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2004年9月26日 (日)

[書評]敗北を抱きしめて Embracing Defeat

敗北を抱きしめて by ジョン・ダワー

思ったよりも長くかかったが、ようやく読了した。ゆびとまさんに本書をお薦めいただいたのが、今月の1日で、アマゾンから届いたのが5日、読了が24日。この間、ほとんどブログの記事を書いていない。いや、書けなかった。本書は、文句なしに現代の日本人が読むべき本であると感じた。ゆびとまさん、本当にありがとうございます。

私にひびいてきた本書のテーマは4つある。

・共産主義者、ソ連、そして米国が戦後の日本の政治体制、政策におよぼした影響。

・戦中から戦後に温存され、連合軍占領下においてGHQにより強化された日本の官僚主義の重さ。

・東京裁判の結果及び天皇の戦争責任の取り方がおよぼした影響。

・現代日本人の敗北主義の源流。

著者の13年にもわたる綿密なリサーチと研究の成果をあつかった本書を、私のようなものがうんぬんすることはなかなか難しいことだ。しかし、決して私は本書の主張に全面的に賛成することはできない。賛成できないながらも、自分の主張を書こうとしても筆が止まってしまう。とりあえず、そもそもfinalventさんからヒントをいただき、自分が下手な記事を書き、またそれを読んだくださったゆびとまさんが本書を教えてくださった理由である「戦後の日本の敗北主義」という側面だけから書きたい。もし、また機会があればぜひ他のテーマについて感じること、発見したことについて書きたい。

・「今日の日本人の誇りは日露戦争にある」 by finalventさん
・「負け犬の遠吠え」 (HPO)
・「ぼくたちは本当に負け犬なのか?」 (HPO)

著者のダワーは、ホームステイをきっかけに日本に興味をもったという。その後、ヴェトナム戦争のころから反戦運動に身を投じたのだという。

・「ジョン・ダワー インタビュー」 by 大野和基さん

ゆびとまさんは、「左翼な本ではゼンゼンありません」といってくださっていたが、どうも私にはダワーが本書の中で価値観を含む述語を使うたびに暗示している方向性が左翼的だと感じられてならなかった。私が育ってきた環境下では、天皇の戦争責任をとることが民主化をすすめることであったと主張することは、「左翼的」以外のなにものでもないと言われてきた。左翼的であることがなにを意味するのかは、本書を読んでさらに感じるところがあったが、それについて書くことは別な機会に譲る。

・「日本国憲法って穴だらけ?」 (HPO)

本書を読むまで、米軍の占領が戦後の日本に及ぼした影響の大きさがあまり自分で把握できていなかった。著者の指摘しているとおり、昭和20年の敗戦までの日本の軍国主義に続く米軍のあまりに圧倒的な支配によって、戦後の数年間に本来民主主義を学習し自分たちの間で「やればできるんだ!」という感覚を醸造できなかったという側面は確かにあるのだと思う。この想いは、自分自身を含む現代日本人を見るにつけ、あまりに深く腑に落ちていく。自分たちはなんと社会に対して無力であると自分を定義しているのか?社会や環境を変えること、人に働きかけることについて、いかに最初から諦めてしまっているか?ただただその無力感に打ちひしがれている。

著者は書いている。

この観点からみると、この「上からの革命」のひとつの遺産は、権力を受容するという社会的態度を生きのびさせてことだったといえるだろう。すなわち、政治的・社会的権力に対する集団的諦念の強化、ふつうの人にはことの成り行きを左右することなど出来ないのだという意識の強化である。

本書が展開するように非常に映像的に明確に、現代日本の状況がどのようなプロセスを経て作り出されたものなのか、いかに作為的に冷戦のしっぽとも言える対立軸の中で現代の状態が存在しているかを理解することは、この呪縛から私自身を解放するひとつの手段であると感じる。繰り返すが、連合軍支配下における検閲制度から、政策立案の方式、米軍に与えられた憲法にいたるまで、非常に作為的で特殊な要因が組み合わさって成り立っている。そして、日本は民主主義国家でありながら、国民一人一人の力で国の先行きを変えることはできないと教育されてきたし、信じられてきた。しかも、それが昭和20年の占領開始以来ほとんどかえられていない。いや、戦中の制度から数えれば昭和16年から21世紀の今日に至るまでまるでなにもかわっていない。しかし、これは実は異常な事態だったのだ。

