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2004年3月 6日 (土)

大絶滅を生き延びた我らの先祖のために

これまで、人間がいかに地球環境に悪影響を及ぼしているかということについて自分なりに考えてきた。また、星をながめたときに感じる「宇宙船地球号」という感覚を、星野之宣の「2001夜物語」との関連で考えてみたりもした。

地球は7度目の生物の代絶滅期に入っている、というYahooのニュースを読んだ。現在生きている生物の先祖は、すべてこの90%以上の種の絶滅を生き残ったものなのだという。大変な確率だと感じるとともに、同じ種でも生存競争は激しかったと思われるのに、その上ほとんど地上からも海中からも生物自体が死滅するようなことがあったということは脅威だ。まだ、単細胞生物だったり、魚だったりしたであろう自分の遺伝子上の先祖に敬意を表したい。自分の前にいくつの先祖がいたかわからないが、彼らのうちの一人(一匹?一個?)でも、生きることをあきらめていたら、今の私はいないのだから。

また、この事実は、いかに生物がかよわいものであるかの証明している。一人一人の先祖が偉かったということ以上に、一つ間違えば現在の地球は生物のいない状態であったかもしれないということが示唆されるわけだ。火星の水の痕跡というのは、このことのまたこの傍証かもしれない。火星にも太古には水があり、酸素もあった可能性がたかい。今回のロボット探索機の調査結果は、確実な根拠をもたらした。

ここにきて、惑星生物学、惑星生物哲学という分野を本当に確立すべき時期が来ていると感じる。今、初めて宇宙の大きさと地球上の人類を具体的に対置できるようになったのだ。今、人類ははじめて地球の大きさと一個の人間の存在を対置して考えることができるようになったのだ。今、初めて生物の歴史と人間の一生を対置して考えられるようになったのだ。今、初めて遙かな過去と遙かな星との間に自分をおくことができるようになったのだ。これまでの地球上の思想は、これらの事実に無感覚だったのではないか?宇宙における生物の貴重さということにもっと思いをはつるべきなのだ。これを実際の生き方まで十分に深め、広めるべきだ。これらの事実をきちんと認識し、その上でどう我々が生きて行くべきなのかをきちんと考えるべき時が来ている。いや、我々はそういう感覚と責任感をもって日々いきなくてはいけない。

生き方というレベルの問題では、大変示唆をうけた人物にあった。先日、飛行機にのったとき隣にすわったハワイから来たというアメリカ人だ。彼は、ハワイの中でもかなり田舎の場所に、自分で建てたバンガローに住み、電気の修理や場所バンジョーを引きながら生計をたてているといっていた。家族もないようすで、たぶん唯一の肉親はニューヨークにいる老母だけだといっていた。電気もない、テレビもないという暮らしをしながら、彼は天体観測が趣味で大きな口径の反射式望遠鏡をもっているといっていた。私が天文学に興味があるというと、最新の人工衛星上の天文台の写真のいっぱいのっている天文学の雑誌を私に見せてくれた。天文学の一方、彼は考古学にも興味があって、これから1年間をかけて世界1周をする手始め手にアンコールワットで数週間をすごすのだという。以前、旅行した時に仏教の僧侶ともいろいろな話をしたからか、私が少しはなした限りでは仏教にも深い理解を示していた。

こういう人の生き方がもしかするとこれから求められるようになると感じている。

カントの「天上の星と我が内なる道徳律」という言葉の意味することをかみしめたい。

追記
今(2004/4/13)、「宇宙人としての生き方」(松井孝典著)を読了した。驚くほど、共通のキーワードに満ちている。そればかりか、本稿、あるいはこれ以前の記事で私が考えてきた結論がここに記されていた。宇宙との相対で人類を考える、とか、人間の進化と文明との矛盾ネットのつながりがいかに世界を狭くするか...ここで意地をはってもしかたがないのだが、私は本書を読んでから本稿を書いたのでない。上に書いたアストロバイオロジーが実際に存在することも知らなかった。メンデルの法則のような状態なのか?私が知らないうちに影響をうけていたのか?いや、それこそ地球がひとつになったひとつの証明だと信じたい。

