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2004年10月17日 (日)

宮澤賢治はどこへいったのか? Where has Kenji gone?

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■鉄道と賢治とネットワーク

宮澤賢治について、何冊かの本を読んだ。賢治にとって、当時ピカピカであった鉄道が持つインパクトについて感じた。賢治にとって鉄道は東京というハブにつながるリンクだったのだろう。エスペラントも、チェロも、国柱会も、みな鉄道というリンクがもたらしたものなのだ。

  • 雨ニモマケズ 新版 宮沢賢治童話全集 12」 edited by 宮澤清六さん、堀尾青史さん

  • 宮沢賢治殺人事件」 by 吉田司さん

  • 「雨ニモマケズの根本思想 by 龍門寺 文蔵さん
  • それぞれ、本との出会いがあった。

    雨ニモマケズ 新版 宮沢賢治童話全集

    宮沢賢治の「雨ニモマケズ」について「雨ニモマケズを4つにわける」という記事を書いたはいいが、自分が宮沢賢治について何もわかっていないなと思い、古本屋に本を探しにいってみつけたのが本書であった。「雨ニモマケズ」のタイトルだけにひかれた買ったのだが、宮沢賢治のかなりしっかり者の弟である宮澤清六と、賢治を紹介したことで有名だという堀尾青史の編集の全集であった。つまりは、後で述べるように賢治の死後に、賢治が有名になっていく過程に一役買った全集の末裔なのだ。

    この本の序章である宮澤清六の「兄、賢治の一生」はかなり率直な文章であったと思う。

    この文章を読むまで、私は宮澤賢治が好きではなかった。唯一以前に宮澤賢治について読んだ「宮沢賢治 修羅に生きる」の書き方がよくなかった。妙にもってまわった書き方で、地元で賢治の家族が差別されていたような、いなかったようなことを書いていた。まだ素直に「結核患者が多くでるといわれ、一族がマキと呼ばれていた」とあからさまに書いてくれたほうが印象がよかっただろう。お蔭様で、私の賢治の印象といったら、シスターコンプレックスで、なにをやらせてもまともにできない無能者、どこか薄暗いもののある、嫌いなタイプのデクノボーといったものにこり固まっていた。

    本書で、はじめて「春と修羅」以外の詩作や短歌などを読み賢治の文才が豊かであったことを知った。なにしろ美術の時間に読まされて、絵を描かされた「ヨダカの星」とか、国語の教科書に載っていた「おっぺると象」くらいしか印象がなかったのだ。ともあれ、手紙や著作により賢治と法華経の接近の過程について知ることが出来た。賢治が家族に依存しながらも、法華経の信仰に生きようとした姿や、死の床にあっても物語を書き続けた姿に共感を覚えた。

    宮沢賢治殺人事件

    「雨ニモマケズを4つにわける」のヒントは、そもそも極東ブログのfainalventさんにいただいた。その上、finalventさんの日記のエントリーでご紹介いただいたのがこの「宮澤賢治殺人事件」だった(ありがとうございました!)。あわてて取り寄せてすぐ読了したのだが、そのインパクトを自分で整理できずなかなか本書について書けなかった。あれから、3ヶ月たちようやく本書について書くことができた。なにが障害になって本書について書くことができなかったかは、後で考えることにしよう。

    「宮澤賢治殺人事件」は、ある意味では宮澤清六の伝を覆す試みであったと感じる。生前に名前が出なかった賢治の著作をまとめ、売り出した一群の人々をかなり克明に追っていた。なにせ著者の吉田司の母親がその一人であったというのだから、その著述は的確だ。著者の筆にかかると、賢治は結局「東京モダン」というスタイルを、花巻へ運ぶいわば文化の行商人ということになってしまう。また、賢治にとって鉄道の持つ意味が、作品の上からも経済的、家系的な問題からもかなり丹念に追われていた。私は、本書で初めて鉄道がモダンなものであったのだという感覚を得ることができた。賢治は、田舎に閉じ込められ、好きでもない家業につくことを強制され、自分は不遇だと思っていたに違いない。だが、質屋があこぎな商売だなんて後付の理屈にすぎない。賢治はただ商売に向いていなかった、それだけだ。そんな賢治が自分の力を発揮できたのは、幻想の中と鉄道で逃げ出した東京だけだったのだと、作者は主張している。