著者が本書で展開し、私がここでこだわっているのは実は口承歴史(oral history)と公的歴史の差なのかもしれない。私がどうしてもこだわってしまい、そこで立ち止まってしまうのは歴史の時間で教えあれる歴史以外に、自分を取り囲む人たちから口で伝えられた歴史があるからかもしれない。それは、軍部の堕落であり、戦中のプロパガンダであり、闇市であり、共産主義の脅威であり、天皇制がいかに日本の歴史において機能してきたかということである。ここで、これらの要素を書き出すとそれはほぼそのまま本書で記述された日本の姿となるのだが、なにかが違う。ああ、いまでも祖母が「なにがあってもロシアだけは信じられない。」と語っていたのを思い出す。旧帝国陸軍が大陸でなにをやってきたかについても、自分の体験として私に教えてくれた人もいた。それでも、私に口承歴史を伝えてくれた人々は、悲惨な歴史の中でも生き延びるためにその人たちが発揮した知恵と、自分の国と国の歴史に誇りを持つことの大切さであった。

いまここで書いていて思うのは、本書のような試みが米国人によってなされたということが私にとってくやしいのだと思う。本書の明らかに著者の価値観を含む微妙な記述に触れるたびに、ニーチェがキリスト教の「あわれみ」に耐え難さを感じたように、日本に対する侮辱ではないかと思えてならなかった。それは、まだ私自身が日本の歴史に対して自分の腑に落ちる納得の仕方ができていないということなのであろう。

■参照リンク
・「「日本の民主主義は未成熟」とか言うのやめませんか」 by むなぐるまさん
・「an elephant」 by イノガミさん 山崎正和ではないですが、「おんりー・いえすたでー」というか、ほんとうに日本が援助を受ける側であったのはついこの間までのことですよね。
[書評]太平洋戦争 (HPO)
戦後 歴史の真実―わが愛する孫たちへ伝えたい 前野 徹著 by maida01さん
占領と改革

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コメント

うおお、あれを読破されたのですね!
白状します。私、実は、まだ、下巻の途中で・・・
あの善良なアメリカ人の、戦争直後の日本人庶民に対する驚嘆と愛情のまなざしは、私はあわれみとはとりませんでした。でも最後まで読んでないから、説得力ないっすね。
ところで、天皇が戦争責任を取るべきだったというのは、イコール左翼的な発想なんでしょうか?国家のリーダーとして、自ら、何らかの形でけじめをつけて頂きたかった、という風には思います。石原慎太郎だってそんなこと言ってるくらいですし(笑)
なんというか、日本でモノゴトが合理的に進まないことにイライラしていろいろ突き詰めると、なんだかそこに行き着いてしまうような気がすることがあります。
とっても感覚的な話で失礼いたしました。

投稿: ゆびとま | 2004年9月27日 (月) 04時13分

ゆびとまさん、こんにちわ、

改めて本書を紹介してくださりありがとうございました。以下、いろいろ書きますが、本書は本当に多くの日本人が読むべき本だと思います。良書です。

ダワーの「あわれみ」ですが、私にとってなんというかやっぱりダワーの視点は日本人ではないのだ、当事者ではないのだなという感じが最後まで残りました。なぜこれを書いているのがやはり米国人なのだろうか、と。なぜ日本人がもっともっと憲法の制定の問題も、天皇制の問題も、本当に非軍事化するのかそれとも軍隊を持つのかという議論も、当事者である我々がするべき議論だと思います。米国と日本との関係もそうですね。ここに書いてあるのは、間違いなく我々の父祖の行動であったのに...

