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2004年9月30日 (木)

「なにがあってもロシアだけは信じられない」のか? Don't trust anyone over...?

昔々祖母が私に語ったことが忘れられない。それは、子守唄のように私にしみこみいまも私のどこかを動かしている。

敗北を抱きしめて」を読みながら、以下の箇所にたどり着いたとき、私の中で腑に落ちるものがあった。

皇道派は、東南アジアにおけるアメリカやヨーロッパの植民地を攻撃してこれら列強にいどむことにはとりわけ慎重で、むしろソビエト連邦に対抗して日本を「北に向けての進撃」に備えさせるべきだとする意見に傾いていた。その皇道派が、そして近衛(文麿)が、どうしても太刀打ちできなかった敵が東条率いる統制派だった。

私は以前から、なぜ日本がリスクを犯して日独伊の軍事同盟までも結びながら北進しなかったのかが不思議でならなかった。

明治からこのかた日本の仮想敵国はほぼつねにロシア、そしてソ連だった。北への恐怖が、日清・日露戦争を生み、日本の陸海軍を肥大化させた。「八甲田山死の彷徨」も対ロシア戦にそなえた演習ではなかったか?ソ連の脅威を減らすことが日本の国益であるということは、戦前に一般的に認識されていた情勢判断だと私は理解している。1930年代のドイツと軍事同盟を組むという意味は、ドイツと日本に共通の仮想敵が存在し、その仮想敵を挟撃することを意図していたからだととらえるほか理解できない。他国へ侵略するということを今から評価すると「悪」となってしまうが、日本が朝鮮半島、そして満州を自国へ組み入れようとしたのもソ連への恐怖からではなかったのか?非常に皮肉なことに朝鮮半島がソ連との対抗上どうしても必要だとマッカーサーが朝鮮戦争後に述懐していたと聞く。

大国の興亡」の下巻を最近再読し、この疑問はますます大きくなった。「大国の興亡」の歴史を通じて(そう、20世紀に入ってからは特に...)、敵国とみなされた国の戦力は常に過大評価されて来た過程をポール・ケネディーが詳細に追いかけている。第二次世界大戦前後のソ連の5ヵ年計画などの計画経済も、軍事力の育成も、決して順調にいっていなかったことが戦後の研究によって明らかにされているという。ソ連についても、ドイツと開戦した時期の戦闘力について日本においてもかなり過大評価されたきらいがあるように感じた。ノモンハンという羹に懲りて膾を吹かせようとしたのは誰なのか?

そして、私の最大の疑問は、なぜ昭和15年前後の日本が北へ向かうべくドイツと連盟を組み、地歩を固めていたにもかかわらず南進し、南印を攻め、米国を大戦に巻き込むようなこれまでの大戦略と矛盾する行動をとってしまったのかということだった。

敗戦を抱きしめて」の上記の一節は、私の問いにひとつの回答をもたらしたように感じる。それは、一番北進して欲しくないと望んでいる集団が日本国内に存在し、その集団が日本の政策に影響を及ぼしたからだと感じた。では、その集団はどのような目的のために日本の大戦略を潰えさせたのか?

偶然というものは、重なるものでつい先日Yahooニュースでゾルゲの業績の見直しがあったと報じていた。このニュースの中で、いくつかのリンクが示されていた。その中で、私の疑問に応える文書があった。

ゾルゲ事件 by 摂政関白大アホ大臣さん

明らかに実名をだされていない方の記事だし、必ずしも記事中のひとつひとつの事実が依拠すべき根拠が明らかにされていないが、ここに記されたゾルゲ・尾崎の動きを考えると自分が疑問に思ってきたことが氷解してく。

それにしても、一応一国の宰相が上奏文にまでとりあげ、日本で逮捕され処刑されたゾルゲがソ連で英雄になっているという事実があるにもかかわらず、私が生きてきた戦後の時代において、一般に歴史としてこれらの事実が全くとりあげられないということが私には非常に不思議だ。近隣諸国との全方位外交が優先されるのかもしれないが、ゾルゲ事件が本当に意味することも歴史に埋もれたままになってしまうのか?それとも、私がこれまであまりにも無知なだけで、どこかではきちんと教育されているのだろうか?あるいは、真に知るべき歴史というものは、私の祖母がそうしたように子孫に代々口伝えで伝えていくしかないのだろうか?

私は、自国の歴史の課題に関する現代人の怠慢がいまの日本の敗北主義の風潮を生んでいる気がしてならない。当初は意味のあった歴史的事実の回避が半世紀以上すぎ、意味を失ってからもただ禁忌として残っているように思えてならない。歴史を戦後、占領期、大戦、戦前、日露戦争、明治維新へとさかのぼり、自国の歴史を直視するほか、敗北主義の風潮から私達がぬけでる方法はないのではないか?良くも悪くも過去の歴史は、過ぎ去ってしまったものだ。自国の歴史が残した課題を解くことは、今生きている私達しかできない。今の現状を過去に必死に生き抜いてきた人々のせいにしてすまされはしない。歴史を宿命論にしてしまってはならない。

■参照リンク
炸裂する大量ペテン兵器  by 園田さん
財閥解体(1946)……GHQの命令でといわれる、でも本当にそうか?  by 余丁町散人さん
恒久平和 (HPO)

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2004年9月26日 (日)

[書評]敗北を抱きしめて Embracing Defeat

敗北を抱きしめて by ジョン・ダワー

思ったよりも長くかかったが、ようやく読了した。ゆびとまさんに本書をお薦めいただいたのが、今月の1日で、アマゾンから届いたのが5日、読了が24日。この間、ほとんどブログの記事を書いていない。いや、書けなかった。本書は、文句なしに現代の日本人が読むべき本であると感じた。ゆびとまさん、本当にありがとうございます。

