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2004年6月25日 (金)

国生み ~がらんどうがあった~

ぶんぶんさんのところへお邪魔して、ミーヤさんとコメントを交わして、ひさびさに昔のラボの活動について思い出した。

いま、「国生み」のビデオをみながら、この記事を書いている。私が真剣に演じていた頃をビデオの中の彼らは思い出させてくれる。このビデオは、ラボの黒姫で演じられたと書いてあった。私が「国生み」に会ったのも黒姫だった。

ううん、いま見るとちょっとひけちゃうかな?

「国生み」は、C.W.ニコルさんやらくだこぶにさんが、古事記を現代の日本と英語におこしなおしたいくつかの物語のうちのひとつだ。イザナキとイザナミの美しい物語だ。これを「素語り」といって、ごく子供のころに一人で暗唱した。まだ英語をよく理解していない時期だったので、英語をそのまま音で覚えた。ずいぶんたってから暗唱しなおしてみて、初めて自分が英語の意味をとれることを発見してびっくりした。言葉はやはり音だ。

ラボをご存知でない方が多いと思う。これは、ごく幼児から高校生くらいまでを対象にした語学教育プログラムだ。いまではCDになってしまったようだが、以前は特殊な8トラックのような英語や日本語などの科白がはいっているテープを使っていた。このテープを繰り返し繰り返し聞いて、繰り返し繰り返し自分で話して、集団で芝居のような形で表現する。英語やフランス語などを語学としてでなく、マザータングというのだろうか、ネイティブの子供が習い覚えるようにまねることで習う。

私は、このプログラムで、英国のナーサリーライムや、米国のフォークソング、シェークスピアの「ロミオとジュリエット」、マーク・トウェインの「トム・ソーヤー」などを覚えた。ああ、なによりも芝居する、パフォーマンスする喜びを初めて感じた。これが、後に高校で芝居にはまるきっかけとなった。

演じる喜びというのがある。その瞬間にしか存在しないパフォーマンス。決まった形をまねをしながら、かぎりなく自分を表現する。おさえた動作で、深い怒りをあらわす。熱狂しながら冷静に計算する。観客と一体となりながら、かぎりなく孤独に演じる。異なる要素をそのままかけねなしで、一切ディスカウントしないで、一体とする。それが、芝居のすばらしさだと感じる。

もとに戻るが、なにも切り捨てることなく、言葉を伝えようとするラボの努力がいまも好きだ。

■参照リンク
・ラボ公式サイト
ぶんぶんの落とし穴 by ぶんぶんさん

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コメント

HIPPOみたいなやり方ですね。

投稿: BLUEPIXY | 2004年6月26日 (土) 02時23分

 ひできさん、おはようございます。ぶんぶんさんのブログをいつまでもお借りしていて申し訳なく思っておりました。ひできさんのところは難しそうな記事が多いので、どこに訪問させていただこうかと迷っていましたが、このたび、ラボの事を書いておられたので安心して来ました。
 私はこの「ブログ」なるものを全然理解していないのですが、私の高校時代の友人のHPを通じてたどり着きました。つまり、私の友人の友人の友人がひできさん、ということになります。もともとは全然知らなかったのに、「ラボ」という共通点があったなんて、ホント、世の中狭いですね。実はわたしもウン十年ほど前のラボっ子です。それから、私も千葉県柏市内の高校から筑波大に行ったんですよ!今は「えいごのせんせい」をやってますが、体育専門学群に推薦で入っています。バリバリのランナーでした。その後、同大学院に進み、その世界で生きていくつもりだったのに、なぜかまたラボに戻ってきてしまいました。
 私はテューターになってまだ3年目ですので、ラボについてはひできさんの方がもっとよくおわかりだと思います。世の中のみなさまに、もっとラボの良さをわかっていただきたいのですが、私自身の語ることばが足りません。ラボのHPの方にもぜひ来てくださって、語ってください。また、つくばのパーティにも遊びにきてくだい!(お忙しいとは思いますが)
 ところで、bluepixyさん、おっしゃるとおり、そのむかし、「ラボ」と「ヒッポ」は同一団体でした。考え方のちがいから、それぞれに別れていったそうです。私なりの解釈では(間違っていたらごめんなさい)、より「言語」に重きを置いたのがヒッポで、「表現」に重きを置いたのがラボなのかな、と思います。でも、元々は同じ発想だから、やり方も似ているんでしょうね。
 コメントが長くてごめんなさい。

