2006年3月13日 (月)

貨幣はセックスから生まれた? Sexuality, Information and Currency

前に上野千鶴子の処女喪失作である「セクシィギャルの大研究」を読んでから、貨幣の最初はセックスから始まったのではないかという妄想が頭から離れない。

[書評]セクシィ・ギャルの大研究―女の読み方・読まれ方・読ませ方

上野千鶴子は本書で見事に性的な記号が原初的であり、普遍的であることを証明してみせたと思った。唇に指を重ねるしぐさ、背中を向けた女性がふりかえる姿、みな見事にセックスと関連している。かつ、ひとつひとつのしぐさや姿勢が一定の記号という単位を持っている。

つまり、セックスとはヒトにとって価値を持つ単位であるということだ。そして、ヒトはヒトが欲望するものを欲望するという真実から、セックスが貨幣に成り得たのではないかとい妄想が誕生した。

しかし、それ以上には貨幣とセックスの関係についての思考の糸口がつかめなかったのだが、先日、palさんのぶくまを見ていてひらめくものがあった。

要は、セックスとは一番原初的な情報の交換であり、生物にとってもの一番大事な財産の交換なのだ。一番原初的な交換様式であるセックスがヒトにとって記号であるなら、モノである貨幣にセックスの担う記号と機能を付与できないはずはない。

男が女を選ぶとき (HPO)
女が男を選ぶとき (HPO)

様々な道具を作る生き物としてのヒトが地上に出現する以前は、生物個体の持つ資産とは遺伝情報そのものであった。そして、カウフマンが言うように単性生物からメスとオスという性を獲得することにより、適応度地形における位置が著しく異なる生物資源を持つ個体が情報交換、財産の取引を行うことに成功した。セックスという取引により効率的な共進化の可能性が生まれたのだ。セックスが可能な限り自分と違う個体、つまり適応度地形における距離が大きければ大きいほど、より価値の高いということになる。

これは現代のヒトにおいても同様ではないか?ヒトは、自分と違う生物的資源、背が高いとか、力が強いとか、男っぽいあるいは女っぽいことにより自分と体つきが違うとか、いうことに性的な魅力を感じるのではないか?これは、ブログ界隈という高度に身体性が問われないコミュニティーにおいてもモテ、非モテが論じられることとも絡んでくるように思う。

こう考えたときにヒトの性が非常に記号的であるということは、ヒトと他の生物を比較する上で示唆するところが大きい。人間の性は、生物資源としてのセックスから初めて分離され記号的にオスはメスを、メスはオスを欲望するのだ。そして、直接のセックスから分離した記号の交換が現代の私達の感覚でいう商取引に結びついたのだと私は信じる。

サルとヒトの祖先が枝わかれするより前、多分ご先祖様たちが群れを作るようになった頃から、遺伝情報を交換するという生物的な取り引きから分離した、性的な記号の交換を擬似的に行うことがスタートしたのではないだろう。

他の動物と異なり、1年のいつでもセックスが可能なくせに、長い妊娠期間のためにセックスのできない期間が長いヒトにとって、オスとメスがつがいでいるためにも疑似的なセックスとして記号が必要だったのではないだろうか。オスがメスに性的なアピールを記号的に供給し続けなければあっというまに捨てられてしまうのは、自然界あるいは人間界、ブログ界隈のどこを見ても真実のようだ。

共通のご先祖様から現代に至るまでの一体どの世代から、同じ種族の中で死ぬまで群れの中の地位をめぐって争い始めたのか知りたいと思うのだが、暴力に至る以前に、オス同士のメスをめぐる程度記号的な争いと、メスとオスをめぐる記号的なやりとりが先に発生したのではないだろうか?あるいは、本当の力と力のぶつかりあいでの絶滅戦を行う変わりに、自身のセックスの能力を誇示することによるよりマイルドな序列を作ることもできるであろう。

本当は、「文明」といえるものが芽生えた後でも、ついこの間まで性的な活動を通じた繁殖こそが人間にとってすら財産の全てであったと行っても過言ではないだろう。

言語の発生とヒトのセックスの記号性の獲得とでは、セックスの方が先であったろうと思う。言語と性的な記号がどれだけからんでいたかは私には現時点で判断できないが、言葉を獲得した私たちの祖先は、確実に性的な記号をより言語の延長として性的な記号を分離させようとしたに違いない。どの時点からセックスを記号として独立したものとして取り引きの対象にしはじめたのかだろうか?どの時点から、貨幣が性的な意味を喪失していったのか?

いずれにせよ、性と取り引きが非常に結び付いたまま社会が発展し、性の大体物として貨幣が発生したために、貨幣には常に性的な形態が付与されてきたのではないだろうか?