もっといえば、「Embrace」という言葉の語感と、タイトルの主語がよくわかりません。これは、大人が子どもを抱くようにいとおしむように「抱きしめる」のか、自分の問題を自分の問題として自分の中に抱き育てようとするのか、この辺のニュアンスです。ああ、私もかなり感覚的ですね(笑)。

そもそも下巻のオビの「日本の非軍事化と民主化はなぜ挫折したのか?」というのが気になりました。「挫折」ってかなり価値観の入っている言葉ですよね。私が想像をたくましくしているのは、当初ニューディーラーというかかなりリベラルな連中がGHQの民政局に入り込んでいたようなので、「挫折」とは日本の挫折ではなく戦後GHQで日本の政策をリベラル側にふろうとした連中の主義主張の挫折なのではないかと感じました。大事なのは、主義主張ではなくいかに日本が国として立ち行き...、いやもっと大事なのは日本の人たちが戦後を生き抜き、安定した幸せをつかもうとしたかにつきると感じます。この意味では、今は失われてしまった日本人のしたたかさがあったのだと感じます。そして、ここの部分こそ私は本書で現代の我々が学ぶべきところだと思います。

天皇制については稿をあらためたいのですが、多分唯一今の日本に残った日本のアドバンテージだと思っています。もし、日本の人たちの大多数が「もう天皇制はいらない」と思うのなら、それはいたしかたない。しかし、戦後のあの時期も、そして今も象徴としての天皇をいだくことに私は意味を感じます。まがりなりにも1000年以上続いた王家ってなかなか他にはないと思うので、大事にすべきだと思うんですけどね。少なくとも、私の身の回りにいるごく普通の人たちは天皇制が存続していくことが大事だと思っています。これは「口承歴史」と書きましたが、自分が育ってきた環境にもよるのかもしれません。

http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/01/post_12.html

うーん、「天皇の戦争責任=左翼的」と書いたのは走りすぎたのかもしれませんが、少なくとも右翼的ではない主張だと(笑)。なにが左翼的なのか、戦前、戦中、戦後を通じてなにが左翼的な主張の奥にあったのかということについては、いま自分なりに証左を求めてうろうろしているところなので、もうちょっと時間をください。

投稿: ひでき | 2004年9月27日 (月) 12時41分

こんにちは。
トラックバック、有り難うございました。
昨日から、今日。
何回も、こちらに伺って拝読させていただいています。
実際の所、本を読んでいないので、考える手だてが見つからないのです。
是非、読んでみたいと思います。
そんなわけで、もしもトンチンカンなコメントだったら、と思いながら私の感想。
戦時下にあって、
「考える」ということが、どういうことであるかを教わらなかった人たちが、急に「自由、民衆主義支配、民主主義の洗礼を受ける。
そしてその様な人たちを、統括していかなければならない当時の占領軍と、
戦後民主主義を学校でとりあえずも教えられてきた、いまの私たちとは、まず立脚点が違うと思うのです。
したがって、「戦争」に対しての感覚、捕らまえ方も当時の人と違います。
歴史の証人たちが、話す内容は、「当時の情勢」だと思います。
いまの私たちは、それについて「あれこれの判断」よりは、そこから引き継がれた遺産(最たるものが天皇制であることは言うまでもありません)について、もっと考えていかなければならないのでしょうね、、、
私には、とても読解出来る自信はありませんが、
読んでみたいと思います。
多分、いまの私たちの「原点」がそこにあるはずだから、、、
また、いろいろ教えてください。楽しみにしています。
では。

投稿: せとともこ | 2004年9月27日 (月) 15時44分

せとさん、こんにちわ、

コメントありがとうございます。ごぶさたしておりましたのに、お気にかけていただきすごくうれしいです。

ほんとうにおっしゃるとおりだと思います。

生意気な私は、ゆびとまさんへのコメントでごちゃごちゃ「戦後民主主義を学校でとりあえずも教えられてきた」自分としての理屈をこねてしまいましたが、本来この本は敗戦直後の日本人がどう感じ、どう考えたかを感じてとる視点で読むべきだとわたくしも思います。また、占領下という「現場」には「敗北主義」に陥ってしまっている(と私には思える)今の私達にはない知恵やエネルギーがあふれていたように思われます。そこにこそ危機感のない言葉面だけで「第二の敗戦」といわれる現代において、私達が読み取るべき知恵や指針があるように感じます。

