恒久平和
この前、東長崎機関を見ていてほとんどおちそうになった。あれからどうしてもそのページにたどり着けないのだが、東長崎機関に76年だかの「軍事研究」とかいう雑誌の表紙の写真が載せられていて、その帯に「戦争の研究を通して恒久平和を実現する」(不正確な引用)とあった。それに、「戦争オタクの雑誌かと思ったら、そうではなかった。自衛隊員も含めて戦争を極めると人は闘いたくなくなるらしい。」(不正確な引用)とコメントしてあった。
これまで、私は誰がどう見ても右派、ウヨクであった。もし、サヨクとカタカナでかかれる輩がいるとすれば、私はウヨクだ。もう、あんまり自分の暴露ばなしもいやなので、詳細は書かないがなるべくしてなったウヨクだと自己規定してきた。しかし、ここのところブログで書きまくり、東長崎機関の方たちのようなノリを知り、あるいは、先日の「アクセス向上会議」や「木村剛とブロガーのオフサイド取引」に参加されていた方たちのような、真に自由闊達で生き生きとした活動をしている姿を見るにつけ、なにかが自分の中で、社会の中で動いているのを感じている。もしかすると、私はウヨクから自己規定からおっこちてしまいそうだ、と感じている。
この大きな動きは、本ブログの大きなテーマである政治への市民参加という問題意識から派生した、私のヴェーバーやフランシス・フクヤマへの関心と合致する。すなわち、大きな意味での平和のために戦う、愛ゆえに戦う。これは、相手を、自分の敵を、徹底的に打ち倒すから平和が実現するという意味ではない。愛という執着心のために戦うのから平和が実現するという意味ではない。あらゆるところで戦いつづけることが現代の社会の政治形態の矛盾を明らかにする。その闘いは、社会全体としての、つながろうとするこころ、「認知への欲求」、気概、愛、「おとうさん、おれを認めてくれ!」、名誉、ノーブレス・オブリージェ、大なるものへの謙虚さ、信、といったものを満たすことになるのだ。そして、世界は「歴史の終わり」を迎えるのだろう。
まだこの闘いというものが、歴史の終わりというものが、現実にどのような形になるのか私にはわからない。私は頭で考えすぎるのかもしれない。しかし、来るべき闘いは、左翼とか右翼とかいったレベルではなく、むしろそれらを超える大きな力の勃興と確立によって起こるのではないかという予感がある。
と、ここまで書いて、落ちる寸前で踏みとどまってしまっている今日この頃である。
■追記
この記事を書いてから、ぐるぐるとなにかがまわっている。さっき、ちょっとだけおちた。nimさんの記事のおかげだろう。ありがとうございます。それは、ウヨクとかサヨクという主義主張が自分を縛っているのではなく、自分をこうだと規定する自分自身が自分を縛っていたのだということだ。ここまで来て感じているのは、自分を縛る、自分を規定するこころから離れるのは、「おちる」という表現ではあまりに安易だと感じている。この先の境涯になれたときに、この続きを語ろう。
■参照リンク
・「亜細亜主義と北一輝~21世紀の亜細亜主義」 by 宮台 真司
・「降りる自由」 by 東浩紀
・「メモ置き場」 by ??? (一体誰なのか?お分かりの方はいますか?ひでき)
・「ふたつの日本/イラク日本人人質事件編」 by 園田義明さん
・距離、時間、そして統治と戦争 (HPO)
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コメント
う〜ん、ひできさんがサヨクとかウヨクっていう型に自分をはめる事は無いんじゃないでしょうか?確かにウヨク的な考え方サヨク的な考え方というのは明らかにあるのかもしれないけれど、自らそう宣言してしまうと自分の思考が不自由になってしまう様な印象があります。おっこちるとかではなく、ひできさんはひできさんとしてただ在ればいいし、それを追求するのが哲学だったりするんじゃないかなぁなどと考えております。
投稿: nim | 2004年4月28日 (水) 11時20分
nimさん、ありがとうございます、
泣いちゃいそうです、本気で...
そうですね、これは難しい問題です、私にとって。ただ、自分がそう自分を認識せざるを得ない外部的、内部的環境にこれまであったのは事実です。「おちる」というのは、イデオロギー的におちるということなのか、実は自分を規定しているということがおちるのか、自分自身でいまわからない状態になっています。
今これ以上書いてしまうと、自分で自分をごまかすことになりそうなので一端キーボードから離れます。
投稿: ひでき | 2004年4月28日 (水) 12時02分
ひできさん、おはようございます
>・「ふたつの日本/イラク日本人人質事件編」 by 園田義明さん
見通しの良い記事ですね。それにしても、こんなところで、また「トリックスター」と遭遇するとは。ぼくの頭の中では「草薙素子=トリックスター=正道オタク」ですので、オタクと世界政治はまんざら無関係ではなさそうだ。そういう意味で、次の文章を噛み締めました。
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現代版トリックスターが掻き乱したこれまでの世界秩序は、結果としてより強固な世界秩序を生み出す可能性が高い。居心地の悪そうなこの秩序に対抗するには、ハリウッドのラスト・サムライではなく、インディアン、北欧、イスラム、そして日本などの民話や神話に登場する伝統的トリックスターの復活と共演を待つしかない。
投稿: it1127 | 2004年4月29日 (木) 10時47分
it1127さん、こんばんわ、
ブログにはまりすぎて、仕事を廃業しそうなひできです。
it1127さんの園田義明さんのご本へのリンクから、実はこの記事にたどり着きました。もしかして同年代くらいなんですかね?非常に共感を覚えました。
ありがとうございます。
投稿: ひでき | 2004年4月29日 (木) 22時29分