろう。一方、団塊の世代といわれる現在50歳代前後の人たちは、リストラと介護への恐怖に縛られ全然元気がない。

    私が見るに、今60歳代の世代〜昭和ヒトケタから昭和10年代前半生まれの人たち〜が、戦後常に日本のトップランナーでありつづけてきたように思う。1960年代のモーレツ時代を、20歳代の青春時代にエンジョイし、途中の中だるみの不確実性の時代をだらだらと経験したが、トップの指導者あるいはそれに準じた地位で「バブル」といわれる昭和の終わりから平成のごく初期の資産拡大の時代の恩恵を得てきた。そして、失われたこの10年には既にフルにもらえる年金で、悠々自適に趣味にあけくれて暮らしていられる。

    残念ながら、いまだにこの世代が日本の個人部門の金融資産のかなりの部分を保有していて、消費のキャスティングボードも握っている。この世代の中でいまだに政治や経営の分野で現役でいる人たちは、その下の世代にとってちょっと恐ろしい存在だ。化け物みたいな人も結構いたりする。

    決して、この世代がうらやましいというのでない。戦争の影響もかなり受けているし、日本の貧困な時代に子供時代を送っている。今はその努力の正当な成果を受けているだけだともいえる。ただ、問題なのは、戦後形成されたいわば1955年体制を支えてきて、いまもその体制を守るべく過去の成功体験に固執しているのがこの世代だということだ。まあ、もっと問題なのはこの後に続く世代が現実的な解決能力や交渉力にとぼしかったりするという、ごくごくなさけない問題も、日々実感さざるを得ないのだが...能力の問題は、いたって本質的な問題ではあるが、今ここでこれ以上探求しない。

    この現在60歳代が象徴するのは、戦中から戦後の初期に形成された指導体制がいまも連綿と続いているという事実だ。これには米軍に当初許容された左翼系の勢力も含まれる。必要があって以前ある会社の戦後の組織図を時系列でながめたことがあった。そこで発見したのは、30年前の部長−課長−係長−担当というピラミッドが社長−専務−常務−取締役部長といった具合に拡大していっただけだとい事実だ。戦後まもなく形成された指導者階層の構造がそのまま昭和後期、平成の安定期の中で拡大再生産を続け、バトンタッチされていっていないという構図が私の頭から離れない。たぶん、この失われた10年の間もその状況は本質的に変化していない。

    社会の安定期にはあまり順列をとびこえての出世もなく、下克上もクーデターもない。リーダーは常にリーダーであり、フォロワーは常にフォロワーにならざるを得ない。戦争の前後という不安定な時代には、さまざまな怪人異人が活躍する場があった。しかし、それは戦争、国家総動員体制で固められたままいまだにその呪縛が解けないでいる。

    ただ、常に例外はいる。恵まれない環境の中でも、元気のない世代でも、事業を起こし、選挙に常勝し、売上を拡大し、権力を拡大し、大きな組織や派閥を形成していく、非常にまれな才能のある人たちは存在してきた。しかし、全体として本当にリーダーは育ってきたのだろうか?ああ、どうしても個人の指導力の問題はさけてとおれない。しかし、ふたたび表明して置くが、この問題を今回は扱わない。

    いままでの日本の国の主役はこの黄金の60歳代の世代とその上の世代に占領されていたように思う。存外、日本の現在の市民の政治への関心のなさというのもこの60歳代というゴールデン世代が政治を独り占めしてきたため、その下の世代が常に無力感をあじわってきたからかもしれない。

    本来、私としては、ここで世代間の権力や資産の移譲や、指導権をめぐる世代間の闘争をあおるような発言をしたいのだが、まだ材料が足りないことを、ここまで書いてきて気がついた。

    本記事では、こうしたゴールデン世代の支配は、彼らと彼らに追随する団塊の世代の人口の主力を占めているうちには正当性があったが、人口の重心が我々の年代の前後までおりてきている今日においては確実に別の世代間の構造を構築しなければならない、というはなはだ抽象的な結論で一旦閉じたいと思う。

    ■参照リンク
    社会保障審議会年金部会(第26回)
    出生率推計の誤り、なぜ? by  アクエリアンさん
    ひともすなる年金といふもの (HPO)
    年金改悪 (HPO)

