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2004年6月15日 (火)

べき乗則と首都圏経済白書

つい先日、政府から平成15年度の「首都圏白書」が発表された。おもわず、「べき乗則」があてはなるか、データを少々分析してしまった。やっぱり、あてはまるんですね、これが。そもそも、分析したのは「首都圏業務核都市」に認定されているそれぞれの地方でそれなりの存在感のある市であるはず。それでも、東京をトップにみごとに式にあてはまった。(それぞれの近似式は、グラフの右下に入っています。みにくい場合は、クリックしていただくと拡大します。

エクセル ファイル

<グラフ:S55>

<グラフ:h15>

実は、これが意味するところは大きい。たしかに、首都圏の中では東京の人口増加が鈍化しているのは事実だ。これは、さすがの化け物のような都市、東京も人口密集の限界にきているということであろう。ただし、最近のマンションばやりでミクロでいうと東京の区部の一部は人口が増加しているはずだ。東京都内の区別等の人口動態をこの辺あたる必要がある。白書が指摘するように中位の都市の増加が、東京と比べると率でいえば高いが、ほぼ東京と一体化している横浜、川崎などが純増の人口の大きさでいったら中位の都市の1つや2つを飲み込むほど増えている。この辺は、東京圏が拡大したと見る方が正しいのではないだろうか。

<グラフ:都市人口動態>

これらのグラフの暗示することは大きい。

土地の価格形成について、山口さんがコメントしてくださっていたが、やはり人口の密集度合いと地価とは関係が深い。経済的価値、土地の収益性でいあば、圧倒的な差がつきつつあるとういことだ。以前、「べき乗則」が当てはまるケースの推測される条件をあげたが、「ネットワーク」とい「レイヤー」という条件があるように感じる。街の場合に「レイヤー」の概念を、模擬的にあてはめれば、人口の集積が土地の収益性に影響し、土地の収益性が土地の利便性、魅力につながる。土地の魅力は、人口に影響する。そして、人口が...といった具合に永遠に影響の輪がきれない状態になる。ほんとうはそのまま連続している過程なのだが、人口、収益性、魅力といったレベルで便宜的にきればレイヤーが見えてくる。

しかも、山口さんの経済の外部経済、外部不経済のようなことを仮定するならば、たぶん80%以上の都市、地域において、その地域で経済をまわしていくだけの地価、土地の魅力、人口を保つことができない、ということだ。かくして、都市にあてはまる「べき乗則」はごく狭い地域だけの発展、それ以外の都市の衛星化を生むことになる。

うそかほんとか知らないが、「社会生物学のあり」という話がある。社会生物学者がありの巣の観察をしたという。よく動くありとうごかないありがいることに気づき、色づけをして獲得するエサの量と関連ずけた。この結果、20%のありが80%の獲物を巣にもちかえるということを発見したのだという。ところが、それでは働き者のこの20%のありだけで巣をつくれば、さぞかし生産性の高い巣になるだろうと実験したところ、見事に20%の働きものありからなまけものありがでて、20%:80%という法則がまた適用されたのだという。

あるいは、私の知人が温泉ホテルの話をしていた。昔は、温泉街でどこもすべてを自分でかけこむことなしに、不完全ながらもあるていど役割をわけて街として栄えていた。ところが、超大型温泉ホテルが建設され、温泉も、食事も、そのあとのお楽しみも、すべて自前でまかなうようになった。この温泉ホテルは一時は栄えたが、周りの温泉街は次第にすたれていった。そして、気がつくと温泉街が荒廃し、その温泉自体の地名度もうすれ、次第に当のホテルも苦境に陥っていった。温泉街については、バブル崩壊が原因だといわれているが、実は九州のいくつかの温泉のように街全体で活性化をめざし、集客力をとりもどしたところもあるという。私が大好きな滋賀の長浜もこうした例に加えてもいいのかもしれない。

どこかでろんさんじんの作った長浜のはなれへリンクをはったような?

