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2005年2月 8日 (火)

[書評]万物理論 Distress

橋本大也さんの昨年のベストSFだというので「万物理論」を読み始めた。かなり感動した。確かに、これは近年まれに見るベストSFかもしれない。

いきなり余談だが、つい1年前まで私はもはや読むべき本はないと信じていた。一昨年は、多分年に1、2冊しか読んでいないだろう。ブログに出会ってから、やたらと読書量が増えた。ブログの関連で読むことになった本の1冊1冊にはずれがない。すばらしい読書体験を私に与えてくれた名著がいくつもある。読書のためのフィルタリング機能としてだけでも、ブログをするということはすばらしい。しかも、なぜだかわからないが実にもってこいのタイミングで、その都度その都度読むべき本の情報がもたらされる。本書を読んだタイミングなどもう奇跡的といえるかもしれない。

これから読むであろう人が多いことと、橋本大也さんが一切ストーリーの紹介をしておられないことに敬意をはらって、ストーリー、メインのネタ(dope?笑)には触れない。

例えば、この本を読んだタイミングがよいという意味では先日読んだジョン・メーナード=スミスの「生物は体のかたちを自分で決める」に出てくる還元論者と全体論者をめぐるキーワードのリストがほぼそのまま出ていた。

傲慢で自信過剰、抑圧的、還元主義的、搾取的で、精神的に貧しく、人間性を奪うーーーそんなものを「男性的」以外になんと呼べばいいのでしょう?
左脳的、直線的、階層主義的


あるいは、本書では東ティモールの問題にほんのすこしだけ触れられている。翻訳に時間がかかっているうちにこれなどはリアルがフィクションを追い越してしまった事例かもしれない。あるいは、こんな主張は私にダルフール問題に手をこまねいている西欧的なアプローチの限界を見る。

レオポルド2世が墓からよみがえって
「良心に苛まれるから、返そう
このベルギーのものでない象牙や天然ゴムや金を!」といったなら。
そのときわたしは、不正入手したアフリカのものでない利益を捨て
殊勝にも計算法とそこから生じたすべてを引き渡すだろう
が・・・・相手がわからない、なぜならニュートンもライプニッツも
子どものないまま死んだから

そして、おどろくべきことに本書で展開されている主張されていることと、HPOで追っかけてきたネットワーク思考と驚くほどの類似を見せる個所がいくつかある。

「リンク、橋。そのとおりよ」

あるいは、ちょっと過剰な解釈かもしれないがバラバシを読んだ人は知っているだろうが、こんなせりふも社会ネットワーク分析の先駆的な事例を思いださせる。

「業界大手の少なくともひとつの役員会に名をつらねている」

ここのところ「匿名」さんからコメントをいただいいき、"pathways"という人間の生化学的な反応から大脳の情報処理まで、ネットワーク的な観点から分析する分野がここ数年でもりあがってきていることを教えていただいた。これだけの引用だけではわからないかもしれないが、まさにこの研究を思わせる台詞がある。

「ニューロン、心臓、腸、たんぱく質とイオンと水が脂質の膜につつまれている細胞、発生の過程で分化する組織、マーカーホルモンの勾配の項さにスイッチをいれられる遺伝子、たがいに噛みあう百万の分子の形状、四価炭素、一価水素、電子の共有を介して結合する原子核、それを構成する用紙、静電気の反発力を相殺する中性子、・・・」

ちなみに、本書の発表は1995年だった。"pathways"はまだ産まれていないか、せいぜい揺籃期であったはずだ。

うまくいえないのだが、またここで示される世界観というものに非常に親近感を持つ。それは、私がこのブログを書くことと、座ることによって世界の見え方が変容してきたことに近いものだと感じる。そして、著者であるイーガンの世界観の前提として以下のような記述に深い諦念を感じる。これは、ゲーテにつながるのではないだろうか?

脱出を思い描くのは意味がなく、誤った計画で、おろか者の夢であると。 この病んだ体が、ぼくというものすべてなのだ。

■本書のアマゾンの書評を書いているみなさんへ

おまいらぜんぜんわかってないよ!この作品は最初から最後までひとつのテーマと愛でつらぬかれているんだぜ。前半がおもしろくて後半がおもしろくないだと?ちがう、ぜんぜんちがう!!!

