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2004年5月21日 (金)

愛に空間を

■約束の知

ネットはつながっている。そして、ネットの上の距離は、ベキ乗の法則20対80の法則パレートの法則に従う。だから、ウェブのつながりは、麗しい澤、麗しい谷を形成する(*1)。

これで終わりにしたい誘惑にかられる。まよいが自分の中にあるから。確信がなくとも、できる限り、息をはきつづけよう。自分の中に迷いがあるなら、すべての迷いをはきだしてしまうほか、私はすべを知らないから。

この間書いた記事は、書いた後にものすごく迷いが生じた。自分が書いたことに確信がもてなかった。だが、「ヤコブの神」と「ウェブの神」ということばをもじってつけたタイトルの「約束の知」は、自分に確かに来た。みんなが教えてくれた。自分が自分に教えてくれた。深く深く感謝したい。

BigLoveさんが、「水で削られて谷が形成される」という言葉をくださった。akillerさんが、ベキ乗の法則を教えてくれた。m_um_uさんが昔の約束を思い出させてくれた。山口浩さんが物々交換でもいいんだ、と言ってくださった。it1127さんが、物質と人間を見るときの視点の問題を指摘してくださった。ウェブで谷をこえるとどうなるのかを、Hiroetteさんが示してくれた。みんなみんな、つながっている。

■べき乗則

自分の日常の生活を考えてみよう。リアルの人と人とのつながりでかまわない。どれだけの人と一日会うだろうか?5人?10人?人によっては、何百人の人と会うかもしれない。袖すりあうも他生の縁だから、私がいまこうして電車にのっている瞬間にまわりにいる人達だって、会っているといえば会っている。あなたは、どこまでの人に親しさを感じるだろうか?どこまでの人に、声をかけようと思うだろうか?

あなたが会って親しさを感じる人とは、あなたと頻繁に会う人なのではないか?逆に言えば、頻繁に有っている人ほど、あなたと近しいと言えるのではないか?いや、そうではない、たった一度の出会いでも人の人生を変えることがある、というかもしれない。それは、あなたの中にすでに、その出会いのための形があったからだ、あなたはその人と会ったあとに、なんどもその人のことを思い浮かべたからだ、と私は思う。

いずれにせよ、あなたに近い人と、遠い人の数を考えてほしい。あなたにほんとうに近しい人は何人いるか?あなたと毎日一度は必ず会う人は何人いるか?あなたの近所の人は?あなたと同じ街にすむ人は?電車で、道ですれちがう人の数は?

縁が遠くなるほど、数が多くなって行くはずだ。近しい人ほど、数は少ない。でも、縁が遠い人はほど、会う回数は少なくなる。今、私の隣にすわっている人とこれからの私の一生の内で会うことがあるだろうか?逆に、私の事務所の同僚と、こからの一体どれだけ会いつづけるだろうか、どれだけの時間をいっしょにすごすことだろうか?

■モデリング

こう考えることはできないだろうか。人と人とのつながりがもし目に見えたとすれば、それは、きっと、糸のように人と人とをつないでいるようにみえるはずだ。その糸が自分から相手に伸びるには時間がかかる。伸びるスピードがある。30分で何人の人とあえるだろうか、声をかわせるだろうか?言葉を変えれば、30分でつなげられる縁の糸の数というのは、きっとそう多くはない。人と人とのつながりの糸をのばす速度の上限は、そう早くはない。時間がかかる。

自分が相手に、ストローク、親愛の情、相手をふところにいれた言葉、あるいは、負のストローク、相手に対する怒り、「おまえはもともとそういうやつだよ」、などによって、この糸は形成され、人と人とをつなげていく。

それに、人が糸をはるのに使える時間も有限だから、人との間にはれる糸の本数と距離にはきっと限界がある。スピードが一定なら、距離の近い人ほど、この糸は張りやすい。これは算数の問題だ。近くにいる人なら、この糸を蜘蛛の巣のように張り巡らすことができる。遠い人に一本の糸をはるのに、1時間かかるしたら、ごく近くにいる人なら、その何分の一の時間ではることができるのかもしれない、5分ではれるかもしれない。5分ではれるのだとすれば、あなたの近しい人にはれる糸は、遠い人への糸の12倍多くはれる。遠くの人に会おうと思ったら、駅に歩いていって、電車で移動しなければならない。同じ事務所の人ならば、席にすわったままでも声をかけられるかもしれない。

