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2004年8月15日 (日)

[書評] 年金大改革 ~ a wild pension chase ~

[書評] 「年金大改革―「先送り」はもう許されない」 by 西沢和彦さん

■年金をめぐる冒険

くりおねさんの記事に刺激され、本書を読んだ。

たとえば、米国人にとって公的年金とはなにか?感覚的に一番身近なのは、ソーシャル・セキュリティー・ナンバー(social security number)が公的年金の登録番号であるということだろう。ああ、もっとも本書によると米国では「年金」でなく「社会保障税(social security taxes)」という税金なのだそうだ。ソーシャル・セキュリティー・ナンバーは、公に自分を表す基本番号になっている。米国に住むようになると、なにはともあれ誰でもとらなければならないのが、ソーシャル・セキュリティー・ナンバーだ。免許証から学生証、銀行口座、医療保険まで、個人を示すありとあらゆるところに使われる。米国に住む人にとって、とてもなじみの深いものだ。そう、ちなみに詳細は知らないが米国民であるなしにかかわらず、米国に住んでいればとらなければならないものらしい。社会保険事務所にいったときに、賃貸契約書の提出を求められて記憶がある。

Social Security Tax by IRS Frequently Asked Questions

翻って日本人に公的年金はなにかを問えば、「毎月給料から引かれたお金があとで返ってくるはずであろうお金」という程度の認識で、自分にどんなかかわりがあるのか、なんのためにあるのか、どんな役に立つのか、日常で関係があるのか、皆目感覚的に自分から離れてしまっているものだろう。年金手帳に番号なんかあったっけ?という感覚だ。

本当に公的年金はなんのために払うのか?公的年金制度はそもそもなんのためにあるのか?

この答えを本書、「年金大改革」を読みながら探していきたい。

■雇用コストからみた公的年金

本書を読んでいてなるほどと思ったのは、年金負担を雇用コストとしてとらえていることだ。

P.38 (正社員として雇用できないのは)高まる雇用コストや 新規正規雇用を抑制している側面も否定できない。

P.48(厚生年金制度は)むしろ常用雇用に抑制的なメカニズムとなっている。

あなたが給与所得者であるなら、一度や二度は自分の給与明細を詳細にみたことがあると思う。健康保険、雇用保険とならんで厚生年金、厚生年金基金などの支出項目があるのをご存知だろう。だが、案外盲点らしいのが社会保険の労使折半という制度だ。つまり、雇用主と労働者の間で社会保険関係については半分ずつ負担する。しかも、雇用主側の負担は給与明細には出てこない。つまり、あなたが給与明細を見て「ああ、こんなに厚生年金をとられているんだ。」と思う額と同じ額が会社で負担されている。いわゆる「福利厚生費」として、会社の財務報告書に記載される項目である。本来あなたの給与の一部を構成する金額なのだ。

そういやあ、本書における各国の年金制度で労使折半なんてどこにも出てこなかったけど、あるのかな?

私の住む県内で数十ものチェーン店を展開しているある会社では、正規雇用の社員は数人しかいないという。雇用コストの問題でけではないのだろうが、レジから店長にいたるまで、あるいは会社の事務のかなりのところまですべてパートなのだという。これは経営の面からみたら雇用コストを抑える意味で合理的だし、たぶん女性が多いと思われるパート社員にとってもいらない労使折半分などの費用を賃金としてもらえるとか、勤続しつづけなければいけないという会社の昇進の仕組みからのがれられるということで、それなりに快適なのかもしれない。だが、これでいいのか?国全体でこういう雇用形態が一般化したら公的年金制度は厚生年金も国民年金も崩壊するだろう。

あるいは、私の個人的な体験だが、従業員に自分が社会保険を負担しているという意識をもってもらうため、社会保険の会社負担分を給与明細に記載できないかを以前調査してみたが、社会保険労務士に強く反対された。「給与支給金額を労使折半分も含めて明示すると、それは給与に含まれますます社会保険費用が増えてしまいますよ。それに、そんなことをすると陰に陽にいじわるされるってうわさですよ。」といわれた。「いじわる」ってなに?