私にひびいてきた本書のテーマは4つある。

・共産主義者、ソ連、そして米国が戦後の日本の政治体制、政策におよぼした影響。

・戦中から戦後に温存され、連合軍占領下においてGHQにより強化された日本の官僚主義の重さ。

・東京裁判の結果及び天皇の戦争責任の取り方がおよぼした影響。

・現代日本人の敗北主義の源流。

著者の13年にもわたる綿密なリサーチと研究の成果をあつかった本書を、私のようなものがうんぬんすることはなかなか難しいことだ。しかし、決して私は本書の主張に全面的に賛成することはできない。賛成できないながらも、自分の主張を書こうとしても筆が止まってしまう。とりあえず、そもそもfinalventさんからヒントをいただき、自分が下手な記事を書き、またそれを読んだくださったゆびとまさんが本書を教えてくださった理由である「戦後の日本の敗北主義」という側面だけから書きたい。もし、また機会があればぜひ他のテーマについて感じること、発見したことについて書きたい。

・「今日の日本人の誇りは日露戦争にある」 by finalventさん
・「負け犬の遠吠え」 (HPO)
・「ぼくたちは本当に負け犬なのか?」 (HPO)

著者のダワーは、ホームステイをきっかけに日本に興味をもったという。その後、ヴェトナム戦争のころから反戦運動に身を投じたのだという。

・「ジョン・ダワー インタビュー」 by 大野和基さん

ゆびとまさんは、「左翼な本ではゼンゼンありません」といってくださっていたが、どうも私にはダワーが本書の中で価値観を含む述語を使うたびに暗示している方向性が左翼的だと感じられてならなかった。私が育ってきた環境下では、天皇の戦争責任をとることが民主化をすすめることであったと主張することは、「左翼的」以外のなにものでもないと言われてきた。左翼的であることがなにを意味するのかは、本書を読んでさらに感じるところがあったが、それについて書くことは別な機会に譲る。

・「日本国憲法って穴だらけ?」 (HPO)

本書を読むまで、米軍の占領が戦後の日本に及ぼした影響の大きさがあまり自分で把握できていなかった。著者の指摘しているとおり、昭和20年の敗戦までの日本の軍国主義に続く米軍のあまりに圧倒的な支配によって、戦後の数年間に本来民主主義を学習し自分たちの間で「やればできるんだ!」という感覚を醸造できなかったという側面は確かにあるのだと思う。この想いは、自分自身を含む現代日本人を見るにつけ、あまりに深く腑に落ちていく。自分たちはなんと社会に対して無力であると自分を定義しているのか?社会や環境を変えること、人に働きかけることについて、いかに最初から諦めてしまっているか?ただただその無力感に打ちひしがれている。

著者は書いている。

この観点からみると、この「上からの革命」のひとつの遺産は、権力を受容するという社会的態度を生きのびさせてことだったといえるだろう。すなわち、政治的・社会的権力に対する集団的諦念の強化、ふつうの人にはことの成り行きを左右することなど出来ないのだという意識の強化である。

本書が展開するように非常に映像的に明確に、現代日本の状況がどのようなプロセスを経て作り出されたものなのか、いかに作為的に冷戦のしっぽとも言える対立軸の中で現代の状態が存在しているかを理解することは、この呪縛から私自身を解放するひとつの手段であると感じる。繰り返すが、連合軍支配下における検閲制度から、政策立案の方式、米軍に与えられた憲法にいたるまで、非常に作為的で特殊な要因が組み合わさって成り立っている。そして、日本は民主主義国家でありながら、国民一人一人の力で国の先行きを変えることはできないと教育されてきたし、信じられてきた。しかも、それが昭和20年の占領開始以来ほとんどかえられていない。いや、戦中の制度から数えれば昭和16年から21世紀の今日に至るまでまるでなにもかわっていない。しかし、これは実は異常な事態だったのだ。

著者が本書で展開し、私がここでこだわっているのは実は口承歴史(oral history)と公的歴史の差なのかもしれない。私がどうしてもこだわってしまい、そこで立ち止まってしまうのは歴史の時間で教えあれる歴史以外に、自分を取り囲む人たちから口で伝えられた歴史があるからかもしれない。それは、軍部の堕落であり、戦中のプロパガンダであり、闇市であり、共産主義の脅威であり、天皇制がいかに日本の歴史において機能してきたかということである。ここで、これらの要素を書き出すとそれはほぼそのまま本書で記述された日本の姿となるのだが、なにかが違う。ああ、いまでも祖母が「なにがあってもロシアだけは信じられない。」と語っていたのを思い出す。旧帝国陸軍が大陸でなにをやってきたかについても、自分の体験として私に教えてくれた人もいた。それでも、私に口承歴史を伝えてくれた人々は、悲惨な歴史の中でも生き延びるためにその人たちが発揮した知恵と、自分の国と国の歴史に誇りを持つことの大切さであった。

いまここで書いていて思うのは、本書のような試みが米国人によってなされたということが私にとってくやしいのだと思う。本書の明らかに著者の価値観を含む微妙な記述に触れるたびに、ニーチェがキリスト教の「あわれみ」に耐え難さを感じたように、日本に対する侮辱ではないかと思えてならなかった。それは、まだ私自身が日本の歴史に対して自分の腑に落ちる納得の仕方ができていないということなのであろう。

■参照リンク
・「「日本の民主主義は未成熟」とか言うのやめませんか」 by むなぐるまさん
・「an elephant」 by イノガミさん 山崎正和ではないですが、「おんりー・いえすたでー」というか、ほんとうに日本が援助を受ける側であったのはついこの間までのことですよね。
[書評]太平洋戦争 (HPO)
戦後 歴史の真実―わが愛する孫たちへ伝えたい 前野 徹著 by maida01さん
占領と改革

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2004年9月23日 (木)

裏街道にも道はある

「裏街道にも道はある」という言葉は、私の親しい知人がよく口にする言葉だ。ちょっとヤクザなことばをタイトルにしたが、どこにも道があるということについて書きたい。

人が生きている限りその人の立っている場所が必要だ。人の立つ場所という広がりは、この人の存在そのものだといってもいいのだろう。人に広がりがある限り、いわゆるリアルであろうとネットであろうと、一対一の人間関係であろうと多くの方との人間関係であろうと、私的な関係であろうと公の関係であろうと、適法な世界であろうと非合法の世界であろうと、あるべき道は変らない。では、道とはなにか?道とは、人の立つ広がりがくっつりたり離れたりして動くときに明らかになる、そもそもその広がりと広がりの間にもとからあるなにものかなのだと感じる。

