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2006年3月16日 (木)

ブログ界隈における生態学的地位と適応度地形 Landscape of Blogosphere

お前の文章は本当に読みにくいといろいろな方から言われる。言葉もよく分からん、内容もよく分からん、一体なにを考えているのだと言われる。当然、ここで深く反省して、「伝わる」文章をどう書くかという話をすべきのだろう。

[書評]伝わる・揺さぶる!文章を書く (HPO)

しかし、今日はちと違う方面からこの問題にアプローチしてみたい。私の書いた文章とそのアクセス数に注目する。昨日の深夜、随分以前に書いた文章をこのブログにアップした。

個と全体 Ethics as an Archetype  (HPO)

この日付で分かるようにこの文章は、7年近く前に書いた文章だ。ま、そもそも7年前からこんな自己満足の悪文しか書けないし、いまも進歩していないという恥さらしをしているだけだ。

言いたいのは、この文章を7年まり置いてあったあるホームページで稼ぐ1年余りのアクセス数を、(恥ずかしいので具体的な数は出さないが)この一日で稼いだ。この違いはどこから来るのか?

言うまでもなくURLの持つリンクの価値がここに現れている。アクセスを受ける、アテンションを受けるという意味では、このブログは以前のホームページの365倍の価値があるということだ。

[書評] リンクと力:ウェブ上でリンクすることの政治経済学 (HPO)

「適応度地形」といってなんのことか分からない方が多いだろうが、生物の進化を環境と私物種間の相互作用としてとらえたときに、進化の方向性をあらわすのに使われる概念だ。簡単に言ってしまえば、生物種でもあなた自身でも、進歩を目指すときに「局所的適応」というタコツボにはまってしまうのか、進化を続けられるのかを説明する概念だといってもいい。男女がなぜ惹かれあうかは、お互いに大きく違う情報をもっているためだと説明する概念だといってもいい。

[書評]ピーターの法則 peter revolution (HPO)

女が男を選ぶとき Up side down, you've turned me!

しかし、実にイメージしにくいことは確かだ。

ふと考えてみれば、文章を置く場所をURL上で変えてやるだけで、アクセス数が違うということ事態が実によく、適応度地形の具体的で実感できる性質を示しているということに気づく。このネット界隈というのも、サイトを生物種と考え、disるのも、インスパイアしあうのもリンク(ネットワーク)だと考え、アクセス数を進化を促進する生物種の得る何らかの利益だと考えれば、実によくこの適応度地形を具体的なモデルとして現前させていることになる。

あたりまえの話だが、研究者の方々はとうの昔にこのアナロジーに気づいていらっしゃるようだ。

結合適応度地形とネットワークダイナミクス (PDF) by 中里研一さん、有田隆也さん

今回得られたシナリオを、現実のネットワークに置き換えて考察してみると、例えば、WWW の場合で言えば、更新頻度の高いサイトほど多くのリンクを集める傾向が発生し得ることを示しており、WWWに優先結合が生じる理由はこのような機構に依っている可能性もある。また、商業ネットワークであれば、商売相手の多い商社と、その商社の企業戦略の変更頻度との相関、その結果による優先結合的な現象などもあるかもしれない。生物のネットワークであれば種の進化の速度、頻度と相互作用のネットワークのトポロジーとに何らかの関係が存在する可能性がある。

最後に気づいてぞっとすのは、このWWW、ネット界隈を具体化された適応度地形だと考えると、「進化」の勾配(方向性)を決めているのはPageRankであり、グーグルさまであるということだ。自分自身がブログを書くことにより感じている小さな幸せや、大きなフラストレーションを、一企業に握られているのだと感じるとなんともいえない気持ちになる。


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コメント

Googleについてぞっとする感覚は、昔(四半世紀前)IBMについて若かった私たちが感じていた1984的なものよりずっと具体的なものですね。 ある意味ではマトリックスの世界に近付きつつあるような。 ここから抜けるにはどうしたら良いのか、正直言って良く分かりません。 ただ、今となってはGoogleが「邪悪にならない」なんていう寝言を唱え続けても、それを真に受ける程純真では居られない、ということです。

投稿: 島崎丈太 | 2008年12月28日 (日) 09時46分

Jotaさん、

コメントありがとうございます。

「ハイペリオンの没落」という小説があります。ビッグブラザーやヒットラーのような明示的な「独裁者」ではなく人々の生活の中に隠れた寄生虫のような形の独裁を描いています。Googleにも私は同様な危険さを感じています。また、その原動力である広告という「無償贈与」の主体は無限ではありません。

投稿: ひでき | 2008年12月28日 (日) 11時55分

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