■参照リンク
万物理論 by 深上鴻一さん
「万物理論」 by chokoさん
万物の理論 (A Theory of Everything) by Tedさん
『万物理論』読了 by シノスケさん
[本]万物理論 by kimtetsuさん
孤独ではない宇宙 by シュンペータさん
[SF][J] 万物理論 by itaさん ネタバレあり。思いっきり注意。
「シュレディンガーの猫の核心」が核心をついていない理由 @ 分裂勘違い君劇場

■追記 平成17年4月9日

Hiroetteさんの「精神の成長過程の説明レポート」は、インパクトがあった。私が本書を読んで感じた「穏やかな愛」という具体的な形は、Hiroetteさんの先生がおっしゃっていることに近いのかもしれないと想う。なんというか、私は全然俗にそまっている人間だが、みなが自分を肯定できれば、あまり世の中で大きなトラブルというおはなくなるような気がする。

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コメント

実はひできさんのこのレビューがあったから読んだんですよ。ウンチクてんこもりに辟易していたのですが、ひできさんの「愛というテーマ」の謎がどうしても気になって、最後まで読んでしまったというわけ。

面白かったけれど… おなかいっぱいになりました。
良い本を教えていただき、ありがとうございます。

投稿: Dain | 2005年2月24日 (木) 00時12分

Dainさん、こんばんわ、

そーなんですか。いんやぁ、それはとんだことをしてしまいました。先入観を植え付けてしまったのですね。申し訳ございませんでした。

たぶんあれでしょうね、私もウンチク魔なので全然その辺が気にならなかったのでしょうね。あはは。

いや、それにしてもこの本かなり私のお気に入りです。Dainさんがおっしゃるようになんというか生き様みたいのを感じます。

投稿: ひでき | 2005年2月24日 (木) 18時09分

トラバ&ご紹介ありがとうございますvv
ぜひ買ってみますね、グレッグ・イーガン結構すきなのでw
本日は某所でとてもお世話になりました、またお会いする機会をとっても楽しみにしてます。今度はゆっくり飲みましょう!

#全然関係ないけど最近探してる本:バーサーカーシリーズ

投稿: 芹香 | 2005年3月14日 (月) 00時41分

芹香さん、おはようございます、

すみません。照れてしまって、お返事がおそくなってしまいました。

なんというかVNIな方からのコメントって初めてです。

どなたかがVNIな方でも、まじめな学術雑誌でとりあげられる、ある意味「人格」が認められうるものだといってました。

そういう意味では、「アイドル」ではありませんが、私という人格もほぼ確実にリアルで行動するときと、ブログ上で書くときには「感じ」が違うのだと思います。

いや、そんな話はともかく今後ともよろしくお願いいたします。そうそう、kagamiさんからこういうオススメをいただきました。

http://d.hatena.ne.jp/kagami/20050315

http://www4.ocn.ne.jp/~temp/sf1.html

投稿: ひでき | 2005年3月16日 (水) 10時34分

遅れましたが、今日、万物理論とどきますたっ!
これから読むよ~。土日で読破できるカナ??
楽しみです。

ブログで書くという行為は日記を書くこととあまりかわらないはずなのに、なぜかキャラを作ってしまいます。私の場合、その集大成が「芹香」なのですが。

潜在的か顕在的かに自分ならざる自分になりたがってるのかも(≒現実逃避)です。現実逃避でも、人格が認められるというのは個人的にはありがたいですが、違和感ありですw

kagamiさんからの本のご紹介もありがとうございます。
イーガンも好きですが、Airはもっと大好きです(笑)

投稿: 芹香 | 2005年3月25日 (金) 22時06分

芹香さん、こんにちわ、

いやぁ、感想が楽しみです。

もう読み始めていらっしゃるでしょうから、書いてしまいますが、本書に出てくる汎性という存在がとても気になります。なんというか、すでに十分に安定しうるだけの経済生産性をもちながら、性欲や、過剰に人に認められたいという欲、あくなきお金への欲望などを自分でコントロールできない、私自身を含めた人間という存在に最近非常に疑問を感じています。

十分な生命力を持ちながら、十分な愛を感じながら、穏やかに生きることはできないのか?汎性というのは、そういうことを感じさせる性でした、私にとって。

投稿: ひでき | 2005年3月26日 (土) 16時07分

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