ごくごく表面的なことを書けば、机の上の整理のついていないやつは、仕事の整理も、こころの中の整理もついていない。履物をそろえられないやつは、仕事をまとめることもできない。アポイントの時間の守れないやつは、ネットの上でもタイミングよくレスポンスをすることができない。人を傷つける失礼な言動をするやつは、どのような人間関係であっても人を傷つける。

ああ、念のために書けば以上はすべて自分のことだ。それ以上でもそれ以下でもない。ここのところ、本当に如何に自分が道を得ずに、広がりを自覚せずに動いてしまい多くの問題を引き起こしているか、そして自分がいかに多くの人を傷つけているかに気づかざるを得ない状況に直面している。orz...ほんとうにかがみこんでしまいそうだ。

いまは、ただこの敗北を抱きしめていよう。

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2004年9月20日 (月)

[書評]ぼくんち bokunchi

ぼくんち by 西原理恵子

全巻を読んで。かなり落ち込んだ。読了した直後に会った方から「顔色悪いよ。疲れてんじゃないの?」とか言われてしまった。つい感情が生理に出る方らしい。

しかし、本書がいまこうしてここに存在しているということは、この中の登場人物の誰かは生き残ったということだ。それはどうしても必要なことであり、私にとってひとつの救いだ。

悪く取ろうとすれば、いま私が生きている現実もこの「ぼくんち」の世界と大して変わらないのかもしれない。自分自身も含めてエゴや、自我、自分の利益をむさぼろうとする衝動、男と女の間の欲望などがうずまいている。そして、それらの多くは実を結ばない。

二太が山に向かって手を合わせるシーンがあった。しかし、山の上に住む「お金持ち」には「お金持ち」の苦しみや汚さがある。地の上にはどこにも天国はない。誰の上にも神はいない。あるのは、人間が生きているという現実だけだ。

身勝手なようだが、この本を読んだ後でもなにも変わりはしないであろう私のこの現実を私自身がどう生きるのか、なにを生きていくのか、生き残っていけるのか、生き続けて生きたい。

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2004年9月16日 (木)

[書評]経営分析の初歩が面白いほどわかる本 Two More Steps to Accounting

経営分析の初歩が面白いほどわかる本 by 市川利夫さん

本来自分の商売についてのことはこのブログでは書かないことを原則としているのだが、著者の市川利夫さんのセミナーに出させてもらったので、この出会いを出会いとして素直に受けとめそのさわりを書く。どうも私の同僚諸兄の方々もたまに記事を読んでらっしゃるようなので、私のセミナー出席でかけた負担のお詫びに少しは役に立つことを書こう。

多分本書は、会計や財務の初心者むけに書かれた本だと思う。本当に電卓片手に演習問題を解きながらでも、一日で読めてしまう内容だ。しかし、やはり著者ご本人の解説を聞かせていただく幸運に恵まれたせいかとても含蓄の深い内容を含んでいるように感じる。もっといってしまえば、ここで語られている内容はMBAカリキュラムのAccounting(会計)の授業で1月くらいかけて学ぶ内容に匹敵すると感じた。MBAのコースの基本科目はコアカリキュラムといってかなり標準化が進んでいる。米国の会計やファイナンスの教科書のわかりやすさ、すばらしさは感動ものだ。多分、ハーヴァードの連中でもこのレベルでは変り映えしない内容をやっている。大体、大学院で初めて会計に触れるアメリカ人はかなりの比率に達するはずだ。それくらいの水準だった。

会計を無味乾燥で、退屈で、誰がやっても同じだと感じる人は多いだろう。だが、会計はかなり強力な経営の武器だ。いや、これなしでは経営が成り立たない。商売を商売として理解できない。きちんと会計戦略を持ち、日々の活動にあたるべきだ。最近のように企業の信頼性がゆらいでいるいま、自分の会社の経営状況を冷静に分析し、どのような活動を通してどう貸借対照表までを改善していくかは大きな経営課題だ。自分の会社の経営分析をしてみると、実によく会社の長所から弱点、そして今後どのようになっていくかがわかる。経営者でなくとも、取り組んでみるべきだと私は信じる。

本書で、経営分析のごくごく初歩から、分析のやり方、指標の解説、資本政策の考え方、キャッシュフロー経営の具体的なコア、決算書の読み方、会計基準の変更のリスク、管理会計の一部などをカバーしている。この薄さの本でこれだけの内容をカバーしているというのは驚異的ですらある。それでいて、かなり分かりやすい。一方、単に分析を行うだけでなく会計戦略をいかに行動計画にまで具体化し、実行するかというプログラムまで含まれている。実は表面づらの記述を越えて、書いてある内容は深い。この深さは、実際に本書を自分の仕事などに応用してはじめて感じられるものであろう。

今回のセミナーでは、私はこの本を使って上場会社の分析を実習でやった。会計はまったくの初心者だという実習グループのメンバーとかなり突っ込んだ分析が以下の13の指標で出来たように感じる。かなり強力な武器だ。

・支払能力の検討
     自己資本比率:自己資本÷総資本×100
     流動比率:流動資産÷流動負債×100
     当座比率:当座資産÷流動負債×100
     固定比率:自己資本÷固定資産×100
     固定長期適合率:固定資本(自己資本+固定負債)÷固定資産×100
・収益性の検討(売上利益率)
     売上総利益率:売上総利益(売上-原価)÷売上×100
     売上営業利益率:営業利益(売上総利益-一般管理費)÷売上×100
     売上経常利益率:経常利益÷売上×100
     売上当期利益率:当期利益÷売上×100
・収益性の検討(資本回転率)
     総資本経常利益率:経常利益÷総資本×100
          (=売上経常利益率×総資本回転率)
     売上経常利益率:経常利益÷売上×100
     総資本回転率:売上÷総資本
     売上債権回転率:売上÷売上債権
     棚卸資産回転率:売上÷棚卸資産
     有形固定資産回転率:売上÷有形固定資産

上記の式で会計独特の言葉がわからないという人は、ネットでしょこっと調べてみるか、本書を一読されることをおすすめする。数字の偉大なところは、上記の比率分析であれば、大企業でも中小企業でもおなじ尺度でその支払能力や、収益性、安定性などを評価できるとことだ。一社だけでなく二、三社を横並びにして分析してみると非常に分かりやすいし、自分の会社の妥当性が検証できる。

そう、それに私の同僚諸兄、そうあなたですよ、あなた!ぜひ、自分で勉強してみてはどだろうか?