ちなみに、国民年金と厚生年金の一体化をよく政治家が口にするが、この会社分担分の「雇用コスト」は、どう手続きさせようというのか?被用者であった人が独立した場合は、いきなり公的年金負担額が倍になるのか?非常に疑問だ。

■厚生年金に年末調整はない

もっといってしまえば、本書の範囲よりはるかに微視的な問題だが、社会保険の手続きは非常に煩雑であり、非関税障壁ではないが「非金銭負担」というべき雇用の費用がかかっている。正直、私は私の所属する会社で毎月給与計算をしているが保険事務所への申告手続き、社会保険の変動の反映、社会保険労務士への報酬など、結構な手間と時間を費やしている。

給与計算をやっていて、一番腹が立ったのが、パソコンで計算している給与データを年に一度の賃金の報告書の提出でプリンターで出力したものをもっていったら、たった一項目出力の順番が違うというだけで拒否され、手書きで全部書き直させられた。私の使っているパソコンソフトメーカーによると、全国的にはこのパソコンソフトで出力した書式の方が一般的だというのに、この業別組合の書式とは違うのだという。ちなみに、繰り返すが出力した内容自体に過不足はない。順番が違っただけ。この精神的苦痛と時間は、"priceless"と叫びたくなるくらいひどいものだった。

ちなみに、厚生年金の負担は12ヶ月のうちの3ヶ月分の給与を各年金事務所に報告することによって決定される。最近、賞与も同率でかかるようになったので賞与のたびに報告しなければならない。これらの手間はまだしも、所得税などでは年末調整というものがあって年末に必ず実際に払うべき税金と控除額との差を計算して還付するなり、払い込むなりの手続きを行うのだが、厚生年金、厚生年金基金で年末調整が行われたとは聞いたことがない。つまり、かならずしも保険料率と払い込む額が一致しないままでも還付も、追加負担もない仕組みになっている。

社会保険の保険料の年末調整? by [Y&K]無料相談センター

■マクロ経済的観点の必要性

本書の第3章では公的年金の「積立金」について詳述されている。

年金の自主運用が始まっている事は知っていたのだが、本書を読んで始めて知ったのは、これが2007年まで財政融資資金特別会計から段階的に返還が行われていて、厚生年金の積立金の140兆円あまりのまだ3分の一程度の自主運用がはじまった段階なのだという。

これは、ぜひ経済学に詳しい方の意見を聞いてみたいという意味でここに書くのだが、公的年金積立金の自主運用に国債や財政投融資から資金が戻されると市中金融機関に国債の消化が促されるのではないだろうか?というか、年金積立金を返還するための100兆円を超える金額を国債で調達しようとするとその市場における国債の消化に問題が出るだろう。つまりは、国債価格が下落して金利高につながると想像する。民間金融機関にも収益の圧迫圧力になるだろ。非常にマクロ経済的な分析を行うべきポイントであるが、年金の自主運用とのからみでのマクロ経済的な分析というのはお目にかかったことはない。本書にも現代投資理論との関係で、これだけの規模の資金のポートフォリオを組むことは不可能だという指摘があった。

2007年の返還完了まであといくらもない。

ちなみに、この章を読んでいて年金積立金の想定の利回りを4.5%もの高率で設定しているという話を読んで思い出したのが、以前デリバティブ取引で合衆国のカルフォルニア州オレンジ・カウンティの財政が破綻して、前代未聞地方政府の破産宣言につながった。投資の破綻の理由は、投資ポートフォリオ構築における条件設定の範囲を越えた額の投資行動だったと聞く。つまり、破綻するはずのないポートフォリオを組んだが、それはあくまでも限られた分量しか取引されていないデリバティブ商品の市場範囲内で有効だったところへ、その市場額をはるかに越える資金を「負け」をとりもどすためにつぎ込んだために生じたという。まあ、公的な資金をデリヴァティブにつぎこむというのはやりすぎであったのだろうけど。

流動性で躓いた人たち by 矢口 新さん

ちなみに、2002年現在の公的年金の自主運用ではすでに5兆円を超える運用損をだしているそうだ。


■公的年金問題の前の一個人は、ゾウの前のアリか?

まだまだ、本書のテーマははばがひろい。これだけで、書評としたらきっと作者の西沢さんに怒られてしまうのだろうが、私の印象に残った部分だけをひろわせてもらった。それでも、本書が示す最大の成果は、ある程度の情報開示があれば、複雑だといわれる公的年金制度において検証、提言が一個人で十分に行いうるということを実証したことであろう。もちろん基礎的な統計データをまとめるのにこそ莫大なエネルギーが必要とされるのだろうが、予算的にも人材的にも莫大な資源を使いながらも5年に一度しか公的年金の再計算を行わない官僚たちは日々なにをしているのだろうか?あるいは、米国では国債でした公的年金の積立金を運用しないとしながらも四半期ごとに詳細なレポートをインターネットで開示しているというが、公的年金の自主運用のレポートは開示されているのか?

