« 2004年3月 | トップページ | 2004年5月 »

2004年4月29日 (木)

そこ、そこをクリックしてくれ!

ブログにはまっている。ちょっと、体力的にやばそう。このスピード感についていくには、ちょっと年を取りすぎているのかもしれない。それでも、ブログにコメントがついたりするのが、すんごくうれしいし、別口でやっているアマゾンの書評のポイントランキングもひまがあるとついついチェックしてしまったりする。差し迫った仕事があってもだ。

私の中で、どうしてもアマゾンの書評のポイントをあげたい!と欲求している自分がいるのを感じている。アマゾンのポイントがあがっても、全然商売にはつながらないし、アフィリエイトとすら関係ないので、お金になることもない。それでも、共通一次世代(死語?)のせいか、ランキングをつけられるととまらなくなってしまう。ココログのアクセスランキングとかあったら(あ、どっかにあるのかな?)大変なことになると思う。廃人状態に陥って、仕事ができなくなってしまうだろう。私のサイトの更新状態を、内容には全然関心がないのに、私が心配なあまり見に来てくれている樋口君をますます心配させてしまうことになるのだろう...

自分を駆り立てるものが何かを自分の中に問い掛けてみた。それは、認知への欲求だろう。it1127さんが、すごくストレートな記事を書いてくださって、すごく同感している。ネットでポイントを増やすことや、自分の書いた記事にアクセスを集めること、またその記事にコメントをいただいたりすることは、自分に深いやる気を起させる。この満足は、自分の仕事で得られるものと同種のものだ。自分の仕事の出来栄えをお客様に評価いただいたときと同じくらい深い満足がある。

ネットにつながったからといって、直接お金が儲かるわけではない(儲かる人もいるかもしれないけど、私には無理だな、きっと)。ネットで食事ができるわけもない(ときどき、ブログにはまりすぎて飢え死にしそうになる)。車じゃないから、今いるところから物理的に移動できるわけでもない(電車の乗り換え案内はヒット!だけどね)。リアル(現実世界)にはまったく正しい。しかし、私にとってはネットは、通貨であり、精神の食べ物であり、多くの場所に出現する手段である。私にとって、認知されること、すなわち、クリック、トラックバック、コメント、アクセス数、ハテナのポイント、著名人やメディアによる言及などは、物理的なお金、通貨と同様の満足を与えてくれる。いや、お金で買えない価値を自分に与えてくれる。priceless!ネット上のありとあらゆる情報は、私にとってすばらしい食物だ。特にすばらしい知性の持ち主や、センスのよいコレクターたちにより選別され、要約され、重要なポイントを強調され、解説された一品は、最高のフレンチに匹敵する、いや、それを超える。そして、ネットによって私はありとあらゆるところに出現することができる、ありとあらゆる方々とつながることができる。認知への欲求に駆り立てられて、自分はネットにつながっているのだろうか?

昨日から、ブルーハーツの「トレイン・トレイン」の歌詞が頭の中でかかっている。

世界中に定められてるどんな記念日なんかより、あなたが生きてる今日はどんなにすばらしいんだろう
世界中に建てられてるどんな記念碑なんかより、あなた生きている今日はどんなに意味があるんだろう

これは、究極の認知への欲求の満足ではないだろうか?

いま、ここにいること、ここで生きていることこそが、人とつながる原動力であり、人とつながる手段である。私という存在と私を認めて欲しいという欲求は、分けることが出来ない。そう、人とつながること自体が自分という存在なのだと、改めて実感している。

■参照リンク
アクティブ・コンシューマー2.0 by 濱岡豊さん
「欲求の体系」としてのグローバル市民社会 by ニコラス・オナフさん (って、こういうこと書いてたんだ!)
距離、時間、そして統治と戦争 (HPO)
スミス的なもの、素子的なもの、あるいは、ネットは世界をつなげるのか?  (HPO)
見えない自由がほしくて、見えない銃をうちまくる −ネット上の貨幣としての認知にインフレーションは来るのか?−  (HPO)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2004年4月27日 (火)

恒久平和

この前、東長崎機関を見ていてほとんどおちそうになった。あれからどうしてもそのページにたどり着けないのだが、東長崎機関に76年だかの「軍事研究」とかいう雑誌の表紙の写真が載せられていて、その帯に「戦争の研究を通して恒久平和を実現する」(不正確な引用)とあった。それに、「戦争オタクの雑誌かと思ったら、そうではなかった。自衛隊員も含めて戦争を極めると人は闘いたくなくなるらしい。」(不正確な引用)とコメントしてあった。

これまで、私は誰がどう見ても右派、ウヨクであった。もし、サヨクとカタカナでかかれる輩がいるとすれば、私はウヨクだ。もう、あんまり自分の暴露ばなしもいやなので、詳細は書かないがなるべくしてなったウヨクだと自己規定してきた。しかし、ここのところブログで書きまくり、東長崎機関の方たちのようなノリを知り、あるいは、先日の「アクセス向上会議」「木村剛とブロガーのオフサイド取引」に参加されていた方たちのような、真に自由闊達で生き生きとした活動をしている姿を見るにつけ、なにかが自分の中で、社会の中で動いているのを感じている。もしかすると、私はウヨクから自己規定からおっこちてしまいそうだ、と感じている。

この大きな動きは、本ブログの大きなテーマである政治への市民参加という問題意識から派生した、私のヴェーバーフランシス・フクヤマへの関心と合致する。すなわち、大きな意味での平和のために戦う、愛ゆえに戦う。これは、相手を、自分の敵を、徹底的に打ち倒すから平和が実現するという意味ではない。愛という執着心のために戦うのから平和が実現するという意味ではない。あらゆるところで戦いつづけることが現代の社会の政治形態の矛盾を明らかにする。その闘いは、社会全体としての、つながろうとするこころ、「認知への欲求」、気概、愛、「おとうさん、おれを認めてくれ!」、名誉、ノーブレス・オブリージェ、大なるものへの謙虚さ、信、といったものを満たすことになるのだ。そして、世界は「歴史の終わり」を迎えるのだろう。

まだこの闘いというものが、歴史の終わりというものが、現実にどのような形になるのか私にはわからない。私は頭で考えすぎるのかもしれない。しかし、来るべき闘いは、左翼とか右翼とかいったレベルではなく、むしろそれらを超える大きな力の勃興と確立によって起こるのではないかという予感がある。

と、ここまで書いて、落ちる寸前で踏みとどまってしまっている今日この頃である。

■追記
この記事を書いてから、ぐるぐるとなにかがまわっている。さっき、ちょっとだけおちた。nimさんの記事のおかげだろう。ありがとうございます。それは、ウヨクとかサヨクという主義主張が自分を縛っているのではなく、自分をこうだと規定する自分自身が自分を縛っていたのだということだ。ここまで来て感じているのは、自分を縛る、自分を規定するこころから離れるのは、「おちる」という表現ではあまりに安易だと感じている。この先の境涯になれたときに、この続きを語ろう。

■参照リンク
「亜細亜主義と北一輝~21世紀の亜細亜主義」 by 宮台 真司
「降りる自由」 by 東浩紀
「メモ置き場」 by ??? (一体誰なのか?お分かりの方はいますか?ひでき)
「ふたつの日本/イラク日本人人質事件編」 by 園田義明さん
距離、時間、そして統治と戦争 (HPO)

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2004年4月25日 (日)

魔女たちとの日曜

ピッチからの投稿
apr25_1212.jpg
今日は御縁のあるかたの手芸のサークルの展示会におじゃましました。トールペインティング、パッチワーク、陶芸、園芸など実に多彩で、できばえもよくプロはだしの作品がめじろおしでした。私のように手先の不器用なものにとってはまさに魔女がまほうを使ったとしか思えないほどです。



当日 18:50 フォロー

今日は、ひさしぶりに文化的な午後だった。昼まえに展示会、午後は市民コンサート。展示会は、前述の通り。午後のコンサートは全然期待していなかったにもかかわらず、よかった。今回の指揮者はオーケストラのパートの最高のパフォーマンスを引き出していたように感じる。

いずれのイベントも経済的な欲求、人間の生存欲求というだけでは、決して説明できない行為だ。どちらも手間ばかりかかって現代の日本では決して採算はとれない。それでも、展示会を実行した手芸サークルの女性達にしろ、市民オーケストラに参加している方々にしろ、本当に真剣にイベントに臨んでいた。これもフランシス・フクヤマの言う気概の一端なのだろうか。どちらも、私には認知を求める欲求の手ごたえがあるように感じらる。

人間の活動の経済的でないすべてのことは、単に再生産のために必要なのではない。我々は疲れをいやして、再度クリエイティブになって、労働にのぞむためだけに文化的な活動をするのでは決してない。認知を求めるために、差異をつくること。自分のベストを尽くし、命をかけて闘い勝ち取る認知の価値というのは、どれほどのものなのだろうか?

気概、そして、個別化、個性化、これらの経済的・生存欲求的なものだけでは説明できないのものが、文化であろう。リクリエーション、レジャーというのは、再生産のためだけにある、なんていったやつは豆腐にあたまぶつけちまえ。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2004年4月24日 (土)

エージェントスミス的なもの、草薙素子的なもの、あるいは、ネットは世界をつなげるのか?