余談だが、このセミナーの途中で専門の先生を呼んで「気功」をやった。ほんのさわりだけだったが、大変貴重な体験をさせてもらった。興味のある方のために、今日来られた劉超さんという先生のホームページのアドレスを置く。

http://www2c.airnet.ne.jp/akiyama/yokohama/index.html

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2004年9月14日 (火)

脱走と追跡のサンバ Fool's Samba

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なんだかんだいいながらも、いくつかの偶然がかさなってもはや製造停止状態のSigmarion3をとうとう入手してしまった。以前、散々人に心配をかけておきながら自分で情けない。おはずかしいです。m(_ _)m

でも、まあ手に入れてみるとなかなか使える。確かに、Sigmarion2に比べるとキーボードは絶対小さいし、私が入手したヴァージョンのものだとポケットエクセルもポケットワードも入っていない。私のPC側の問題だが、OUTLOOKとメールの連動もうまくいかない。

それでも、PHSのカードをつないでmixiやGreeに接続できるというのは、魅力だ。Niftyメールの設定もできた。USBなよるPCとの接続もスムースだった。PDFや文庫本のヴューワーもおいおい試してみようと思っている。私にはなかなか十分な機能だ。

ちなみに、この記事自体は携帯用のキーボードで書いているのでご安心を(?)。どうも当分の間は携帯用のキーボードとSigmarionの両刀使いが続きそうだ。

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2004年9月13日 (月)

街頭ジャズ

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たまたまの通りがかり。かっこよかった。スウィングしてた。かなり若いトリオのように見えたが、誰だったのだろうか?

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2004年9月 9日 (木)

石井美鈴さんとお会いした Be At NCA

ある異業種交流会でNCAコンサルティング社の代表であられる石井美鈴さんとお会いした。「お会いした」、といっても石井さんの3分ほどの短いスピーチを拝聴させていただいたのと、名刺交換させていただいたときに一言、二言言葉を交わさせていただいただけなのだが、すっかりファンになってしまった。

石井さんは、全国の2500名以上の主婦の方とネットワークを組んで、企業からのアウトソーシングや、マーケティングなどのさまざまな仕事を受注し、主婦の方の在宅勤務などにつなげることを仕事としておられるのだそうだ。すばらしいのは、人と人を「つなげること」自体が十分にビジネスになるということを身を持って立証されているところだと感じた。

(私)「NPO法人が内閣府の認可ってすごいですね。」
(石井さん)「こういう手続きもすっかり主婦の方がやってくれたんですよ。」
(となりにいらした方)「NPO法人の美@NCA(ビアンカ)という名前がいいですよね。」

と、言われて気がついたのだが石井さんのNPO法人の名前は「美@nca」=「Be At NCA」つまり石井さんの会社であるNCAやってこう、いっしょにやってこう、美しくいこうよ、という意味を多重に込めた名前なのだ(と、思う)。

(石井さん)「これ(美@NCA(ビアンカ)という名前)も主婦の方が考えてくださったんですよ。」
(私)「それだけの数の主婦の方とはどうやって交流、連絡していらっしゃるのですか?」
(石井さん)「ええ、いつもはネットワークでやってますけど、年に1度は県別に集まっていただいて直接お会いするんですよ。」

と、おっしゃてにっこりと笑われた。たやすくおっしゃっているが、都道府県は47もある。1年は12ヶ月しかないから、単純にいっても月に4つくらいのOFF会されていることになる。いただいた資料を見るとそのほかに月にかなりの数の講演活動もこなしていらっしゃる。しかも、お言葉どうり全国でだ。

ちょうど会場をでられるところだったので、これ以上お話はできなかったが、いつぞや書いた「麗しい澤」を刻む力強く、そしてたおやかな川の流れを目の当たりにしたように感じた。

ほんとうは、いつもの飲み仲間のように携帯で写真を取ってそのまま投稿したかったのだが、さすがに石井さんのように美しい女性に私のような中年が「写真とってもいいですか」とはいえなかった。ちょっと残念。

■追記 平成16年9月16日

いつのまにか石井さんがブログを始められていた。なんかものすごい量のコメント、まだ立ち上がって数日のはずなのにからんからんまわっているカウンター...す、すごい、すごすぎる!

・「仕事も家庭も自分の人生もすべて手に入るんです

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2004年9月 7日 (火)

手塚治虫と心中物 ~when a man loves a woman~

■歌舞伎の心中物

先日、たまたま「火の鳥・未来編」に出てくるマサトという少年とルーピーという異星の生物のタマミの逃避行を読んで、これは手塚治虫の作品の中で出てくるひとつの類型なのだはないかと感じた。少年と少女との逃避行という歌舞伎でいう心中もののようなパターンを持つ作品を、手塚治虫はいくつか書いているように感じた。

ライオンブックスに収められた「安達が原」に代表されるように、手塚治虫のいくつかの作品には歌舞伎の影響が認められる。男と女の死出の旅を「道行き」というと思ったのだが、歌舞伎に詳しい友人に聞いたら親子の旅でも、義経一行の旅でも、旅をすることを「道行き」というらしい。「心中もの」とは、最初から愛が実ることのないことがわかっている男女が駆け落ちしてどちらかあるいは両方が死んでしまうという類型をもつ一連の歌舞伎をさすと理解している。

やはり、実際にリストアップしてみないと具体的でない。ちょっと思い出したままにリストアップする。

■「アポロの歌」:1970年

これは、近石昭吾のくりかえされる成就しない少女との愛の物語だ。愛を拒絶するあまり残酷な行為を繰り返し、精神病院に収容された近石少年へ加えられる治療という現実と、無意識で垣間見られるナチスドイツ支配下でのドイツ人の少年とユダヤ人の少女の生死をかけた一瞬の恋や、セスナで不時着した動物が仲良く暮らす現代の無人島におけるパイロットと女カメラマンの反発しながらも惹かれあう恋、そして未来の合成人間の女王と迫害される人間の少年との結ばれる想いの物語などが、交差しあいながら物語は進んでいく。

