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2004年4月 7日 (水)

[書評]できる人、できない人

「採用の超プロが教える できる人 できない人」 安田 佳生 (著)

以前、人事関係の仕事をしていたことがある。その時の実感と、本書はとても近いものがあるように感じた。例によって作者と私は1年違い。経歴もなんとなく近しいものを感じる。本書を、発想、行動するときのポイントをまとめた本として、読んでいきたい。あ、たぶん私が読み解くより本書を読んだ方がはるかにわかりやすいかもしれない。非常にわかりやすく、読みやすい本だった。

本書では、人材を経験があるなしにかかわらず仕事ができる人を人材と定義している。これは、私にも実感がわく。どんな立場でも、できるやつは成果をあげるしできないやつは成果があがらない。この差は本当に明確だ。よくいわれる20対80の法則はあてはまるのだろう。つまり、「20%の仕事のできる人間が、会社で必要な仕事の80%をこなしている。」ということだ。あるいは、「会社の利益の80%は20%の社員があげている。」といってもよい。これは、中小企業にいると本当にあからさまに感じる。中小企業では、仕組みでもうけるところまで会社の組織ができていないので、大企業よりも明確に個人の差がでる。かといって、必ずしも個人個人の力が明確に打ち出せない大企業もあまり魅力的な職場とは言えない。いくつかの商売人が自然に育つ仕組みを持っている大企業は本当にいまのびているのを実際に目で見ている。

では、仕事のできる人間というのはどういう人間なのか?本書では、いくつかのポイントをあげている。たとえば、リードタイムの短いやつ。仕事を達成する時間というのは、個人差はあまりなかったりする。しかし、その仕事をしあげるための段取り、仕事にかかるまでの時間ができるやつとできないやつとで違うという。個人も工場も生産性の測定の仕方、向上のさせ方では同じ原理であるといえる。大野耐一さんの本を読んだときも、トヨタ生産システムをつくっていくなかでは、生産開始までのリードタイムをいかに短くするかに血眼になっている様子が語られていた。

それから、本書では場を読むことを含むコミュニケーション能力をあげている。これもわかる。仕事というのは決して一人ではできない。グループの力を発揮させるためには、基本的なコミュニケーション能力はとても大事だ。もっといえば、一人でできることは限られている訳なので、人をどう自分の仕事の達成にまきこみ、的確な指示なり依頼なりをあたえて、一人ではできない仕事を達成するということは、実はコミュニケーション能力の問題だ。「7つの習慣」では「デリゲート」とか書いてあったやつだ。これと関連してコミュニケーション能力には、自分がいまなにを達成すべきかという感性もふくまれるだろう。これは、シュミレーション能力だ。戦国の武将が出陣前に息子と粥をたべていた。食べている途中で、なんども汁をめしにかける息子をみて、「ああ、こいつは死ぬな。」と思ったというあれである。(ああ、これはfinalventさんが書いていた話だったか...)

それから、エネルギーと素直さをあげている。実は、本書の中であげている要素の中で、この2つの要素こそが20歳までに勝負がついてしまう能力なのではなかと思う。そう、あふれんばかりのエネルギーを持っているというのも能力だし、素直さも能力のうちだと思う。仕事がら年上の方とも年下の人ともいろいろな場面を経験してきた。たとえば製品の設計をするとか、顧客から要求事項をヒアリングするとかいうコミュニケーション能力や専門知識というのは、案外経験とその人間の意欲と習慣で改善するものだ。しかし、その意欲と習慣をいつまでも継続できるというエネルギーは、案外先天的なこのだし、人の話を聞く耳を持たぬという人間は、60歳になっても、70歳になっても(あ、だからこそかな)案外その態度は変わらない。ちょっとはずれるが、ある人が私にこう教えてくれた。決心の強さというのは、勇敢な行動をするのでもなく、いままでとどれだけ違ったことをするかということでもなく、ひとつのことをどれだけ継続するかということだ。けだし、真実だ。

実は、ここからが本題なのだが、では、こういった能力をそなえた人間だけの企業を作ったら優秀な企業になるかどうかということを問題にしたい。うそかほんとか知らないが、蟻を観察していて、はたきものの蟻と怠け者の蟻があることが発見されたそうだ。それでは、働き者の蟻だけをあつめれば超働き者の生産性の高い集団になるか実験したそうだ。働き者蟻は働き者蟻だけ、怠け者蟻は怠け者蟻だけで、巣を作らせ観察した。なんと、こうなると働き者蟻の中からは怠け者蟻が出て、怠け者蟻からは働き者蟻がでて(どのような指標ではかったはしらないが)生産性の差は、わずかであったという。非常にある意味納得性のある話だと感じた。

本書で言っているように、平均からはずれたものがあらたな価値をつくりだす。そして、平均的な均一な人間しかいない組織は衰退する、ということは真実だと思う。私も働くものの一人として、まったくだらしない人間ばかりで組織を組めといわれれば、たぶん拒否する。しかし、組織ひとつひとつにあるべき姿かたちというものはあるように感じる。これも本書がいっているように、ダーウィンは「環境の中で生き残るのは、最も大きなものでもなく、最も強いものでもなく、常に変化しつづけ適応するものだけが生き残る」のだ。これは、均質な人間だけを採用していたのでは、達成できない。

日本は人材の質が落ちてきたので不景気になった、と本書は指摘する。私は、決して人材の質が落ちたとは思わない。むしろ、能力的な面や意欲の面ではあがってきている気がする。すくなくとも私のまわりには同年代でおもしろいやつがいっぱいいる。とてもこれからの日本にわくわくしている。だた、意欲の面で一理あるなと思うのは、社会が安定化しすぎているためか、飼い慣らされ、これまでの発想の延長でしか考えられない、行動できない人間が比率的に増えているかもしれないといういやな予感はある。これをやぶるのは、同質の人間、優秀な人間だけでつるむのではなく、自分であらたな価値観をつくるように行動することだ。安定をもとめず、自分自身を未来に向かって賭ける、投機する。本を捨てよ、街にでよ。そんな感じだ。

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