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2004年9月23日 (木)

裏街道にも道はある

「裏街道にも道はある」という言葉は、私の親しい知人がよく口にする言葉だ。ちょっとヤクザなことばをタイトルにしたが、どこにも道があるということについて書きたい。

人が生きている限りその人の立っている場所が必要だ。人の立つ場所という広がりは、この人の存在そのものだといってもいいのだろう。人に広がりがある限り、いわゆるリアルであろうとネットであろうと、一対一の人間関係であろうと多くの方との人間関係であろうと、私的な関係であろうと公の関係であろうと、適法な世界であろうと非合法の世界であろうと、あるべき道は変らない。では、道とはなにか?道とは、人の立つ広がりがくっつりたり離れたりして動くときに明らかになる、そもそもその広がりと広がりの間にもとからあるなにものかなのだと感じる。

ごくごく表面的なことを書けば、机の上の整理のついていないやつは、仕事の整理も、こころの中の整理もついていない。履物をそろえられないやつは、仕事をまとめることもできない。アポイントの時間の守れないやつは、ネットの上でもタイミングよくレスポンスをすることができない。人を傷つける失礼な言動をするやつは、どのような人間関係であっても人を傷つける。

ああ、念のために書けば以上はすべて自分のことだ。それ以上でもそれ以下でもない。ここのところ、本当に如何に自分が道を得ずに、広がりを自覚せずに動いてしまい多くの問題を引き起こしているか、そして自分がいかに多くの人を傷つけているかに気づかざるを得ない状況に直面している。orz...ほんとうにかがみこんでしまいそうだ。

いまは、ただこの敗北を抱きしめていよう。

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コメント

 事情はよくわかりませんが、頑張ってください・・。

 大きさは全然違いますが、私もよく10年を超えた中堅と言うことを忘れて(自分の影響力を考えずに)発言をし、後で注意されます。

 多分自分はそんなに大きな人間ではない、と思っているのがそういう結果を招いているのですが、それでも増長してふんぞり返っている人間よりはましだと思います。
 でも逆にそれを気にしすぎると他人の一言一言にびくびくしてしまうんですよね・・。

 もちろんそれをコントロールできるようになるのが大人物なのでしょうが。
 社会で生活するというのはなかなかむずかしいものです。

投稿: ハーデス | 2004年9月25日 (土) 00時44分

ハーデスさん、おはようございます、

あたたかいお言葉をありがとうございます。

>社会で生活するというのはなかなかむずかしいものです。

私もあまり人の目など気にせずに勝手にことを行ってしまいがちなのですが、あとでその結果におののくことしばしです。「とかくこの世は住みにくい」という心境でしょうか(笑)。

このことを抱えているうちに、自分の記憶とか言葉とかめちゃくちゃあやふやで矛盾だらけなのに案外くせとか、意識しな行動のレベルでは驚くほど一貫しているというか、どこへいっても同じ失敗をしている、ということに気づきました。それが人間というものなのでしょうか?

投稿: ひでき | 2004年9月25日 (土) 09時37分

 こんばんは、ひできさん。

 大変な状況に感じられますが、頑張って下さい。ここに心の支えになっている人間もおりますので。

 人をなぎ倒すわ寄りかかるわの私の事が書かれているようなエントリですが。まあ都合の悪いことは目を背けまして(笑)。

>自分の記憶とか言葉とかめちゃくちゃあやふやで矛盾だらけ
同じです。最近は母親が私を妊娠中に風邪を引いていたんじゃないかと考えてまして。

>意識しない行動のレベルでは驚くほど一貫している
以前何かでこのような表現を読みました。
『私達は、全て一つの事に関する興味からはじまったのです』
ポランニー兄弟のどちらかだったと思うのですけど(via 栗本真一郎)。
後、これは自分の言い訳なのですが、『頭は一つだから、』と答えるようにしてます。

