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2006年2月27日 (月)

「経済人の終わり」の感想

finalventさんが以前ドラッカーの追悼文とも言うべき文章を書いておられ、ドラッカーの最初の著書の「経済人の終わり」とほぼ最後の著書の「明日を支配するもの」について触れておられた。かなり興味深く両著を読ませていただき、ドラッカーに見事にはまった。

はまると人にすぐ勧めるのが私の悪いくせで、「経済人の終わり」をある友人のうちに遊びに行ったときに、無理やり読んでくれとあげてきてしまった。それでも、律儀な友人なので、ちゃんと読んでくれ、わざわざ先日感想を送ってくれた。うしれかった。

このブログを読んではいないだろうけど、ありがとね!

本書を読んで、すべての主義主張、すべての合理的な考え方、すべての哲学と宗教に失望し、否定したいと思っている人間集団こそが全体主義を産むのだというドラッカーの直観のすさまじさを背筋に感じた。そして、その全体主義という創発現象は極端から極端に走るとドラッカーが予想したとおり、ヒットラーはユダヤ人の虐殺に走った。当初は誰も強制されたわけではないのに、満員電車と同じで、いつのまにか人が集ってきて、「空気」が生まれ、全体主義が生成されたのだ。

感想を送ってくれた友人が書いてくれたように、この問題は、現代に至っても解決していないのだと私も思う。いや、「下流社会」などという言葉で経済的成功を夢見ることをあきらめ、冷笑的な態度とマスコミの表面的な情報で全ての権威に失望し、ブラックボックスな技術の理解を到底無理だとねを上げてしまい、ネット界隈の表面的な議論の激流についていけず、リアルでの行動に行き着かないでいる今の日本人こそが真剣に全体主義の恐怖を自らに問うべきなのだと思う。

別な若い友人が全体主義とアダルトチルドレンの比較をしておられたが、非常に共感する。


一九二三年十一月十一日、二〇〇五年十一月十一日 by finalventさん

447837211X「経済人」の終わり―全体主義はなぜ生まれたか
P.F. ドラッカー Peter F. Drucker 上田 惇生
ダイヤモンド社 1997-05

by G-Tools
4478372632明日を支配するもの―21世紀のマネジメント革命
P.F. ドラッカー Peter F. Drucker 上田 惇生
ダイヤモンド社 1999-03

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4532312329ドラッカー20世紀を生きて―私の履歴書
ピーター・F. ドラッカー Peter F. Drucker 牧野 洋
日本経済新聞社 2005-08

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「経済人」の終わり―全体主義はなぜ生まれたか @ はてな

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コメント

律儀な友人とは、私のことでしょうか?律儀に読んでしまいました。

ところで、ドラッカーは、「魔物」として「恐慌」と、「大戦」を挙げていたように思われます。

「恐慌」への対応は、ドラッカーの当時に比べて、どうでしょうか?随分と軽症で済んでいるように思われます。

「大戦」も、ありません。

私たち現代の日本人は、新たな「魔物」に襲われているのでしょうか?襲われているとしたら、その「魔物」とは何なのでしょうか?襲われていないとしたら、全体主義の危惧は不要?

ドラッカーの分析がすばらしいと思う一方で、自分の分析が、現状を直視していないかもしれないと思って、焦ります。

投稿: koichist | 2006年2月28日 (火) 10時12分

koichistさん、おはようございます、

先日の勉強会でも話題になったのですが、表面的には止まっているように見える現象でも、実際には大きな力がいくつか働いていてその釣り合いで表面的にはことなきを得ているという面があるように思われます。

これまた先日の勉強会の話題なのですが、生物種や貨幣などでも一見安定しているように見えて、中立説ではないのですが、内部になんらかの構造変化が蓄積されていて、金属疲労的な崩壊につながるということが観察されていたり、シミュレーションで示されていたりするそうです。

私も杞憂に終わることを切に願うのですが、ここまでうまく動いてきてシステムがここのところの一連の事件を見ていると、大きな断絶がこれから生じるのではないかという気がしてなりません。

そして、この断絶を受け止められるかどうかというのは、現在の30代、40代の方々がどのように国内外でリーダーシップを発揮するかにかかっているのだと私は信じております。

投稿: ひでき | 2006年2月28日 (火) 11時27分

koichistさんへ

初めまして、とおりすがりの者です。
ドラッカーの言う「魔物」について一言。
彼は『経済人の終わり』の70ページにおいて「キルケゴールやドストエフスキーならば、魔物にひるむことなく、正気でいることもできる。」と記述しています。彼らが立ち向かっていたモノが何であるのかを考えれば、その「魔物」とは何なのかが見えてくるような気がします。

投稿: nameless | 2006年9月 5日 (火) 18時33分

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