[書評]チベットのモーツァルト echo of buddhism
![]() | チベットのモーツァルト 中沢 新一 講談社 2003-04 by G-Tools |
「悪人正機」の中で、吉本隆明がやたらほめていたので、突然読み返したくなり本書を読んだ。自分にとってはなつかしい一冊であるはずなのに、本書の内容がやたらと新鮮に感じられた。本書から興味がひろがり何冊かの本を読んだのを覚えている。例えば、本書の冒頭で語られるカルロス・カスタネダのドン・ファン・シリーズを数冊読んだように想う。
![]() | 呪術師と私―ドン・ファンの教え カルロス・カスタネダ 真崎 義博 二見書房 1974-01 by G-Tools |
本書の影響で、チベットに真剣に密教の修行に行きたいと17才の私は想っていた。その第一歩として、密教の寺のお坊さんをつかまえてサンスクリット語を教えてくれと頼み込んだり、断食道場に1週間ほど篭ったことを記憶している。ようは当時かぶれていたのだ。
39才の今の私が著者のカスタネダ論を読んで、薬を使わなくとも、異国へ行かなくとも、まだ仏教が生きているこの日本で、十分に仏道の修行はできると想った。著者が認めているように、本書の中に仏教の教え、仏教のヴィジョンがこだましているのを感じる。仏教の生の力が本書にはある。これは別にチベット仏教でなくとも、極彩色な部分を引いていけば、日本の仏教に十分に通じるものであろう。吉本隆明が指摘するようにクリステヴァだの、記号論だのといった部分は、捨ててしまって読むのがよいのだと想う。
私の浅薄な理解が及ぶ限り日本の密教、禅宗、浄土宗などだけでなく、本書の内容には最近のネットワーク理論と通じるものがあるように感じる。
たとえば、受胎からはじまるチベット仏教的な生理学、発生学の記述が素敵だ。本書で語れるような受胎した「卵」が人になるという状態に働く「生成の力」といった内容は、「べき乗則」にはまっている私からすると、非線形な科学の領域の言葉で記述することができるように想う。ここで記述されている「滴」とか「風」という言葉は、分裂した細胞の塊りであった受精卵から、頭から背骨、尾と続く脊椎が形成されるときの「対象性のやぶれ」の力を差しているような感じがした。
あるいは、本書のあちこちで「打つ音」という記述がある。「打つ音」とは、ネットワークの言葉で言い換えれば、ノードとノードがぶつかり合い、エッジが生じる時の音をいうのではないだろうか?一般にネットワークというと、円や球で表された「ノード」が線で表される「リンク」でつながれているイメージをしがちだが、本来数学、物理学でリンクを表す「エッジ」という言葉が示すように、ものともの、ノードとノードがとが触れあうことによってネットワークは形成されていくのだ。この意味で、多少本書の言葉を借りて書けば、いま書いている「ブログ」というのはそのままでフラクタルであり、都市の隠喩であり、生成する力を含んでいる。ネットワークこそが力であり、バラバシモデルが示したように成長するネットワークには生命や非線形物理の特質を本質から含んでいる。すでに、世界の理として、点と点を結ぶ線といったごく基本的な世界の構成要素、あるいはグラフ理論のような幾何学的な数学のレベルから生成する力が含まれているのではないだろうか?
しかし、本書のあちこちに仏道の修行に対して客観的になりすぎていて、人類学者の目でしか仏道を捉えていないのがものすごくもったいないと感じる。著者のチベット仏教における修行はかなり進んだと想われるのに、著者の仏教の教えと師に対する感謝と敬意が感じられない。著者が学者であるから、その立場から本書を起こしているので、仕方ないといえば仕方ないのだが、非常に微妙であるところだ。
ま、本書で仏教との関連で精神分析の用語が語られるのも気に入らないのだが、「鏡像関係」とか、「言葉の底に潜む暴力」とかいう言葉を読んでいるうちに感じたのは、「攻殻機動隊」を作った押井守は本書を読んでいるのではないかという気がしてきた。
・[書評] 攻殻機動隊 (HPO)
たまたま、本書を読んでいる最中に「攻殻機動隊」を見たせいか、以下の等式があたまに浮かんで離れない。
映画版攻殻機動隊 - 漫画版攻殻機動隊 =
チベットのモーツァルト - 現代思想用語
たとえば、本書の以下のような記述に攻殻機動隊の冒頭のシーンを思い浮かべてはいけないのだろうか?
「お前に必要なのはリラックスして、夢の中で落下していくのを楽しめるようになるってことだ。落下こそ神霊の世界に触れるためのいちばんの近道だし、夢のなかでこそ力の領域が開かれてくる。」【夢見の技法】
あるいは、草薙素子が潜水してゆっくりと浮かび上がってくる時に、もう一人の自分とキスをするようにすら見えるシーンに、自我を形成するという鏡像関係を見てしまってはいけないのだろうか?
念仏者は阿弥陀仏との鏡像関係内で宙吊りになっている。ちょうどあてにならない恋人の心にむかって愛の告白を続ける主体が、不確かな他者との鏡像関係内で宙吊りになっているように。【極楽論】
また、攻殻機動隊の中のキーワードには、創発やネットワーク理論を思わせる言葉が多いことに初めて気づいた。「上部構造への移行」、「多様性」、「死」、「ゆらぎ」、「融合」。
特に草薙素子の最後の台詞は象徴的だ。
もうここには少佐と呼ばれた女も、人形使いと呼ばれたプログラムもいない
創発現象が起こってあらたな構造体が形成されれば、その構造体を形成するノードとはレイヤーが違ってしまう。
おっと、「チベットのモーツァルト」という主題から離れたところへ来てしまった。
■追記 平成17年12月16日
![]() | 攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL サントラ 川井憲次 BMGファンハウス 1995-11-22 by G-Tools |
攻殻機動隊のサウンドトラックを聞いていたら、あの「ぬえ娘」達よりも太鼓の音が基調なのだと気づいた。しかも、オープニングの打撃音は単発というかひとつ、ひとつが孤立しているのに、「人形遣い」との「融合」に近づくにつれ、軽やかで、つながりをもった太鼓の音楽になっていくような気がする。もう最後は、宗教音楽にも近いところまで行っている。太鼓の音はエッジの生成の時の音なのだ。
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