舞台劇にたとえれば幕間にあたる、ギリシアの神殿のような場所でのシーンで、近石少年は、さまざまな時代で、さまざまな状況で、惹かれあい、恋に落ちるが、決して結ばれることがないと女神に宣託される。現実でも、ほかのどの時代でも、世間は二人の愛を迫害し、追い詰め、死に追いやろうとする。恋の成就することのないこの冷酷な世界から逃げようとしても、どの恋でも、どの物語でも、恋が成就する前に二人のうちのいずれかが死を迎えてしまう。最初から結ばれることがないことを宣言されてしまっている男女の愛の「心中物」だと私には読める。

・同作品の「Tezuka Osamu @World 解説

ちなみに、この手塚治虫ワールドのページを読んで知ったのだが、「火の鳥 ギリシア・ローマ編」でも、似たモチーフが出てくるらしい。

■「百物語」(ライオンブックス5~8話):1971年

この作品は、手塚治虫お得意のファウストを下克上の時代の日本に換骨奪胎した物語だ。女悪魔のスダマとの契約により若返った不破臼人は、メフィスト=スダマをお供に世界を漂白する。次第に自分の力に目覚めていく不破に悪魔のスダマは恋をしてしまう(!)。そして、不破臼人は若さも得、一国の主ともなり、最後の願いである美女として、目の前のスダマを選び取る。満足してしまえば、契約によりファウストよろしく魂を悪魔にあけわたすほかない。これも死を運命付けられた旅の果の「心中物」のひとつではないだろうか?

ちなみに私は、ちょっといろっぽいポーズのスダマが好きだぁ!

・同作品の「Tezuka Osamu @World 解説」

■「火の鳥・復活編」:1970年

昔いとこのコレクションの中で見つけたこの作品は、私にとって最初の手塚作品との出会いであったかもしれない。それ以来、「火の鳥」は何度読んだかわからないくらい読んだように思う。事故により身体の大部分を機械に変えられてしまった主人公のレオナは、人間も花も生き物がみな無機物にしか見えない。しかし、レオナには人間に見えるロボットのチヒロと恋に落ち(!)、未来都市から二人で逃げていく。しかし、文明の産物である二人は高度に保護された未来都市から逃げ出しても生きてはいけない。結局、レオナは生物的には死んでしまうが、チヒロとひとつに溶け込みあたらしいロボット、ロビタに生まれ変わる。死んでいっしょになるというのは、心中の殺し文句ではないか?

・同作品の「Tezuka Osamu @World 解説

■「どろろ」:1967~69年

あまりここでネタばれしてしまうと、どこかから槍が飛んできそうなのだが、百鬼丸とどろろの漂白は、実は道行きというのにふさわしいように思う。生まれる前から48の魔物に身体の部分をとられてしまった百鬼丸は、自分の身体をとりもどすために旅をしながら妖怪を退治していく。この妖怪というのが実に人間くさい。金への欲望、復讐への妄執、食への貪欲さなど、あるいは高度成長時代のむきだしになった人間くささが反映されている。ここで語られる思慕の念も、常に満たされることはない。

・同作品の「Tezuka Osamu @World 解説

■「きりひと讃歌」:1972年

いわずと知れた「白い巨塔」をベースにしたといわれる作品。ある難病とそれをめぐる人間模様がじつに生々しい作品だ。東京、東北を思わせる寒村、そして中国と主人公のきりひとが好むと好まざるとにかかわらず旅をしていく。難病の調査のために訪れた閉ざされた村のたづ、あるいは極限の芸を演じるために精神的に病んでしまった芸人の蓮花など、この旅の途中で、きりひと関わる女性が次々に死んでいってしまう。また、別に語られるきりひとのライバルである占部と女性の関係など、決して満たされることのない男女の関係と死に満ちている作品だ。

・同作品の「手塚治虫のすべて 解説

■「やけっぱちのマリア」:1970年

よく性教育漫画だといわれる作品。実は、かなり荒唐無稽なストーリー展開を見せる。しかし、最初から結ばれることのないことがわかっている人間でない少女のマリアと、やけっぱち少年の恋の物語でもある。

・同作品の「Tezuka Osamu @World 解説

■「安達が原」(ライオンブックス第1話):1971年

短編なのだが、私にはかなり印象的な作品だった。革命に生きた男女の時間を越えた物語なのだが、あまりにも悲しかった。完全なSF作品なのだが、前後の歌舞伎の謡をモチーフにしたページが非常に美しいと感じた。

・同作品の「Tezuka Osamu @World 解説
・「「安達が原」のユーケイ」 by 佐藤和美さん

■「アトムの最後」:1970年

内容的にはアトムの最後というよりも、男女の駆け落ちとその顛末がメインの作品だ。あえてここで書かないが、私にはかなり意外な結末だった。これも死と成就しない恋の物語の類型だといえよう。これ以上書くとどうしてもネタばれは避けられないのでやめる。

・同作品の「手塚治虫のすべて 解説

■「品川心中」:1966年

ネットで探していたら出てきた。落語がオリジナらしい。私は未読だが、この落語がベースだとすると偽装的な男女の心中といったことらしい。

■男が生きる、生き延びるということ

以上、「心中物」という関連で思いついたリストをネットで調べながら以上を書いた。当初思いつきで作ったリストで、上に含まれていないのは「ネオ・ファウスト」くらいだが、良く思い起こしてみるとこの作品には最初から報われることのない男女の愛は描かれてはいない。逆に、「品川心中」はネットで初めて知ったし、「アトムの最後」も調べているうちに思い出してリストに加えた。

驚くべきことにほとんどの作品が1970年前後に集中して書かれている。私はかなり熱烈な手塚治虫ファンで、すべてとは言わないが手塚作品のかなりを読んでいると思う。しかし、上記のリスト以外に最初から実ることがない、あるいは恋人が死んでしまうことが決定されている恋愛をテーマにした作品が思い浮かばない。まあ、もともと手塚作品で男女の恋愛をおとぎ話にならないシリアスに書いた作品というのは少ないということはある。

あえてこのほかに男女の道行きあるいは心中ものとして想い浮かぶのは、「未来人カオス」、「シュマリ」くらいだ。いずれも上記のリストの作品とはあまりにもテーマの設定が異なるように感じる。