これは、つまりはウェブの上で、当たり前に行われていることだ。ウェブの上では、物理的な距離は問題にならないから、どちらかというと、ネットの上の位置づけ、精神的距離の問題になる。ウェブで一緒に同じ方向を見て、何度もやりとりをさせていただいている方とは、まだお会いしていない方でも「昔から知っているような」感じがある。だから、コメントいただいても、なんの迷いもなくコメントをお返ししたり、トラックバックを躊躇なくだすことができる。初めての方からコメントをいただくと、どうしても慎重になってしまう。その方のブログを読ませていただいたり、どのような方なのか思いを巡らしながら、やっとコメントを書くことができる。これには時間がかかる。

こんなあたりまえのことが、一定の時間の中で行われるのだとすれば、ウェブのつながりは、ベキ乗の法則にしたがうことになる。なぜか?

シュミレーションでも作ってみれば、よいのかもしれない(あ、ほんとに今晩あたりはまりそう...)。距離がそれぞれ異なるノードがいくつか存在するネットワークを考えてみよう。それぞれのノードは、一定の確率で自分からリンクを発生させる。しかし、リンクを形成するにも、距離に応じた時間がかかる。一旦もらってしまえば、もらったリンクからは、今度は高い確率で、相手に対するリンクを自発的に発生させる。低い確率で、別のノードにリンクをはろうとする。実際の生活では様々なイベントが生じるので、低い確率で、形成途中のリンクも、途中で破棄されることが起こることも、要素にいれてやる。

いまのところ、実証もしていないし、厳密なシュミレーションもしていないが、このモデルでリンクの発生をシュミレートすれば、きっとそのノードとノードとの間のリンクの数は距離のベキ乗に反比例するはずだ。なぜなら、近いノードとは、より多くリンクをはる仕組みを言い換えただけだからだ。しかも、もっと緻密にシュミレートしようとすれば、リンクを頻繁にやりとりしているノードの間の距離はダイナミックに、近くなっていく。

そして、このベキ乗の乗数が、自乗なのか、3乗なのか、4乗なのかにより、谷のきわの様子がきまる。なだらかな谷、急な谷、きりたった谷、ができる。かたむきの加減によっては、人がもう上れなくなってしまうので、カタストロフィーポイント、ティピングポイントが生じる。

そして、谷を、カタストロフィーポイントを、ティッピングポイントを、超えてしまえば、別の世界が広がっている。

BigLoveさんがおっしゃるように、こうしてつながりが深まればウェブは真っ平らにはならない。

ほんとうは、ここから、この前の記事を始めるべきだったのかもしれない。ここから、ネットは、平らな空間から、谷と谷が存在する空間へと変わっていくのだと言うべきだったのかもしれない。

■実証

例によってm_um_uさんが、よい例をくださった。ブログから貼られている、メディアサイトへのリンクの数のグラフの写真を教えてくれた。見事にベキ乗しているように見える。ポータルサイトというのが、意味を持つわけがわかるような気がする。

しかし、これは一方的なリンクなので、これで「谷」が形成されているとは限らない、認知の物々交換が行われているとは限らない。相互にリンクを行う状態を検証する必要がある。

自分のブログへのリンク元の分析、自分が見るサイトの数の分析、それらの統合。あるいは、miyakodaさんがおっしゃっていたような、SNSのやりとりの分析。これらによって、ベキ乗の法則を検証することは可能だろう。

いまは、傍証が確かに存在し、検証可能である予測が可能であることを示すに止める。

(1)実証 その1 都道府県別グリー参加人数 (平成16年5月24日AM2:20

夜眠れなくなってしまって、ごそごそやっていたら、面白かったので報告する。

グリーが発表している参加者の都道府県別人数をソートしたら、べき乗分布してそうだったので、グラフにして近似値をとった。ブルーの棒が実際の人数、赤紫が私が立てた近似値、黒い曲線がエクセルが立てた近似値(R^2=-.9887)。私の近似式は、ランクを1~47にふって以下の式だった(R^2は計算していない)。

X = [1/(Rank/48)^1.7] × 20


もとのエクセルファイル。)

これもモデリングをしてみて、検証してみる必要がある。まだ、ねむれなければチャレンジ...

