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2005年5月16日 (月)

[書評]大東亜戦争とスターリンの謀略 Conspiracy...

大東亜戦争とスターリンの謀略―戦争と共産主義 by 三田村武夫さん

本書を読んで、つくづく謀略の深さ、革命家の遠慮深謀ということに感じ入ってしまった。以前の記事で触れた第二次大戦の方針決定には、ゾルゲや尾崎ら当時のコミンテルンの諜報機関の暗躍があったらしい。尾崎などは内閣の嘱託であり、言論界にもそれなりの地位があったように感じるが、現実にそれらの一群の共産主義者がどこまで世論や政治的決定に影響力があったのかは、私には検証のしようがないが、実に説得力のある議論が本書において展開されていた。

本書を読んで、「パトレイバー」に出てくるシャフトジャパン企画七課、内海課長の「手段のためには、目的は選ばない」という言葉が実に不気味な意味を持つことを理解して、ぞっとした。謀略家というものは本来の革命の実現のためには、正反対のイデオロギーを標榜することも、国を裏切り、親兄弟を信頼せず、妻子にまでも虚偽を押し通すことも、あえて行動してしまう。私には想像を絶した世界がそこにあった。いや、とにもかくにも、この本の内容を自分の中にとどめておくことは身体を悪くしそうだから、はやくはいてしまおう。

本書において、戦前に内務省の勤務経験と代議士の経歴を持つ三田村武夫さんが、自分の経歴によって知りえた情報を含め、尾崎秀実(ほつみ)を中心とする第二次世界大戦前の共産主義者、革命家たちの謀略について分析している。

ふと気づくと、本書の記述範囲はずいぶん昔に記事でリンクさせていただいた「国際派日本人養成講座」の記事と大分重なる。

・「尾崎秀實~ 日中和平を妨げたソ連の魔手

あるいは、考えてみればアホ丸さんの以下の記事にすでに必要なことは書いてある。

ゾルゲ事件

まあ、諸先輩方のおかげですでに尾崎やゾルゲ、そしてコミンテルンがどういうものであったか、いかに日本の共産主義者が日本の進路をあやまらせたかについてネットの上でも明確に記述されているので、なにも私は力瘤を作って書かなくともよいのだと安心する。

それでも、本書が異様な迫力をもって私に迫ってきたのは尾崎らと同時代を生きた著者が自分の経験を基に書いているということ、その使命感に打たれたのかもしれない。そしてまた、経験した来た者の危機感が強く現れているからかもしれない。そして、もうひとつの理由があることに書いている内に気づいたが、それはあとで書く。

私がほんとうに共産主義というのはやばいのだなと感じるのは、こういう言説を読むときだ。共産主義の当時の活動の中心となるコミンテルンというのは、すさまじい存在だったのだ。長くなるが昭和3年(1928年)のコミンテルン第六回大会で決議された綱領の一部を引用する。

帝国主義戦争が勃発した場合に於ける共産主義者の政治綱領は、
(1)自国政府の敗北を助成すること。
(2)帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること。
(3)民主的な方法による正義の平和は到底不可能なるがゆえに、戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること。
である。
帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめることは、大衆の革命的前進を意味するものなるが故に、この革命的前進を阻止する所謂「戦争防止」運動は之を拒否しなければならない。また大衆の革命的前進と関係なく又はその発展を妨害するような個人的行動又はプチ・ブルの提唱する戦争防止運動も拒絶しなければならぬ。共産主義者は国際ブルジョワジー覆滅の為にする革命のみが戦争防止の唯一の手段であることを大衆に知らしめねばならない。

このコミンテルン綱領から尾崎らが導き出したと想われ結論は、日本を世界大戦に巻き込みかつそれを出来る限り長期化させるということだ。そして、北進させない。そして、この目的の達成のためには、企画院事件などにかかわる官僚を巻き込むばかりでなく、極右ともいえる軍部の青年将校とも手を結ぶことを辞さない。これらの青年将校達の思想的バックグラウンドを与えた北一輝の「日本改造法案」を引用する。

一、天皇を奉じて速に国家改造の根基を完うするために、三年間憲法を停止し、両院を解散し、全国に戒厳令を布く、そのためにはクーデターを断固する。
一、戒厳令の施行中、普通選挙による国家改造議会を招集、比の国家改造議会は天皇の宣布したる国家改造の根本方針を討議することを得ず。
一、国民一般の所有すべき私有財産は百万円を越えることを得ず。
(中略)
一、労働省を設け、労働賃金は自由契約、労働時間は八時間とし、日曜、祭日は公休、賃金を支給すること、ストライキは別に法律に定めるところにより労働省これを裁決す。
一、婦人の労働は男子と共に自由にして平等なり。
一、国民教育の機関(ママ)を満六歳より満十六歳迄の十ヵ年とし、男女を同一に教育し、エスペラントを課し、第二国語とす。