そろそろ最初の問いに戻りたい。公的年金は、我々にとってなんなのか?著者は、次のように書いていた。

P.72 公的年金制度は、保険料を拠出する国民と年金の給付を行う政府との間に交わされた契約と見ることができる。

日本にはおいては、果たして契約関係というべきものが成立しているのかはなはだ疑わしい。国庫からいくらとか、消費税を財源として国民年金の帳尻をあわすとか、さまざまな議論があるようだがいっそ米国なみに社会保障税として全てを税金化してしまった方が逆にわかりやすさが増すと感じた。厚生労働省の「世代と世代の助け合い論」には全面的に賛成しかねるにしても、これから人口構成の内の高齢者の割合が非常に増えて、個々の家族で親世代の面倒を見ることができないのなら、誰かが面倒をみなければならない。なんらかの費用負担は不可欠なのだろう。だから、その財源が税金であれ、公的年金であれ自分たちが納得の行く制度が必要であるし、自分たちが負担しなければならないということは間違いのない事実だ。この意味で、また介護保険との関わり、医療保険とのかかわりで、公的年金の税制化が議論されてしかるべきであろう。

しかも、多分史上もっとも裕福な65才以上人口を支えるために、史上最も親世代よりも貧乏になるであろう我々40才以下の世代が支えなければいけないというパラドックスを社会的にも、個人的、心情的にもどう解決したらよいのか?

いまのままでは、公的年金とはなんなのか誰もなにも納得のいく答えをだせない。

そして、ごくごく小さなわがままを最後に言わせてもらえば、せめて厚生年金も年末調整をしてほしいし、労使折半などとわかりにくいことをせずに一本で給与明細に記載することができるようにしてほしい。公的年金が税金になれば窓口が一本化するので、すこしは事務手続きも減るだろう。もっといえば、年金が税になれば公的年金を払わないと今度は脱税になる。年金の空洞化の防止にも役立つだろう。それは、財務省と厚生労働省の管轄の問題があるから難しいとかいう話は聞きたくない。ことは、かなり切羽詰っている。

余談だが、本書ではかなり詳細に年金関係のシュミレーションを行う実務的な方法が述べられていた。それは、以前私が厚生年金の雑駁なシュミレーションをしたときの手法とかなり近かった。また、年金討論会で見せていただいた4991枚のデータ部分から類推できる手法とも近いように感じた。精度においてまったく比較にならないのだろうが、ちょっとうれしかった。

ひともすなる年金といふもの (HPO)

■この本は国民の必読書かもしれない

まずは、真剣に本書を読んでいただきたい。私のブログにおいて、「読め」などとかくつもりはさらさらなかったが、これは本当に日本国民の必読書かもしれない。最初の1章を読んだだけでも、世代別でこんなに年金の払込額と受け取れる額が違うのかと愕然とすること請け合いだ。公的年金の問題ひとつとっても、きちんと思考すれば国家とあなた自身とのかかわりについて、認識が新たになると感じた。

■追記 平成16年8月15日 「週刊!尾花広報部長」へのトラックバックにあたり...

年金討論会の時は、大変お世話になりました。「後だしじゃんけん」的な出席のお願いだったにもかかわらず、参加させていただき、するつもりのなかった質問までさせていただき、年金問題を考えるきっかけとなりました。ありがとうございました。

みなさまのご努力によりCD-ROMデータまで厚生労働省の方々から出していただけるようになってよかったですね。いま、お盆のお休みを利用して年金問題を一生懸命勉強中です。

■追記 平成16年8月16日 「小子化問題とか年金のこととか、それが何か?」@月ナル者へのトラックバックにあたって

別件でトラックバックをいただいたのだが、ふと興味深い記事をかいていらっしゃったのを発見したので、すかさずトラックバックさせていただいた。以下のような問題を指摘されているように感じた。

・労働力の現象への対策としての移民の問題
・現在あるいは将来のいわゆる外国人労働者への課税の問題
・もうちょっと拡大して年金の問題

ちなみに、まだ調査不足でこれから調べところなのだが、この記事の冒頭にかいた米国のSS#(ソーシャル・セキュリティー・ナンバー)は、外国人として入国して移民となるとか、市民権を得るとかしたときまで統一された番号で学歴、職歴、賃金、保険加入歴などを追跡していける仕組みだと思う。

月ナル者のGiraudさんご指摘の問題も、今後年金、税制、諸保険制度の改革において議論されなければならない問題であると感じた。

ああ、でも「そんなのは現在のところ無視されるほどの誤差くらいの問題でしかない。」とか言われて終わりなんだろうな...