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    インターネットと政治

    最近、nimさんからご指摘をいただき、電子デモクラシーの時代が確実に来ていて、もしかするともしかすると市民の政治参加の形が変るかもしれないと感じたので、書いてみたい。

    nimさんがおっしゃっている「期待」に、とても共鳴する。

     「つまり、どの政治家をみても同じ様にしか見えないという現状のなかで政治とコミュニケーションを取る手段というものが無いという事が希薄な感情を助長しているのでは無いかと言う事なのですが、ここに来て、これももしかしたら変わって行くのかもしれないという微かな期待も持っています。」(参照)

    あれよ、あれよというまにインターネットは、広くこの国を覆うようになった。たとえば、私は小泉メールマガジンのとても熱心な読者である。いままで、総理大臣が直接国民に定期的に呼びかけるメディアというのは存在しただろうか?自分の納得できる部分も、納得できない部分もあるが、この「直接」というところがとても大事なのだと思う。

    例になるかどうかわからないが、今市町村合併がこれだけ議論されているというのは、実は背景にテクノロジーの進化があると考えている。昭和の大合併のころは、道も整備されず、日本にモータリゼーションは来ないと考えられていて、地方行政のサービスにアクセスできる距離的な範囲というのはごく限られていた。広報の手段も、かなり限られていた。現在は、誰もが車で移動することができ、前は隣の市まで移動するのに1時間くらいかかっていたのが、30分くらいでいけるようになったのかもしれない。広報に関しても、テレビやネットや地方自治体の広報誌等でかなりの情報にアクセスすることができる。テクノロジーの進歩により、地域の行政へのアクセスの時間は、短縮されている、あるいは、時間距離で把握した行政の対象の面積が狭くなってしまったと言えるのではないだろうか?逆にいえば、昔よりもはるかに広い範囲を行政サービスの単位がもてるようなったといえまいか?

    どうも、よい例ではなかった。行政サービスの効率の悪さという点を忘れていた。

    とりあえずここまで政治に対する共鳴を人々が失ってしまっている時代には、インターネットで政治家とコミュニケーションがとれている気持ちになれるというだけでも価値があるのかもしれない。あるいは、政策や国の方向性についてネット上等で話題にされているということ自体に希望をもつべきのなのかもしれない。いろいろと批判もある小泉メールマガジンだが、私にとって確実にこれで小泉首相に親しみをもった。直接語りかけられているという錯覚をもった。

    たぶん、ターニングポイントはそれでも選挙だと思う。ブログ等を利用した政治家が次の選挙当たりで大勝したりすると一気に政治家がブログに参入してくるだろう。これまで、選挙委員会が悪いのか公職選挙法が悪いのかしれないが、選挙においてその政治家の識見や政策やプロフィールが、我々には伝わってこなかった。特殊な利益団体等の旧態全としたチャンネルからいくらかどういう人物かが伝わってくるだけだった。我々の側からみれば、政治家をより身近に感じる手段としてブログが働くとおもしろい。逆に政治家の立場からすれば、自分に深く、かなり深く共鳴してくれる選挙民を、比較的低コストで囲い込める手段になれば、積極的に参加してくるだろう。

    なんかなやましい結論しか出てこなそうなので、一旦アップして頭を冷やすことにしよう...

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    リンクとトラックバック

    リンクの逆がトラックバックだと単純に考えていたが、どうも違うらしい。心理学の関係の言葉だと、バックトラックというのは、「あなたの話をきいていますよ」というサインを示すことなのだそうだ。リンクでは、自分の記事が相手につながっていることは、相手にはわからない。相手の話を聞いている、記事を読んでいますよ、ということが相手に示せない。だから、トラックバックは、単に自分の意見をアピールするということ以上に、相手の記事を読んでいますよ、あなたはこういうことをいいたいのですね、それに対して、私はこう思います、ということを示すのに使うべきなのだと気がついた。

    じゃあ、コメントはどうなるんだ、という御叱りの声が聞こえてきそうなので、一言だけ。「あなたの話を聞いていますよ」という時、自分の立場を持って聞いてあげるということなのではないだろうか?コメントはいわば、そう、そう、という相手のごく近い領域におけるあいずち。トラックバックは自分の立場をもった上での、相手の意見への共感の表明ということになるのではないだろうか?

    blogの上でのエチケットがどのようになっているかを調べずにこの記事を書いているが、これから自分では、「あなたのいっていることを聞いていますよ」というサインを示すのに、トラックバックを使い、単に相手の意見を参照させていただくときには、リンクを使おうと決めた。