そこで、仮説なのだがこれらの手塚治虫の「心中物」は、手塚が自分で生き延びるためにどうしても書かねばならない作品だったのではないだろうか?この問題の1970年に手塚治虫は42歳になっている。つまりは、男の厄年だったのだ。手塚治虫にとって、この年齢というのは実は人生の転換点だったのではないだろうか?私のごく身近な男性でも厄年に生きるか死ぬかの思いをなんらかの形でしている方が多くいるように感じる。そして、この転換点を乗り越えるためには、性愛にも近い男女の恋愛関係が必要だったのではないだろうか?いや、決して手塚治虫のスキャンダラスなことを書こうというのではない。実生活の上ではなくとも、自分の作品の中で男女の愛を描くことが男の人生を生き延びるためには必要だったのはないかと感じる。

実際手塚治虫は1968年に虫プロを設立したが、1971年にはいろいろな争議の末に社長を退陣している。また、1973年にはとうとう虫プロを倒産させてしまった。1970年前後の年というのは、かなり手塚治虫にとって危機的であったに違いない。そして、その危機がこの天才をして火の鳥シリーズや、上記のような非常に迫力に満ちた作品を生み出させることになったのだと感じる。

■無謀なトラックバックにあたり... 「手紙に書いたkiss」 by リリカさん

ええと、私のようなものがトラックバックをさせていただくのは気が引けてしまうのですが、同時期に公開された天才といわれる人と恋愛についての関心ということでトラックバックさせていただきます。

> ふたりが抱きあったのは、しかし、彼の想像にすぎない。からだが触れあうことさえなしに、愛を経験させてくれる別世界。

リリカさんのように適切で美しい表現ができませんが、この辺の感覚が自分が手塚治虫について書いていて彼が作品に託した思いなのではないかと感じました。

■「プロジェクト2501」by たりぼんさん へのトラックバックにあたり 平成16年9月23日

「リンク元記事」をみていてたたりぼんさんの記事からのアクセスがあったので、ひさしぶりに読み返えさせていただきました。

> 彼がロボットと意識を融合し「ロビタ」となりましたが、たくさんのロビタは世界をどのように認識していたのでしょうか。手塚治虫はそれを描いては居ませんが。

勝手な憶測をすれば、融合した後は描く必要のない世界なのかもしれません。↑にかいたように男と女の関係に代表されるように、人が葛藤しながら、苦しみながら、戦いながら生き抜いていくというのが「火の鳥」の物語なのでしょう。もしそこに解決があるとすればコスモス=火の鳥と融合するということなのかもしれません。

そして、それはそのまま手塚治虫自身の生き方と重なるのかもしれません。

■参照リンク
Manga3 by イノガミさん

■追記

なにかここで感じた手塚治虫の聞きと通底するものを感じた。

影とアニマの関係についての語り口調にはなにか不思議な思いがこもっていた。真面目に見つめる女子学生に、いやこれは男性の中年期、40歳ころの危機の問題になる、というようなことをくぐもりながら言っていた。
[極東ブログ:河合隼雄先生のこと]

気がつくと私も数え年で42だ。このエントリーをあげたときには想像もつかない不思議な感じがする。

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2004年9月 3日 (金)

公的年金に財産権は実在するか? ~The Heart of the Matter~

■ことのはじまり

先日書いた「[書評] 年金大改革」と「[書評]信頼と安心の年金改革」という2つの記事に、ハーデスさんととおりすがりさんから非常に重要だと思われるいくつかのコメントをいただいた。根拠も示してくださっていたので、ぜひ記事にしたいとお願いしたところお二人からご快諾をいただけた。(本当にありがとうございます。深く感謝いたします。)以下、「公的年金に受給権に財産権としての性質はあるか?」というポイントに絞ってお二人のお話に基づき展開したい。ただし、以下ではどなたがどう書いてくださったかといったことはあえて書かない。したがって、なんらかの問題があった場合の文責はこの文章を書いた私にある。

■権利、権利、権利

そもそも財産権とはなにか?Wikipediaには以下のようにある。

財産権(estate)は私権のうち、権利の内容が財産的価値を有するものである。物権、債権、無体財産権(知的財産権)など。日本国憲法第29条により不可侵性が保障されるが、公共の福祉により制限されうるとする(29条2項)。

公的年金には当然だが根拠法が存在する。この中で、一定の条件を満たせば、「年金が支払われる」と規定されているわけだが、この「支払われる」受け手側には「受ける」権利が存在する。これが、上記の規定に適合した財産権という権利として認められるかどうかが、今後公的年金制度を国民側からみたときに非常に大きなポイントになるのではないかと私は思っている。受給権が財産権として存在すれば、公的年金制度の改悪に対して対抗するとか、法律上の不平等が存在すればその改正をもとめるとか、年金の積立金運用について情報公開を求めるとか、運用を改善するとかなどの請求を行うなどの派生的な問題を解決するひとつの根拠を示すことになる。受給権が財産権でないということであれば、行政府が法にのっとっている限りどのような運用をしようとも、あるいは国会で「この法律成立以後一切の年金の支払いをモラトリアム(停止)する」という法案を通過させようと、国民はこれに対抗することができないということだ。

厚生年金保険法 @ 法庫

結論から言えば、受給権は財産権として実在するといってよいようだ。根拠としてはいくつかのポイントがある。

○バランスシートを厚生労働省が公開している

1999年の年金再計算時厚生労働省が年金財政のバランスシートを公開している。バランスシートにおいては、資産と負債がバランス(等価)することが原則である。特にこの場合、過去の規定分と将来発生する支払い額をバランスシートにとりこんでいる。つまり、現在の負債の存在を認めるたということを示している。負債であるということは、支払う約束が成されているということで、年金の支払いの約束をイコール(=)ではないがニアリーイコール(≒)くらいの等式で財産権につなぐことが可能であろう。

→ 「厚生年金のバランスシート(2004年財政再計算結果)」 by 高山憲之さん
→ 年金制度におけるバランスシートの比較 @ 厚生労働省
→  【公的年金TF】厚生年金・国民年金数理レポート メモ書き by Hiroetteさん
現在「厚生年金・国民年金数理レポート」を取り寄せて原典に当ることを予定している。