■参照
・ '宇宙人としての生き方―アストロバイオロジーへの招待' from Passion For The Future.
知らなかった。 by akillerさん
「距離、時間、そして統治と戦争 」 (HPO)
「松井教授の東大駒場講義録―地球、生命、文明の普遍性を宇宙に探る」 by 山口浩さん

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コメント

トラックバックをいただいたので、コメントをしてみます。
私自身は、人間が地球環境を破壊しているという問題の建て方で考えないようにしています。というか、人間も現在の地球環境の一部である、と。決して環境破壊を是認するものでもありません。
こうして私がここで消費生活を送っているだけで、環境は破壊の方向に向かっているとも言えますので。
人間という生物の一種について、神様の時間で見れば、いずれ淘汰されるのかも知れませんが、それにあらがうべくアクションを起こせるのも人間なのではないかな、という希望もあります。

投稿: akiller | 2004年5月 4日 (火) 22時42分

akillerさん、おはようございます、

そうですね、人間も環境の一部であるというのは間違いないと思います。そして、その人間が他の生物種を圧倒しつつある、圧倒してしまった、というのも、地球の永い歴史の中でひとつの必然なのだろうと思います。

他方で、現在までのところ、地球外の生物種とであうことができていないというhttp://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/02/post_4.html">事実を考えるに、生物というもののか弱さや、人間と地球がそれこそ一体であるという、地球的意識というものを人間の側が持つべきだと感じております。人間だけが、認識、認知、言語を持ち、それらを行動で表現する出来る地球上の生物種であるということは間違いないのですいから。

いずれにせよ、この辺のことについて、非常に舌足らずで自分の考えもまとまっていないことにakillerさんからのコメントをいただいた感じております。よぉくまず腹に収めさせていただいて、また議論させてください。またトラックバック、コメント等させていただきます。akillerさんのこれらの事柄に関するご意見もいただけたりできれば何より幸甚です。ありがとうございます。

投稿: ひでき | 2004年5月 5日 (水) 10時24分

私は、地球物理学も生態学も専門ではありませんが、かなりおおざっぱに言えば、地球環境問題は、人類生存問題として考えていいと思います。実はその問題の建て方を全世界でどれだけ共有できるかどうかが問題なのですが。もっと言えば、個々の環境保護等の運動は国境あるいは自国の経済問題を内包している場合も多いのでなかなか困難ですね。いずれにせよ、人類たる我々が考えるという時点で、最終的には人類の問題です。
では、地球外生命の存在を確認することの研究意義について、庶民としての私は、ものすごく進んだ生物なら知見を得るきっかけになるし、原始が観察できれば、進化論に決着をつけられる可能性があるのかな、いずれにせよとてもわくわくするなぁと想像しています。ほんとに単純ですが。

投稿: akiller | 2004年5月 6日 (木) 00時56分

akillerさん、こんにちわ、

本当にSFの世界ではないのですが、地球外に生命がいるか、あるいはそれが知的なものか、ということがいま地上にいる人類が地球という意識に目覚められるかどうかということのポイントだと思っています。

あるいは、いっそ地球外に生命がいないということを完膚なきまで立証されるか。

我々は孤独ではないのか、あるいはどこまでいっても孤独なのか?どちらかが証明されればきっと、人類は地球全体で行動しなければ、という意識になると考えられます。いまのようにどちらなのかわからない状態というのが一番、人間が目覚めずらいと感じています。

投稿: ひでき | 2004年5月 6日 (木) 13時50分

ひできさん こんばんは

参照先読みました。いやー、ずいぶん思い切ったことを、以前から考えておられてたのですね。

ニーチェかと思いましたよ(笑)
http://kuroneko22.cool.ne.jp/human.htm
地球は皮膚を持っている。そしてその皮膚はさまざまな病気を持っている。
その病気の一つが人間である。
byニーチェ

それから、あのページ久し振りに読みましたよ。懐かしかったです。

投稿: it1127 | 2006年3月14日 (火) 00時07分

it1127さん、おはようございます、

「その病気の一つが人間である。」

うーん、さすがというか、考えてみれば「ツァラトウストラ」は随分昔の私の愛読書だったことを思い出しました。

記憶はらせん状に作用してきますよね。

投稿: ひでき | 2006年3月18日 (土) 07時32分

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