    ■参照リンク
    マインドマップとiEdit
    世の中狭い
    ブログとネットワークの知
    情報装置としてのブログ
    リアルタイム

    ■追記 (平成16年5月12日)
    「相手の話を聞いているよ、記事を読んでいるよ」というサインを示すためにも、相手の記事にトラックバックを送るときに、自分の記事にリンクを張るとか、相手の記事にコメントしておくとかが、いつのまにか礼儀として定着しているように感じる。昨日、ほんとうに広告として思えないトラックバックがついていたが、だんだん相手の側に表示される自分の記事へのリンクという自分勝手な使用法が定着するのは、本来の使用法ではないと言う事なのだろう。

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    2004年3月 9日 (火)

    政治不信

    nimさんから「景気、消費税、そして生活の楽しみに関するメモ」について、コメントをいただいた。私の政治家への不信感についてきちんとまとめるべきだと思い、この記事を書き始めた。

    これまで、日本国憲法の問題、公務員の問題等について、私見を明らかにしてきたが、政治家については、書かなかった。ああ、これ以上敵を作りたくないし、ひとつまちがうと、ひとつまちがってしまうからだ。でも、ここでまとめておかないと自分の意志を表明する機会を失ってしまいそうなので書いてしまおう。そうそう、それにちょうど極東ブログさんが地方の行政について書いていらっしゃるのにも勇気づけられたし...

    私はどちらかというと「地方」に属する地域に住んでいる。すると、なにかと周りが選挙だの、その後の仕事の分配などでさわがしい。要は、政治にかかわる利権があまりにあからさまなのだ。選挙の結果が意味するのは、地方政治家の政策に関わる公共事業や、公共財のやりとりばかりでない、たとえば地方の役所はありとあらゆる物品やサービスの購入者であり、需要家であり、地域の大きな雇用者でもある。結構、町や村で最大の雇用者は役場という地域も少なくないのではないだろうか?いずれにせよ、地方自治体の首長の選挙というものは、個人商店の明日の売上から商店主の息子の就職先までを左右するものなのだ。

    そういう環境にならされていると、どうも政治家というのが生臭くみえて仕方がない。政治家を尊敬しようという気にもなれない。ある政治家が私に語った。「選挙をやって負けたことがないのが自分の自慢だ。」私は、彼がいい意味でも悪い意味でも面倒見がよく、ありとあらゆる会合でのあいさつがうまく、ぬけめなく常に状況の変化に対応してきたのを見てきた。しかし、彼の政治のポリシーというのをそういえば聞いたことは一度もない、ないと思う。日本をこう変えたい、地方をこうしたい、という話を利権のバックグラウンドとの関連なしで発表しているのを知らない。

    本当に、日本はまだちょんまげをゆって、「大黒屋、おぬしもわるよのぉ」、「いやいや、御代官さまこそ...」などとやっていた時代から全く変っていない!「公共の福祉」に対して一人一人がコミットメントするという意思なぞ存在しない。地方の政治家も、そこに住んでいる人全体のための政治というのは全く行っていない。特定の個人、特定の団体のための政治家、政治というのはあるかもしれない。自分と自分の支持者の利益が常に優先されるというのが、いまも昔も地方の政治の形であると身にしみて感じている。

    ああ、なんかこれ以上かくと本当に槍が飛んできそうなんだけどな...ああ、ああ、ほんとーにここまで書いたこともこれから書くことも私に関係する団体とも私以外のいかなる個人とも全く関係のないことだと、改めて注記しておかねればならないのだろうか...

    政治家は政治家でいろいろな言い分があるのだろう。常に選挙で成功をおさめていなければいけない状況にあるというものわかる。一度でも選挙に落選したら、二度と立ち上がれない状況にある政治家も多いのだろう。特にこの国では、政治家から一般人までこまねずみのように常にぐるぐる忙しく車輪をまわしつづけなければいけない状況にはめられている。このような社会の中では、人々はひとつのことだけをじっくり地道にやり続けるというとこができない。地道な活動というのは、現代では多数派から脱落を意味するように感じる、感じざるを得ない。寄らば大樹の陰というこの国では、大樹の陰から脱落してしまうかもしれないという恐怖心がすべてを支配している。政治家もとにかく忙しくしていなければ、輪をまわしつづけていなければ、明日同じ席にすわりつづけることができないという恐怖心にかられているのだろう。