■はじめに

先回かいた「草薙素子か、エージェントスミスか?」は自分でいうのもなんだが、はなはだ情というか思い出にながされていて、本来書くべきことが十分でなかった。改めて、考え直してみたい。

本来ここで問題にしたかったのは、ネットが世界を覆いつつある現在、ネットはその参加者へどのようなインパクトをもつのか、ということだ。それは、「1984年」のビッグブラザーのテレビのように人に均質化を強い、規格からはずれるものを排除するのかそれとも、それとも、ますます主義主張の拡散と混乱をもたらすのか、考えてみたかった。

■用語の定義

まずは、自分なりのシンボルとしての用語の定義から。

エージェントスミス」とは、映画「マトリックス」に出てくる人格をもつ「プログラム」だ。バグにより全ての「マトリックス」ネット上の人格を自分の複製にしてしまう能力をもってしまった。最終的には、ネット上の人間からプログラムまで、ぜんぶ自分の人格にしてしまう。私の中で「スミス」が象徴するものは、過剰な「つながるこころ」により自分の情報を全世界にばらまき、全世界を自分の色一色でぬりつぶしてしまおうとする動きだ。フクヤマのいう「認知への欲求」のひとつの帰結としての「支配と服従」の究極の姿かもしれない。

草薙素子」とは、映画「マトリックス」の原型になったといわれているアニメーション映画攻殻機動隊」に出てくるサイボーグをさす。ネット上の擬似生命体「人形使い」=2501と融合することにより、ゆらぎをもった自己複製をネットの上に流していく、ある意味超越的な生命体となる。「素子」が女性であるというのも、私には多様性をもたらすものを象徴するように思われる。新作アニメーションの「イノセンス」でも「素子」が、個性のない画一的な人形と戦うシーンがある。

「素子」的なものはどこかトリック・スター的であり、世界に必要なだけの安定と更なる革新をもたらす。また、そもそもの成り立ちが自己組織化を含んでいる。マンガ版の方の「攻殻機動隊」で語られる「人形使い」がネットから切れることにより、よう高次なグリッドのつながりに再生していくという、昇天に似た生命体の誕生はある意味感動的である。

スミスも素子も少なくともその一部はネットの上の存在である。情報あるいは自己の複製を広げていくということでは、機能的に等しい。しかし、それぞれのネットとネットのノード(端末、人格)へのかかわり方と影響の与え方が対立的な存在だということだ。まとめれば、

スミス と 素子 の象徴するもの
均質性 vs 多様性
画一化 vs 個別化
男性的 vs 女性的
不毛 vs 豊穣
ビッグブラザー vs トリックスター
固定 vs ゆらぎ
集中 vs 分散


■ネットワーキング

そもそも、ネットの役割とは、ひととひととをつなぐことであると考える。ネットにあるのは、文字や画像などの情報にすぎない。ネットは、ノードである利用者、参加者と一体で考えるべきだ。金槌もつかうひとがいなければ、なんの意味もない。この意味でネットワーク上のサイトもアクセスされてなんぼだというのが基本的な認識だ。

この意味で、先日の「帰ってきたアクセス向上会議」を主催された橋本大也さんがご自身のサイトに最近掲載された「再掲:成功するインターネットソフトウェアエージェント論」には大変刺激を受けた。自己組織化に当時興味を当時もっていらっしゃったのか、参考文献に「ゲーデル、エッシャー、バッハ」をあげていらっしゃったのがとてもうれしかった。橋本さんは、文化的遺伝子といわれるミームを比喩として使って今後のネットの方向性について以下のように書いている。

アクセス向上の研究はコンテンツに含まれるミームの自己複製と自然淘汰を生き延びる為の戦略研究と言い換えても過言ではないのかもしれません。現在はアクセス向上には、マスメディアの影響力や現実世界の事件といった外部環境要因が大きく影響していますが、いずれ他のメディアとの融合が加速し、インターネットが世界最大のメディアとなっていくとすれば(既にコンテンツの量は人類史上最大だと思いますが)、ミームを運ぶインターネットエージェントの振る舞いを記述することが、自分の考えをより多くの人に伝える為に重要な要素として認識されるのではないか、と思います。

ネットの参加者が、ネットを通してつながるという行為の結果として、ミームを限りなく生み出していく。自分の作った、プログラムが、XMLが、言動が、ニュースが、哲学が、イデオロギーが、宗教が、ネットを伝って伝播していく。その結果、Yahooのような巨大なポータルサイトにアクセスが集中し、その記事、意見、つながりが、ネット上の情報の画一化を生み出すのか?ネット上の豊富な情報は、ネットワーク生態系の中でそれぞれの多様性を生むのか?生命の進化の過程でよく起こるようにひとつの種が他の種を圧倒してしまう事態がネットの上でも起こりうるのか?あるいは、生命が過去に経験したように、スミス一色の世界になっていれば、一撃のもとに全滅してしまうのではないか?ということがひとつの分岐点になる。

SFではないので、まさか、現実世界と現実のネットの上でヒトの人格を強制的にハックすることができるわけはない。多分、だから私のは杞憂なのだ。しかし、1919年のヴェーバーではないがネットによりあらためて全体主義的な動きがうまれうる少々いやな予感もある。

まだ、踏み込みがあまい!と言われそうだが、自分の今の限界のようなので、とりあえずこのまま載せる。くやしい。

■参考リンク
再掲:成功するインターネットソフトウェアエージェント論 by 橋本大也さん
攻殻機動隊 by lllissa 『自己中心野郎』さん
インターネット時代をリードできない「PC世代の限界」 by 梅田望夫さん
距離、時間、そして統治と戦争
クリエイティブ・コモンズ(flash版解説) by Creative Commons

■補完的リンク
コメントを参照いただきたいが、信じられないくらい本稿のはるか先を行く内容について、m_um_uさんから情報をいただいた。まだ私にははなはだ未消化であるが、ここに感謝を込めて掲げたい。予感として、これらのリンクは、私の「歴史の終わり」に関する関心とネットに関する関心をつなぐものであると感じている。
・「グリゴリの捕縛 あるいは 情報時代の憲法について」 by 白田 秀彰さん
オープンデモクラシーについて by m_um_u.さん
・「openDemocracy

| | コメント (9) | トラックバック (4)

2004年4月23日 (金)

nimさん

apr23_2349.jpg
nimさんと飲みました。たのしかったです。


翌日9:26

いやあ、いろいろなお話ができました。深いですよね、広いですよね、微妙ですよね。リアルでお会いするのが初めてだとは思えないくらいでした。

次は、ふじすえさんを誘おう!と怪気炎をあげておりました。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2004年4月22日 (木)

始まりの戦いと歴史の終り

以下、物語である、おとぎ話である。でも、書きたい。書くことを止められない。

この数日、私の中でいろいろなものがつながりだしている。間違いなく、ブログで書いていることが原因だろう。書いてきた断片が重力をもって、ふりつもり、臨界状態に達しているのを感じる。これまでばらばらに自分の中にでふわふわとただよっていたかけらが、すこしずつすこしずつ、運動をはじめ、つながりだしている。そんな感じがする。

きっかけは何度も書いているようにiEditでマインドマップを作ったことに始まる自分の中の方向性の発見であり、それから、そう、映画版の「バガーヴァンスの伝説」だ。そして、なによりリアルにおいても、ネットにおいても、これらに触れるきっかけをくださった方達がくださったといえる。深く感謝したい。

前置きが長くなった。あつまったかけらの一側面だけでも書き留めておきたい。まずは、戦いの歴史について書きたい。

今、自分の中の核を見ようとすれば、それは、人間の最初の戦いと、戦いから始った人間の歴史が、つながろうとする力が原動力になって進化し、そしてまもなく終わる、という幻視だ。

この幻視をもたらしたのは、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」だ。本書は、本当に名著であるといえる。自分にとっての名著というのは、読んでいるだけで、自分に考えるヒントを与えてくれる本を指す。まだ、上巻しか読んでいなくてあまり知った口をたたいてもいけないが、上巻だけでもかなり広範囲にわたるヒントがあつまった。これらはおいおい書き留めていきたい。

フクヤマの叙述するヘーゲルは、人間の、そして歴史の最初を「認知を求める存在」だと規定する。認知を求める存在というのは、相手に自分を認めさせたいという欲求をもつ存在であるということだ。この認知を希求するこころ、気概というものは、人間が自分の所属する団体の名誉や人々をまとめあげる旗など、単純なものや物質に対する欲望の対象でないもののために、命をも捨てさせる力である。相手に自分を認めさせる、つながるこころである。ヘーゲル=フクヤマによれば、相手に自分を認めさせるということのひとつの形は、相手を支配することだという。支配者と奴隷という関係が認知への欲求のひとつの結果なのだという。従って、人間の歴史は最初は命をかけた戦いに始ったなのだ。

ここでどうしても頭がふわふわしている私が思い出してしまうのは、映画の原作小説の「バガーヴァンスの伝説」に出てくる歴史に先立つ戦いだ。その海岸沿いでの戦いは、神が加勢するほど激しい戦いだったという。その戦いを戦い直しているのが、映画で扱われた部分の1931年のジョージア州で行われたボビー・ジョーンズウォルター・ヘーゲンと我等がラナルフ・ジョナのゴルフマッチなのだという。映画でゴルフの戦いだけが取り上げられているのは、原作の半分しか語っていないということになる。もっとも、その代わりに映画ではロマンスをすこし加えているが...「バガーヴァンス」がなぜ「バガヴァットギータ」につながるかは、既に書いたので、ここでは書かない。

かくのごくして、私の中で、「歴史の終り」は、「バガーヴァンスの伝説」に重なり、それは「バガヴァットギータ」につながる。そして、その流れはインド神秘主義につながり、仏教のにつながり、日本に到達する。歴史の始まりから終りまで2万年かけて、私にひとつの風が届いたのを感じる。

■参照リンク
『歴史の終わり』メモ by (仮称)メモ置き場さん
仏教がつなぐ日本とインドの知られざる物語・・・「大アジア思想活劇」  by MAOさん
距離、時間、そして統治と戦争 (HPO)
「バガーヴァンスの伝説」 (HPO)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2004年4月21日 (水)

男と女

電車の乗り換えの時に(幸い下りの階段だった)、前を姿のよい女性があるいていた。そして、叫びそうになった。

おれは女がすきだぁ!女がすきでなにが悪い!