ちなみに、決して都道府県にばらつきがあるとか、そういうことをいいたいがために作ったのではないので、そういう議論は呼ばないようにしたい。

(2)実証 その2 80:20? 90:10? (平成16年5月26日

とりあえずエクセルのファイルに、累積をとったときの曲線を追加した。80:20の法則の検証を行いたい。

このグラフを見る限り、上位8%で80%、17%で90&ということになり、80:20の法則に近いように見える。

(3)実証 その3 Zipの法則 (平成16年5月28日

もともと小説の中の単語の出現頻度の研究から発見された経験則であるという。一般化していってしまえば、対数-対数で目盛りを取って並べると直線になるということだそうだ。同じデータでグラフ化してみる。

■ふたたび麗しい澤

谷に、水が流れるように、人が流れて、人のストロークがながれて、思いが流れて、麗しい澤が形成される。谷には、谷川があり、様々な交流が行われる。生態系のように、複雑なやりとりがあり、戦いがある。食い、食われて、バランスする。しかも、この谷は、水の流れによって常にダイナミックに変化していく。

今日の午前中に、実はm_um_uさんとの昔の約束、「距離、時間、そして統治と戦争 」ヴィリリオをつなげる、を果たそうと、自分の文書を読むという誠にマスターベーションな行為をした。存外に、おもしろかった。今の自分が読みなおすべきタイミングであったと感じた。約束の知がうっすら見えてきたように感じる。

いや、ただただ、はき続けよう。自分のテーマを見続けよう。

■参照リンク
ゲーテ『ファウスト』の再読,再々読 by 鷲山恭彦さん (エンコード注意)
方丈記 by 鴨長明
プロジェクト13% by はるかさん
「複雑系」とは何か by 橋本大也さん (もういうことがないくらい素晴らしい。どうしてこの方はこんなに頭がいいんだろう。)

*1 そもそもなぜ、人がウェブでつながろうかとするかについての分析は、こちらをご覧ください。
言葉の神、ウェブの神、ネットの神、そして、約束の知 (HPO)
そこ、そこをクリックしてくれ! (HPO) 
ネットワーク、自己組織化、そして理解 The Moment of AHA! (HPO)

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コメント

ひできさん、おはようございます
>ウェブは真っ平らにはならない
直観的に、そうだと思いますね。
>しかも、この谷は、水の流れによって常にダイナミックに変化していく。
ぼくのメタファーは、『方丈記』ですね。

投稿: it1127 | 2004年5月22日 (土) 13時42分

it1127さん、こんにちわ、

鴨長明ですね。うーん、まだ未読なので、なんともいえませんが、我々が見ているものは、昔の人が見ているものとそう変わらないのではと言う気がしてます。

いま、「ファウスト」について書こうかなとか思っているのですが、ゲーテの見ていたものといまの私たちが見ているものって、人間の本性からすれば、そう変わらないのかも知れないと感じております。

投稿: ひでき | 2004年5月22日 (土) 15時16分

こんばんは!
「帰って来たアクセス向上会議」、わたしもいましたよー!
AUでは、私は96~2000年なのでちょうどすれ違いですね。

なんだか不思議なご縁ですのでこれからもよろしく!

投稿: | 2004年5月23日 (日) 22時12分

こんにちは。
これ確かに面白いですね。Zipf's Lawを思い出しました(
http://homepage.mac.com/m_wada/iblog/B1268475183/C2052459551/E120320284/">http://homepage.mac.com/m_wada/iblog/B1268475183/C2052459551/E120320284/
を見るとまんざら関係なくもない感じ)。

ウェブ上でのお互いの距離をどうとるかがキモでしょうね。
昔誰かが、はてなアンテナ被登録数を元に似たようなことをやっていた記憶があります(もしかしたら全然違う話かもしれません。その場合はごめんなさい)。

ではでは。また遊びにいらしてください。

投稿: svnseeds | 2004年5月26日 (水) 12時39分

svnseedsさん、こんにちわ、

遊びに来てくださってありがとうございます。

"Zipf, Power-laws, and Pareto - a ranking tutorial" by Lada A. Adamic
http://ginger.hpl.hp.com/shl/papers/ranking/ranking.html">http://ginger.hpl.hp.com/shl/papers/ranking/ranking.html