投稿: みーや | 2004年6月26日 (土) 10時18分

Bluepixyさん、こんにちわ、

いつもおいでいただきありがとうございます。Hippoをよくご存知ですね?私からあまり付け加えることはないのですが、別れる前のラボで結構韓国語とか多国語に力をいれていました。お陰で私も「サントキトキヤァ」と「ウーリナラコッ」とか韓国語の同様をいまだにちょっとだけ歌えたりしております。「どこで?」とか聞かないでください。

みーやさん、こんにちわ、

そぉおおおなんですかぁぁぁぁぁ!?!?

なんかまたひとつ世界が狭くなったように感じます。またひとつカミングアウトしなければいけないことが増えました。私も「千葉県柏市内の高校から筑波大学」へ行きました。んで、ラボですか...?ああ、ほんとうにぶんぶんさの心配があってしまったらどうしましょう(笑)。

表現するってほんとうに大事ですよね。記事中にも書きましたが、ラボで表現することの感触がまなべたと思います。さすがにそのまま演劇の道へ進みませんでしたが、いまの人生を確実に豊かなものにしてくれているように感じます。

投稿: ひでき | 2004年6月26日 (土) 14時06分

HIPPOって分離したんですね。
初めて知りました。
私は、実は以前HIPPOに参加していました。
忙しくてというのと、通う場所が遠くなったので、やめてしまいました、今はヒマはありますが、金がありません。(^^;

投稿: BLUEPIXY | 2004年6月26日 (土) 16時06分

 おはです。こんなところでこっそりと会話を交わしていたのですね?今日発見しました。ではまた。

投稿: ぶんぶん | 2004年7月13日 (火) 08時59分

ぶんぶんさん、こんにちわ、

いやあ、ほんとうに世の中狭いですね。かなりびっくりしています。いろいろなことが最近私のまわりでおこっていて、先日ものすごく以外な某所でご紹介いただいた方は、学校を出て就職した会社が1年違いでいっしょだったことが発覚し、絶句してしまいました。

ミーヤさんとも、同じ市内の高校、全く同じ大学、そしてその後何年か暮らした外つ国もいっしょみたいです。もしかすると外つ国にいた時期まである程度重なっているのかも...いんやぁ、どうしちゃったんでしょうね、いったい。

ああ、いわずもがなですし、なんども書いている気がしますが、ぶんぶんさんもご存知の岩崎秀太とももう何十年来の悪友同士です。

http://hideta.seesaa.net/">http://hideta.seesaa.net/

ぶんぶんさんとは、秀太以外にどんなご縁があるのでしょうね?興味しんしんしています。

投稿: ひでき | 2004年7月13日 (火) 17時51分

初めまして。
千葉でラボ狂いの十代を過ごした者です。
国生み良いですよね。
音楽も絵も大好きです。
今でも「はじめにがらんどうがあった」
のあたりで鳥肌が立ちます。
最近になって詩人の谷川雁氏による日本語だと
知ってビックリしました。

投稿: 元ラボっこ。 | 2005年2月16日 (水) 00時03分

元ラボっこ。さん、おはようございます、

はじめまして、

いま、身震いしています。

知りませんでした、らくだこぶにさんが谷川雁さんだったということを、そして谷川雁がどういう詩人だったかも。

正直、谷川雁さんについてはほとんどしりませんでした。しかし、はてなの解説を読んで自分がラボをめいっぱいやっていたときの作品がらくだこぶにさんの作品であったことをいま知りました。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a4%e9%a4%af%a4%c0%a1%a6%a4%b3%a4%d6%a4%cb

まして、国生みが原因でラボを去ったなんて...いやぁ、ほんとうにブログをやっていてよかったと思える瞬間です。

あの~、ちなみにたぶん年齢は違うと思いますが、私も千葉でラボパーティーに参加していました。

投稿: ひでき | 2005年2月16日 (水) 06時50分

谷川氏の事はほとんど知らなかったのですが、以前に黒姫に住んでいるところが雑誌に掲載されていました。
らくだこぶに作品、日本語にリズムがあって独特ですね。「ひとうちななつ」とか。
谷川氏の理想がラボには沢山詰まっていたのかな、と今になって思います。
よく賞状に詩が載っていたのだけれどあれも谷川氏だったんだろうか?
多分、ひできさんはわたくしの先輩にあたるかと存じ上げます。
昔の柏エリアの高大生の発表会、凄かったですね。
バイリンガルとか留学される方が多くて
ものすごく刺激を受けたことを今でも憶えています。