ちなみに、この本は米国のイラク占領政策立案の参考として使われたというウワサもあるようです。これまた高慢な感想かもしれませんが、同じ米軍に占領された彼我の違いを見るときに、私たちの父祖に頭の下がる想いです。私はこの本に語られた人々の姿に感動と尊敬を覚えます。

ああ、なによりも拙いばかりですが現在の敗北主義の源流をたどろうとしたこの記事を書こうとした原点はせとさんの記事です。あらためて感謝申し上げます。

投稿: ひでき | 2004年9月27日 (月) 17時16分

念のためですが、ゆびとまは「あの時天皇制を廃止するべきだった」だなどとは毛頭言っておりませんで、あの時、昭和天皇はやめるなど何らかの形でけじめをつけて欲しかった、ということでした。立派な皇太子がいらしたんですから。(ダワーは、皇族内でも昭和天皇がやめるべきと考えていた動きがあったことを本の中で提示していましたね。)
トップに責任が無かったなら、ほかの誰に責任があったというのでしょう・・・。日本の歴史をふりかえると、思ったよりも合理的な考え方をする人たちが多かったような気がするんですが(これも司馬遼太郎の読みかじりだったりするので説得力なし・・・涙)、あの歴史の重大な転換点で責任をあいまいにしてしまったがため、いろんなことがワケわからなくなっちゃったような気がしているワケなのです。
そして、そのことこそが、あの本を日本人が書けなかった一番の大きな理由なのではないでしょうか。天皇に責任がないワケが無かったのです。なのに、責任はなかったことにしちゃった。当時の事実を丹念に掘り返してその「ウソ」に向き合うなどということは、日本人としては到底出来ないことだったのではないでしょうか?
(いやー、またセンシティブな話題をふってしまってちょっと後悔ですが、これもブログの良さってことでお許しを)

あと、下巻のオビは、左翼的岩波書店(笑)が後からつけたものだと思うので、それをダワーのせいにするのはちと酷だと思いますです。

そしてそして、embraceという言葉には本当にたくさんのニュアンスが含まれているようです。
www.alc.co.jpの英辞郎にて、embraceを検索してみてください。
仏教から民主主義から人の首からジハードからeコマースから英語から自由から高金利から土地から人口まで、すべてembraceできるみたいですよ。

いやー、こんなウダウダ書いているヒマがあるなら、早く最後まで読めってか。
ひできさんの言う通り、とにかく一人でも多くの日本人に読んでほしい本の一つには違いありません。
長いからちょっとウッと思うかもしれませんが、文章自体はとても読みやすいです。みなさまもぜひトライして下さい。

投稿: ゆびとま | 2004年9月28日 (火) 01時28分

ゆびとまさん、おはようございます、

コメントありがとうございます。この辺ってほんとにセンシティブな話題ですよね。これくらいセンシティブな話題をこういうノリでお話できるというのも、ブログのよいところなのでしょうね。ネットの上でお互いの立場が見えながら、お話できるということはほんとうにすばらしいことだと感じます。

さて、センシティブな中でもセンシティブな話題ですが、広い意味での昭和天皇の責任のとりかたというのは、さすがにウヨ(笑)な私でも別の選択枝があったことを認めざるを得ません。ただ、これまたダワー自身が認めているように「戦争責任」といったものが国として認めうるのかどうかというのは、また少々議論のあるところだと思います。例のインド人のパール判事とか、もっと個人史的に古いところでは、「はみだしっ子」のグレアムとか...この辺の議論を昭和天皇の行動と結び付けうるのかどうかは、もっともっと議論の分かれるところだと感じます。

私は、戦後のあの動乱期をよく乗り切ったという思いの方がつよく、どちらかというと私達が見てきた昭和40年代後半、50年代くらいに転換すべきときがあったにもかかわらず、宿題を積み残したままにしてしまったので、現代のウソがまかりとおる時代があるような気がしています。憲法にしろ、歴史的な体制にしろ、過去の亡くなられた方たちにもとめるのでなく、いま生きている人たちがいまの無責任体制をつくり、敗北主義を助長しているように感じます。