    そういえば、またどこかの党の政治家が公設秘書の給与の流用疑惑が出ていた。これもまたこまねずみの輪なのだと思う。

    ああ、もうひとつだけ。地方の政治も、地方の政治すらも、もうバックグランドがなければ、選挙に勝てない状況にあるように感じる。正確な額は知らないが、市議会議員だといくらかかる、首長選だといくらかかるという相場があるそうだ。いずれも少なくとも我々の世代の個人で負担することはかなり難しい金額だ。自分の貯金はそんなにないし、借入するにもなけなしの資産はローンの抵当だのでいっぱいいっぱいだ、どこかの誰かのように応援してくれる団体もあるわけでない...そんな感じだろう。

    こんなことを書き連ねていると現在の「個人の利権にさとく、公益にうとく、選挙にかつことだけを考えている地方の政治家」という姿が見えて来はしないか?しかも、彼らのまわりにはガラスの壁がはってあって、「志のみ持参」という人では入っていくことができない。

    ただ、こうした政治家のていたらくの反対側には、大多数の日本国民の政治へのコミットメントのなさ、関心のなさがあるということはまた事実だろう。ああ、愚痴っているばかりでなく、すこし自分自身の地方政治へのかかわり方を考え直すべきなのかもしれない、と思えてきた。これがnimさんへの答えになるだろうか?

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    2004年3月 6日 (土)

    大絶滅を生き延びた我らの先祖のために

    これまで、人間がいかに地球環境に悪影響を及ぼしているかということについて自分なりに考えてきた。また、星をながめたときに感じる「宇宙船地球号」という感覚を、星野之宣の「2001夜物語」との関連で考えてみたりもした。

    地球は7度目の生物の代絶滅期に入っている、というYahooのニュースを読んだ。現在生きている生物の先祖は、すべてこの90%以上の種の絶滅を生き残ったものなのだという。大変な確率だと感じるとともに、同じ種でも生存競争は激しかったと思われるのに、その上ほとんど地上からも海中からも生物自体が死滅するようなことがあったということは脅威だ。まだ、単細胞生物だったり、魚だったりしたであろう自分の遺伝子上の先祖に敬意を表したい。自分の前にいくつの先祖がいたかわからないが、彼らのうちの一人(一匹?一個?)でも、生きることをあきらめていたら、今の私はいないのだから。

    また、この事実は、いかに生物がかよわいものであるかの証明している。一人一人の先祖が偉かったということ以上に、一つ間違えば現在の地球は生物のいない状態であったかもしれないということが示唆されるわけだ。火星の水の痕跡というのは、このことのまたこの傍証かもしれない。火星にも太古には水があり、酸素もあった可能性がたかい。今回のロボット探索機の調査結果は、確実な根拠をもたらした。

    ここにきて、惑星生物学、惑星生物哲学という分野を本当に確立すべき時期が来ていると感じる。今、初めて宇宙の大きさと地球上の人類を具体的に対置できるようになったのだ。今、人類ははじめて地球の大きさと一個の人間の存在を対置して考えることができるようになったのだ。今、初めて生物の歴史と人間の一生を対置して考えられるようになったのだ。今、初めて遙かな過去と遙かな星との間に自分をおくことができるようになったのだ。これまでの地球上の思想は、これらの事実に無感覚だったのではないか?宇宙における生物の貴重さということにもっと思いをはつるべきなのだ。これを実際の生き方まで十分に深め、広めるべきだ。これらの事実をきちんと認識し、その上でどう我々が生きて行くべきなのかをきちんと考えるべき時が来ている。いや、我々はそういう感覚と責任感をもって日々いきなくてはいけない。

    生き方というレベルの問題では、大変示唆をうけた人物にあった。先日、飛行機にのったとき隣にすわったハワイから来たというアメリカ人だ。彼は、ハワイの中でもかなり田舎の場所に、自分で建てたバンガローに住み、電気の修理や場所バンジョーを引きながら生計をたてているといっていた。家族もないようすで、たぶん唯一の肉親はニューヨークにいる老母だけだといっていた。電気もない、テレビもないという暮らしをしながら、彼は天体観測が趣味で大きな口径の反射式望遠鏡をもっているといっていた。私が天文学に興味があるというと、最新の人工衛星上の天文台の写真のいっぱいのっている天文学の雑誌を私に見せてくれた。天文学の一方、彼は考古学にも興味があって、これから1年間をかけて世界1周をする手始め手にアンコールワットで数週間をすごすのだという。以前、旅行した時に仏教の僧侶ともいろいろな話をしたからか、私が少しはなした限りでは仏教にも深い理解を示していた。