■「 【公的年金TF】年金の積立金と財政投融資について」へのトラックバックにあたって 平成16年8月18日

相変わらず時勢に疎い私は、Hiroetteさんが、こんなに分かりやすく、すばらしい記事を書かれていると今日まで気がついていなかった。更新をストップされてから、きずくとはうかつだった。Hiroetteさんは、多分一番の焦点である積立金の問題にぐいぐいと筆をすすめていらっしゃる。リンクされている財務省理財局のページも分かりやすかった。更新を再開されてから改めていろいろと意見交換をさせていただきたい。

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コメント

○労使折半は他の国にあるのか。
労使折半は、被用者を対象にした年金なら普通にやってることです。
国によっては半分以上を雇用者負担にしているところもあります。
(もともと、年金は雇用者の退職後の所得保障を目的としているため、
労使それぞれが負担するのは筋的には正しいように思いますが。
たぶん、全国民を対象とした年金制度など、ごく少数しかやってないと
思いますが。)

○独立した場合の保険料
民主党いわく倍額負担を求めることを考えているとのこと。

○厚生年金の年末調整について
まず無理でしょう。
ただ、給料の額が変動して標準報酬の等級が2等級変わる場合は
変更されるとのこと。(雇用者側が手続きする。)
もともと、計算の都合上制度になっていることなので、年末調整を
行う余地はないでしょうね。

投稿: とおりすがり | 2004年8月16日 (月) 01時14分

とおりすがりさん、はじめまして、おはようございます、

コメントありがとうございます。

○労使折半は他の国にあるのか。

そうなんですね。そえいえば、よく米国の映画やら小説やらで「frínge bènefit」みたいなものとして「健康保険、年金、車」とか出てきますものね。もう少し調べてみますが、確か米国などでは年金によって会社負担分が一律でなくかなり会社負担分と自己負担分の差があったように、また給付額や方式にも差があったように記憶しております。「給与外の利益」で役員をスカウトするみたいな、感じだったと思います。

会計上も法定福利厚生費は賃金の一部です。また、確実にその個人自身が稼いだ付加価値の中から支払われているものだと思います。問題なのは、自分の稼いだ付加価値からどれくらいの金額が国に支払われているかを一人一人が自覚すべきであるがその方法をかなりふさがれていることと、雇用コストに占める公的年金の負担額が今回の改革でかなり将来にいたるまで年々増額されていくということでセットされてしまったことが問題だと思います。

経営者であれば、この雇用コストをいかに回避するか、あるいは払う、払わないという事によっていかに付加価値の稼げる人材を選別するかという方向に向かうと感じます。

○独立した場合の保険料

>民主党いわく倍額負担を求めることを考えているとのこと。

これは、民主党さんの主張によれば一本化した時には労使折半の環境にいた人が独立すればいきなり社会保険費用が倍になるということですか?あるいは、これまで国民保険だった人は費用が漸増するなりして、倍になっていくということでしょうか?

○厚生年金の年末調整について

私も現況の体制では無理だと思います。ただ、あまりにも現行の制度での申告と支払いが(やろうとおもえば)恣意的にできるということと、社会保険労務士という制度も含めて極めて徴収コストが高いということに少々腹を立てております。逆をいえば徴収の恣意性あるいは徴収額の間違いという問題もあるやに思います。

「社会保険庁を廃止する」というセリフを某担当大臣が演説でおっしゃっているのを聞きました。また、周辺から流れてくるうわさによりますと、国税庁と一緒になって米国流の歳入庁になるという話もあるようです。税金と一体的に年金が扱われるようになった暁には、もうすこし精度の高い、徴収率のあがる徴収制度、徴収実務にしていただきたいという一実務担当者の切なる願いです。

余談ですが、積立金等の合計額が株式市場総額の3分の1にも達しようとしていてマクロ経済的にも投資理論的にも利回りの低下はさけられないというのに、また徴収コストや社会保険を維持するコストがこんなに高いのに、どうやったら払っただけは最低もらえる制度を維持できると国会議員も、厚生労働省もいえるのかはなはだ疑問なのですが...ならばいっそ正直に、「これは税だから、社会を維持するためにはどうしても必要なコストなのだから、絶対に払いなさい。また法律で払わなければならない決めたからには差し押さえでも、競売でも強権を発動しても徴収しますよ。」といえないのでしょうか?