右に走った北一輝らも社会主義に到達するというのが、いまの私には理解しがたい。どうも、北一輝らは「「日本教」モデルをネットワーク分析する」ではないが、本来「見えない」、「名前をもたない」中心を持つ日本人において、一神教的な天皇性を仮定したのだと感じた。ユダヤの神の元の平等のように、天皇のもとの平等が当時の資本家や強すぎた政治家のいきすぎをただす唯一の思想だと発見したのだろうと想う。しかし、財産の制限や革命という非常に過激な項目以の外に、労働時間など現代の我々からみればあまり違和感のない項目があるのも、時代の流れは確かにこれらの人々の思想の元に進んでいるのかもしれない。

もうひとつ意外だったのは、直接に言葉を交わしたという筆者の持つ近衛文麿の印象が、インテリで人好きのする理解力のある人物だということだ。これまで近衛といえば意思薄弱で、天皇への報告を翻すような人物だと想っていた。拡大解釈にすぎるのかもしれないが、この近衛にしろ、青年将校たちにしろ、尾崎の周りの人物達にしろ、理想主義的であるということがいかに危険なことかと実感してしまった。これらの一群の人々は、世の矛盾に発奮し、その改革に燃えて行動を起したにせよ、それは民主主義をこの国において廃れさせ、コミンテルン綱領に基づく行動を助長させた。

これはブログ界隈においても言えることかもしれない。前にも書いたがもし創発性民主主義がブログ界隈で実現してしまうことの方がおそろしいことなのだと感じた。

ああ、ただこの戦争で本当に勝ったのはだれなのかという疑問がいま私の胸から消えることがない。もし、尾崎を中心とした桜会、昭和会のメンバーが目指したものが理想としてのが、まったく反対のイデオロギーであったが同じく革命を志した北一輝の「日本改造法案」のような状態を目指したものであれば、それは実は戦後実現したと言えるのではないか?そして、その状態を誰が実現したのかを考えるとき愕然とする。

本書において、少しの希望を持つことができるのは、本書の内容がGHQに伝えられ、同じくコミンテルン綱領に基づき行動し、ハル・ノート、ヤルタ会談、ポツダム宣言などにかかわったといわれる政府官僚たちの告発の起爆剤になった可能性があるということだ。

戦後マスコミ回遊記〈上〉 by 柴田秀利さん

そして、ここに来ていかに当時の不平等、貧富の格差の問題が大きかったかを知る。また、いかに特権を持つもの、富めるものが、他者への共感性をもっていなかったか、社会を変革する力を失っていたかを感じる。そして、それはまた現代の我々に直結する問題であろう。

解説篇の最後で著者はこう我々に問いを投げかけている。

第二、革命への客観的、主観的条件成熟と同時に一挙にプロレタリア革命に突入する。ただし、これは必ずしもいわゆる武装法規の暴力革命のみを意味しない。客観的条件の正確なる分析判断に従って戦術的に決定する。(中略)
国民はー人民はープログラムの後段の途を選ぶか、それとも二十年間目隠しされて来たくらやみの途に憤慨し、覚醒して、別の新しい、明るい、自由な道を選ぶか、それは自由な人間に与えられた基本的権利だ。

自分たちが自分たちの主人であり、その他の人々の謀略で自分たちの運命を決定されるということには、断じて拒否しなければならない。ここにこそ民主主義があると、私は信じる。

■参照リンク
大東亜戦争とスターリンの謀略 @ 読書ノート
大東亜戦争とスターリンの謀略 @ 漆原亮太の平成軍国少年今日もゆく
大東亜戦争とスターリンの謀略-戦争と共産主 by meiwakusitemasuさん

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人はとかく歴史の表舞台に隠された裏の意図、謀略といったものに魅了される。ユダヤ陰謀論、CIAによる陰謀、ローマ法王庁の陰謀といったものが広く流布しており、どれも人を惹きつけてやまない。  だが、必ずしも的を得たものは多くはなく、机上の空論と成り果てたものも少なくない。  しかし、何故日本が勝ち目のない大東亜戦争へと突入していったのか。多くの努力にもかかわらず、支那事変が泥沼化し、日支和平の芽がつぶれ、いつのまにか日本の国家戦略は対ソ連の北進論から対米英蘭の南進論に取って代わってしまった。そ..... [続きを読む]

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