少々筆がはしりました。まだ続きが書きたい(!)のですが、これから出かけます。

今日も一日精一杯生きましょうね。

投稿: ひでき | 2004年9月28日 (火) 07時06分

こんにちは。

「敗北を抱きしめて」の書評を読ませて頂き、エントリを作成しましたのでTBさせていただきました。時間が許せば、同じくダワー著の『吉田茂とその時代』をお読みになることをお勧めします。

投稿: Flamand | 2004年9月28日 (火) 18時42分

Flamandさん、こんばんわ、

トラックバックしていただいた記事をとても興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。記事中で書かれていたことに大変共鳴いたしました。正直、私のような書き方をしてしまうと、大変反感を買うのではないかなと思っておりました。Flamandさんのような記事を読ませていただくと大変心強いです。

>例外的な時期が日露戦争後から敗戦までの道程で、結果として破滅的な挫折を味わったことで「羮に懲りて膾を吹く」という具合に、戦後の「漂流」の大きな原因になったのでは?と愚考する。

http://capriccio.cocolog-nifty.com/olivier/2004/09/flotsam_and_jet.html

これは強く感じます。「坂の上の雲」ではありませんが、「日露戦争後から敗戦」までの日本がどのような人物によって支えられてきたのか非常に興味があります。そして、それは敗戦によって終焉を迎えるわけですが、「坂の上の雲」を目指した日本の方向性にさおさす勢力がいたような気がしてなりません。「とんでもかなぁ」と首をひねりながらいま少々記事をまとめているところです。

投稿: ひでき | 2004年9月29日 (水) 21時38分

TBをありがとうございます。

この本は凄い量のようですね。面白そうで読んでみたいのですが、量を考えるために、一度本屋で見たいと思います。

私の紹介した前野徹さんの”戦後 歴史の真実”お読みになりましたか?Amazonではベストセラーと出ていますので、お読みですよね。非常に感動し、自分の日本人としての立場、今後すべきことなどを考えさせられました。
またAmazonで検索したところ”新 歴史の真実―祖国ニッポンに、誇りと愛情を”という続編も出ているそうですね。これも読まねば。

投稿: maida01 | 2004年10月30日 (土) 22時02分

maida01さん、こんばんわ、

コメントありがとうございます。

どうもなにか別の本と勘違いしていたようで、前野さんの「戦後 歴史の真実」は全く読んでおりませんでした。あわててアマゾンで発注しました。

そういえば、以前すすめていただいた「本当の中国を知っていますか?」もまだ積読のままです。早々に読みます。

元の話題に帰れば、いま歴史をどんどんさかのぼっています。机の上に「なぜ太平洋戦争になったのか?」(北原惇さん)、「教科書になれなかった史実」(竹下義朗さん)などが載っています。以前書いた「太平洋戦争」の作者、児島襄さんの「満州帝国」という本も御引越しのお手伝いにいってもらってきました。先日、手塚治虫の「一輝まんだら」という北一輝のほんのさわりの部分を漫画にした本も読みました。

どうもこの辺に太平洋戦争、大東亜戦争のころの日本のあり方があって、戦争があったから占領時代が理解でき、そしてそのままなにも変えることなくただ腐っていくばかりの現代がある、というように感じています。

今の時代が驚くほど明治維新直前の日本の状態だったという人もいますから、明日を築くために今こそ歴史に学ぶべきときはないのかもしれません。

投稿: ひでき | 2004年10月30日 (土) 22時19分

お久しぶりです。最近コメントが更新されていたのに気がついて読みに来たら、急に思い出したことがあったので、忘れぬうちにコメントしています。すみません(笑)
私がこの本を読んで、いっちばん強く強く感じたことを思い出したのです。