○「公的年金」という性質そのものから認められる権利

くりかえすが、年金の受給権というのはあくまでその根拠法に基づい成立している。このため、まずどのような場合に支給を受けられるかといった受給権の操作的な定義はあきらかだ。しかし、そうであっても将来自分が一定の金額を受け取ることができるであろうという予測と期待に基づいて公的年金の「保険料」として勤労者一人一人が払い込んだという事実を考えると、その「法の趣旨」という解釈の上で財産権という私権が認められうるというのが、一般的な理解となるだろう。

極論をいえば、行政府がいきなり「明日から年金の支給額を40%カット」しようとしても法律の趣旨の解釈から、また国民の公的年金に対する理解と期待から、できないということだろう。さすがに、「信用」によって政府と国民の関係が初めて成立している。憲法ではないが、「国政は、国民の厳粛な信託による」ので、これを政府といえどもあからさまに裏切ることはできない。

→ 日本国憲法 @ 法庫

○先行する事例が存在する

「農業者年金制度改正」について衆議院で、質問と答弁が行われている。政府の回答である「答弁」は国会における「答弁」と同じ効力をもつのだそうだ。この答弁に権威はあるし、これに違うことをすれば国会におけるのと同様の責任を政府が持たざるをえないということになるのだろう。

→「農業者年金制度改正における受給者の負担等に関する質問主意書

当時の内閣総理大臣であった森喜朗さんが送付したこの「答弁書」の中ではっきりと「公的な年金制度における既裁定の年金受給権は、金銭給付を受ける権利であることから、憲法第二十九条に規定する財産権である。」と書いてある。

ただし、「昭和五十三年最高裁判決」というものがあって、「財産権といえども、公共の福祉を実現しあるいは維持するために必要がある場合に法律により制約を加えることが憲法上許されるときがあることは、これまで累次の最高裁判所の判例において示されてきたところである。」ともある。ちなみに、「公共の福祉」に基づいて最終的にはこの答弁の対象である農業者年金制度については、平成13年の国会で改革が決定された。どのような力がこの背後で働いて、この改革を国会議員の方々が決定されたのかは、私には分からない。

衆議院 第151回国会 本会議 第15号(平成13年3月22日) @ 衆議院
農業者年金入門者ガイド via All About Japan
Ⅱ.農業者年金制度のあらまし @ 京都府園部町 via All About Japan

しかし、公的年金というのが財産権であり、当然受給権は権利として存在するという法律的な構造があきらかになっていたという意義は大きいと感じる。まさか、管轄の省庁が異なるから憲法上、法律上の解釈が違うということはないだろう

まあ、残念ながら農業従事者年金のように厚生年金の保険料「全額が課税対象から控除」ということはありえないかもしれないが...
→ 余丁町散人さんから、普通の勤労者も社会保険料は所得税の対象から控除できるという指摘を受けました(参照1参照2)。自分で政治家に対する偏見の意識があり、このような先走った記述をしてしまったことを反省します。記事として公開するからには、きちんと足元の基本事項をチェックすべきでした。平成16年9月5日 21:25

■静かな日本人

ただし、「公共の福祉」をどう定義するかの問題は残る。というのは、今年の年金改革を見ていて思うのは、より鮮明に「公共の福祉」が分裂しているように感じるからだ。片方の世代は自分の払い込んだ何倍もの年金額をもらえ、片方の世代では自分の払い込んだだけももらえない、さらに厚生年金の労使折半分を加えると払い込まれた金額の数分の一しか受け取れないことが確定してしまったというのでは、誰をもってして「福祉」を享受する「公共」とするのかはなはだ疑問をもっている。まだ、制度上でいくらも改善できる可能性があるにもかからわすだ。

と、書いていて厚生年金の運用が数兆の赤字になっていることを思い出して、もうれつに腹が立ってきた。

そして、もうひとつ残念なことは受給権が財産権という権利として実在したととしてもその「債権額」相当になる金額が明確になっていない。これは、根拠法の中でも「再計算」や最近の改正では「マクロ経済スライド」などがうたわれており、本当に裁定される最後の最後まで受給できる年金額は明確にならない。厚生労働省が発表しているのはモデルでの年金支給額があるのみで、個々の金額が明らかになっていない。これは結構問題だ。

「マクロ経済スライド」 @ All About Japan 石津史子さん記事

先の「答弁」でも「公的な年金制度における既裁定者と保険者との間の権利及び義務は、両者間の契約により設定されるものではなく、それぞれの根拠法に基づき直接設定されるものである」とある。これは、あくまで根拠法にのみ準拠した財産権で、他の法律である民法などによる規定が届かないと「答弁」しているのだと私は理解した。

ということは、もし万々一年金の受給権の改悪に対抗して訴訟を起こそうとしても、根拠法には訴訟その他の規定はない(はず)ので、すぐに憲法論争までいってしまい「公共の福祉」とはなにかというあいまいな議論になってしまうということなのであろうか?この意味で受給権の財産権としての性質はきわめて限定的であると考えざるを得ない。

法律のご専門でおわかりの方がいらしたら、ぜひ教えていただきたい。

それでも、財産権である。我々が自分の財産であることをより自覚して、年金の議論に参画すべきではないだろうか?あまりにあたりまえだが、持っている権利でも行使しないのであればないのといっしょだ。

■内なる私

以下は、全くの私見です。

ここまで自分で議論を展開していて言うのもなんだが、「公的年金の受給権が財産権である」ということ、そしてそれをどう「請求」できるかという議論は、一般に流布している我々の常識とは異なる部分があるように思う。

権利という議論をする前に、どうしてもなすべき議論があるように感じる。それは、現在問題になっている厚生年金、国民年金といった公的年金の問題は本質的にはやはり老齢者あるいは障害を持つ方をどう扶養するか、あるいは老齢者の方、障害を持つ方にどう生活していただくかという問題であるということだ。また、公的年金の創設時になぜ政府が主体となる公的年金という形で老齢者を支える仕組みを作ることに国民的な納得性があったかといえば、政府以外の金融機関などが十分に信頼できないという一般的な認識が当時も今もあるからだろう。民間では、老齢期を支える長期にわたる仕組みを保持できない、という国民の意識がどうしてもぬぐいされない。あるいは、公的年金の議論には最初からお上頼りの姿勢が見え隠れしているといってもいいだろう。