決して某ミラーマンさんを擁護しようという意図で書くのでない。自分を卑下して表現するために書くのでない。女が好きだと認めることと、社会的にゆるされないことをすることは別なことだ。ただ、男は女を見ていたいし、近づきたいし、できれば触れたいと感じていることが自然だといいたい。はなはだナイーブな話だが、女の側でも、同様に男の声を聞きたいし、近づきたいし、いっしょにいたいと思っているということを発見した時は、私の世界がひっくり返った。ついこの間まで女性にはそうした欲望がないか、あってもかかすかだと信じていた。まあ、若いころの私は本当にナイーブだったのだ。

もう20年近く前、田舎の学校を出て東京へ出てきて自分で稼ぎだしたばかりのころに、廻りの女性に聞いた。「セクシーだと言われるのってほめことばだと思う?」私が聞いた限りの女性全員がノーと答えた。多くの女性は、服装などでセクシーだと言われるのは侮辱だと答えた。あ、海外は違うんだなとおもったのは、10年前に、ある台湾系アメリカ人(いやアメリカ系台湾人かな)の女性に"Do I look sexy?"と聞かれた時だ。米国の価値観では、セクシーというのは美しいに次ぐくらいほめことばらしい。彼女に言わせると、「見られる喜び」というのがあるのだそうだ。

学校で、ある教授が、30年前からある女子大で教えていて、田中ビネーだかの性格検査を毎年クラスで実施してきたと言っていた。その教授の継続的な性格類型診断結果によると、30年前にはひとクラスには必ず超内向性という女性が数パーセントいて、7割くらいまでが内向性の性格を示していたという。それが、近年では7割が外向性で超内向性の女性は完全にいなくなったと言っていた。この話すらももう20年前の話なので、女性の性格類型のトレンドはもっと先をいっているに違いない。

最近、私の廻りにいる日本の女性は、若い男性の裸をみて平気で、「おいしい」とかいう。彼女たちによると、「観賞用の男」というのが存在するそうだ。女性雑誌の表紙を若い男の半裸のグラビアが飾ることも少なくないようだ。何でも仮面ライダーの人気の一端は、非常に見た目のよい若い男性をキャラクターにそろえたからだと言う。セクシーと見られることは...どうだろう、さすがにもう年なので若い女性に前と同じ質問をすることははばかられている。

いや、いささか(いっぱい?)女性について少々不公平な話になってしまった。もっと男の側の暴露話をした方がまだましだったかもしれない。言いたかったのは、ことほどさように男と女の間に惹きあう力があり、そして、それはごく自然なものであるということだ。男は女に惹かれる、女は男に惹かれる、それは、アニムスでもなんでもいい、なにかしら男性的なものが一方にあり、他方にアニマ、女性的なものがあるからだと感じる。それを隠すから、ゆがめようとするから、人類はエデンを追放されてしまった。

いや、そんな小難しい話は脇において、あなたもさけんでみませんか?

私は、女が(男が)好きだ!女に(男に)ここにいてほしい!

Love is touch! Touch is love!

ああ、またまたジョン・レノンになってしまった。やれやれ。

■参照リンク
Rick's Bar: 『男と女の<愛>言葉』
灰色書庫: 男の市場価値とは?
男と女の戦略と戦術 by yuuさん
女の言う「生理的に受け付けない男」の正体 by Dainさん
Love Mystery
フト オモフ by すみれさん 
そこ、そこをクリックしてくれ! (HPO)
[書評] ファウスト、最期の科白 (HPO) 特にit1127さんとのコメントのやりとりをご覧ください。
[恋愛試論] かわいそうだったぁ、ほれたってことよ。 (HPO)

ハルコさんの「男女間の友情」からトラックバックをいただく
平成16年9月5日
実は、この話題は私にとってとても懐かしい話題です。思い返せば、いまから20年ほど前大学に入ったばかりの頃これについては激論を交わしました。割といろいろな地域から来ている学生が多かったせいか、それぞれ地元に彼氏彼女を残してきていたりして、それでも大学生にもなればクラスの友達やら部活の友達やらと交流しなければならず、近くにいれば仲良くもなるわけであり、その辺で異性間交流の距離をみんなとりかねていたのだと思います。

正直にいって、結構規律の厳しい高校から一気に自由な世界に解放され少々調子を崩していた当時の私には男女間の友情は考えられませんでした。もう、なんというか「さかり」がついていたんですね、きっと。詳細はあまりに恥ずかしいので書きません。

でも、いまならお互いに(いや、一方的かな?)に魅力を感じている間柄でも友情を保つことは十分に可能だと感じております。好意を感じる度合いがお互いにアンバランスになったりすることがあっても、いろいろなことを経験させていただき人と人との間で適度な距離を保つことを覚えたのかもしれません。少々ずるくなったのかもしれません。いずれにせよ、いい加減に分別盛の年にもなれば十分に恋愛でない友情チックな、でもちょっとだけ惹かれあうところがあるようなそんな関係を相手によっては構築できるような気がします。

| | コメント (6) | トラックバック (2)

2004年4月20日 (火)

「帰ってきたアクセス向上委員会」 に参加しています!

2apr20_1935.jpg
19:42
あいかわらず、ミーハーな私は、「帰ってきたアクセス向上委員会」に参加中です。 なかなか満席です。すごいですね。 いま「ぐりー」の田中さんがお話しされています。 詳しくは家に帰ってから書きます。

(ここまでPHSSigmarionIIで書いてSigmarionIIPHSで送った記事です。)


0:30過ぎ

事務所までもどってきました。遠い...やっぱり田舎にいると東京に出て行くのがつらいっす。

しかし、若い人ばかりで圧倒されてしまいました。ネットでがんばっていらっしゃる姿勢が痛いほど伝わってきて、一応自分も商売をするものとして通じるものがありましたね。在庫や人員を抱えざるを得ない展開をされていて「重い商売だ」とおっしゃっていた方がいらっしゃいました。

後半のパネルディスカッションのメンバーさんは以下の通りです。自分のメモがわりにここにリンクをはれるだけはります。

・Niftyのココログ担当:伊藤さん(私もココログユーザですのでよろしくお願いいたします!)
オールアバウトジャパン 他: 相原りささん(あ、リクルートなんだ!納得!)
@cosme: 吉松さん(ちゃっかり隣に座らせていただきました。)
たのみこむ: 内田さん(世界最速のサイコロ素敵です)
カフェグローブ: 村田さん(ちゃんと妻には紹介します。)

あ、つうかリストありましたね。Wiki版(?)リスト発見!

しかし、私は商売モードだとほぼ一日しゃべりまくっていることも珍しくないのに、ブログ関連だとどうしてこう無口になってしまうのでしょう...自分で不思議です。



21日 10:58

アクセス向上のため(笑)、自分がブログについて書いた記事へのリンクをはります。なんでも、おそわったことは実行、実行、すぐ実行!

草薙素子か、エージェントスミスか?
ブログとマインドマップとiEdit
世の中狭い
ブログとネットワークの知
情報装置としてのブログ
KJ法とブログ
リアルタイム
大脳とココログ



21日 17:00

現在、都内某所で仕事をしています。さっき、昨晩の「会議」の話題でもりあがっていたのですが、ここは昨晩お会いした方の知り合いのオフィスで、お見えになったこともあるようです。いやあ、世の中狭いですね。オフィス内で一気に「会議」の話になり盛り上がった。百式の田口さんがもう好青年を絵に書いたようなルックスで...とか語ったら、みんなその事実を知っていたのには驚きました。相原さんの話をもちだせば、すぐに「リクルートのグルメガイドでしょ」とか返ってくる。これは、ほんとうに自分の年代から下でネットがあたりまえになった、生活の一部になった常識というのが形成されているらしいですね。



21日 21:20

ここで、ちょっと口調を変える。しかし、いつもサイトを愛読させていただいている橋本大也さんなどの若いのにも驚いたが、ウケる技研の水野さんのように8万部のベストセラーを書いていたり、なにかやることをやっているなという感じがした。生意気になことかもしれないが、多くのアクセスを集めている個人サイトやヴェンチャーのサイトが商売の基本に忠実にやっていらっしゃるということがよく感じられた。「今日まで続いてきたことが一番うれしいことだ」とは、なかなかいえない。涙が出そうだった。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

まねぶ

たぶん、私の人生はこれまでひとまねの人生だった。こう書いている、このブログ自体がそうだ。失礼になるかもしれないので、あえて名前をあげないが、ほんとうにブログ上の何人かの方々のサイトから文体から、書き方から、スタイルまで、きっとまねをしている。あまりに下手なまねなので、たぶん、その方たちは、「へっ」とか思いながら、笑っていらっしゃるのだろう(ことを希望してます!よろしくお願いします!)。

こんなひとまねもある。最近、ある人の字をまねて書こうとした。漢字とひらがな大きさ、あるいはタテとヨコの線の傾き、文字の太さなど、懸命にまねしようとした。しかし、結果はほんとうにひどいまねになってしまった。一つ一つの線をまねようとすれば、全体のバランスがとれない。全体のながれ見れば、一つ一つの文字は全然似ていない。線をトレースすることで、なんとかその方の行動をトレースしたかったのだが、ものまねなんてそんな結果に終わることばかりだ。

今日、たまたま接することのあった文章で、人への気持ちというのがあった。自分が誰かに会えば、自分のこころに必ずその人が及ぼす感情の影がゆれる。肯定的な気持ちもあるだろう、こんちくしょうという気持ちになることもある、ああそう、その人に近づきたいと感じることもある。それらの感情を素直に認めようというのが、その文章の主題だった。この文章を読んで思い出したのは、エンカウンターグループでよく使われる技法だった。前段にいろいろなエクソサイズがあるのだが、エクソサイズで一定の信頼しあえる関係になって、二人一組になる。そして、一方がいすにすわる。立っている方の一人が、いすにすわっているパートナーを、自分に関係の深い特定のだれかだと思い、こころにあることを吐き出す。次に、逆に、いすに座っている人に自分自身の役になってもらい、自分は今度は自分の思いがある特定の誰かになり、自分に対してその人になったつもりで語りかける。これは、実は誘導の仕方で肯定的なことを引き出すことも、否定的なことを引き出すことも可能なのだが、時におどろくほどの量の感情が湧出される。そんあエクソサイズを思い出して、涙が出そうになった。

まねをするということは、このエンカウンターグループの技法のように、自分と縁のある、ある特定の人を表現することではないだろうか?その人自身になりきって、言葉をはく、こころをはく、行動する。ストレートにその人を、あるいは自分自身を、まねして表現しえたとき、自分はその人になれる、あるいは、自分自身になれる、そんな風に感じた。でも、どこまでいってもまねはまねなんだよね。

今日は、誰のまねをしようか?そう、今日は自分自身のまねをしたい。

■参照リンク
「自分とつながる」 by きいのさん
マネをすること by ゴロぉさん

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2004年4月19日 (月)

草薙素子か、エージェントスミスか?

Linuxがまだディスカッショングループで作られていた頃、MosaicというInternet ExplorerのもとになってWebの閲覧ソフトが出たばかりの頃、FTPやIRCがまだネットのほとんどすべてだった頃、パソコン通信が花盛りだった頃、インターネットでまだ日本語のメールがとおりにくかった頃。そんな昔を、ちょっとしたきっかけで思い出してしまった。

ああ、なんか昔にひたっている。実は、結構ネットにはまった時期があった。(まあ、こういうブログなんかやっている連中はみんなそうかな?)そのころ御世話になった方たちのページが全然見つからない。消えうせている。まあ、自分自身のページももはや消えうせてひさしいのだからあたりまえかな。

当時に御世話になった方のサイトを少々探してみたがみつからなかった。特にかなりお世話になった山下さんのNihongo Yellow Page (NYP)が完全にネットから消え去っているのを発見して愕然とした。結構日本と米国のネットの橋渡しに活躍されていた時期があったように思ってたんだけどな。自分の会社のサイトも最初は載せてもらっていた。

それでも、Ken Lundeの"Understanding Japanese Information Processing"という本がアマゾンで検索できた。でも、もう廃刊だな...最初にLundeの講演を聴いたときは結構興奮した。これで日本語でメールがかけると思った。それまで、コードの体系も大して理解していなかったから苦労していた。でももう、日本語がネットで通らなくてJISかS-JISかEUCかなんて悩んでいた時代は本当に過去のものなんだな。

あ、そうそう、ここでひっぱりだすと怒られるかな、C-NETに連載されていた森さんともいっしょに仕事をしたことがあった。この前メールしたら覚えていてくれたのが結構救いかな。いっしょにバイトしたんだけど、あの会社とかどうなっちゃったんだろう。あ、ありますね、IAC。社長のゆきさん元気かな?