*****
なーんだ、多くの日本人が後生大事に「変えちゃいけない」ってしがみついている秩序って、アメリカ人が作ったものだったんだ!なーんだ、別に大事にする必要ないじゃん!今の世の中に合わなくなったら作り直せばいいじゃん!
*****

何年前のことだったかなぁ。そのときの感覚が、いま急に鮮烈によみがえってきました。ありがとうございました。

投稿: ゆびとま | 2004年10月31日 (日) 04時56分

ゆびとまさん、こんにちわ、

そーなんですか!そういう「感じたこと」って大事ですよね。

自分の話しで恐縮ですが、妻と結婚してしばらくたった時にふと憲法の話しになりました。

「...だから、憲法って結構条項同士で矛盾しているし、私学への助成はいけないっていってて全然やっているし、公務員は辞めさせられるって書いてあるし、前文と8条って絶対目指すものが違うし、変えなきゃいけないとこ多いんだよ。」

「え、憲法って絶対変えちゃいけないって先生に言われたよ。憲法って変えちゃいけない法律って意味じゃないの?」

「あの、、、憲法って各国でそれぞれ何度も変っているよ。米国憲法なんか修正条項が二十いくつもあって、戦後だけでも3、4回変ってるんだよ。時代に合わせて変るもんだよ。」

「そんなことないって!!!」

...ということで、大「口」喧嘩になりました。しばらくたって、でも、いろいろ具体例をだしたら納得してくれました。やっぱり、言い方が悪かったんでしょうね。私はどうもいつも反感を買うような口調になってしまっているようです。

ええと、自分のことはどうでもよくてですね、本題に戻れば本当に作られたものは、変えられるものなんですよね。憲法までいかなくとも法律だって、国会議員がその気になれば変えることができるわけで。それを今の世の中の風潮として憲法も法律もみんないっしょにして、決まったことは変えられない、変えてはいけない、とやるから窮屈になって仕方がない。逆に言い訳や無責任、モラルハザードがまかりとおる。本当に大事なのは何かが見失われてしまった。

そんな感じがします。

あ、ちなみに昨日「容赦なき戦争」(ダワー)が届きました。読まなければならない本が多すぎて困ってます。

投稿: ひでき | 2004年10月31日 (日) 12時53分

 今の「秩序」ってアメリカ人が作ったものなんだ・・。というのが気になって一言・・。

 「秩序」は憲法のことなのでしょうが、市民レベルでは、日本の良き社会秩序などを破壊したのは共産主義者(日教組、全共闘など)を筆頭とした「自由」を求める風潮だと思います。
 自分さえよければいい、というアメリカ的なものを共産党や社会党を支持する人たちが一生懸命導入しようとしているのには失笑を禁じ得ません。
 この点、「アメリカ人が作った憲法」を必死で守ろうとしている「護憲」政党が社民党や共産党であることからも明らかです。

 実におかしな事だと思います。

投稿: ハーデス | 2004年11月 1日 (月) 01時24分

ハーデスさん、こんばんわ、

いつも貴重なご意見をありがとうございます。

いつのまにか身の回りを見渡すと、いわゆる共産主義の方とか影がうすくなってきているように感じます。

こんな言葉を聞かされて育ちました。「少数の人を長期間、多数の人を短期間あざむくことはできるが、多数の人を長期間あざむくことはできない。」

イデオロギーの問題ではなく、バランスの崩れた主義主張というのは永続しないものだと感じます。

人間の世はきっと真ん中で静止していることはできないのでしょう。かならずふりこは右に左にゆれるものなのだとつくづく感じております。

ちなみに、いま戦前の歴史教科書を読ませていただいております。労作です、これは。

http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/kyoukasyo/sub-book1.html

投稿: ひでき | 2004年11月 3日 (水) 19時28分

ハーデスさま

私が触れた「秩序」とは憲法をイメージしたものではありませんでしたので、補足します。
もっと漠然と、「官僚組織」とか、「経済秩序」・・・元気いっぱいな人が自由に色々やりたいって思った時に、邪魔する様々な既成秩序、既得権益。そういうこと。

