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2005年6月20日 (月)

[書評]愛情はふる星のごとく revolution and me

4006030762新編 愛情はふる星のごとく
尾崎 秀実 今井 清一
岩波書店 2003-04

by G-Tools

不倶戴天の敵と勢い込んで斬りこんでいったつもりが、そこにいたのは、自分と同じ年頃の、自分と同じような興味を持ち、自分と似たような家族を持つ一人の男だった。

その男とは尾崎秀実のことだ。ゾルゲ事件の核心的な首謀者の一人だ。近衛文麿や、西園寺公一などからの信任を悪用し、国家機密をソ連に流したスパイだ。

たとえば、以前触れた「大東亜戦争とスターリンの謀略」という恐ろしげなタイトルの本では、尾崎の手記から以下の部分が抜粋されていた。

勿論、私の行っている如きことが猛烈な反国家的な犯罪であることはいうまでもありません。従って理論的には、その行動を是認しつつも時に具体的行動の後ろめたさを感じたことも否定できません。私は常に露見、逮捕と伝ふ如き場合の結果を自分の一個の死と結びつけて考えておりました。「要するに死ねばいいのだろう」と伝ふ点に一つの覚悟の基礎を置いて居たわけであります。

尾崎自身が認めているように、日本の国を裏切り、政府高官に重用されたという立場を悪用し、日中和平工作を妨害し、国論を北進から逸らし、同じ国民の多くを死地に向かわせた文字どうりの国賊だ、間違いない。

尾崎は、この手記で驚くほど的確な共産主義に基づく世界の情勢判断と今後の来るべき世界について記述している。コミンテルンの戦略が入っているのは間違いないが、この手記は非常に正確な表現で、精度の高い文章であった。その思想の結実として、スパイ活動をしたことを認めている。事実、私の知り得た限りでは、どこかの政治結社とは違い、ソ連から金などをもらっていたわけではない。完全な共産主義の革命家なのだ。

ところが、最後まで来て切々と訴えているのは、家族への想いだ。

職業的革命家はやはり家庭を持つべきではないと考えます。

と前置きした上で、女学校に入った娘、母子家庭となった後の将来の心配などについて触れている。私は、ここを読んだときに不覚にも自分自身の子ども達への想いとの共通性を感じてしまった。

私も毎朝坐禅を坐る。獄の中で、尾崎も相当に坐ったと思われる記述が本書の中に随分あった。私がこのブログのテーマとしてタイトルに掲げている「自己をならふといふは 自己をわするるなり」の出典である正法眼蔵の現成公案も読んでいたようだ。この禅の導きかわらからないが、尾崎が不眠症の妻へ贈った「処方」はほとんど私が考えていたのと同じだった。

というのは此の僕の身心「起死回生法」ともいうべきものは具体的な治療法ではあるのだが、第一に、生命の秘儀を覚り、「死」の大事に徹見すること。第二、これを目標として勇住邁進、不断に坐禅(女は正座にてよし)三昧なること。(日常自己のつとめに全力を傾倒する間は別、この期間はそれこそ全力をあげてたとえ些事といえどもこれに当たること。)第三、一種の呼吸法(腹式呼吸の一種である深呼吸ですが、これに多少の工夫があります)。この呼吸法は第二の場合と次の第四の場合に用いる。第四は老、仏の道でいう内観の法です。つまり精神統一のための呪文の如きもの「オンマニパドメフム」でもよければ、「南無阿弥陀仏」でも、または白隠のあの「遠羅天釜」に書いてあるような気海丹田中心の反復語でもいいのです。

そのほか、つい先日の「日本教の社会学」で取り上げられていた文天祥の「正気歌」、漱石への興味、いつか読みたいと思っていた藤村の「夜明け前」など、共感を覚えてしまうテーマを取り上げているときりがない。

なによりも、逮捕されてから刑が執行されるまでの間の生活態度に非常に興味を持つ。この重要な記録がまさに本書なのだと思うのだが、読書すること、書くこと、坐ることで、次第次第に深まっていく尾崎の心境を切に感じる。これは、不遜ではあるが私がブログを始めてからの心境の変化といくつかの点で共通している。

どうもいかん。

こういう共通性を見てしまうと、ころびそうになってくる。いや、もし自分が尾崎と同じ時代に生まれていたらどう行動したろうかと想像してしまう。あまりにも私は歴史を知らないのだが、やはり戦前には想像を絶する貧富の格差、権力の横暴というものがあったのではないだろうか?革命家を革命家たらしめたのは、尾崎が打ち倒そうとした資本家や政治家、そして軍部そのものではないのだろうか?そして、それらに反発する青年将校などの動きを更に自分の権力強化につなげようとした老人たちがいたのではないだろうか?

昨晩、公開中の「Zガンダム~星を継ぐ者~」を子どもと見にいった。年寄りじみた感想と笑われるかもしれないが、つくづく子どもに言い聞かせたのは武田信玄の「軍勝五分をもって上となす」という言葉だ。勝ちすぎた組織、国家は、驕り高ぶる。自分に戒めたい。

■追記 平成17年6月22日

まあ、そうは言っても尾崎と私は全く違う人間だ。生まれた時代も背景も違うし、主義主張が大幅に違うのはもちろん、尾崎のような端正な文章は私には書けそうもない。この文章は、たまたま共感したところを強く書いたに過ぎない。

ただ、私がここで書きたかったのは、たとえ独房で読書していたとしても、単に知識を得る、思索するということを超えて、耽読というかそのこと一筋になっている尾崎を感じる。なんというか、私は本を読んでいても、文章を書いていても、頭がしんとなる時間の持続がときどきある。

本書の解説を書いている松本という男によれば、尾崎の最大の功績は北進(つまり日本が独逸とソ連を挟撃すること)を止めさせるべく世論を誘導したことであるし、この手紙で表された家族への情の表現、あるいは明治天皇の御製への言及も、罪を軽減させるために作為的にしたことであるかのように書いている。私は真に尾崎の意図したところはわからない。ただ、本書を読んで獄の中で刑の執行を待ちながら、なんらかの身体と心の持ち方に達したのだろいうということをおぼろげに感じる。

■参照リンク
泉 幸男が評する『ラスト・サムライ』と『スパイ・ゾルゲ』  by 泉幸男さん

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