[書評]相対幻論 (HPO)

■参照リンク
ファルスとしての貨幣 by 永井俊哉さん
市場が貨幣を作る by Hicksonianさん

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2006年3月 5日 (日)

黄金比ってべき乗則なの? Golden Ratio and Egology

思い出せばバナナフィッシュを読んだときから、フィナボッチ数が気になっていた。フィボナッチ数と黄金比の話を読んだのだが、これはフィボナッチ数列が生物の増殖と関係があり、べき乗則のカーブを描いているということではないだろうか?

さっそく、エクセルで作ってみた。前の前の数と、前の数を足すというだけの簡単な数列なので、すぐにつくれる。

Xn=Xn-2 + Xn-1

フィボナッチ数列 比率
1  
1 1
2 2
3 1.5
5 1.666667
8 1.6
13 1.625
21 1.615385
34 1.619048
55 1.617647
89 1.618182
144 1.617978
233 1.618056
377 1.618026
610 1.618037
987 1.618033
1597 1.618034
2584 1.618034
4181 1.618034
6765 1.618034
10946 1.618034
17711 1.618034
28657 1.618034
46368 1.618034
75025 1.618034
121393 1.618034
196418 1.618034
317811 1.618034
514229 1.618034

エクセルの表示桁数だと17番目の数字からほとんど、前後の数字の比率が変わらない状態になる。本当に単に足し算をしているだけなのに、不思議だ。

この数列をグラフ化してみた。

golden-ratio

完全に重なっているので見えないが、指数関数の近似式がR^2=1で完全に一致しているのが分かる。

y = 0.4509e ^ 0.4811x

これはすごいことだ。単なる足し算から自然対数の関数が出来てしまうということだ。ただ、残念ならがこの時点でべき乗則とは異なる曲線なのだと分かる。

あまりに美しすぎる話なので、なぜ?とググってみたら、すぐに答えが見つかった。

黄金比からフィボナッチ数列を作る by 上村さん(?)

【はまぐりの数学】 by 上村さん(?)

なるほどぉ!この上村さんという方は学校の先生らしい。やっぱり、すばらしい先生というのはいまもいらっしゃるわけだ。

結局べき乗ではないことがわかったが、エクセルの近似式が貝殻や生物の姿と関わる螺旋の式に近いことも分かった。エクセルがはじきだした対数の係数は黄金比なのだね。

a=log(1+√5)/2=0.481262…

なんでこんなに簡単な数列から、自然対数や黄金比が出てくるのか?不思議でならない。フィボナッチ数が「数の悪魔」に出てきたときは、うさぎの繁殖を表す数列として出てきた。

失礼を承知で、自然界の現象とフィボナッチ数について上村さんが書かれている部分を引用させていただく。

(9) 植物の葉序とフィボナッチ数

 このサイトでは、あちこちにフィボナッチ数や黄金角について出ていて、統一してありません。そこで、ここにまとめてみます。

最初の疑問  『なぜ松笠には、5,8,13本のらせんが出てくるのか?』

(1)多角形の外角は常に360度である。そのことから,「分数多角形」が定義できる。

(2)この「分数多角形」を使って、植物の葉序を調べることができる。

(3)すると、葉序は一つとびのフィボナッチ数の「分数多角形」となる。では、なぜ、フィボナッチ数が出てくるのか?

(4)花も葉の進化したものだとすると、葉序と同じで松笠やひまわりの花(種)も「分数多角形」で現すことができる。

(5)松笠やひまわりには「らせん」が現れ、この本数がフィボナッチ数となる。

(6)「分数多角形」を少しずつ成長させると「らせん」が現れる。その「らせん」の数は外角の大きさで決まる。

(7)一つとびのフィボナッチ数の分数の極限は黄金比になり、その「分数多角形」の外角は黄金角(137.5°)になる。

(8)黄金分割からフィボナッチ数が出てくる。また、黄金分割と黄金角は同じものである。そして、フィボナッチ数の一般項から,黄金分割や等角らせんとの関係が明らかになる。

(9)逆に,黄金角で葉序をつくると,全てのフィボナッチ数が現れる。したがって、植物は黄金角で回転しながら葉(花、芽)を造っていると考えると、今までのことが全て説明できる。

(10)では、植物は黄金角を、どうやって識別しているのか?(未解決!)