首都圏白書からスタートしたが、どうもいろいろめぐりめぐって、首都圏にいるとみえないものがある、という結論にちかづきそうだ。

■参照リンク
東京は今年も世界で一番生活コストの高い都市 by finalventさん@極東ブログ
縮み時代の始まり--歴史の変曲点にきた日本を考える by miyakodaさん
ブログ人の「日本沈没地図」はしゃれになりづらい企画 by miyakodaさん (いまごろこの記事の重要さが実感できました。
[書評] べき乗則、ウェブログ、そして、不公平さ  (HPO)
25年後 @ 波乱万丈いわた書店日記

■追記 (平成16年6月19日)

SHINTAKKINさんの「「観光立国」が電通にぼられる以外に今すべきこと」で、本記事に触れていただいた。多分、周知の事実なのだろうが、「まちおこし」、「地域開発」などに電通はかなり首をつっこんでいる。各地の名所の開発、祭りの実行などに、各自治体がかなりの金額を電通につぎこんでいる。広告媒体などの関連、そもそも委託する先がないなどの事情で、こうなっているらしい。そうすると、「観光立国」政策は、外に向けての広告を電通がとり、内の各自治体の政策を電通がとりと、電通のための政策になりはててしまう可能性があるということだろうか。

本来「麗しい澤」ではないが、各地域の差をあきらかにする各地の観光政策が必要なのだろうが、その政策すらも中央に依存しなければならない、この日本の状況はいったいどうなっているのだろうか?

■追記 平成17年7月11日

1年ぶりの追記。先日、「インフレーションの形」という記事を書いた。また、清水千弘さんのご著書に関する書評も書かせていただいた。あらためてべき乗則(正確に言えばこの記事で扱ったのはzipf則というべきだが)と都市との関係は深いのだと実感している。シミュレーションで作った形は、首都部にいくに従って高まっていく土地の価格形成の集積だととらえることもできる。清水さんのような説明力の高い要因をどんどん特定化していっても、最後に残る首都部での土地の高さというのは残差(residual)というよりも、土地価格への期待の形そのもののように思える。そして、それらはLV方程式のように高い山を作るように思える。

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コメント

歳をとって涙もろくなったのか、昨日からときどき泣きながらこんなことを書いていました。うわー、仕事にいかなくちゃー。

投稿: miyakoda | 2004年6月15日 (火) 13時19分

 こんにちは!べき乗分布の話は、ドンドン発展していますね。やはり予想通り首都圏も当てはまるわけですね。おそらく日本全体の都市の序列でも当てはまるのでしょう。コメントにあったmiyakodaさんの記事も「うなる」しかない内容でした。実は小樽など都市問題は私の本業に関係するのでドキドキものです。

 この問題について気にとめた後、私としても都市発展論、再配分の議論、政策の議論のどれでとらえるべきか悩んでいます。
少なくとも都市人口順位の下位だからといって住んでいる人が不幸であるわけではない、ということだけは信じていますが、それはアクセス数が下位のブログに価値がないわけではないということと同様です。

 そういう視点で見るとき、実は工学的アプローチだけでは記述できない(しにくい)アメニティ、クォリティオブライフ、希少性、審美性という要素をイメージします。それが都市のレイヤの一つに加えられるかも知れませんが、方法論あるいはソースが不十分であるというのも事実だなぁ、と感じております。

個人ないしは地域の所得順位をグラフにした場合、べき乗法則にのってしまうようなベクトルが働いているとそれは恐ろしいものがあります(のでトライしてません(笑))。先に挙げた要素は経済的優劣問題の前にはとてもはかないものだからです。

ちょっと愚痴っぽくなりました。失礼致しました。

投稿: akiller | 2004年6月15日 (火) 20時53分

akillerさん、こんばんわ、

そーなんですよ!私も、「縮みの時代」はいままではとは違う生き方が求められると思うのですね。考えてみれば、江戸時代とか片一方で飢饉とか内乱とかいろいろあった時代なんですよね。んで、これもどっかに書きましたが、これからの時代こそが、実は文化とか試される、成熟されていく時代ではないかなと感じております。