投稿: 元ラボっこ。 | 2005年2月17日 (木) 02時17分

すみません、名前書き忘れました。
元ラボっこ。でしたあ~(汗)

投稿: 元ラボっこ。 | 2005年2月17日 (木) 06時44分

元ラボっこ。さん、おはようございます、

なんかすごく懐かしいです。

言葉の調子、リズム、物語ること、ってとても大事だと実感します。

どれぐらいこれがすばらしい影響を私に与えてくれたかというと、正直、ラボの後、大変すばらしい指導者にめぐまれたこともあって高校のときにリア王、ハムレットなどを英語で演じる機会をいただきました。怠慢な私でありましたが、語学に関してはほとんど特別の勉強をすることなく米国で修士号を取得することもできました。

ラボの潜在力ってすごいですよね。

投稿: ひでき | 2005年2月17日 (木) 09時48分

間隔が相当にあいてしまいましたが、はてなの「らくだ・こぶに」その他を登録・修正した者です。ラボの諸先輩方、コメントありがとうございます。まだ不十分ながら今回改めて整理しましたので、お気づきの点などありましたらご教授いただければ幸いです。

ひとつ訂正させていただければ、70年代の原ラボは、「Hippo(多言語・国際交流)」、「ものがたり文化の会(言語の基層としての表現・T.A)」と「現在のラボ」という三団体に分裂したのです。

とくに、T.Aにつきましては、谷川氏がラボを離れてから出版した評論集『意識の海のものがたりへ』で、70年代のラボのライブラリ(当然ものがたり文化の会もそれを継承した)を題材に今なおT.Aの実践に多くの示唆を与えてくれる優れた評論(ものがたり批評としても優れたものです)を展開されていますので、ご一読いただければ幸いです。

投稿: duskTdawn | 2005年6月 8日 (水) 10時48分

duskTdawnさん、はじめまして、こんにちわ、

「ものがたり文化の会」のことははじめて聞きました。しかし、「人体表現」という言葉は私にとってなつかしい言葉です。

ちなみに、「T.A.」とはなんの略になるのでしょうか?一応心理学バックグラウンドなので、「交流分析=Transactional Analysis」を思い出してしまいます。

投稿: ひでき | 2005年6月 8日 (水) 18時16分

T.Aですが「テーマ活動」の略として使いました。S.B(SongBirds)とT.A(Theme Activity)という風に使っていた記憶がありますが、主流ではなかったかもしれません。混乱させまして申し訳ないかぎりです。

初期のテューターとお話すると谷川雁の名前はたまにでてくるのですが、榊原陽の名はでてきません。一方で榊原のHippoは知られているのですが、谷川の「ものがたり文化の会」は知られていないのです。分裂から立ち上げまで間隔があいたことや規模が小さいこともあるのでしょうが。

テューターの間からさえ「テーマ活動って結局演劇よね」なんて言語道断のことばがきかれるほど、「テーマ活動(畢竟、ラボを)」を語る「ことば」が衰退している昨今、谷川雁やらくだ・こぶに(と、彼らのことばが)が忘れられているのは不幸なことだと考え、ネットの端っこで補完を試みている次第です。

今回、先輩方の話の種になっていたのを知りまして少しはやっていた甲斐があったかなと思います。

それでは。また。

投稿: duskTdawn | 2005年6月 9日 (木) 19時04分

duskTdawnさん、おはようございます、

「先輩」と言われると、どこまで真剣にラボに向かっていたか自信のない私としては少々、照れてしまいます。

そうですね、テーマ活動はテーマ活動ですよ。ほんとうにそう思います。「トム・ソーヤ」を千葉のなにかの大会で発表したときの感激は忘れません。トムに、あるいはベンに、あるいは「ミズーリー号」になりきっていました。

duskTdawnさんのネット上での活動に敬意を表します。

投稿: ひでき | 2005年6月11日 (土) 12時21分

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