まあ、真剣にそうなると「1984年」ばりの息のつまる社会になってしまうのかもしれませんが...これまでの日本の変質してしまったよい意味での「いいかげんさ」が失われ、法的にも制度的にもきちんとしていけばいくほど「活力」や「闘うべくして生まれてきた人間」が失われていくような気がしてなりません。

西沢さんの「公的年金制度は、保険料を拠出する国民と年金の給付を行う政府との間に交わされた契約と見ることができる。」のかどうか、これも果たされない契約なのかどうか、真剣に考え込んでしまっています。

投稿: ひでき | 2004年8月16日 (月) 09時34分

TB、ありがとうございます。
「無視されるほどの誤差くらいの問題」であっても将来育ちうると考えられるならば、ガイドラインぐらい立てておいてもらいたいものですが。年金だけでなく、先端医療とかも。

投稿: giraud | 2004年8月16日 (月) 15時07分

giraudさん、こんばんわ、

すみません。年金問題とかいろいろ勉強したり、考えれば考えるほど悲観的になりがちなので、官僚の方とか政治家の方とかがいいそうだなとか思うことを、そのまま書いてしまいました。

長い目で見れば、Giraudさんが指摘されている問題はとても大事な問題だと思います。本文でも書いたように、米国では多分とうの昔に解決されている問題ですしね。

先端医療の問題というのは、私は詳しくないのですが、施術のガイドラインとか医療保険の点数の問題でしょうか?

投稿: ひでき | 2004年8月16日 (月) 19時53分

ひできさん、こんばんわです。

矛先はお上です。
書き方が拙かったですね。すいません。

医療ですが、施術もそうだと思いますし、先日芸能人の代理出産で揉めたのもそうだと思うのですが、司法の判例をデファクトスタンダードにして敷衍するやり方がどうも頂けないので。
司法よりも医療を理解している集団である日本医師会が叩き台で良いから「先に」策定してアピールするのも手じゃないかな、と。
取り敢えず、だからアメリカに準ずる、でも良くって、名前の通り叩かれて形を成していけば。

そうした意味合いで、木村剛さんの公的年金タスクフォースには期待しているんです。

投稿: giraud | 2004年8月16日 (月) 20時44分

Giraudさん、さっそくのお返事ありがとうございます、

私も司法あるいは立法の先端医療への取り組みには首をひねっております。判例があるからよいというのでは、ほんとうに本末転倒でしょうね。

Giraudさんの納得される例になるかどうかわかりませんが、なんとなくみんなクローニングとかにSFとかで慣れすぎているからかもしれませんが、例のES細胞を使った研究があまりに制限をつけずに通ってしまった事があたりまえのように伝えられていますが、結構あれは人の境の問題だとか、あるいはその応用研究の悪用とか、新たな問題の温床となりうるやりかただったと思います。新しい技術を押しとどめる事が出来ないとしても、一定の枠組みをきちんと議論して、研究する側でも十分にその枠組みの意味を理解させた上で取り組むのでないと、原爆の開発計画のようになってしまうのではないでしょうか?私はES細胞を使った研究の応用例がどの範囲に及ぶのかしりませんが、潜在的に生物の汚染は原爆よりも影響が大きいと思います。あ、一応こんなのありましたね。

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu1/kaisai/004/04060401.htm">http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu1/kaisai/004/04060401.htm

んで、もっと身近な話ですが、たとえば代理出産のような問題を、司法、立法、行政にまかせておけないからといって、私は先端医療と倫理の問題を日本医師会にまかせてよいのか少々疑問です。あんまり書くと職を失いそうなのですが、ひとつの職能集団だけにまかせず国民全体の問題として捉え、議論していくことが大事かと思います。そうですね、たとえば医療問題についての木村剛TFみたいのが存在すればきっと心強いでしょうね。

あの、ご存知のこととは思いますが、念のため私は年金TFのメンバーではありませんよ。関心はかなりもっております、ハイ。

投稿: ひでき | 2004年8月16日 (月) 23時11分

○どれだけ払っているのかを知るすべ
ある意味、給料明細に明確に記載されているのですけどね。
所得税に付いてもいえることですが、源泉徴収という制度自体が税金を負担しているという
認識を弱らせる制度だそうで。年末調整もあまり額に気を遣わずにできますし。