こんな個人的なことを書くサイトのつもりでなかったのに、書き出したら止まらない。

93年から95年まで米国にいっていた。直前にたまたま会った友人からこれからはWindowsだといわれて、それまでMac使いだったのに簡単に転んでしまった。とにかく日本語Windows3.1とWordとExcelをもっていけばいい!というその友人の助言をそのままうのみにして、トンランクにソフトのパッケージ3ついれて渡航した。

学校のネットにつないで、当時始まったばかりのインターネットに大型で接続することにトライしていた。でも、どうしても日本語がとおらない。いろいろ試行錯誤した末にEUCで日本語が通るようになった(と、思う)。でも、7ビットのネットをとおると文字化けするとか、相手先がコードに対応していないとか、問題が多かった。多分、一番まともだったのは、米国からネット経由でニフティーに接続してパソコン通信からという情けない状態だった。EmtermというEmusotのターミナルソフトでつないでいた。

そんなこんなの悪戦苦闘をまとめて「日本語によるインターネット」というメモにして公開した。FTPのサイトだった。立ち上げたのが、確か94年の秋かな。英語ばかりだったネット上で、英語で日本語の使いかたを公開したのがみそだった。英米圏に当時いた方の少しは役にたったのだとすればうれしい。もう、そのサイトは影も形もない。もはや、英語でつけたタイトルも思い出せない。

そうそう、Multi-User Dungeonで女性に勘違いされてよろこんだり...あ、ちょっと脱線しすぎだな。hidekiってちゃんと自分の名前で出ていても、日本人の名前は男の名前か女の名前かわからなかったらしい。多分、MUDに接続していた日本人ってかなりすくなかったんじゃないかな。文字ベースだったけど、家をオブジェクトとしてコーディングするとか、ペットのワシをプログラムするとか、ほかの人とほぼ物理的に(?)接触するとか、いまのUOとかでできることは、かなりできたような気がする。

それでも、ああこれからネットがメジャーになっていくんだろうと感じたのは、阪神淡路震災のとき。地震があってから、あっというまにネットの上で情報が整理されていったのを見たときだ。IRCで確かまだ燃えている大学から実況していた人もいた。私もちょっとだけ情報の整理と、米国側への配信を手伝った。誰もリーダーになる人はいないのに、かなり誠意あふれる、組織だった対応があちこちに見られたと記憶している。個人のプライバシーにつながるのではっきり書かないが、私も米国経由で実際に被害を受けた人に、水の配布場所を知らせることが出来た。うれしかった。

あ....なんで、なんで、コメントがついたんだ。ありゃ、下書きのメモを公開していただな。こりゃ、しっぱい。じゃあ、いそいで仕上げちゃおう。

んで、やっとタイトルに近い話につながる、いや、つなげる。当時はとにかく文字社会だった。まあ、14.4K接続なんてのが超高速で2400bpsとかで日本とつなげていたのだからしょうがない。しかし、いまのログやハテナや2チャンネルの感触は昔のBBSやディッスカッショングループのころときわめてちかいんだ、そう思える。既知感がある。また文字がネットの主役になった感じがする。このイラクの人質問題での騒動も、私には阪神大震災のころを思い出させた。

ただ、このきわめて範囲の広がった新たな文字ベースインターネットコミュニティーが、ネットの上の均質化をすすめるのか、個性化をすすめるのかが疑問だ。今回の人質騒動に関して極めて超高速で情報が伝わっていることは本当に歓迎すべきことなのだが、それだからこそ情報がいくえにもだぶって公開、引用、加工されていた(まあ、自分自身を含めてだね)。また、ネット上の記事の信頼性もきっとこれからかなり問題にされるのだろうという予兆をみな感じ出している。

果たしてこれから、ネットが映画マトリックスのエージェント・スミスのように、世界中をひとつの人格だけでぬりつぶしていくのか、攻殻機動隊の草薙素子と生物2502のようにゆらぎながら新たな個性を生み出していくのか、そこを見極めていきたい。ネットは広大だ...

(まぁったく導入と関係のない結論だが...メモを先に公開したのがくやまれる...)

■参照
・「Linux博物誌」 by 都田克郎さん
世の中狭い(HPO)
ブログとネットワークの知(HPO)
スミス的なもの、素子的なもの、あるいは、ネットは世界をつなげるのか?(HPO)
[書評] 攻殻機動隊 Ghost in the Shell  (HPO)

■追記
昔の自分のホームページの名前を思い出した。というか、発見した。ほとんど死んでいるリンクの中で生き残らしてくださっているサイトが見つかった。
Rhode Island-Japan Society's Language and Cultural Center
このサイトの後ろのほうのJapanese-Related Linksにある「Hideki's Home Page 」が時分のもともとのサイトを日本のサイトに移してしばらく使っていたアドレスだ。ああ、どっかさがせば当時のデータ残っているのかな?なつかしい。

もうひとつ、自分の昔の足跡が残っているのを発見した。いつまで、これが残っているのか分からないけど、異常になつかしい。

Re: News Group by E-mail

ここからたどったら、文中のFAQがスレッドで残っているのを発見した。あまりにもあまりにも懐かしい....ああ、泣いてしまいそうだ。

Using Japanese on Internet for PC

しかし、この頃御世話になっていた方とコンタクトはすっかり途絶えてしまった。自分がいかに不義理をかさねて来たかを反省する。御世話になった方で、もし万々一このサイトをご覧になったかたがあれば、ぜひご連絡ください。本当に私は失礼を重ねております。ありがとうございます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2004年4月16日 (金)

ビジネスとしてのイラク統治

■イラクの情勢判断って...

やはり、自分は無知なんだなと思った。二次情報にふりまわされるのでなく、一次情報に当るべきだとやっと気がついた。それに、あらためて餅は餅屋だなと感じた。自分の立場のないところで、特に今回のような問題を論実のは問題ありだ。自分の得意分野からすくなくとも発想すべきだ。それやこれやで、以下の試みをした。

■ビジネスプランとしてのレポート

1年前、Council on Foreign Relationsという機関の特別対策本部があるレポートを発表した。これは、"Iraq: The Day After"というレポートである。このレポートの中で、自分の力で歯が立ちそうな"Executive Summary"を読んだ。一読して、ビジネスプラン(事業計画)だなと思った。実際は、政治的な助言として書かれたレポートであるが、商売人を自認する私としては、これを事業計画であると感じた。以下、このレポートをビジネスプランとして読んでみたい。これと関連して、CPAの予算書も少々分析した。

表面を読んでいるだけなら、明らかに外交問題の解決を記述しているように思える。しかし、文章の裏面を考えると壮大なビジネスのヒントが隠されているように私には感じられる。このレポートは、米国の戦後統治で利権を守るためには、米国が何をすべきかがかかれている。

しかし、このレポートから導かれるであろう行動計画は、必ずしも米国全体の国益とかなわないように感じた。これは、特定のグループの利潤を追求するための事業計画だ。もし自分が企業家の立場で、本計画に参画しているとしたら、絶対ビジネスプランを綿密に練ってこのビッグビジネスは参加しようとするだろう。

たとえば"Forward"で「戦後、国家を再構築する過程は、合衆国政府、その他の政府、国際機関、そしてNGOの責任である。」と書いてあるのは、「この過程で、合衆国政府はのみの利益を優先すべきである。その他の機関には、責任だけを負わせればよい。」といっているようにと思えてしまう。ちょっと先入観がありすぎるのだろうか?

もし、イラクの復興のような利益をあげるビジネスを合衆国政府と企業集団がいかに構築するかという観点から本文章を読むと、非常に示唆に富んでいるように感じる。また、ビジネスプランとして読むこのレポートは、この発表から1年経った現在(平成16年4月)のイラク情勢を理解する助けになると思う。

■4つの鍵

サマリーに書かれている4つのキーについて簡単に書きたい。これはよくビジネスでいわれる成功への鍵(Key for Success、KFS)の類である。(以下は、私自身の解釈で、しかもsummaryに基づいて書いているので、厳密に知りたい方がいればぜひ原典にあたってください。)

#1 イラクの未来に対するアメリカの政治的な関与

ここでは、予算規模と事業期間について述べられている。2.2兆円(200億ドル)を越す年間予算が、中期に渡って必要とされるという。しかも、長期にわたって米国政府はイラクにかかわるべきであるという。ビジネスとして考えれば、これは数兆の規模の売上を上げうる計画であり、長期にわって利益をうけるシステムをイラクに構築できることを示唆している。

ちなみに、この事業計画の実行部隊であるCPAの予算書をざっと分析(参照)したら、イラクの政府予算で数年に渡って1.4兆円から2兆円に及ぶ支出が予定されている。この中で、不思議なことにこのうちの1兆円から1.3兆円が「finance」という項目で支出されることになっている。教育、健康、住宅などのイラクの人々の実質的な救済につながる予算は、のこりの数千億円の予算規模にしかならない。しかも、予算上の欠損は借り入れなどでまかなわれるのではなく、Oil for Food基金から当られると言う記述がある。(ほんとうにOil for Foodは、利害の塊らしい。)一体新たな借り入れも行わないのに、financeという予算項目は何を意味するのだろうか?もしかすると、前政権が負った対外債務の返済にまわされるのだろうか?経済封鎖を受けていた国が、10兆円に及ぶような負債があったのだろうか?