    こういう人の生き方がもしかするとこれから求められるようになると感じている。

    カントの「天上の星と我が内なる道徳律」という言葉の意味することをかみしめたい。

    追記
    今(2004/4/13)、「宇宙人としての生き方」(松井孝典著)を読了した。驚くほど、共通のキーワードに満ちている。そればかりか、本稿、あるいはこれ以前の記事で私が考えてきた結論がここに記されていた。宇宙との相対で人類を考える、とか、人間の進化と文明との矛盾ネットのつながりがいかに世界を狭くするか...ここで意地をはってもしかたがないのだが、私は本書を読んでから本稿を書いたのでない。上に書いたアストロバイオロジーが実際に存在することも知らなかった。メンデルの法則のような状態なのか?私が知らないうちに影響をうけていたのか?いや、それこそ地球がひとつになったひとつの証明だと信じたい。

    ■参照
    ・ '宇宙人としての生き方―アストロバイオロジーへの招待' from Passion For The Future.
    知らなかった。 by akillerさん
    「距離、時間、そして統治と戦争 」 (HPO)
    「松井教授の東大駒場講義録―地球、生命、文明の普遍性を宇宙に探る」 by 山口浩さん

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    2004年3月 5日 (金)

    景気、消費税、そして生活の楽しみに関するメモ

    今日、仕事で人と会った。仕事の用件自体よりも以下のような話題でもりあがった。興味深かったので、メモを残す。案外30代くらいの我々の世代の共通の意見ではなかろうか?

    ・消費税はあんがい公平な税制だ。所得税、保険料、年金負担がもっと軽減されるのなら、15%、20%とあがってしまってもいい。

    ・賞与も額面が多少改善されても、総所得方式で課税されるし、年金や保険なども賞与からとられるようになって、手取りで全然あがらない。むしろ、可処分所得はさがっている。

    ・ヨーロッパのいくつかの国のように、年収ベースでははるかにひくくとも、実に生活をたのしんでいる。この裏には、政府のきちんとした住宅政策や年金政策、税金政策がある。なぜ日本ではそうできないのか?

    ・景気は確実に上昇している手応えを日々の仕事のうえでも感じている。もし、腰砕けになるとすれば4月1日からだしぬけにはじまる内税方式等、いらない日本政府、地方政府の行政と政策のあやまりだ。

    ・小泉首相も、改革だと連呼するのはいいが、官僚が改革を利用してむしろ権限を拡大し、一般のサラリーマン等には住みにくい国にしている。もうかわらなければいけない時期が来ている。

    ・自民と対抗する軸であるべき民主党の最近のていたらくは実になさけない。民主党は、中部地方を軸としてジャスコとトヨタを背景にしている利点をもっといかすべきだ。政権を担当できるだけの本当に実力がほしい。

    ・景気の拡大とともに、いろいろな面での二極化はますますすすんでいる。製造業が強くて景気をひっぱっていて、いわゆる「太平洋ベルト地帯」が確実に回復してきている。しかし、業界の寡占化による価格上昇、技術の伝承の問題等、長い目での不安要因がある。

    ひとつひとつもっと深めるべき問題だが、いったんこのままアップする。おいおいひとつひとつ考えていきたい。

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    2004年3月 3日 (水)

    情報装置としてのブログ

    もう、なにかまわりにすごい人がいることをblogを始めてから発見してしまって、とてもとても、自分が書くことが自体が実は恥ずかしいことなのではないか、こんなに素晴らしい文章を書く人たちがいるのに、なんのために書いているのだろうかという気持ちを捨てられずにいる。それでも、書きつづけたいと思う。どこかに逃げるのではなく、現実に対抗するためには、書きつづけなければならないと感じている。

    ここのところ、ブログのリンク等をうろうろするのが日課になってしまった。あまり、二次的な情報のサイトは使わずにいたのに、ハマっている。ついつい、それで夜更かしがすすんでしまい睡眠時間がますます短くなって困っている。人から人へと、情報のつながりを追っていく。ますます自分の興味に肉薄していくのが不思議な感覚だ。これまで、KJ法とブログの比較や、ブログのリアルタイム性などとりあげてきた。しかし、新たな疑問は、ブログのこの人をつなぐ機能というのは、なにによるのだろうか?、ということだ。この2ヶ月あまりの私のブログ経験から、ブログの基本的な特徴とは、以下のようなところだと考える。

