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2005年10月 4日 (火)

男が女を選ぶとき Man needs a woman

カウフマンの「自己組織化と進化の論理」を読み終わりながら、RNAがなんかあやしいというニュースを聞きながら、本書について書けずにいた。なんというか、あまりにテーマが私の日常から乖離しているし、私にはとっかかりがなかったからかもしれない。いや、それ以上になんというかいくら書いても臨界点ともいうべきポイントにたどりつけない自分にいらいらしているのかもしれない。

本書の「分子が分子の多様性を増すという自己組織化が、進化、そして生命の誕生の原動力としてはたらいた」という主張は、私には少しなじみのある考え方だった。

正直、大昔の「現代思想」に載っていた「ゲーデル、エッシャー、バッハ」で有名なホフスタッターの思考の自分なりの焼き直しにすぎないのだが、大学1年の時、「哲学概論」のレポートを書いた。それ以来、私は「認識」や「思考」というものを上の図のようなものだと考えていた。なんらかの主体の中で、枝の生えたボールのようなものがふわふわ浮かんでいる。そして、それぞれの枝には結合するある種の傾向をもっている。それらのある「枝」は、個体の境界に加えられた刺激と結合する傾向がある。そして、結合した枝とまた適合性の高い「ボール」が結合する。例えば、そのボールの一つには「A」と書いてあるわけだ。もちょっと厳密な議論を哲学概論のレポートで提出したのだが、これを書いてから、自分の中で認識や思考というものが、ボールと枝、つまりは分子構造に似たものではないかという考えが、この20年余り私のまわりでふわふわと浮いていた。

カウフマンが自分で認めているように、分子から生命が生じる過程について実に大胆な仮設を本書では提案している。それは、分子が分子自体に対する触媒機能を持ちうるということだ。カウフマンの計算によれば、単純に分子のランダムな結合を待っていては、これまでの宇宙の寿命をもってしても通常の大きさのたんぱく質の合成にもいたらないのだそうだ。彼の主張によれば、RNAの分子結合の中で、自分自身を触媒し、新たなRNAを生じる生化学的な反応が成立しうるのだという。しかも、多くの分子を結合した複雑な分子であればあるほど、より多くの分子の触媒機能をもちうるというのだ。

この考えはとても魅惑的だ。思考や認識をふわふわとうく分子のようなものだと感じていた私にとって、思考や言語も同様の過程を経て、複雑な概念を産み得るのではないかということを意味する。哲学概論のレポートでは、すべての枝のついたボールがつながる瞬間がありえ、そしてそれこそが「悟り」や「覚醒」の瞬間になるのではないか、と書いたと記憶している。

悟りまで飛躍しなくとも、この「自己組織化」、「自己触媒反応」が「進化」と結びついているという仮設は、最近のウェブのトポロジーの研究や、ブログにおける自己言及の発達を丹念に織っていけばヴィジュアルに証明できるような予感がしている。いま、現在我々の目の前で生じていることこそが進化の雛形であるかもしれないのだ。

いや、ちょっと先走りすぎたが、この観点から見れば「自己言及」という視点が非常に大切なように感じられる。ホフスタッターの問題意識の根底にあるのは、「鏡のなかの鏡」というか、自分自身に対して自己意識、自己言及できる「私」という存在はどのように機能的に規定できるかということであったように想う。私の変形的なモデルしか示せないのがつらいのだが、ライプニッツを思わせるこの思考の分子モデルというべき考えで、ホフスタッターが示したかったのは、認識というのはひとつの状態であり、頭の中の小人といった存在を仮定しなくとも、自己認識が生まれうるということであったように想像する。

繊細な分子結合的なつながりによって生じる思考があるとすれば、私は「自己言及」というのは「自分」という意識による「自己触媒」の結果なのではないかと考えている。本来機能を果たせばいいだけの「意識」あるいは意識以前に存在する「主体」というものが、言葉という、ある意味過剰な「自己触媒」機能を持ったがゆえに人間は肥大した永遠の自己言及構造のような「自我意識」を持つに至ったのではないだろうか?それがゆえに、「自己意識」というものは、どこまでいっても言葉しか出てこない仮に託されたものに過ぎず、永遠に本来の全体としての自分自身には追いつけないのではないだろうか?