あ、あるある、あるんだ、イラクの対外債務。湾岸戦争の賠償金や未払い利息などをいれると、日本円換算で約40兆円にのぼる対外債務(参照「侵略の動機」)をイラクは抱えているらしい。しかし、この返済自体が巨大ビジネスになる可能性がある。不良債権ビジネスみたいなものが可能だ。あ、でもこれは二次情報しか確認できなかったので、参考情報とする。

ちょっと余談だが、CPAの2004年イラク予算に、凍結された前政権の米国における預金等について記述がてあった。それによると、約1800億円におよぶイラクの資産はいつのまにか米国の特別予算に計上されていると言う。取るものはとって、他の国の債権は放棄させて、新イラク政府からしっかり残りを返済させるというすばらしいビジネスプランといえよう。

#2 イラクの文民を保護する

イラクの治安を維持することの大切さ。これは、イラク政府予算等だけでなく米国軍を駐留させることが大きなビジネスになるということを示唆しているように思われる。7.5万人の米兵を置くことを想定しているが、この規模の軍隊が必要とする年間経費はどれくらいのものになるのだろうか?彼らが消費する食料や、サービスなど、膨大な需要を満たす供給が必要になる。

また、投資を呼び込むにも治安の安定は絶対である。特に、最大の産品である石油採掘施設の保護は重要課題であろうが、これも治安の安定が前提条件だる。文民警察ということに触れているのも、国際人材派遣業が成立するというビジネスのヒントになるのだろうか。なにより絶対必要なのが油田と石油関連設備周辺地域の治安確保であろう。

#3 紛争後の移行と再構築の重荷を分け合う

ストレートに、ブッシュ政権が、紛争後のイラクのコントロールを握ろうとしている印象を減らすために、国際機関と他の国々がかかわることが必要だといっている。一方、初期段階で米国のイラクにおける主導権を他国あるいは国際機関あけわたすべきでないとも、主張している。ビジネスの競争でも、一人勝ちしている印象をいかに与えずに、実権をにぎるというのが基本。ビジネスの利権をいかに確保しながら、米国の印象をよくするかが大きな鍵になるのだろう。これは、競争の戦略から考えると理解できるプロセスではないか。

#4 イラク人を復興のプロセスを通じて利害関係者にする

イラクの復興は、イラク人がやるのだと思わせておかなければならない。政府は、公共機関にイラク人が重要な役割を果たし続けることを保証しなければならない。これには、戦後の憲法で連邦制をとらせることも含まれると言う。「分割し、統治せよ」ということだろうか。暫定憲法も、暫定政府も、その後の選挙のプロセスも、イラク人が主体をとっていると思っていることが大事である。

その他、石油産業の再生、新規の石油開発など、利益を生みそうなプロジェクトがイラクには、目白押しだ。イラクの新しい政府予算には、70億を超えるコンサルティング予算が組まれている。

■石油産業の取り扱い

全体を描き出す前に、ごく一例として以下のセクションを示す。これは、とてもあからさまにビジネスを目指しているように思われる。

The Iraqi oil industry.U.S. officials will have to develop a posture on a range of questions relating to control of the oil industry, such as how decisions on contracts for equipment and oil-field rehabilitation will be made; who will consider and make judgments on the viability of executory contracts for development of oil fields (at least some of which have as a precondition the lifting of sanctions); and what will be required for transition from the Oil for Food Program to a transparent and accountable indigenous system to receive and disburse oil-related revenues. The Task Force recommends that the administration strike a careful balance between the need to ensure that oil revenues benefit the people of Iraq and the importance of respecting the right of Iraqis to make decisions about their country’s natural resources.

興味深いセクションなので、ほんとに下手だが和訳を試みる。

イラクの石油産業
合衆国の政府高官は、石油産業をコントロールすることに関係していくつか疑問を綿密に考えておかなければならない。その質問というのは、(石油関連)設備と油田を回復させる契約についてどのように意志決定がなされるか?、未履行の油田開発契約の実効可能性についての協議と判断を誰が行うか?(すくなくともいくつかの契約の履行は禁輸解除の前提条件となる)、Oil for Foodプログラムから、石油関連の収入をあげてそれを支出できるような、透明で責任のある(イラク)固有の体制への移行に必要な条件はなにか?、といった内容である。

特別対策本部は、石油収入がイラクの人々に利益を生み出すことを保証する必要性と、イラクの人々の自国の天然資源について決定をする権利を尊重する重要性との間で、政府機関(administration)は注意深い比較検討をすることを勧告する。

■これって自分なりのことばで言い換えれば...

これを読んで、自分がたまたまこの特別対策会議に加えられたビジネスマンだとすれば、自分は以下のように計画して、利益をあげるべく行動すると思った。

イラク統治ビジネス計画

 ・目的: 
    独占的な収益源の短期的、中期的な確保 

・予想予算(売上)規模:
     数兆円/年 

・期間: 
    最低で初期段階3年、長いほうがよい。
但し、独占的な地位が崩れる前に投資回収、撤退 

・収入源(顧客又はサプライヤー): 
    米国議会による米国政府予算配分 
    同盟諸国からの資金提供 
    イラクの石油をはじめとする天然資源売却益 
    Oil for Foodプログラムの基金 
    40兆円に及びイラク対外債務返済のCFによる金融収入 

・関係者対策(stakeholder):
   
独占的な利益を守るために、以下の関係者対策をとる。
     米国議会対策:アメリカの国益にかなうことだと考えさせる。 
    米国民対策:イラクへの関与への関心を失わせない。 
    諸外国対策:アメリカ主導だと思わせないこと。 
    国連対策:国連を看板として使うが主導権は握る。 
    イラク国民対策:従順すぎず、過激すぎず、油田地域への影響の排除 

・競争戦略:
    自分達のグループ外の供給者の排除もしくは下請化(supplier) 
    イラクの連邦制移行による分割統治、CPA設置(buyer) 
    諸外国の干渉の排除(potential entrants) 
    国連による干渉の排除(substitutes) 

・利益をいかにあげるか(KFSのリソース): 
    以下の契約をいかに早期に独占的に獲得するか。 
    -米国軍の補給、移動にかかわる契約取得 
    -諸国軍の補給、移動にかかわる契約取得 
    -暫定政権維持のコンサルティングビジネス(特に金融面、石油面) 
    -石油設備再生にかかわる契約取得 
    -イラク暫定政経樹立後の開発、建設、物資供給、石油関係ビジネス契約

現実がこの通りになっているのか、どうかは保証のほどではない。一応、この特別対策本部が、フォローの論文をあげていたので、リンクを示す。


米外交問題評議会タスクフォース・リポート
「戦争から一年を経たイラクの現在と未来」
Iraq: One Year After

下手な訳をしてから気づいたのだが、実は「フォーリン・アフェアーズ」に「The Day After」も「<米外交問題評議会リポート> 戦後イラクの改革をやり遂げるには」というタイトルで昨年翻訳、掲載されていたらしい。購読者でないので、ネットでは論文は読めなかった。どこかでバックナンバーを探してみよう。

■追記
finalventさんから「戦後イラクの改革をやり遂げるには」が、「論座」2003年5月号に掲載されていると教えていただいた。「朝日新聞社の本」から、発注可能の模様。あるいは、フォーリン・アフェアーズの論文集にも再録されているらしい。
・もう疑いだすときりがないのだが、「U.S. Identifies Front Companies for Saddam Hussein Regime」という記事がCPAのサイトに載せられていた。もう米国はイラク統治の体制を築き終えて、「潜在的な参入者」を引き落としにかかっているように感じられる。

■追記2
「壊れる前に…」のウニさんが、フクヤマのインタビュー記事を紹介してくださっていた(うにさん、ありがとうございます)。ちなみに、Al-Ahramは、アラブ世界で一番古くから続く新聞らしい。フクヤマが、エジプトとはいえアラブ世界の新聞のインタビューに応えていると言う事自体、大変興味深い。フクヤマの最新の著作の「Nation Building」に挑戦したい(けど、語学力がおいつかないかな...)。
歴史に終焉はいつ、どのようにやってくるか by うにさん
"Open-ended history" at Al-Ahram by Francis Fukuyama (interview)

■追記3 平成16年6月25日

本日、報道機関からイラクへの統治委譲が完了したと報じられた。一方で、テロが横行し毎日死者がでている。しかも、最近は米兵よりもイラク人の死者、負傷者が多いように感じる。CPAのページも特にファンファーレを流しているわけではない。一方、ブッシュ大統領の再選をさまたげる動きが米国内であるとも聞く。ほんとうに一体今回の戦争で誰が得をしたのだろうか?誰のためになったのだろうか?

■参照リンク
一部の支配階級とそれ以外の一般ピーポー by it1127さん
占領とレジスタンス
平和を乱すもの
距離、時間、そして統治と戦争

■追記 平成17年2月1日

極東ブログの「イラクで一兆円近いカネが消えてましたとさ」という記事を大変興味深く読ませていただいた。本記事で予算の分析をさせていただいたときを思い出した。やはり、「finance」で計上されていた部分などを含まなければ、規模からいえば兆を超えるはずはないはずだ。いずれにせよ、CPAはそのホームページが米軍関連のドメインであったように今回の件に米軍がからんでいないわけはないと考えられる。

http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/04/post_1.html#c167175

■追記 平成19年1月5日

Danさんが「NHKでイラク資金について報道してたよ」という記事をあげていらっしゃった。

盗人にも200億ドルの理

なんかいまごろマスコミがとりあげることって、CPAが存在していたころから明々白々だったじゃかなという気がした。↑で書いたように堂々とCPAのホームページに「finance」なる項目で使途不明金が計上されていた。このタイムラグはなんなのだろう。

| | コメント (14) | トラックバック (2)

2004年4月15日 (木)

ブログで書くということ

今こまっている。自分で、考えてしまう自分を発見してこまっている。本を読むのをやめようとしていたのに、大量の本をアマゾンに発注してしまっている自分を発見してこまっている。

そもそもブログで書き続けようとしているひとつの理由は、自分の中にあるものを吐き出してしまいたいということだった。考えず、先をみず、ただ書いているいまだけを見つけて、書く、そういう状態を作り出したかった。それが、ここへ来てなにか変質してしまっている。アクセス数を気にしたり、コメントをこころまちにしたり、自分の知識のなさを気にしたり、ブログに関連する本を読んだり、どうも最初と違う方向へ出てきてしまっている気がしてならない。そもそも、自分の求めるものというのは、書くこととか、考えることとか、とは違う方向なのかもしれない。かなり深い懐疑に陥っている。

それでも、ブログで書くことによって自分の知識の量が増え、自分の思考の方向性は整理がついたというのは事実だろう。ご紹介いただいたiEditで書いたマインドマップによって出てきた種は、自分にとって意外であったが、あらたな自分の方向性であった。政治、とくに国際情勢について、信じられないくらい豊富なリソースに自分がつながっていることも新たな発見だった。