つきつめていけば憲法も含まれるのでしょうが、実は私自身はあの憲法は嫌いではありません。あのとんでもなく理想主義的な憲法は、戦後のどさくさがなければ絶対に成立し得なかったもので、どのような人がどのような思いを入れて草案したのかも、embracing defeatには詳しく記されていました。
ああいうものを後生大事にしている国っていうのも、そう悪く無いと思うんですよ。そういう国が一つくらいあってもいいじゃん、みたいな(うわぁ、なんかスゴーく突っ込まれそうな文・・・)。少なくとも当時の一般民衆には、本当に希望の光のように見えた憲法だったですよね?(この部分そんなに詳しく調べていないですから、思い込みだったらすみません)
ガンジーの「非暴力主義」だって、フツーあり得ない思想なのに、歴史の流れによって突然ものすごい力を持って、実際に世の中を変えてしまった。キビシー現実世界の中で「理想」を持ち続けるって、そういうことなんじゃないかと思うのです。そんな理想は、一生、日の目をみないかもしれない。でも歴史が微笑むと、突如世界を変える力を持つのです。
・・・もちろん、多くの日本人に、「この理想を持ち続けたい」という意志がある限りですけどね。

余談ですが、「平和憲法」が持つソフトパワーって、決して無視できないものがあると思ってます。遠い中南米の国やアラブの国が漠然と親日感情を持っている理由の一つみたいだし。
アメリカとうまく付き合いながら、ずるーく平和憲法を持ち続けることが出来れば、それはけっこうサイコーの選択なんじゃないかとゆびとまは考えるのです。

投稿: ゆびとま | 2004年11月 7日 (日) 04時55分

ゆびとまさま

 私もちょっとご説明します。私が「憲法」と思ったのは経済秩序や官僚組織も、実はアメリカが押しつけたものではないからです。
 経済秩序で言えば、アメリカにより過度経済力集中排除法などで解体されたものが、「系列」という形で復活していたりします。官僚組織で言えば、課長補佐が「班長」と呼ばれるように未だに戦前の影を引きずっています。むしろGHQがあった時代の方が若手の抜擢などもありました。年功序列横並びなどアメリカとは相容れない発想です。
 そんなわけで憲法かな、と思ったわけです。

 私も平和憲法は好きです。でも自衛隊は必要だと思います。しかし空母や爆撃機など侵略用兵器は不要だと思います。
 そういうバランスが一番大事だと思っています。
 何でもかんでもアメリカのせいにしたり、「対米追従」「非武装中立」など極端なのは大嫌いなだけなのです。
※ゆびとまさんのことではもちろんありません、前の投稿で批判した方々のことです。念のため。

投稿: ハーデス | 2004年11月10日 (水) 01時34分

ひできさま、すみません、ここで少しやりとりさせて頂いております。
ハーデスさま、コメントありがとうございます。
私は、元々はハーデスさんのコメントのような認識でいたのですが、この本を読んだ時に「自分の認識は間違っていた」と感じたのでした。
アメリカに「押し付けられた」経済秩序や官僚組織ではないかもしれませんが、戦時向けに作られた官僚組織がGHQによって強化・恒久化された、ということは言えるみたいでした。GHQは途中で大きく方針を転換し、リベラルから旧体制保持に舵を切ったような描写が細かくされていたと思います。具体的に本のどの部分だったかは記憶が定かではありません。すみません。

投稿: ゆびとま | 2004年11月11日 (木) 03時19分

ゆびとまさん、おはようございます、

一連のハーデスさんとの議論を大変興味深く読ませていただきました。議論を読ませていただいて、「ああ、こういう平和憲法もわるくないかも。貴重なのかも!」と思っている自分がいます。

>GHQは途中で大きく方針を転換し、リベラルから旧体制保持に舵を切ったような描写が細かくされていた

しっかり書いてありますよ、これは。特に下巻の後半あたりがこの転換について書かれていたように感じます。他の文献などを読んでいてもこの「転換」は感じられますし、我々の大先輩方は、それを個人の記憶としてもっていらっしゃいます。それを「民主主義の挫折」みたいにオビに書くから岩波書店に反感をもってしまうのだと思います。