そして、これに近いことがブログで加速のついたネットの界隈で生じているような気がしてならない。いや、もしかするとこれはこれでいままでの言葉や概念のもつのとは桁の違うスピードをもった自己触媒機能が働き、なんらかの「自己言及」、「自己組織化」が生じるのかもしれない。ま、これは仮説の上に仮説を重ねた言葉に過ぎない。

■追記

オートポイエーシス @ 松岡正剛の千夜千冊

kinjoさんからご紹介いただいた。書きたいことは、コメントに書かせていただいたものの、まだなんか自分の中に残っている感じがする。ISEDの第4回にコメントされたdemoさんの言葉に打たれる。

「コミュニケーションの連鎖」は人類というより生物発祥以来存在すること等々に気が付き始めている過程であって、それらにおける重要な結節点あるいはキーワードとして、「情報」に注目しているということではないでしょうか?

うまくいえないのだが、伊庭さんが主張してらっしゃることのひとつである「学びつづけること」がとても大事であり、一番私に実行できる「自己組織化」であり、「創発」であると感じている。もっとここのところを掘り下げたいと真剣に感じる。

そう、私は決して学者ではないので、このブログでの言説というものも自分の生活に根ざしているものでなければならないと強く願う。

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コメント

ご無沙汰しています。
ご存知かもしれませんが、千夜千冊で少し前に丁度オートポイエーシスが取り上げられてました。最後の質問は何かしら通じるものがあります。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1063.html
これに加えて、ひできさんのご指摘の「言葉」というのも重要だとおもうのですが、これがどう扱われているかとか、また自分の考えがまとまってませんので、ご紹介まで。
http://ised.glocom.jp/keyword/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9

投稿: kinjo | 2005年10月11日 (火) 06時51分

kinjoさん、こんにちは、

コメントをいただいてから、なんとお返事したらよいものやらこまりはてていました。「オートポエーシス」はしばらく前から、ふんふんいいながらいくつかのページを読んでみたりしていたのですが、いまだになんといっていいかわからない状態にあります。ただ、松岡正剛さんの最後の問いと私の記事に書いた最後の問いとはたしかに多少ひびきあうものがあるのではないかと感じました。そして、ネットこそが自己言及を繰り返すオートポエーシスであると断言したいと思います。そして、この現在のネットというものがシミュレーションではなく自己発生的に生じた、かつ明示的に観察可能なオートポエーシスであるのだと思います。

それにしても、正剛さんは、このあとにいつかは私がトライしたいと思っているヴィリリオに軽やかに取り組まれていらっしゃったりして、かっこいいなぁと感じております。

ISEDについては、第4回についているDemoさんのコメントが実に私の気持ちを書いてくださっているように想います。

http://ised.glocom.jp/ised/20050611

投稿: ひでき | 2005年10月13日 (木) 15時32分

気の効いたコメントはできませんが、読んでいて気持ちよかったです。私は最近すごく気に入った音楽と女の子に出会いました。そしたら今まで活動を休止していた頭が急に活発化してきました。頭の中でここに書いてあるようなことがきっと起こったに違いないと直観しました(笑)。

>「ゲーデル、エッシャー、バッハ」
 
昔見栄張って買っちゃいました。1/100くらい読んだ記憶があります。自己言及のパラドックスって言葉だけが今蘇りました(笑)。

投稿: it1127 | 2005年10月18日 (火) 21時33分

it1127さん、こんばんは、

そういえば、こんなんも書きました。

http://hidekih.cocolog-nifty.com/hpo/2004/11/love_brain.html

恋愛って本当にこころもからだもリフレッシュしてくれますよね。不思議です。

>「自己言及のパラドクス」

うーん、なんてすばらしい言葉でしょう。このパラドックスを飛び越えられるかどうかが一番のポイントなんでしょうね。えへへ、「見成」までいきませんが、そんな感じがしています。

投稿: ひでき | 2005年10月19日 (水) 21時59分

http://kamislife.dreamlog.jp/archives/7358907.html

投稿: perruques | 2012年12月16日 (日) 22時34分

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