たとえば、イラクの人質問題について膨大な情報がきちんと要約されてく様は、自分には目新しいものだった。この問題は、ブログとネットの上のリソースが発現し、組織化されてくる流れを加速させていると感じている。これはもしかするとブログや、ネットに参加している人たちにとって、関心の方向性がひろがるという意味で、ブログのネットワークを通じた情報のフィルターと圧縮が密になったということで、そして、ひろい議論の波が生じたということで、よいことなのかもしれない。少なくとも、ブログとネットの人々の旗の色が鮮明になったように感じる。

だから、きっとただ物理的な日記に、そう、たとえば10年日記に、自分の考えていることを書き連ねるということと、ブログで書くということは違う。当たり前のことかもしれないが、ブログで書くときの自分というものと人との交流というもののバランスがどの辺にあるのか感じ取りたい。

ブログで書くということを考える度に、自分にはおもいうかぶSFがある。小松左京の「継ぐのは誰か?」だったと思う。筋やら背景やらはそれはそれでおもしろいのだが、脇に置く。とにかく、遠未来の地球人の議論というのは、超高速で自分の意見をただただ話すのだという。それでも、話している内に若干側にいる、あるいは交流がゆるやかにある、他の人間の同じく高速で話している内容を自分に取り込み、修正し、しゃべり続ける。そして、一定の範囲内に実行レベルのプランがまとまるまでそれを続けるのだという。なんと無駄が多い議論の仕方だろうと、思っていたが、実は現在のブログの状態というのは、小松左京の描いた遠未来の議論の仕方が一部実現しているということではないだろうか?

もうひとつある。デビッド・ブリンの描いた「ガイア」の一シーンだ。「ガイア」は、確か90年にかかれたこれもまた壮大なストーリーのSFなのだが、そのテーマについては別に書こうと思うくらいおもしろかったし、示唆に富んでいた。ここで、取り上げたいのは、ごく近未来でネットが通常の生活にとりこまれている時代。それこそ、「はてな」のような、ブログのような、Yahooのような、すべてのその時代のニュースはハイパーテクストになっていて、ひとつのニュースの背景から、セカンドオピニオンから、すべて必要なだけ個人が情報をネットから引き出すことができるようになっている。そんな世界の中で、ごく日常的に世代間の紛争があり、暴力があるので、年寄りは若い者への報復手段として、ヘッドギアのようなものにカメラをつけて歩いている。暴力をうけたり、道徳的に疑問におもった若者の行動については、頭につけたカメラから自分のサイトでリアルタイムで流してしまう。主人公の一人は、たまたま言葉を交わし、こころをゆるしたそういう「ウォッチャー」の老人の一人がその死後に老人のサイトで自分が批判的に観察され、取り上げられていたことにいたくこころをいためる。これもまたいまのブログとリアルの間で起こりうる錯綜なのではないか?

...いかん、考えずに書く、吐き出すために書く、というテーマで書くつもりだったのが、違う方向へ流れているようだ。しかし、もうすこし筆にまかせて書き続けてみよう。

ことほどさように、ブログで書くということは、つながりをひろげながら、人々と弱い相互作用を生じる行為であろう。この一点で、一人で日記を書くこととは違う。書くときから相互作用を先取りして、目線を感じながら書かざるを得ない。書いたそして、実際に公開することにより、つながる、つながっているという実感をリアルタイムでもてるということも日々書き続ける動機として大きい。コメントやリンクにより、記事がひとりで動き出すことが、たぶんブログの醍醐味なのだろう。

では、自分はどうすべきなのか、という問題へ立ち返る。このまま書き続けるべきなのか、それとも、もう書くことはやめて日常の中で、自分をはき続けることを行動していくのか?今感じているのは、やはりブログで書くということも、ひとつの日常の行為なのだ、ブログはひとつのツールにすぎないのだということだ。日常で行動して実現できることは、ブログとネットの上でも達成できると信じる。書き続けよう、ただただ書き続けよう。ただただ書き続けられるようになるまで、書き続けよう。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2004年4月13日 (火)

平和を乱すもの

この前から気にかかっていることがある。どこのサイトか、雑誌かどうしても思い出せないのだが、昨年のいつかに「中東問題など諸々の問題を抱えながらも、いまほど世界が和平にむけて動き出したことはない。」という主旨の記事をどこかで読んだ。その時は、なにをこいつは勘違いしているんだくらいにしか思わなかった。しかし、ごくごくあたりまえに考えれば、すでに経済的なネットワークはこの地球を覆い、領土を広げるよりも、他国を侵略するよりも、戦争をするよりも、交易をするほうが自国の利益を高めることが出来る時代が到来している。大前健一ではないが、現在の経済状況では、富は土地そのものでもなく、地中の中に埋まっているのでもなく、その土地の上で行う事業にあり、そして、その市場に埋まっているものなのだ。

日本の失われた10年を見ていてすら、経済的な戦略の方が戦争よりも経済性が高い、国益につながることがよく分かる。明白な例では、海外の巨大金融機関による新生銀行などの企業買収事例は、1回あたり数千億、合計すると多分この10年間で数兆に及ぶ利益とキャッシュを巨大金融機関にもたらした。これは、実質的にこの10年間は巨大金融機関に日本が経済戦争で負けたことをそのまま意味する。ほとんどの日本の自動車メーカーなど実質的に「ガイシ」になってしまった日本の会社も多数ある。イラク戦争を見ていてすら、米国を含めてこの戦争で国としての利益をあげた参加国があるのか、国益とはなにか?、首をひねりたくなる。

ちょっと余談だが、巨大金融機関がなにを指すかについて少しだけ。私の勤める会社が以前長銀と取引があったのだが、新生銀行になったときに以前の担当者があいさつにきて、役員のリストを渡していった(参照)を見てかなりびっくりした。ちょうどそのとき読んでいた「赤い盾」のリストと外国人の役員の出身行がちょうどかさなるからだ。彼らは根っこのところでつながっているんだと深く感じた。陰謀説をとるのは、好きではないがあまりの偶然に背筋がさむくなった。

日本から世界に目を転じると、21世紀になってからの国際情勢の流れは、私の知る限りでも中東をはじめこれまで火薬庫のように言われていた地域でも対話路線をはじめていた。そう、どちらかというと9.11は全くイレギュラーな事件であったように私には思われる。

たとえば、EUの成立と地域通貨の実現、流通の開始は、平和路線の最たるものであると私は感じている。なんとなれば、ヨーロッパは、現代に至る数百年を最も激烈な戦争で彩っていた地域に他ならないからだ。地球上に遍く植民地支配をひろげながらなも、ヨーロッパ域内での激烈な闘争を終わらせることのできなかった諸国が、ひとつの通貨、ひとつの議会をもつようになるということは歴史開闢以来の最大規模の平和の証明である。これは、高速移動網やネットをはじめ様々な移動、通信手段により、地域内の距離が失われ、ひとつの政体の統治対象域内にヨーロッパ全体が網羅されてしまったことの結果であると私は考える。ある意味、産業革命以来、ローマ帝国成立以来くらい、通信と移動の手段が劇的に変わった時代であると私はとらえる。(参照

かなり粗い議論になっていて恐縮だが、EUに象徴されるように、21世紀は論理的に考えれば和平や世界平和がすすむべき状況にある。技術革新、経済ネットの発展、共産圏の崩壊、この10年を見通した様々なことがらは、戦争よりも平和の方向をむいているように思えてならない。ちなみに、付言しておけばこの路線は、景気が拡大している、拡大していないには関係ない。多分、明治以前で最も平和な時代であった江戸時代は、特に元禄期は、ある意味人工的な経済停滞期にあった。しかし、戦国の世とは対照的に長期の中央政府が日本全体を統治することが可能であった。また、世界に誇るべき日本の文化を生んだのもこの時期だ。経済的な発展だけが、国民の幸せをつくるのでもなく、国として尊敬される文化を創るのでもない。

しかし、世の常であはあるが、何事も理屈どうりにものごとはすすまない。理屈道理にすすまない原因をとらまいていくと、どうしても米国にたどりつくような気がしてならない。いや、多分国際政治というのは、そんなに単純なものではないのだろう。EUにしたって水面下の外交が外向きの統合と平和をもたらしているだけなのかもしれない。実際、もし万々一、米国が戦後の時代に存在しなかったら、多分時代の成り行きから行って全体主義が行き渡った「1984年」のような体制が世界中を覆っていた可能性すらありうる。それでも、2004年現在の時代の空気を乱す原因を作っているのは、米国であるように思われてならない。

では、我々になにができるのか?それは、つながることだと思う。米国も決して一枚板ではないし、外から来た才能のある人々に門戸がひらかれている社会であるという一面も決して否定できない。ネットであれ、街であう外国人であれ、つながることだ。そして、世界がひとつになる...つまりは、愛し合うことだ。

って、あれ、ジョン・レノンみたいになっちゃったね。

■追記 (平成16年6月16日)

ふじすえさんが、外交政策についてかかれていたので、少々前に書いた記事に手を加えてトラックバックさせていただく。「歴史の終わり」を読むうんぬん、という部分を割愛した。この本を読んだ後でも、外交政策については自分の考えに変化はなかった。むしろ、自信を持った。

4月から今日にかけてイラク戦争は、ますます泥沼化していくようにしか、私にはみえない。特にmiyakodaさんが以前指摘してたように、玉虫色な政策とはいえ多国籍軍に加わらない国際協力という姿勢でいた日本がなぜいまの時期に多国籍軍に加わらなければならないか、ということも疑問だ。

■参照リンク
ビジネスとしてのイラク統治 (HPO)
占領とレジスタンス (HPO)
距離、時間、そして統治と戦争 (HPO)
エージェントスミス的なもの、草薙素子的なもの、あるいは、ネットは世界をつなげるのか? (HPO)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2004年4月10日 (土)

占領とレジスタンス

■それは妻のひとことからはじまった

昨日の朝、妻がテロが相次ぐイラクの様子を伝えるニュースを見ながらこう言った。

「やっぱり、日本人ってえらかったよね。同じアメリカに占領されてもテロ一つなかったんでしょう?」

妻の一言からいまのイラク情勢を考えると言うよりは、日本の戦後について考えてみた。

■なにが違うのか?