 私のエントリで、心打たれた本について拙文を書いております。よろしければちらと御覧下さい。
http://giraud.way-nifty.com/lune/2004/09/_.html
http://giraud.way-nifty.com/lune/2004/09/post_10.html

投稿: Giraud | 2004年9月26日 (日) 22時19分

Giraud、こんにちわ、

あの...少々表現がオーバーでした。大丈夫です。ちゃんと立ち上がって生きていけそうです。

Giraudさんにまで、ご心配いただいてしまいましたね。ありがとうございます。すんごくうれしいです。根が軟弱なので、人に気にかけてもらっていることを確認するだけで有頂天になってしまいがちです(笑)。

リンクありがとうございます。「フィラメント」すんばらしいですね。

>そして少年は立ち上がり、再び歩き始める。

泣きそうです。

↑これってもしかしてセリフでなくGiraudさんのお言葉なのでしょうか?ちょうど、某所で「青い鳥」という2ch文学の話しをしていました。彼らにまさに贈りたいです。

http://www.geocities.co.jp/PowderRoom-Lavender/7709/blueb21c.html">http://www.geocities.co.jp/PowderRoom-Lavender/7709/blueb21c.html

それから、これ(投資情報のカラクリ)は切込隊長さんの作品なのですね。納得しました。

>うまく云えないが隊長は闇を見てしまった人だろうなと。

そうなんでしょうね。しかし、切込隊長さんってまだ31歳なのですね。私もこのセリフに泣きます。(>_<)

遅いとか早いとかでなく、人は人生のどこかで諦念というか、覚悟というか、決別しなければいけないものなのだと感じます。ほんとに、それは人生の時期で早すぎるとか遅すぎるとかでなく、その人がその人なりに生きていくために必要な時期に訪れるのでしょうね。いや、希望的な観測を含めてそう思います。私は、人の才能にあこがれや嫉妬や焦燥を強く覚えたこともありますが、今はいまある自分自身でどういきていったらいいかとか素直に感じられるようになりたいと思っています。いや、まだ大分焦燥は残っているかな(笑)。

本当にありがとうございました。いずれも元気の素です。

投稿: ひでき | 2004年9月27日 (月) 12時04分

ひできさん、こんばんは。

日々刻々気分が上下するGiraudです。

元気になられて何よりです。

あ、そして少年は〜の行は私です。そういう話、と云う意味で添えました。新刊を入手次第エントリにあげますが、蟲師も素晴らしいですよ。

青い鳥、リンク先へ行ってみました。ご想像通りだと思うのですが、潤みました(照)。私の二つのエントリも入力している間、実際は潤んでました。

>人は人生のどこかで諦念というか、覚悟というか、決別しなければいけないものなのだ

うーん、分かります、と言いつつ現実には大いに未練がましいんですが。
私の好きな言葉で言えば、You can't have everything.ですかね。まさに鋼の錬金術師の主題です(笑)。私は原作派なんですが、昨年末本屋で一巻を立読みして数日後に大人買い。いまや雑誌を購読するていたらく。あれは昔のジャンプ世代(共通一次世代)のノリが入っておりまして、私もおすすめです。

昔からそうなんですが、才能のある人に触れると、ワクワクしてしまいます。自分に無いものを持っているので、若し欠片でも自分が身に付けることが出来ればそれだけ自分の糧になる(殆ど無理でした)、と謎な発想で今まで生きて来てまして。

返事にかこつけ、とりとめもなく書かせて頂きました。お許しを。

投稿: Giraud | 2004年9月27日 (月) 21時18分

Giraudさん、おはようございます、

「ハガレン」ですね。私のまわりにも強烈なファンがいらっしゃいます。しかし、そういう「諦念」みたいなものが織り込まれているとはしりませんでした。昨晩、ビデオ屋さんに寄った時によほど借りてこようかと思ってしまいました。

ほんとうに気分みたいなのって上下しますよね。もっと安定したいような気もするのですが、これもまた人が生きている証拠なのかもしれません。

ブログって自分と意見の異なる方も、こんなにシンクロしてしまっていいのかと思う方とも、出会えるから不思議ですよね。

さて、今日も一日元気にいきましょう!