特に老齢者をどう社会的に支えるかという議論は、実はもっと大きな問題なのではないだろうか?実は年金制度の発生は、軍人恩給にある。つまりは、明治期の国民皆兵制度の成立の裏側に年金制度の発足があった。江戸時代以前に公的年金があったとは聞かない。それでも、明治時代以前には老齢者をささえる社会的な仕組み、なによりも家族制度があった。これらは日本的な道徳心と結びついて、大きな変動がなければ老齢者は一定のレベルの生活ができた。老齢者を支えきれない場合があったとしても、大きな倫理的葛藤があったと信じる。

現代の豊かさのパラドックスはここら辺にあると感じる。経済的な発展をなしとげるためには、国を開き、貿易を行い、個人レベルから国レベルまで資本の蓄積を行う必要があると判断されたのだと思う。ここを思想したのが坂本竜馬なのではないか?ことこの「殖産興業」のために自由主義、財産権などの権利の拡張が必要だったのだ。私は現在の自由が過剰であるかどうかという判断はできない。それでも、歴史的に見れば第二次世界大戦後米国の指導のもとに個人の自由が拡大され、家族制度が解体され、老齢者を家族的、地域社会的に扶養する仕組みは消えてなくなった。そして、個々人の自由という権利は社会的認識として容認され現在にいたる。

つまりは、なにをいいたいのかといえば、実は公的年金の問題において実はこの50年あまりの日本の歴史の展開として我々がどのように自由の果実を味わい、その負担を負担するかという問題が端的に噴出しているのだと感じる。いいかえれば、個々人の自由のツケをだれがとるかという問題だということだ。老齢者といっしょに生活し、その不自由さと思い負担を非常に身近なところに置くことを避けようとすれば、国家予算をも凌駕するような規模の財政とがちがちの法律論争が必要になるということなのだと感じる。この問題をどう解決するかという過程は、きっと今後の日本の政治と国民一人一人のあり方に大きく影響するように感じる。

念のため、本節の議論は、決して「昔はよかった」という話ではなく、ある方から教えていただいたように、基本的にはすべての行動は経済学的にもトレードオフをもつものだという感性で書いた。この意味で、公的年金経営と国民性の問題は、フランシス・フクヤマ的なリベラルな民主主義の持つ「最後の人間」というパラドックスに接近していくように感じる。

■ここは戦場なのか?

最後にハーデスさんの言葉を引用して、この議論を閉めたい。

 追加するとすれば、マスコミや国会議員がいうほど国家公務員は「国民に対する責任」を軽く見ていないということです。(中略)そういった真剣味が、テレビに出てくる政治家たちには私は足りないように思えるのです。今の状況では明らかに給付削減、負担増にせざるを得ないと思います。そのなかで政治家たちは、どういう行動や言動をとってきたか。だから政府批判一辺倒の政治家は信用できないのです。

このハーデスさんの気概を深く感じ取りたい。

■イノガミさんの「cellular」へのトラックバック

こっそりコメントをさせていただこうと思っておりましたが、スパム対策モードになっているのを忘れておりました。フリーライダーについての示唆あふれるお話しを興味深く読ませていただきました。年金の問題にも、「公共性」という問題は表裏一体で存在するように感じます。文中でふと坂本竜馬を引き合いにだしてしまいましたが、彼の自由への志向と公共性の混在さがどのようなものであったか大変関心をもっています。イノガミさんは「司馬遼太郎」にご興味がおありのようですが、いかがお考えでしょうか?

相変わらずみのほどをわきまえぬ発言等、お許しください。

■night_in_tunisiaさんの「インタゲ論争もいいけど、年金問題も考えたほうがいいんじゃない?」へのトラックバック

これは、数理に詳しい方が年金に興味をもってくださるというのは、すばらしいことだと思いトラックバックさせていただきます!ちょっと(いっぱい?)自己顕示欲の強い私は、ついついいままで書いた年金関連の記事をリストアップして、night_in_tunisiaさんのご批判をいただこうという目論見を顕わにしてしまいます。

・a href="http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/08/a_wild_pension_.html">[書評] 年金大改革
・「[書評]信頼と安心の年金改革
年金改悪
今日聞いたおとぎ話(習作)
ひともすなる年金といふもの

軽口はさておき、私の拙文はともかく年金について真剣なお考えをもっていらっしゃる方々がコメントを付けてくださっているというのが、本当がブログをやっていてよかったと思うことです。私は仕事の事情等で年金TFの方々のお手伝いができるわけではありませんが、本当にがんばっていただきたいと思っているひとりです。ぜひ、night_in_tunisiaさんのご活躍をご期待申し上げます。

■イノガミさんの「Oeffentlichkeit」によせて 平成16年9月9日

昨日、イノガミさんが私が付けさせていただいたコメント(?)へのお返事とその展開を記事にしてくだいました。とてもうれしいです。あらためて公共性について考えて記事したいと感じました。

ひとつだけ、質問なのですが、「Oeffentlichkeit」を「公共圏」と訳しておられましたが、「圏」なのでしょうか?いま、私の言葉でいえば「麗しい澤」という感じなのですが、「中心性を持つ小集団」の性質にとても興味を持っています。ドイツ語では「公共」という概念にすでに「地域」というか「集団」というか、一定のエリアを示す概念がはいっているのでしょうか?ぜひご教授ください。

と、ここまで書いて同じ記事で二度トラックバックするのもぶしつけなことに気づいた...このメッセージをどうやってイノガミさんに伝えたもんだろうか?

■「公的年金タスクフォースが進展しているらしい」 by やまぐちひろしさん へトラックバックする 平成16年9月20日

さすが山口さん!明確にこれまでの経緯と、これからのインパクトについてまとめていらっしゃった。非常に共感させていただいた。

■参照リンク
誰もが長生きしたいと思うが、年をとりたいとは思わない

■なつかしい、なにもかもがなつかしい

最近、議論があったことを知ってデジャヴュに襲われた。

「年金を受け取れる権利」なんて、もともと存在しない @ isologue
「年金を受け取れる権利」は当然存在します by bewaadさん

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