これを読むとほんとにまんざらでもなさそうですね(サマリー読んで、グラフ眺めただけですが...)。

なんか、ほんとに日常にいろいろ例がありそうなので、「実証」していきます。

ノードのふるまい → シュミレーション → 全体のふるまいとの検証

というのは、自分の能力をわきまえない発言でした。エクセルじゃあ、シュミレーションするの難しそうです。なんかよいシュミレーションの環境があれば、ご教授いただければ幸いです。

投稿: ひでき | 2004年5月26日 (水) 14時12分

ベキ法則に関しては少し前に激論を交わした。

■「blogに関する中央と周縁」と改めて言われると
http://blog.readymade.jp/tiao/archives/000518.html

■「blogに関する中央と周縁」と改めて言われると・・・その弐
http://blog.readymade.jp/tiao/archives/000520.html

その回答を今実践で示そうと奮闘中

■マチともの語り
http://tiao.jp/blog/

投稿: MAO | 2004年5月26日 (水) 18時45分

MAOさん、こんばんわ、

ここへコメントをいただき、むちゃくちゃうれしいです。

ただいま少々不便な環境からコメントをさせいただいているので、本格的なお返事は明日にさせていただきたいのですが、「マチとももの語り」すばらしい企画だと思います。


「日本人および日本の誕生」もまだ完全に読みきれていませんが、大変興味深いです。

今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: ひでき | 2004年5月27日 (木) 00時34分

そーいや、これ関連でこういうのもありました

第128回「ニュースサイトが生む津波アクセス」 (@インターネットで読み解く)
http://dandoweb.com/backno/20021212.htm

いちお、お報せです

投稿: m_um_u | 2004年5月27日 (木) 14時22分

リンクに関するグラフですが、ちょっと連想したものがあったので。このグラフは、都市経済学における、モノセントリックシティ(一極集中的な都市構造)の中心部からの距離と理論地価の関係をあらわしたグラフに似ています。

もともと都市経済学者の中には、ネットワークを仮想世界における「都市」のようなイメージで考える人がいました。たとえば国際大学GLOCOMの宮尾先生もそうです。以下の文献をご参照されたし。
http://www.glocom.ac.jp/odp/library/gr199901.pdf

ちょっと「そそる」連想じゃありませんか?

投稿: 山口 浩 | 2004年5月28日 (金) 02時33分

m_um_uさん、こんばんわ、

遅くなり失礼いたしました。昨晩、少々酒をやりすぎてしまいまして、今日はあまり頭が動いていないようです。なんか、効率わるいなぁ、なんか楽しくないなぁとか思っていたら、なんのことはない二日酔いなんですね。

さて、津波、べき乗、などですが、少々考え込んでいます。Maoさんの議論や、svnseedsさんにご紹介いただいた論文を読んでいると、これは一歩間違うと、コミュニティーを形成する力として働くよりも、破壊する力として働きかねない現象なのだと、気づきました。もっといっちゃえば、スミス的な黒く塗りつぶされてしまったネット社会ですね。

もうすこし腹の中で練ります。

投稿: ひでき | 2004年5月28日 (金) 18時36分

ふと思ったんですが、人間の進化(科学技術・政治・社会)のスピードもべき乗な感じしませんか?
そうしたら、どうなっちゃうんでしょう???

かなりべき乗が高い地点に今いるような気がするのですが。

投稿: Hiroette | 2004年5月29日 (土) 10時58分

べき乗の法則というのは、使い方によって非常に破壊的に「使え」ます。あと、人を説得したり、逃げ道をなくしていくときには「役立つ」法則だろうと思います。

結果論、というやつの集大成みたいなところがあるのです。トウキョウと地方という中でべき乗の法則を使うと、トウキョウ優位ということでいろいろ恣意的なことが言えてしまいます。

ところが、極東の日本とアメリカ、EU諸国などを組み合わせてこれをやっちゃうと、「早く日本をアメリカの州にしよう」とか、「日本国籍を捨てて、とっとと移民せよ」という結論も容易に出せてしまうのですね、実は。

投稿: miyakoda | 2004年5月29日 (土) 13時27分

miyakodaさん、こんにちわ、

ほんとうにべき乗は結果論だと思います。私たちがみるべきなのは、その根本になにが働いているかです。ここを見誤ると、非常に宿命論になってしまいます。そんな思いを今あたためています。とりあえず試論として、書評をアップしました。

http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/05/power_laws_and_.html">http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/05/power_laws_and_.html

Hiroetteさん、こんにちわ、

さすがぁ!

