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2006年2月 7日 (火)

ソーシャルソフトウェアと企業内検索システム Weak Ties in the Company

最近、確かに集団知というのはあるのかもしれないという気になっている。これから書くことは、ほとんど教えていただいたことばかりだ。

教えていただいた方に私の下手な記事で御迷惑をおかけしてはいけないので、その方々のお許しをいただくまで、あえてお名前をあげるのを控えさせていただく。

まずは、これもその存在を教えていただいた昔なつかしのClay Shirkyの論文から話を進めよう。

Shirky: Social Software and the Politics of Groups by Clay Shirky

この論文は、2002年と多少旧いがなかなか面白い。"Social Software"とは、ブログやRSS、SNSといったコミュニケーションを広げ、コミュニケーションを深めるソフトウェア環境のことを指しているのだと受け取った。Shirkyの考えは、いま夢中になっている「開放系の組織論」に様々なヒントを与えてくれる。論文中でShirkyはネット界隈を意識して書いているので、明確な「組織」の外枠の定義が与えられていない。しかし、Shirkyの考えを企業とか、国にあてはめればかなり私の「開放系の組織論」のイメージに近いと思う。先日私も書いたように、Shirkyも「どのようなバリアーを設けるのが最もよいか?」という問題を、ネット界隈における認証の問題を含めて考えている。やはり、境界が問題なのだ。

ただ、私の感覚では個々の参加者のふるまいを方向づけるのは「教育」ということになるのだが、Shirkyだと「Constitution(憲法)」になってしまう。私だと組織論を論じながらいつのまにか親子の関係に行き着いてしまうが、Shirkyがこうした問題を論じると、"political"な話になる。"political"という言葉から、「義理と人情」でも、「情緒」でもなく、「力」と「利害の調整」であるという感覚、そして人々の利害は決して一致しないと言う前提があることが伝わって来る。

そして、「政治的問題」が「力」に焦点をあてるかぎり、ネット界隈における現代のオストラシズム(村八分)に必ずつながると思う。つまり、ルール違反者をどう排除するかという問題だ。

では、企業内で"Social Software"を利用しようとするとき、どのようなことが考えられるか?渡辺聡さんのすぐれた記事によれば、企業内のデータと外部の検索がシームレスにつながるような製品が出始めているのだという。要は、グーグルデスクトップが他の人のパソコンだの、企業サーバーだのまでその魔手を広げているというイメージであろうか。

エンタプライズサーチ事始め by 渡辺聡さん

この記事にあるように多種多様な非常に広い範囲で企業内に分散して存在するデータの検索ができるようになるということの価値は高い。たまたま先日ある知人の会社の電話番号を調べる必要があって、戯れにグーグルに対象の人の名前をいれてみた。すると、ウェブ上の検索の上に大昔に作ったエクセルの表に入っていたその人の名前と電話が表示されていた。こうした「弱い紐帯」的幸運が企業内のデータすべてに対して働くのだとすれば、生産性は飛躍的にたかまりそうな気がする。

「開放系」な組織設計という観点からいえば、こうした企業検索システムの利用者にとって外部をどのように定義し、どのように見せてあげるかが焦点になるだろう。PageRank的な評価を含めて、企業検索システムの中に企業内外の環境、内外のデータに対する企業全体からの評価を入れて見せるということは、企業は生物と同じで外部とのやりとりにこそ価値を産む源があるという原則から言っても、必要なことのように思われる。負の価値観を示す極端な例を想像すると、グーグル村八分の企業内版といった感じになる。

また、そこまで恣意的でなくとも、検索システムとSNSやソーシャルブックマーキングを連携させると、その企業の構成メンバーの中で、価値観を共有させる機能を担うことが可能になるだろう。最近のリアルとブログ界隈の微妙にシンクロの具合を見ていると、「ものそのもの」の語る価値よりも、その「もの」に対する人々の共通らしく見える評価がリアルにおいても具体的な価値を持ち始めているのだと思うことが多々ある。企業内でも、一般に流布される公式の評価と、ある程度非公式で匿名的な評価が価値をもりうると言えまいか?

ブログ界隈におけるその一つの極は当のマスコミに対する評価になるのだが、ややこしくなるのでここではこれ以上ふれない。

別の見方をすれば、こうした企業検索システムは企業内の個々人の評価にもつながる。多分、企業検索システムを使って、企業内のデータや帳票、プログラム、ウェブアプリケーションに対するPageRankのようなランク付けを、常にダイナミックに生成することは可能であろう。企業内で多くの人々が使えば使う程、そのファイルやリンクの価値は高まり、それを作成した担当者の評価も高くなるといことだ。これまで暗黙のうちに評価されていた企業内で作成された帳票やデータベースなどの参照リンクが一人一人の構成員の評価につながるのだ。公正な評価とは言えまいか?

また、もうすこし広い意味で企業検索システムを"Social Software"だととらえれば非公式とされてきた社員間の繋がりもSNSのように可視化されるのだろう。やはり、どこまで言っても「情報というのは情けの報せ」であって、かなり独自の人間関係に左右されると私は信じる。この辺の人と人とのつながりも、公式の組織とは少しだけずれたSNS的なつながりを誘発するような仕組みが企業検索システムの利便性とならんで、"social software"の価値となってくるのだろう。

しかし、実はこうしたsocial softwareが有効であればあるほど、自己組織化臨界現象というか、企業の中でマイナーなんだけどしぶい役割をしている人が、金太郎飴培養基と化した企業内検索システムの中で埋没するのか、うきあがるようになるのか確信がなくなってきた。

それにしても、私のようなものがこうした議論に加わりうるということだけをもってしても、ブログ界隈あるいは"Social Software"が誘発する「集団知」の証明となりうるのではないだろうか?

■参照リンク
書評「ウェブ進化論―本当の大変化はこれから始まる」・上 by R30さん
Googleが変えたもう一つのもの by 二流さん

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