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2005年6月25日 (土)

[書評]希望格差社会 ... and "Who Is US?"

4480863605希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く
山田 昌弘
筑摩書房 2004-11

by G-Tools

山口浩さんが山田昌弘さんについて書いてらっしゃるのに刺激を受けて、積読してあった本書を広げて読んでみた。

一読して、山田昌弘さんの問題意識とロバート・B・ライシュのそれとは、相当に重なるように思った。労働の形態が変化し、分化していくというライシュの主張が現代日本において現実化しつつあるという認識が核であるように感じた。山田さんの場合は、労働の分化という問題ににリスク社会の到来という横糸がからんでくる。

リスク社会だなんて、いつの時代だってあたりまえのことだ。どんなに安定しているように想える企業体だって、どんな資産家であっても存続していくことは、ほんとうに難しい。現代の日本でリスクが増大しているのか、それはなぜなのか、ということについては後に触れる。

■労働形態の分化

まずは、ライシュの主張、いや予言からまとめておこう。(残念ながら、私はまだ「勝者の代償」を読んでいない。

ザ・ワーク・オブ・ネーションズ by ロバート・ライシュ

『THE WORK OF NATIONS』 by メモ置き場さん?

15年以上前に出版されたこの本の中で、ライシュは「情報革命」により労働が、「ルーティン・プロダクション・サービス(繰り返しの単純作業が中心の職種)」、「インパースン・サービス(対人的な職種)」、「シンボル・アナリティック・サービス(問題解決者、問題発見者、戦略的媒介者の活動など)」の3つに分かれることを予測している。当時脚光を浴びたのは、当然この3番目だったのだが、前の2種の労働に対して暗い予測をしている。メモ置き場さんの言葉を借りたい。

まず「ルーティン・プロダクション・サービス」である。これは、繰り返しの単純作業が中心の職種で、かつての大量生産企業の中心的な役割を果たしていたものである。旧来のブルー・カラーに加えて、中間・下位管理職による規制的な監督の仕事も含まれる。標準的な手順や定められた規則に拘束され、それを監視する管理者も上から監視されている。賃金は、労働時間や仕事量によって決定される。必要とされるのは、読み書きと簡単な計算、信頼性、忠誠心、対応能力で、標準的な教育を受けていなければならない。確認しておく必要があるのは、ライシュが「情報化時代」において生まれる多くの情報処理関連の仕事が、このルーティン生産に分類される低所得の仕事に過ぎない、といっている点である。「情報革命」(と当時は呼んでいたようだ)は、一部の人々をより生産的にした一方で、処理する膨大なデータを生み出し、多くの単純作業を創出していると、ここでは分析されている。

ライシュは、当然所得の不平等化についても触れている。

労働が分化していくという前提において最大の問題は、どなたかがおっしゃていたように、いまの日本の社会においてこの分化が階級の固定化につながるかどうかということなのだろう。民主主義化の日本では、言明することすら非難を受けるかもしれないが、代を越えて一定の資産を存続させる、あるいは地位を継承させるということは、とても難しい。少なくとも、日本において表層だけだったとしても民主主義が続く限りは、貴族階級のようなものが再度出現するとは考えにくい。

ちょっと余談なのだが、もっといってしまえば民主主義とは関係なく本当に資産も、地位も、決して代を越えて継承していくものではない。もともと社会というのはものすごく変動するものだ。江戸時代だって、出世していくやつもいれば、家系図を売り払う磊落したやつだっている。いま、「続・日本の歴史をよみなおす」という本を読んでいるが、1000年前だって商船を運用して日本中を交易してまわっていた人物もいれば、一生同じ土地で暮らしていく者もいたのだという。近代以前の階級社会といっても、少なくとも日本においては実はかなりの自由度があったようだ。そして、そうした豪商たちも存続しているかというと、はなはだあやしい。そう、たとえば鎌倉の通りぞいのお店で何代前から存続しているか、累代の経営者か、聞いてみればよくわかる。

当然、問題はいまこの人生においてごく初期の段階で、労働の種類が限定されてしまうのかどうかということだ。「情報革命」の進展は、どう考えても止めることができないだろう。梅田さんが指摘していらっしゃるように、情報も常識的な意味での「知の創出」もコモディティー化してしまっている(ライシュのシンボリック・アナリストと、「知の創出」は違うと感じている。が、これも別な話)。あとは、それを活用する側のスキルなどの問題なのだが、こここそが最大の問題点であろう。多分、以前政府が中央から地方へと再分配の機能を果たすことにより社会の安定化に努めたように、シンボリック・アナリストたちから、ルーティン・ワーカーへの教育や知識の再分配という機能がこれから重要視されるようにならざるを得ないのではないだろうか?

■リスク社会

そして、次にリスク社会ということについて、感じたことを書きたい。

ここにこそ「情報革命」の矛盾が存在するように感じる。ライシュが「グローバル・ウェブ」という概念で、すべてが国境を越えてつながっていくことを前提とし、労働の分化等を説明していることを見逃してはならない。市場への参加者が増えれば増えるほど、実は市場は不安定化していくことを、高安秀樹さんが指摘していた(なんとかこのシミュレーションを自分でプログラムしたいと思っているのだが、まだ果たせずにいる。残念!)。自分の周りの街、地域、という境界が交通網の発達やネットの発達によりらくらくと乗り越えられ、世界中と個人がつながり、ありとあらゆる境界が消滅していくという未来像は、技術的にも、社会的にも、明るい未来を約束するもののように思われてきた。しかし、現実は高安秀樹さんのシミュレーションがひとつの典型を示すように境界が消滅し、参加者が増えれば増えるほど市場も社会も不安定化してく。

この非線形性を時間から考えると、ゆらぎの問題となる。世にいうf分の1ゆらぎというのは、周波数と波長から計算される波のパワーと、その出現頻度が、べき分布するという時系列のべき乗則なのだと、ゴールドスロープさんから教えていただいたロングテールのところで論じたようにべきの指数が問題なのだが、もし時間がたっても指数が安定であるなら、サンプル数の増加や、対象とする時間軸を長くとることによってロングテールは長くなり、逆にハブの大きさが大きくなり、ゆらぎも大きくなる。勝手に解釈してしまえば、社会的な事象において大きなパワー、大きくそれまでの予測=常識を越えた事象、が必ず起こるということになる。そして、その例外的な予測を越えた大きな波が、社会的な変動をもたらすのだと最近感じる。

要はどれくらいの時間のスパン、長さでこの世をとらえるか、生き方を決めるか、ということだと信じる。いまだけなのか、明日も食べられればいいのか、いまの自分の人生だけなのか、子どものことを考えるのか、その差だけだ。

ああ、どれだけ傲慢に聞こえてもいい。私は明日のたれ死んでもかまわない。ただ、死ぬ瞬間まで家族のことを、自分の商売のことを、そして明日への夢と希望を考えつづけ、行動しつづける。

と、ここまで書いて気がついたことがある。私が「信仰」しているものがなんなのか分かった。私にとっての来世とは、子どもという未来なのだ。これがどれだけ個人的な想いであったとしても、私はすべての人がこの想いを共有しているのだと信じられてしまう。それが、「信仰」ということの本質なのだろう。しかし、これはまた別な話、また別な機会に語ろう。

■参照リンク
米国の労働市場と日本へのインプリケーション by 高山与志子さん (「高スキル・高収入と低スキル・低収入の職種が同時に増加」まさにライシュの予測した社会の到来だ。
梅田さんの「同世代の企業人を見つめて悩んでしまうこと」を読んだ。  by catfrogさん

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