考えてみれば、日本軍は長野に松代大本営まで作って本土決戦を唱えていた訳だし、それこそ国土の地形から行けばテロやらゲリラ戦には向いている。戦いを継続する、もしくは進駐してきた米軍に抵抗をしようとしたらいくらでも方法はあった。血気さかんな軍人なら、個人になっても戦うことはできたであろう。米軍にしたって安全に統治できるものであれば、信託統治のような形をとり、軍政を引きはしなかっただろう。テロが頻発する今回のイラクにおける占領といったいなにが違っているのか、疑問に感じた。

もちろん、一つは国家の背景の差があるのだろう。アジアの極東とイスラム圏の文化的、宗教的、国民的な違い大きい。しかし、日本でも特攻隊を始めとする、あるいは武士道をはじめとする殲滅してでも敵に向かうという気概が当時あった。これは、イスラムで殉教をすすめる文化的、宗教的な動機としてはあまり差がないように感じる。日本の軍人でも、イスラムでテロを起こしている戦士たちに抵抗の気概にはまけずおとらずあったに違いない。宗教としては精華されていなくとも、国のために、郷里のために死ぬという気風がった。これは、いまのイスラムでの米軍への抵抗勢力の気持ちと大して変わらないのではないか?

もちろん、時代背景は大きく違う。当時は、CNNもなかったし、携帯式のロケットランチャーもなかった。情報のソースもなければ、効果的に抵抗する手段もなかった。アメリカに対する認識も大きく違うのだろうか?鬼畜米英と教えていた教育の中では、とてつもなく歪曲された米国像が日本国内にあったと私は聞いている。ちょうど、ある経営者のドキュメンタリを読んでいるのだが、家をやかれ、親戚を失い、財産を失い、さんざんな目にあっている体験が克明に語られていた。当時の米軍を恨みに思う気持ちと現在のイラクの人々の気持ちにある程度の共通点があるのではないか?

米軍の動機も大きく違うだろう。太平洋戦争を遂行しなければならなかった背景には、確実に戦前の日本の政治的、経済的、そしてなにより武力的なプレゼンスがあったということだ。これらを制限し、日本を二度と立ち上がれなくしなければいけない、せざるをえないと言うのが当初の米軍の日本の統治政策であった。まあ、途中からは米軍を日本に駐留させるということ自体が、ひとつの占領の目的になったのだろうと、それがいまだに続いているのだろうと、は、想像する。まだ、当時の日本人には自分達が仕掛けてしまった戦争に敗れたという気持ちがあったのかもしれない。しかるに、イラクへの米軍とその同盟軍の侵攻の背景には、もっと政策的、米国の利益確保が見えている。イラクの人々にしたら非常に理不尽に感じるであろう状態に陥っている。

■それは、リーダーシップなのか?

私は、この2つの国の占領政策の受け入れ方の差は、あるいは政治的なリーダーシップの形の違いにあったのではないかと考えている。どれだけ、批判する人がいようと、米軍が進駐してきて逃げ出したりする政治的指導者は当時の日本にはいなかった。それはプロパガンダといわれるかもしれないが、玉音放送を聞き、粛々とそれを受け入れる体制が敗戦の当時でも日本には存在していた。それが違いではなかろうか?

■関連リンク
America's Role in Nation-Building: From Germany to Iraq  by RAND
米兵は「最後の人間」か? (HPO)
ビジネスとしてのイラク統治
平和を乱すもの
距離、時間、そして統治と戦争

| | コメント (11) | トラックバック (2)

2004年4月 7日 (水)

吉里吉里人と地方分権

ごはんをたべてて思いついた。もしかして、道州制や地方分権がすすまないのは、井上ひさしが悪いんじゃなかろうかと。考えてみれば、ついこの間まで日本の国の中でどんぱちやっていたし、その前は地方それぞれが別の国で政治的な干渉すらできなかった。それが400年も続いていた。中央集権の現在の政府にとって、道州制というのは、「吉里吉里人」のようにいつ中央政府にはむかうかもしれない勢力を国内に作ることになるから、脅威なのではないだろうか?そこまで現在の中央官僚が考えているか、長期的な視線の長さをもっているかという根本的な疑問はあるのだが、井上ひさしの描いた「内乱」が国という存立基盤は案外あやういのかもしれない、という気持ちを国を運営する側にいだかせたと言うことはないだろうか。以下、少し地方自治について考えてみたい。

まずは、「吉里吉里人」。これは、考えてみれば昭和56年の出版なので、もう随分前のこと。確か第二次石油ショックとか騒いでいたころではなかったか?東北のある村が、独立を宣言する。言葉から始まって、国防や金融、医療にいたるまで用意周到に準備されている。モデルは、モナコか香港あたりだったのかもしれないが、特に金融については、大量の金保有を背景に兌換券の通貨を発行することにより、世界中お企業を味方につけるという発想がユニークだし、現実性があるように感じられた。

しかし、現実に、いまの憲法と法の枠組みの中では、独立を宣言することはむずかしい。下手をすると刑法に触れる。

第77条(内乱) 国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。
1.首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。
2.謀議に参与し、又は群衆を指揮した者は無期又は3年以上の禁錮に処し、その他諸般の職務に従事した者は1年以上10年以下の禁錮に処する。
3.付和随行し、その他単に暴動に参加した者は、3年以下の禁錮に処する。
2 前項の罪の未遂は、罰する。ただし、同項第3号に規定する者については、この限りでない。

「死刑又は無期禁固」!!!

正直、「吉里吉里人」もストーリー展開はかなりユーモラスに語られていたのだが、ラストまできていきなりの国家の介入のシーンに衝撃を覚えた。まあ、それこそが井上ひさしの狙ったものだったのかもしれない。いずれにせよ、分権はできても独立国になることはどうも難しいようだ。まあ、その井上ひさし氏は現在大分共産党よりの活動をしていると聞く。共産党系の方の娘さんと再婚されたとか...いや、本題にもどろう。

いずれにせよ、中央政府があまり道州制に熱心でないのは、独立国になることはなくとも、自分たちのコントロールが失われてしまうという危機感があるのではないだろうか?この地方分権一括法案の取り扱いと、その後の財源の委譲の仕方を考えていると、地方には力をもたせぬよう、もたせぬようにしている気がしてならない。地方分権について、自分の勉強を含めてちょっと考えてみよう。

ネットで地方分権一括法案をちょっと調べてみるとあるわあるわ、いろいろな言説がいまもアップされている。この法案は既に国会を通って施行され、すでに数年が立っているが、その多くの反対の立場をとる論者たちが触れていたように、財源を伴わない地方分権がますます問題になっているように感じる。たとえば、こんな話もある。地方分権改革推進会議には以下のような記事があった。

これに対して地方財政の状況も、バブル崩壊以降、悪化の一途をたどっている。特に、景気対策に伴う地方債発行の急増は、後年度に公債費負担の大幅な増加をもたらしており、景気低迷に伴う地方税収の伸び悩みと相俟って、地方公共団体の財政構造の硬直化をもたらしている。平成13年度の経常収支比率は87.5%(平成3年度71.3%)、公債費負担比率は18.4%(同10.8%)と、この10年間でいずれも大幅に悪化している。

とにかく、仕事の分担だけ地方自治体に先に委譲してしまい、財源がついていっていないし、石原都知事のホテル税あるいは外形課税のようにどうも批判の対象になっているが、この辺の事情を考えると致し方ないのかもしれないという気になってくる。

私の問題意識は、あくまで国家の転覆を考えるとかではなく、地方分権が遅々としてすすまなかったこと、地方分権一括法案以来私が見る限り地方の財政はますます悪化しているということ、これ以上の道州制のような地方分権がありうるかというあたりにある。今回は、まだまだ勉強が足りないということが分かった。このテーマには、捲土重来を改めて狙う。

■参照リンク
・KODAMA'S (NEW) WORLD: 「井上ひさし『吉里吉里人』」
・TARANCOさん : 「吉里吉里人」
・「プラトン × トマス・モア ユートピアと性1
・野口貴公美ゼミ 「地方自治論講義録 2003
・「北海道が独立したら」 その1 その2 by 伴武澄さん
アメリカ独立宣言 by 脱藩浪人志士の部屋さん

| | コメント (0) | トラックバック (0)

[書評]できる人、できない人

「採用の超プロが教える できる人 できない人」 安田 佳生 (著)

以前、人事関係の仕事をしていたことがある。その時の実感と、本書はとても近いものがあるように感じた。例によって作者と私は1年違い。経歴もなんとなく近しいものを感じる。本書を、発想、行動するときのポイントをまとめた本として、読んでいきたい。あ、たぶん私が読み解くより本書を読んだ方がはるかにわかりやすいかもしれない。非常にわかりやすく、読みやすい本だった。

本書では、人材を経験があるなしにかかわらず仕事ができる人を人材と定義している。これは、私にも実感がわく。どんな立場でも、できるやつは成果をあげるしできないやつは成果があがらない。この差は本当に明確だ。よくいわれる20対80の法則はあてはまるのだろう。つまり、「20%の仕事のできる人間が、会社で必要な仕事の80%をこなしている。」ということだ。あるいは、「会社の利益の80%は20%の社員があげている。」といってもよい。これは、中小企業にいると本当にあからさまに感じる。中小企業では、仕組みでもうけるところまで会社の組織ができていないので、大企業よりも明確に個人の差がでる。かといって、必ずしも個人個人の力が明確に打ち出せない大企業もあまり魅力的な職場とは言えない。いくつかの商売人が自然に育つ仕組みを持っている大企業は本当にいまのびているのを実際に目で見ている。

では、仕事のできる人間というのはどういう人間なのか?本書では、いくつかのポイントをあげている。たとえば、リードタイムの短いやつ。仕事を達成する時間というのは、個人差はあまりなかったりする。しかし、その仕事をしあげるための段取り、仕事にかかるまでの時間ができるやつとできないやつとで違うという。個人も工場も生産性の測定の仕方、向上のさせ方では同じ原理であるといえる。大野耐一さんの本を読んだときも、トヨタ生産システムをつくっていくなかでは、生産開始までのリードタイムをいかに短くするかに血眼になっている様子が語られていた。

それから、本書では場を読むことを含むコミュニケーション能力をあげている。これもわかる。仕事というのは決して一人ではできない。グループの力を発揮させるためには、基本的なコミュニケーション能力はとても大事だ。もっといえば、一人でできることは限られている訳なので、人をどう自分の仕事の達成にまきこみ、的確な指示なり依頼なりをあたえて、一人ではできない仕事を達成するということは、実はコミュニケーション能力の問題だ。「7つの習慣」では「デリゲート」とか書いてあったやつだ。これと関連してコミュニケーション能力には、自分がいまなにを達成すべきかという感性もふくまれるだろう。これは、シュミレーション能力だ。戦国の武将が出陣前に息子と粥をたべていた。食べている途中で、なんども汁をめしにかける息子をみて、「ああ、こいつは死ぬな。」と思ったというあれである。(ああ、これはfinalventさんが書いていた話だったか...)