○増額をセットしたことについて
逆の意味では、必要な保険料が政治リスクをのぞいてセットできたというメリットもあると思います。
(今までの方法では、予定した保険料が国会審議中に下げられてしまうことがしばしばあったが、
そういうことができなくなる。大抵の理由は「社会への配慮」だったりします。必要な保険料を
全然とれていない中で、配慮も何もないと思うのですが。)
もっとも、今回の法律でも、本当は20%とりたかったところを、財界の反発と与党の意見で
18.3%まで押さえられてしまいましたし。で、給付はほぼ厚労省案のままなので、財政は余計
厳しいはずです。こういうリスクが排除されたことは評価すべきかもしれません。

○雇用コストの回避
パートの厚生年金加入が実現すれば、それなりに解消できることなのでしょうが、
見事に検討課題に落ちてましたね。
これも財界からの反発と、さらに主婦からの反対圧力がすごかったと聞きます。
パートをしている方の多くは、今使えるお金が欲しいわけで、将来のことは
二の次にせざるを得ないからなのでしょうけど。でも、これって自らの首を
真綿で絞めているような気もします。

○独立した場合の保険料
逓増かどうか、その辺はよくわからないんですよね。
素直な理解をすれば、突然倍になるのだとおもいますが。
まあ、この辺は民主党曰く「改革の熱意」で解消するものと思われます。

○強権発動
以前、強制徴収は実施されたことがあったのですが、どうやら徴収コストに対して
徴収できる保険料が少なくて割が合わないそうです。
今回も29件だったかの徴収を実施したとの報道がありましたが、やはり同じ問題に
突き当たっているようで。
まあ、国税でも額が少ないところにはほとんど手をつけていませんし。
むしろ、権利を消滅される方が短期的な財政にはよいようです。

長くなりましたが、こんなところです。

投稿: とおりすがり | 2004年8月17日 (火) 00時35分

ひできさん、どもです。大変刺激になります。

実はES細胞絡みはインサイダーっぽい位置に立っておりまして。西の都の某所長は吹き過ぎている印象も受けてます。現時点ではそれほどできることは無いのでは。勿論暴走しないための枠組みをきちんと議論して定義し、当事者に納得させる必要があるのはその通りだと思います。逆に今のうちだと思うんですけどね。
生物の汚染は正直、想像がつかないんです。予想外に広がって、思いもかけない所で影響が出てしまうので。

>ひとつの職能集団だけにまかせず国民全体の問題として捉え、議論していくことが大事
そうなんですよね。もっといい仕組みが無いか、これから考えていきたいと思います。

年金TF、外から暖かく見守っていきましょう。

投稿: giraud | 2004年8月18日 (水) 05時39分

とおりすがりさん、こんばんわ、

遅いレスポンスで恐縮です。公的年金の問題点にひとりで腹を立て、ヤケ酒して飲み歩いていました(笑)。

正直に申しまして、コメントいただいた当初少々違和感を感じていたのですが、読み直していくうちに段々納得できました。ご指摘のポイントをよく考えてみると、とにかく年金を存続させるという視点にたてば、つつましく実際に生活している人たちの感覚から離れたことをしないといけないのだな、と感じました(例えば、政治手的に年金額を左右されずに将来までセットされたことが安全サイドだということ、パートからの徴収しなければいけないこと、独立したら年金負担額が倍になること、など)。逆にまた、我々がいまはあたりまえとしていることにすでに納税意識を弱める仕組みがセットされていることも納得できました(例えば、本当に米国からの勧告だったのかいまだに疑問な源泉徴収制度)。

高齢化が進むことによる負担を国民全体で支えなければならないという合意、納得性があるのなら、もう「年金」とか「保険」とかいう羊頭狗肉のような仕組を保つことに大きな疑問を感じます。積立金の運用の影響や、雇用コストの上昇といったマクロ経済的な効果も考えれば、角をためて牛を殺すようなことをしなければ公的年金も介護保険も健康保険も成り立たないなら、ご指摘のような政治的な都合で朝三暮四のようなことをするのあまりにも危険です。いっそ、「自分が払った金額は返ってこない可能性が高いが、高齢者の生活を支えることは国民全体の負担なのだ。これは事実上税金なのだ。」と、はっきり言い放つのが政治の役割だと感じました。これをはっきりと政治家が宣言した上で、じゃあ誰がどうこの負の遺産を負担するのかを精密に制度としてつくりこむのが官僚さんたちの役目であろうと思います。「年金」という言葉に惑わされて唯々諾々と厚生年金を払いつづけている現状がみじめに感じます。