    ・サイトのフォーマットが出来ているため、技術的な問題はブログの機能にまかせて、サイトの著者はコンテンツに集中できる。
    ・トラックバック、リンク、コメントの機能があるため、比較的容易に記事と記事をつなぐことができる。
    ・pingサーバ、ブログ専用の検索機能サイト、XMLによるリーダー等、形式が統一されているだけに、さまざまな検索機能にかけやすい。

    異なるブログのサーバー間で、これらの機能が実現されているという事実に、技術にあまり明るくない私はとても感動を覚える。標準化というのがネット上でどんどんすすんでいるということなのかな、という程度の感覚をもっている。私は、技術にあかるくないとはいえ、日本語のサイトがあまりまだない、みんなで漢字コードの問題などからトライしていた1995年当時からhtmlのタグを直接書いてまがりなりにもホームページを開いていた。この時の経験からは、もう隔世の感がある。人間の年より7倍はやいドッグイヤーでいえば、すでに半世紀前になるわけだから、あたりまえか。

    話が横道にそれたが、簡単にいえば、書く、貯蔵する、繋ぐ(並べる、目録化する)、検索するという、情報管理の4つの機能が最初からそなわっている。図書館と比べてもよいかもしれない。本がきちんと保管されていて、一定の法則にしたがってならんでいて、様々な形でさがせるように目録があって、カウンターには司書がいるみたいな感じだろうか。図書館の本の中には、フィールドワークの記録もあれば、技術の解説書もある、図書の分類そのものについてのメタな記述もあるだろうし、書評を集めた本の本といったものも存在するだろう。この記事自体がそうであるように、ブログについて書かれたブログの記事というのも相当数存在するが、そのメタであるということは、ブログ特有の機能ではない。

    利用する人の立場から、図書館をながめれば、本を読むだけの人も見えるし、図書館の本を利用して本を書く人も多少は発見できる。毎日の新聞のように外から定期的に運び込まれる情報誌もある。このアナロジーでいけば、ブログを読むだけで満足なタイプの利用もあれば、ブログやネットの情報から新しい情報を生み出す人もいる、外部のメディアからブログに情報を定期的に持ち込む人もいる。本というのは、実際は国境を越えても流通するという性質もあるだろう。

    当初、私は、ブログの機能の中で、主義主張から趣味にいたるまで、一定の「色」で人々が分かれてくだろうと考えていた。しかし、実際にブログを自分で利用し、記事を書き、アップさせるという作業を続けるうちに、これは巨大な「図書館」以上の機能ではないのではないかという実感に落ち着きつつある。どれだけ、新手な情報の作成・貯蔵・検索装置ができたとしても、実は実現(演算)可能なことというのは穴あけ機の時代からPCやスーパーコンピューターまで変らないということの証明に用いられたチューリングマシンではないが、図書館からブログまで情報機能的にはあまり変らないかもしれない。

    では、ブログでなにがこれまでの既存の情報装置と違うのか?それは、単にスピードではないかと考えている。普通の図書館だったら1週間かかることが、ブログでは1日で、いや1時間でできてしまうのではないか?現に、98年くらいからスタートした私のサイトにアップした記事よりも、この2ヶ月で書いた記事の方が多い。ああ、そう、たずねてくださる方たちも、何倍にもなっているようだ。

    それから、もうひとつはコストの問題がある。これも、本を書き、出版し、流通させ、図書館の目録に収められるのにかかる費用と、ブログの記事をアップさせて、自動的に処理されていくプロセスのコストとは、何百分の1ですむ。使う身になってみても、検索にかかるこすと、本を買わないでもブログを読めるという手軽さは、他には変えがたいのかもしれない。

    3つめのブログにあって、図書館にない機能というのは、対話の機能であろう。私のいまの疑問というのは、このつなぐ機能があらたな知を産むことができるのかどうかということだ。対話ということ自体もギリシアの昔から、いやたぶんもっともっと昔から繰り返されてきた。そして、確実に知を高めた来た原動力になっている。手軽でコストのかからない、昔からくらべると途方もないスピードで行われるブログの対話という機能に期待したい。

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