それから、エネルギーと素直さをあげている。実は、本書の中であげている要素の中で、この2つの要素こそが20歳までに勝負がついてしまう能力なのではなかと思う。そう、あふれんばかりのエネルギーを持っているというのも能力だし、素直さも能力のうちだと思う。仕事がら年上の方とも年下の人ともいろいろな場面を経験してきた。たとえば製品の設計をするとか、顧客から要求事項をヒアリングするとかいうコミュニケーション能力や専門知識というのは、案外経験とその人間の意欲と習慣で改善するものだ。しかし、その意欲と習慣をいつまでも継続できるというエネルギーは、案外先天的なこのだし、人の話を聞く耳を持たぬという人間は、60歳になっても、70歳になっても(あ、だからこそかな)案外その態度は変わらない。ちょっとはずれるが、ある人が私にこう教えてくれた。決心の強さというのは、勇敢な行動をするのでもなく、いままでとどれだけ違ったことをするかということでもなく、ひとつのことをどれだけ継続するかということだ。けだし、真実だ。

実は、ここからが本題なのだが、では、こういった能力をそなえた人間だけの企業を作ったら優秀な企業になるかどうかということを問題にしたい。うそかほんとか知らないが、蟻を観察していて、はたきものの蟻と怠け者の蟻があることが発見されたそうだ。それでは、働き者の蟻だけをあつめれば超働き者の生産性の高い集団になるか実験したそうだ。働き者蟻は働き者蟻だけ、怠け者蟻は怠け者蟻だけで、巣を作らせ観察した。なんと、こうなると働き者蟻の中からは怠け者蟻が出て、怠け者蟻からは働き者蟻がでて(どのような指標ではかったはしらないが)生産性の差は、わずかであったという。非常にある意味納得性のある話だと感じた。

本書で言っているように、平均からはずれたものがあらたな価値をつくりだす。そして、平均的な均一な人間しかいない組織は衰退する、ということは真実だと思う。私も働くものの一人として、まったくだらしない人間ばかりで組織を組めといわれれば、たぶん拒否する。しかし、組織ひとつひとつにあるべき姿かたちというものはあるように感じる。これも本書がいっているように、ダーウィンは「環境の中で生き残るのは、最も大きなものでもなく、最も強いものでもなく、常に変化しつづけ適応するものだけが生き残る」のだ。これは、均質な人間だけを採用していたのでは、達成できない。

日本は人材の質が落ちてきたので不景気になった、と本書は指摘する。私は、決して人材の質が落ちたとは思わない。むしろ、能力的な面や意欲の面ではあがってきている気がする。すくなくとも私のまわりには同年代でおもしろいやつがいっぱいいる。とてもこれからの日本にわくわくしている。だた、意欲の面で一理あるなと思うのは、社会が安定化しすぎているためか、飼い慣らされ、これまでの発想の延長でしか考えられない、行動できない人間が比率的に増えているかもしれないといういやな予感はある。これをやぶるのは、同質の人間、優秀な人間だけでつるむのではなく、自分であらたな価値観をつくるように行動することだ。安定をもとめず、自分自身を未来に向かって賭ける、投機する。本を捨てよ、街にでよ。そんな感じだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004年4月 3日 (土)

[書評]職業としての政治 その2

職業としての政治 by マックス・ヴェーバー

ヴェーバーは、いろいろな政体とその形について分析していただけでなく、この後のドイツにおけるヒットラーの出現を予見していたのではないかと思わせるような言葉を残している。たとえば、「選挙の集票『マシーン』を伴った指導者(ヒューラー)を選ぶか、凡庸な政党政治家、職業政治家をえらぶしかない」(p.74)とか、「10年後に失望するかもしれない」、「この講義の聴衆がくじけているか、『俗物になりさがっているか』」(p.103)「悪い予感がする」と、言っている。たぶん、第一次大戦で破れたばかりのドイツの若者に夢を託しつつ、その当時の状況がうわすべりしたような感覚を持っていたのだろうと思う。

いずれにせよ、この社会学の巨人が翌年に没したことを考えるとこのドイツの青年に対する言葉は、単に社会学的、政治学的なな知見をのべただけでなく、どのような態度で、どのような姿勢で、政治という一個の人間が集団全体に対してなにができるかという問題に対して、いかに真摯に臨むべきかという言葉まで熱をもってひびいてくる。

ヴェーバーは、ごく現実的な力の分析を行っている。やはり、ごくあたりまえに政治家が力をもつためには、「官職任命権」をもっている政治的な組織、役職者が権力をにぎるということも主張している。日本においても、この辺の事情は全く異ならない。以前、憲法15条について書いたように、日本の憲法においても実は国民に罷免権が認められているが、実効性をもたないということは、ひとつの欠陥だと思う。

ああ、それからこれはどうしても書いておきたい。ここのところ、キーワードが重なりすぎるくらい重なっている。この講義の中にまで「バガヴァット・ギータ」が取り上げられている。つい先日、「ギータ」をもとにした「バガー・ヴァンスの伝説」についてコメントしたばかりなのに。戦争を説き、深い体験について語る神としてクリシュナがどのような意味を私についてもつのか、稿をあらためて書いてみたい(参照)。

ちなみに、ネットをちょっと調べると「職業としての政治」の書評がいっぱい出てきた。それらの多くが、やはり抜粋形式でかかれているのを発見し、この本を読むと抜粋したくなる気持ちになるのは自分だけでないことをを知った。ヴェーバーの文章は、やはり無駄のない文章であることの証明のようだ。ほんとうに箴言がここにはある。最後に参考とさせていただいた方のサイトのリストを掲げた。

最後になってしまったが、このようなすばらしい知的体験をさせてくださった極東ブログfinalventさんに深く感謝する。

以下、後半部分からの抜粋である。(前半の抜粋はこちら

*()内は、私の補足を示す。
*「...」は途中省略個所を示す。

p.63
アメリカで人民投票的な「マシーン」がこのように早くから発達した理由は、アメリカでは、いやアメリカでのみ、人民投票でえらばれた大統領が...官職任命権も握っていたからである。

p.70
専門的に訓練された官僚層がドイツでは圧倒的な重要性をもっていた...。

p.74
ぎりぎりのところで道は二つしかない。「マシーン」を伴う指導者民主制を選ぶか、それとも指導者なき民主制、つまり転職を欠き、指導者の本質をなす内的・カリスマ的素質を持たぬ「職業政治家」の支配を選ぶかである。そして、後者は、党内反対はの立場からよく「派閥」支配と呼ばれるものである。

p.77
政治家にとっては、情熱-責任感-判断力の三つの資質がとくに重要であるといえよう。

p.78
(判断力)すなわち精神を集中して冷静さを失わず、現実をあるがままに受けとめる能力、つまり事物と人間にたいして距離をおいてみることが必要である。「距離を失ってしまう」ということは政治家にとってそれだけで大罪のひとつである、

p.80
デマゴーグの態度は、本筋に即していないから、本物の権力の代わりに権力の派手な外観をもとめ、またその態度が無責任だから、内容的な目的を何一つ持たず、ただ権力のために権力を享受することになりやすい。

p.83
あるいは、戦争のすさまじさで精神的に参った人間が、自分にはとても耐えられなかったと素直に告白する代わりに、厭世気分をひそかに自己弁護して、自分は道義的に悪い目的のために闘わねばならなかったから、我慢できなかったのだ、とごまかす場合もそうである。

p.84
(戦後処理について)...これ以外の言い方はすべて品位を欠き、禍根を残す。国民は利益の侵害は許しても、名誉の侵害の侵害だけは断じて許さない。

p.92
(結果に対して責任を持というとする責任倫理家に対して、)心情倫理家はこの世の倫理的非合理性に耐えられない。彼は宇宙論的な倫理的「合理主義者」である。

p.94
政治にタッチする人間、すなわち手段としての権力と暴力性とに関係をもった者は悪魔の力と契約を結ぶようなものであること。さらには、善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではなく、しばしばその逆が真実であること。...これらが見抜けないような人間は、政治のイロハもわきまえない未熟児である。

p.95
戦争が生活秩序全体の中に完全に組み込まれてたことを、われわれは「バガヴァッド・ギーター」の中のクリシュナとアルジュナの対話から知ることができる。

p.99
およそ政治をおこなおうとする者、とくに職業としておこなおうとする者は、(指導者が目的のために、部下を装置とし必要とするという)この倫理的パラドックスと、このパラドックスの圧力の下で自分自身がどうなるだろうかという問題に対する席にを、片時も忘れてはならない。

p.102
問題は年齢ではない。が、修練によって生の現実を直視する目をもつこと、生の現実に耐え、これに内面的に打ち勝つ能力を持つこと、これだけはなんとしても欠かせない条件である。

p.103
これに反して、結果に対するこの責任を痛切に感じ、責任倫理に従って行動する、成熟した人間---老若を問わない---がある地点まで来て、「私としてはこうするよりほかない。私はここに踏みとどまる。」と言うなら、測り知れない感動を受ける。

...残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが(1919年の)10年後(である1929年)にはとっくに反動の時代が始まっていて、諸君のうちの多くの人が---正直に言って私もだが---期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないであろう。

p.105
自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が---自分の立場から見て---どんなにおろかで卑俗であっても断じてくじけない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「転職」を持つ。


<参照>
稲葉八朗さんによる抜粋
・MyMeme:「職業としての政治」
・トート号航海日誌(読書録)「職業としての政治」

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2004年4月 1日 (木)

さくらが...

あんまりきれいなのでうれしくなってしまいました。

apr01_1343.jpg


別に、桜を見たからというわけではないでしょうが、この後、お手洗いにいって鏡を見て、ふっとザ・ブルーハーツの"Train-Train"の歌詞を思いましました。

「あなたがいきてる今日は、どんなにすばらしいんだろ。」

そっか、生きていることの報酬は生きていること自体なんだな、生きることの目的は生きること自体なんだな、そんなふうに感じました。

追記 この感覚を、「生きることは、そのままで自由なことで、空だ。空であることは、そのまま生きることだ、生き抜くことだ。」といい変えてしまうといいすぎだろうか。空を生きる、空を生きる、空に生きる。そんな心持を持っていたい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2004年3月 | トップページ | 2004年5月 »