本書、「年金大改革」の試算によるば、40歳より若い世代はほぼ確実に公的年金を負担した額よりも給付を受けられる金額のほうが小さいそうです。まして、上で議論した「労使折半」による企業負担分を含めれば、この試算よりもははるかに悲惨な「年金制度」であることが明確になるでしょう。

今、「信頼と安心の年金改革」という本を読んでいますが、この本によると、年金額というのは公租公課の中で突出して大きいそうですね。公的年金と保険料の徴収額をあわせると、税収総額の半分近くになるというのは驚きです。どれだけのお金を高齢者の生活の負担につぎ込まなければいけないのか考えると、気が遠くなります。一方、国民の金融資産の80%以上を65歳以上が保有しているとも聞きます。はてして、ほんとうに今公的年金って必要なのでしょうか?私の周りにいる若い方たちは、ほんとうに月ごとの生活の費用にもことかくほどしか賃金をかせげていないと思います。いっそ、一旦公的年金の支払いをモラトリアムしてしまうほうが正直だし、高齢者の方たちの間で滞留している金融資産を市中に吐き出させるよい機会になるのではないでしょうか?

うーん、しかし「年金の一本化」ということが年金改革の回答だとおっしゃっているのは、どういう理由からなのでしょうか?どうも納得がいきません。

投稿: ひでき | 2004年8月18日 (水) 19時00分

Giraudさん、こんばんわ、

いやあ、ご専門とは知らずこれは飛んだ知ったかぶりをしてしまいました。しかも、私がES細胞のガイドラインの話しをしったfinalventさんの日記にも出没していらっしゃる!厚顔のいたりです。ほんとうにお恥ずかしい。

年金の問題もほんとうに門外漢もいいところなのですが、先端医療の問題はほんとうにもうまったく外側にいます。ぜひいろいろ教えてください。

投稿: ひでき | 2004年8月18日 (水) 19時04分

○事実上の税金
確かにそう思います。(強制加入の段階でそう思っていないといけない気もしますが。)
いずれにしても、本来必要であった保険料との差額は誰かが負担しなければならないわけで(国が打ち出の小槌を持っているわけではない)、その意味で、現行の制度は、国庫負担をのぞけばその差額は将来世代と企業が折半して負担していくことを決めているのでしょう。
(「ならば積立金を取り崩せば」という意見もありますが、取り崩したあとに起きる保険料の上昇(運用収入がとれなくなる分保険料が上がる。)を考えると、ツケの先送りに違いはありません。もっとも、そのころの平均余命が大幅に低下するか、出生率が2.1以上になっているならば話は別ですが。そもそも、積立金が持っている意味とその経緯を勘違いしている気もします。)

○国民の金融資産の80%以上を65歳以上が保有している
統計の罠のような気もします。確かに、金融資産の多くは高齢者が持っているのでしょう。
しかし、そこから資産を多く持っている人をのぞいて取り直すとどうでしょう。
非常に多額の資産を持っているお年寄りがいる一方で、少ない年金のみで生活している方もいることには注意が必要です。
もっとも、サラリーマンだった方には退職金があることでしょうから、それなりに資産があることは想像に難くありませんが。(マイホームなどの借金で、退職金があっても首が回らない方が多そうなことも想像に難くないのですが。)
ただ、モラトリアムはどうでしょうか。いずれ支払うことにしたとしても、年金による収入しかない状態で、「年金の支払いをしばらく止めます」といわれたらどうなるでしょうか。
厚生労働省の調査によるとこのような世帯は年金受給世帯の60%に上るそうです。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa03/2-4.html">http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa03/2-4.html

○「年金の一本化」は改革の回答か?
今の世論には受け入れられやすいのかもしれませんが・・・、納得がいかないのは同感です。(聞きかじりの知識しかないので、恐縮ですが。)
何を持って最良と判断するかという基準の問題かもしれません。
ただ、一本化することによって制度がわかりやすくなることも、財政がよくなることも、給付や負担が改善されるということもないと思います。
(元々、制度がわかりにくいから制度改正というのはやや拙速の感があります。わかりにくいのは公報の不足と、過去の制度が残ってしまう年金制度そのものの特性、および経過措置の存在に原因がある気がします。また、給付と負担の問題は給付設計と財政の問題と同じであって、制度を一本化することとは何の関係もないはずです。)