    それでも、病弱な身体を引きずって信仰に生きようとした姿を私は評価したいし、ヴァーチャルランドの中でしか、自分の思いを遂げることが出来なかったにせよ、執念ともいえるエネルギーで賢治の書いた作品が、さまざまな過程を経て現代にいたるまで読みつがれていることは否定できない。行間に宮澤賢治の作品への愛が感じられるにもかかわらず、なぜ吉田司が偶像破壊を目指さなければならなかったのが、私には読み取れずにいる。それこそが、私の限界なのかもしれないが。

    「雨ニモマケズ」の根本思想

    本書は、「雨ニモマケズを4つにわける」でリンクのお願いをさせていただいた蓮城寺のご住職から教えていただいた(ありがとうございます)。まあ、「4つにわける」はテーマの設定は悪くなかったかもしれないが、細部についてはまったくの素人考えだったなと感じた。法華経への理解がすすまないと「雨ニモマケズ」が目指したところは見えてこないのかもしれない、というのが本書を読んだ素直な感想だ。

    本書は、そもそも「中外日報」という宗教界の新聞に連載された記事が元になっている。したがって、宗教的なことに理解のある読者を想定してかかれているため、賢治を宗教界から見た視点にたって書かれた論評集だととらえられる。

  • 宗教新聞「中外日報」
  • 賢治自身の深い信仰と法華経の理解、そしてそれがいかに賢治の作品の中に結実しているかが本書の「雨ニモマケズ」や「銀河鉄道の夜」の分析を通じて伝わってきた。私には法華経を語る知識も、法華経に対する信仰もいまのところないのだが、それ以上に宮澤賢治の時代における法華経のもつインパクトが伝わってきた。本書にあげられているだけでも、賢治が一時勤めた国柱会と高山樗牛や石原莞爾との関係の一端が理解できた。また、法華経信仰がいかに現代の世の中で大きな影響と力をもっているか、そして、その原型が国柱会にあったかを感じる。鉄道すらも巨大な仏教のメタファーだったのだと感じた。そして、そのメタファーは今に生きるわれわれにとって歌や詩や物語を通じてごくごく近しいところに存在しているというのだ。驚嘆してしまう。

    そう、ここでもまた鉄道が問題なのだ。

    ■銀河鉄道はどこにつながっているのか?

    賢治に興味を持つ方なら、これらの本はかなりおすすめの本かもしれない。いままでとは違った賢治像が浮かんでくることは確かだろう。今現在もグーグルなどの検索エンジンで「宮澤賢治」と入力するとおびただしい数の記事が出てくる。現代のわれわれの世代の宮澤賢治に対する深い関心を感じる。いま率直に、賢治にとって鉄道が持つ意味というのは、我々にとってインターネットが持つ意味にかなり近いのではないかと感じている。

    賢治が発明した銀河鉄道は長い長い軌道を経て、いまこのネットワークにつながっているのだ。

    ここに至り、なぜ賢治について数ヶ月間かけなかったのが、自己了解できるように感じる。それは、銀河鉄道からネットワークという現代の鉄道でつながり、私と同じにおいがかすかにする賢治の偶像の破壊を試みた吉田司があまりにも正鵠をいていたので、しばらくかけなかったのかもしれない。

    ■参照リンク
    雨ニモマケズを4つにわける (HPO)
    よだかの星と しあわせ切符 by 瀬戸智子さん 瀬戸さんの菩薩さまのようなやさしさが伝わってきます。やっぱり、賢治って不軽菩薩なんですかね?

    ■おわび

    文中で、一番核になった「宮澤賢治殺人事件」をご紹介いただいたことをきちんと明記しておりませんでした。finalventさん、大変失礼いたしました。

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    受信: 2004年10月18日 (月) 21時36分

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