投稿: ひでき | 2004年9月28日 (火) 06時47分

ひできさん、こんばんは。貴方の海馬に夢中♪N@oで~す。 

>私のまわりにも強烈なファンが・・・これって私のこと?
Giraudさん、はじめまして。エドワードの母になりたい♪ハガレンファンのN@oで~す。

30代以上の方は皆さんどうやら、原作に嵌る傾向があるようですネ。
私は『アニメ』系エドがたまらなく好きなだけなので、
「諦念」とか高尚なテーマについてはまた機会があれば述べたいと思いますが、
彼の才能(もちろん錬金術)はホント動画的に美しいものです。
実はエドに会って以来、心が3次元に帰らず困っている始末。

あぁ、こんな高貴なお方のお宅にお邪魔するのも申し訳ないですぅ
失礼しましたーっ!

投稿: N@o | 2004年9月28日 (火) 23時20分

N@oさん、こんばんわ、

そういえば、ブログでコメントいただいたのは初めてだったんですね。感激してしまいます。ありがとうございます。

>これって私のこと?

そ~でぇ~す!先日、ビデオ屋さんにいって思わずこれだけ話題の「ハガレン」を借りてみようかと思いました。ただ、さすがに持ち帰った時の家族の顔が思い浮かび...orz

その代わりに「ショウタイム」で見ようかなと思っています♪

http://www.showtime.jp/info/animation/hagane_1_bunch.html">http://www.showtime.jp/info/animation/hagane_1_bunch.html

結構昔のアニメとかこれでみれたりしていまして、家族の寝入ったあとに一人で見ています。ちなみに、私のお気に入りは、「Big-O」と「BEBOP COWBOY」です。

実はいまうちのいリビングに鎮座ましましているのは、富士通製のテレビデオです。個人的にはほとんどショウタイムのために、単体の液晶テレビをやめてこれにしたという感じです。(ああ、妻にこのコメント読まれたら死刑宣告ものですね。はぁ。)

http://www.fmworld.net/product/hard/pcpm0409/deskpower/t/index.html">http://www.fmworld.net/product/hard/pcpm0409/deskpower/t/index.html

脱線してしまいましたが、「ハガレン」にもどればGiraudさんが教えてくださった「You can't have everything」っていい言葉ですよね。なんつうかやまぐちひろしさんの分野ですけど、人間の活動ってすべて「trade-off」なんですよね。これを選べばあれは選べない。この活動に時間を使えば、その活動をする時間がなくなる。こっちを買えば、あっちは買えない。この辺に気づくのが大人かなと思います。

投稿: ひでき | 2004年9月29日 (水) 21時53分

裏街道を歩んでますが、寂しいっすね

http://tmp4.2ch.net/test/read.cgi/mog2/1098097402/l50#tag72

投稿: カツモト | 2004年10月22日 (金) 19時15分

カツモトさん、はじめまして、

2chの議論なのでしょうか?正直言葉などになれていないので、ここで行われている議論についていけてません。ただなんとなく、以前みたときよりは「愛」のある議論になっているような気がします。2chが決して「裏街道」とは思いませんが、ネットの密度があがってお互いの距離が短くなり、関係性もつよくなっているのでしょうね、きっと。こういう『親しい』状態になると、なんというか倫理性というか、お互いに根底にもつ共通認識などがうまれているのではないか、という気がします。

ああ、もっと自分に身近なところでいえば、本当に言葉って大事だなと、言葉の裏にある気持ちや心配りというものがものすごく大事だなと感じます。そして、自分がいかにそうした配慮に欠けているかも実感しているところです。

投稿: ひでき | 2004年10月24日 (日) 11時37分

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