○その他、諸々
・そもそも年金が保険原理を元にしている以上、確率通りに推移している限りは世代間で損得はないはずです。(実際は医療の進歩などで確率通りになっていないのですが。)
しかし、ここまで世代間格差が出てきてしまうのは、保険料の計算の際に今の給付改善を予想できなかったこともあるでしょう。(例えば、厚生年金の賃金スライドは昭和48年にできたそうです。それまでは、当時の賃金をそのまま平均していたことを考えると、法律改正前の賃金も再評価するので、ずいぶん給付がよくなっているはずです。そのお金はどこから出てくるのでしょう?少なくとも、それ以前の保険料にはそんなことは考えられていないはずです。)
また、そのようにして決めた給付や保険料を安易に変更したことも影響したでしょう。
このようにして、前の世代の条件をよくする以上、そのツケは将来世代が払うことになります。(運用利回りがあるのでゼロサムになるとは思いませんが。)
かといって、昭和30年頃の賃金でそのまま計算したら、その世代は年金で生活などできない水準にまで落ち込むのかもしれません。難しいところです。
昔は物価も賃金に対して高かったですし、あくせく働き、慎ましく生活していたかもしれない人に対して、老後も慎ましい生活を強いるのも酷な気がします。その意味でもモラトリアムはどうかと思うところです。(もちろん、今の世代は老後に苦労すればいいとは思っていませんが。)
・たまに「今回の改正案は経済に配慮していない」という言葉を見ますが、逆に言えば今まで配慮した結果が現在の問題を生み出したわけで・・・、なんか無責任な発言だな、と思う次第です。
・無責任と言えば、以前内閣府の世論調査があって、公的年金制度の給付と負担についての調査をしたそうです。
その結果、「今後,保険料負担が重くなっていくことはやむを得ないが,その上昇をなるべく抑えるために,年金の給付水準もある程度引き下げるのがよい」と答えた人の割合が46.7%だったそうで、マスコミの報道もずいぶん無責任な気もします。
http://www8.cao.go.jp/survey/h14/h14-kouteki/2-4.html">http://www8.cao.go.jp/survey/h14/h14-kouteki/2-4.html
しかし、調査を見るとずいぶんと世代間の利害が現れているようです。
・残念ながら挙げられた本を読んでいないため、それについては何も言えません。時間があれば読んでみたいところです。

相変わらず長くてすみません。いろいろと思ったことを書くと長くなってしまって・・・。
これでもせっかく打った文章を泣く泣く削除してたりします。

投稿: とおりすがり | 2004年8月19日 (木) 03時04分

私は、国家の財政に強い懸念を有する者です。
年金についての鋭い問題指摘、そして有用なコメントの数々。慧眼と存じます。トラックバックできませんでしたので、コメントさせていただきました。http://gijutsu.exblog.jp/

投稿: かん | 2004年8月26日 (木) 23時39分

かんさん、はじめまして、こんばんわ、

ちゃんとTBきてましたよ。大丈夫です。

大丈夫でないのは、国家財政でしょうか?(笑)

TBしていただいた記事を読ませていただきました。なにかひしひしと伝わってきます。郵貯と年金が完全に自主運用になったらなにがおこるのでしょうね?国債もやばそうですけど、自主運用したときの利回りの問題は結構恐ろしげです。

投稿: ひでき | 2004年8月27日 (金) 01時06分

ひできさま、コメントありがとうございます。確かにTBできていますね。トラックバックのピングをエキサイトが送信した後、トラバ完了のココログからの返信がうまく受信できないようです。
ご指摘のように、大丈夫でないのは、国家財政ですね。国家財政がまともでないと、当然年金も吹き飛んでしまいます。今後ともよろしくお願いします。

投稿: かん | 2004年8月27日 (金) 22時55分

かんさん、こんばんわ、

本当に背筋の寒いものがあります。

それでも、本日はブログつながりの知性の方々とディスカッションして帰ってまいりました。非常に興味深く、実のある討論をさせていただきました。

財政の問題を直接解決することはできないかもしれませんが、ブログのつながりが世界を変えるかもしれないと少々傲慢に感じてしまいました。

詳細は、また後ほどこのサイト他でご報告させていただきます。

投稿: ひでき | 2004年8月29日 (日) 02時02分

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