ああ、でもだから政府が無為無作為でよいというわけでは全然ないんですよ。

投稿: ひでき | 2004年6月15日 (火) 20時59分

◆リソースが貧困なときベキ乗法則では勝利者はひとりだけ

資金、人口、景気、市場などがだんだん限られていく中でベキ乗法則に従った動きをすると、勝利者は非常に限られた人/企業だけになってしまいます。ビジネスを考えていくとき、ベキ乗法則を勝利原則と考えることのできる企業は、「その市場、その業界のトップ」だけではないかと思います。

5年ぐらい前に知人がマンションを買ったとき、予算もそれなりにあった彼は、代官山の一等地の高層の物件を選択しました。ベキ乗法則を考えていくとこの考え方は正しく、5年前の、経済が低迷していたときの価格に比較すると、たぶん、いまはそれなりに資産価値として値上がりしているのではないでしょうか。

2006年あたりから始まる人口減少の影響が東京都心に現れてくるのは少し先なので、だれもが代官山や青山に家やマンションを買って住めば、資産の目減りは最小限になる、ということは言えるでしょうが、実は、そういう土地もないし、多くの人にとっては、それだけのお金も準備できません。

そこで、「ベキ乗法則」は、回りの状況を観察するときのヒントにだけ採用して、実際の日々の仕事の中とか、経済、政治、その他の日常の判断の中では、これとはまったく逆の方法論で望んでいく方が有利なポジションをえられる、ということになりそうです。

私は建築に関しては、まったくの素人です。なにも知りません。でも、知らないのをよいことに勝手なことを書いてみたいと思います。マンションの話が出たついでに、ベキ乗法則の裏をかく住宅建築を考えてみます。

◆土地はベキ乗法則にしたがって値付けられるしかない
◆うわもの(住宅そのもの)についてはベキ乗法則をすり抜けることができないか考えてみる

アメリカでは、中古住宅のほうが値が高い場合が多々あるそうです。よく手入れされた住宅は、住みはじたときよりも高く売れるのです。下のリンクは、オーナー自身が自宅を販売しているサイトです。

リンクの物件は、テキサスのものです。自分でインテリアを考えてバーコーナーの椅子を調達したり、ベッドルームの上のほうに植物のような飾りを付けたり、家のあちこちにペンダントライトをぶら下げたり、庭の出口は、自分で煉瓦をしきつめてみたり。

たぶん、居住者が全部自分で追加した設備/インテリアではないでしょうか。

http://www.forsalebyowner.com/perl-bin/showAd.cgi?iListingID=20090717#

こういう考え方を日本でも実現させ、住んでいる人が自分の家に付加価値を付けることができる仕組みを作ると、中古住宅の市場が拡大していくかもしれません。

なにがこうした市場の成立を阻んでいるのでしょうか。

1.家の耐用年数が短く、家自体の作りがヤワである
2.自分で家に手を加えるという習慣がない
3.仮に1/2が満たされたとしても、高い値段で買ってくれる人がいなさそう
4.ある物件がよいかわるいか自己判断がつかない

●政治の側で、いまの住宅基準とは別に、高級住宅規格として耐用年数が50年とか100年の規格を作り、設備追加にも耐えられるような付加価値を高めたらどうでしょうか。

●宅地建物取引の法律や細則を整備して、居住者が追加した設備を評価するための基準を追加したらどうでしょうか。

マニアックな自動車の世界だと、こうした、自己改造マニア/自己改造をある程度受け入れる中古車会社/自己改造車を購入するマニアックなオーナーがいるように思います。まったくの素人ですが、住宅でもこうした考え方が通用するのではないかと思います。

だれか、こういうことを考えている人、企業、役所など、ありませんか?