投稿: ひでき | 2004年11月13日 (土) 08時57分

ひできさま、ゆびとまさま

 ちょっと過激な発言に対し、ご丁寧なコメントありがとうございます。
 極東の「実験室」は中華人民共和国の成立、朝鮮戦争によってご指摘のように方向転換を迫られるわけですが、「旧体制」は相当程度破壊されていると考えます。むしろ、戦後高度成長期の「新体制」が新たな「体制」を築いていると思います(マスコミを除く)。

 ただ、最近問題なのはやはり教育です。日本の最大のアドバンテージである教育が、これも「新体制」の日教組等圧力団体やゆとり教育などで軽視された結果、国際競争力の低下や(道徳やマナーがきちんと行き届かず)今の治安悪化などにも結びついていると思います。
 ちょっと話はそれますが・・。

投稿: ハーデス | 2004年11月14日 (日) 01時02分

ひできさん、『敗北を抱きしめて』のコメントをもらったのに、気がつかないで失礼しました。今、新ブログに引越し中で、転載して気がついたのです。大晦日でぎりぎり間に合ったわけです。この本はぴぴさん、ひできさんからコメントをもらったのに、まだ読んでいない(汗)。来年は是非とも読了します。ぴぴさんは感激のあまり本書を原作に映画化されないかと、夢見ています。
新ブログのアドレス『千人印の歩行器』を貼り付けておきます。石投げに来て下さい。歓迎します。

投稿: 葉っぱ64 | 2004年12月31日 (金) 12時09分

葉っぱ64さん、こんばんわ、

いやぁ、ずいぶんブログの雰囲気がかわりましたね。かっこいいですね。

この本はなかなか興味深かったです。いま、もうすこし太平洋戦争前後の歴史についての本を読んでいます。変わったところでは、手塚治虫の「どついたれ」とか(笑)。

ISBN:4061759116 、 ISBN:4061759124

投稿: ひでき | 2004年12月31日 (金) 21時32分

はじめまして! 弥一と申します。
『敗北を抱きしめて 上・下』についての情報をネットで探していて、貴ブログサイトを発見しました。
今頃、この話題でTBされて驚かれたかも。取り急ぎTBだけして、コメントが後回しになったことをお詫びします。逆TBありがとうございます。
追々、談議に加えていただければと思います。まずは挨拶まで。

投稿: 弥一 | 2005年5月 1日 (日) 16時06分

弥一さん、こんばんわ、

記事を読ませていただきました。「敗北を抱きしめて」についての記事も読ませていたきました。最近、この辺の関心から山本七平などを読ませていただいております。相変わらず戦争とはなんだったのか、日本人の変わり身の早さの根底にあるのはなんなのか、とか疑問を抱いております。

そういう関心において、弥一さんの記事の中で「無責任主義」について書いていらっしゃいましたが、ついさっき某所で私も同様のことをなげいておりました。日本という国が経済的にだめになるまえに、倫理を失い、規律をうしない国としてだめになってしまいそうな危機感を覚えます。ここのところの実に無責任な立法や実質上の増税はいったいなんなんだろうかと感じます。

http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2005/04/getting_angry_ce92.html

ぜひいろいろとご教授ください。

投稿: ひでき | 2005年5月 1日 (日) 22時24分

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受信: 2005年4月30日 (土) 16時32分

» 外国人作家が愛した日本 [一人暮らし日記]
バイトより帰ってまいりました。今日は5限の英語Ⅲを自主休講(=サボり)したので、2コマ入りました☆岡部、代返ありがとね~。今度はこっちがするからさ。(笑)ごめんなさい、こんな大学生で・・・親が見てたら泣くでしょうね、きっと、いや絶対に。すいません、お母さん。 今週のNEWSWEEK日本版の特集がおもしろい。「外国人作家が愛した日本」。どれどれ、おもしろそうじゃないの。というわけで読んでみました。 歴史とかスポーツなどの8つのテーマでコラムが書かれていたんだけど、それぞれ興味深い内容。「Mem... [続きを読む]

受信: 2005年5月13日 (金) 00時50分

» ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて増補版」 [katsu95i]
読み終わって数ヶ月経ちますが、なかなか感想を言葉にできないでいます。たぶんここに [続きを読む]

受信: 2005年5月29日 (日) 08時54分

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