おっしゃるとおりです。ほんとうにべき乗の乗数が変ってきているんでないかなと感じております。私も同じことを感じていました。どうなっちゃうんでしょうね?

投稿: ひでき | 2004年5月29日 (土) 14時09分

MAOさん、こんにちわ、

昨晩、ようやく「議論」を読ませていただきました。Miyakodaさんのコメントにあるように、べき乗うんぬんは、結果論なんだろうと感じています。どうしても私は企業、事業ベースで考えるくせがぬけていないのかもしれませんが、べき乗がストレートに全部にあてはまってしまうようならべったりとした空間にウェブがなってしまうのだとすれば、それはどこかに間違いがあるように感じます。山口さんがご紹介してくださった論文にもあるように、まったいらな空間の中に、山や谷を作るのは、人の努力だと感じます。

そんな意味で、「マチの物語」期待しております。

投稿: ひでき | 2004年5月29日 (土) 14時29分

べき乗の法則「だけ」が支配する世界を想定すると、googleがorkutの多言語対応を開始したとたん、日本のSNSが全部おかしくなってしまい、一年もたてば閑古鳥、というシナリオになります。これを迎え撃つ側の国内SNSサービスは、ユーザーのスイッチングコストを徹底的に高める仕組み作りをしなければならない。移行を考えたユーザーに損なことが起きるように仕組むわけですね、いろいろな付加的サービスを増やして。

始まってしまうと、すごいハングリーな戦いです。

巾乗って英語ではPowerなんですが、まさにPower Gameの様相を呈してくる。

しかし、ゲームのルールはPowerではないぞという枠組み変更をすることによって、この法則に飲み込まれないような仕組みを作る方法はいろいろある。本当のところ、「人の心」が相手ですからね。なんでもあり、だろうと思います。

投稿: miyakoda | 2004年5月29日 (土) 17時01分

MIyakodaさん、おはようございます、

そーなんですよ、「だけ」の世界は、まったいらな空間なんだと思います。このだけの世界の延長にある、市場も、国も、ひとつだけになってしまえ、境界をまったくなくしてしまえ、という考え方は実はものすごく恐ろしいことです。

ウェブの上であっても、山があったり、谷があったり、石を置く人がいると、「だけ」の世界でない、私の言葉でいえば「麗しい澤」が生まれうるのだと感じます。なんというか、魂、ゴースト、ガッツ、ヴィジョン、信念、非理性、結晶の核、みたいなものが、逆にいまめちゃくちゃ価値があるし、めちゃくちゃ貴重なんだと感じます。

そういえば、「ゴッドファーザー」でも、マフィアのファミリーは、お互いの間で結構長い事イタリア語で話していたんですね。まだ、それがいいことなのか、悪い事なのか、わかりませんが、独自の言語をもつというのは、非常に高い仲間意識を生むようです。あ、最近だと2chの言葉とか、私にはまだ(?)理解できないです。2チャンネラー以外の人には、わからない、ということが、この場合、境界を生んでいるのだと思います。

投稿: ひでき | 2004年5月30日 (日) 09時49分

「まちともの語り」でググッてたどり着きました。なんかスゴイところにたどり着いちゃって、ここは地の果てかと・・・。
そして、いや、俺が「知」のはてなのか・・・などと。べき乗ですか・・・、色んな方が検証されておるのですね。ノード、とか密度という言葉をきくと人が抱く「荒野」のイメージの温度差を思い出します。この地球には、人に見られたことのない荒野ってどのくらいあるんでしょう・・・

投稿: bopstar | 2004年6月15日 (火) 23時38分

bopstarさん、おはようございます、

そうですね、きっと新たな「荒野」がいろいろな意味で生み出されているような気がしてなりません。こういう「荒野」の中で、リアルでもネットでも、「麗しい澤」を作りつづけていきたい、小さい石でもなげつづけていきたいと感じております。

月並みですが...

投稿: ひでき | 2004年6月16日 (水) 05時35分

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