投稿: miyakoda | 2004年6月16日 (水) 22時36分

miyakodaさん、おはようございます、

やはりmiyakodaさんとはシンクロしているのでしょうか?昨日、お取引さんのところで、地価分布図をというのをいただいてきて眺めていました(↓)。どうもやはり地価もべき乗法則しているように思います。どこか一本皇居から50Kmくらいの線を引いて地価の変化をグラフにとると、乗数はわかりませんが少なくとも反比例のグラフがかけそうです。

http://www.tokyu-land.co.jp/map/chikabunpu/">http://www.tokyu-land.co.jp/map/chikabunpu/

山口さんがコメントしてくださっていたように(↓)、地価というのはかなり経済的な有用性で分析可能です。また、私が社会人になって始めて教えられた事は「土地の価値は道路できまる」ということでした。これは土地の価値というものは究極ネットワークで決まるということを示唆しています。(これをたたきこんでくださった先輩に感謝いたします。)

http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/05/power_laws_and_.html#c337101">http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/05/power_laws_and_.html#c337101

そして、いまの私の職業なんですけど、建築って結構文化の領域に属すると思います。フランク・ロイド・ライトという建築家がいるのですが、彼がデザインした住宅や事務所、美術館は、時がたってもすこしも価値を失っていません。(ああ、まあ帝国ホテルのように予想外に物理的に老朽化してしまって使えなくなってしまった建物もあるようですが...)

http://hidekih.cocolog-nifty.com/ken/2004/05/post_2.html">http://hidekih.cocolog-nifty.com/ken/2004/05/post_2.html
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0978.html">http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0978.html

そして、最近ほんとに心底思うのは、米国人がこうして自分の建物をリノベーションするのは、やはりなんというか余裕があるからという気がします。忙しすぎる日本人は、自分の家に手を全然かけないんですね。まず軒樋の掃除すらしません。自分で手を動かさないからかどうかわかりませんが、日本人には、住宅に関する書籍などが多く売れて、これだけみんなが広く興味をもっているように見えても、フランスのプロヴァンスのように、イギリスのチューダーハウスのように、確定した家のスタイルがありません。住宅のスタイルと文化を多くの人がもっていないためか、非常に表面的な価値で住宅の建築をする方が多いように感じます(ああ、これ以上書くとやりで刺されそう...あらかじめ暴言をはいていることを多くの方にお詫びしておきます)。

ちなみに、最近の建築技術と法律の規制はかなりのレベルに達しておりまして、住宅供給側の選別もすすむなか、少し前と比べて飛躍的に耐久力を増しています。また、まともに融資を受けようとしたら、かなり厳しい検査を受けなければ通りません。30年前、40年前の住宅でもしっかりした住宅はしっかりしていますし、10年前の住宅でも欠陥住宅は欠陥住宅です。まあ、市場の「選別」の方が要素として大きいかもしれませんね。

長くなりましたが、私の実感値で要約して言えば、土地は経済価値、住宅は文化的価値をもつということでしょうか。

投稿: ひでき | 2004年6月17日 (木) 06時42分

ひできさん、おはようございます。
似たようなことをいつも考えていますね、我々は。

少し住宅のスタイルについて調べました。欧米の住宅にはかなり明確なスタイルがあって、ホームセンターのようなところに規格品のいろいろな資材がたくさんあるそうです。これによって自分で家の簡単な修繕をしたり、追加工事をしたりができる様子です。

ひょっとして、PCの自作組み立てみたいな感じに近いのかもしれないですね、向こうの住宅は。

投稿: miyakoda | 2004年6月17日 (木) 07時19分

miyakodaさん、

そーなんです。その「自作キット」をコンテナに入れてもってきて組み立てたのがいわゆる「輸入住宅」でした。個性豊かに見える欧米の住宅の方が規格化しているって矛盾だと思われませんか?

投稿: ひでき | 2004年6月17日 (木) 07時30分

あまり関係ないけど、「都市」ってことで小ネタです↓

「サイトを都市として表現し、訪問者の行動をアニメで把握できるソフト」
http://hotwired.goo.ne.jp/news/news/technology/story/20040614306.html

「blogはアバターみたいなもの」って誰か言ってたけど・・
それ関連だとこういうのも出たみたいです↓

「自動車ブログには車の広告を──“欲しい”広告を配信するサービス」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0406/15/news076.html

blogがアバターで表現されるみたい

投稿: m_um_u | 2004年6月17日 (木) 09時13分

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