そういえば、随分以前に社会的なネットワークの仕組みを想像していたことがある。なんとなくフィボナッチ数に行き着くのではないかという予感があった。実際には、社会ネットワークではべき乗則にたどりついた。いずれも数学的には似ているという印象を今回改めて持った。

世界は美しい。

■追記 平成18年3月10日

ミルカさんとフィボナッチ数列 by 結城浩さん リンクをいただき、ありがとうございます。そして、(1+SQRT(5))/2は黄金比であるということですね。


4152086912黄金比はすべてを美しくするか?―最も謎めいた「比率」をめぐる数学物語
マリオ リヴィオ Mario Livio 斉藤 隆央
早川書房 2005-12

by G-Tools
4794964544数の悪魔―算数・数学が楽しくなる12夜
ハンス・マグヌス エンツェンスベルガー Hans Magnus Enzensberger 丘沢 静也
晶文社 2000-08

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そういえば、「バナナフィッシュ」に知能検査の問題としてフィボナッチが出てきてたな。

4091324517Banana fish (1)
吉田 秋生
小学館 1986-12

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2006年2月 2日 (木)

開放系の組織論 nonequilibrium open system

結局、これは、自分の認識の限界線をどこに設けるかという範囲の問題だ、と。

ある程度「閉じた」コミュニティーであれば、「海辺の生と死」が描いた世界がそうであるように、生産も取引も、個人と個人のつながりも、結婚と家庭生活も、基本的にはそのコミュニティーの中で行われる。信頼というものもそのコミュニティーの内で閉じているので、「評判」だの「家」の評価などが、個人のあらゆる面で同じ尺度、同じ評価がついてまわることになる。

4122014034 海辺の生と死
島尾 ミホ
中央公論社 1987-03

by G-Tools

しかし、「海辺の生と死」のような静的な世界でも、船に乗った芝居の一座は来るし、新聞も届く。第二次大戦も軍隊の駐留という形でやってくる。「外」と一体的に称される世界があり、自分たちの生活に大きな影響を及ぼしていることも、「外」がなければ「内」もないということも理解できている。

閉じた世界の中では、資本の蓄積もおだやかな形で行われるのだろう。

今日という現代に近づくに連れ、世界がどんどん一体につながって来ているにもかかわらず、ヒトの認識の地平は広がっていないことに、大きな矛盾がある。なにを外部経済として定義し、なにを自分のコミュニティーの中に取り組めばいいのか、非常に定義をあいまいにしながら生活している。しかし、SNSの研究が示すように、リアルにおいて世界はあなたと六次以内でつながっている。そして、今はその関係性を可視にすることすら可能な時代になった。問題は、6次のつながりをいかに日々の生活の中で実感できるようにするかということだ。

私は、いわばコミュニティーをホップしながら、リアルの生活でも、ブログ界隈の生活でも、幾重にも重なった希薄なコミュニティーと帰属感を縦に行ったり来たりしながら、自分の「生活」というファンタジーをつむいでいる。

6次のつながりで相互作用するというネットワークとして社会をとらえることは、面白い思考実験であるかもしれない。

統計熱力学の諸研究が示すように、ネットワークという多体モデルの個々の要素の特異な動きというのは、相互作用をおこすなかで小さなカオスを生み出し、小さなカオスとカオスの間で打ち消しあってしまうのだという。カオスとカオスの衝突の中で、ひとつだけ確実なことは、多数の参加者から構成される社会ネットワークもきっと時間非可逆であり、決してあともどりできないということだ。そして、確率的な密度の差があってもヒトの世の未来はエルゴード的であって、すべての状況をとりうる可能性が高い。

4627153015 時間の矢 コンピュータシミュレーション、カオス―なぜ世界は時間可逆ではないのか?
ウィリアム・グラハム フーバー William Graham Hoover 志田 晃一郎
森北出版 2002-04

by G-Tools

情報の伝播を統計熱力学的に見るとすれば、情報はカオス的なさざなみのように伝わるはずだ。赤インクがコップの水に広がるようにさまざまな濃淡を描きながら、さまざまな螺旋を描きながら、次第に拡散していく。細かい情報の振動はその社会ネットワークの構成員のつくるマルチフラクタル、マルチカオス的な情報の振幅との比で決まるだろう。

熱力学モデルのように、社会全体をヒトの相互作用ネットワークモデルとしてとらえることが可能であれば、多分モデル化に必要なヒトという参加者個々のパラメーターは限定されうる。熱力学では、個々の粒子の運動ベクトル、摩擦係数という相互作用の大きさなどでモデル構成される。しかし、多数体で構成されるモデルをあつかうときは繰り込み理論と同様細かいパラメーター設定によらず全体として一定の振る舞いをするのだろう。

社会ネットワークでも熱力学と同様のモデル化が可能であれば、社会ネットワークモデルの外形を決める境界の設定と、外部とのパラメーターやりとりの仕方、そして参加者であるヒトであれば生活習慣ともいうべき適用される個々の振る舞いの仕方を定義できれば、その巨視的振る舞い不安定が安定か、永遠の軌道を持つカオスなのか、周期モデルであるのかといったレベルでは予測できる。

もし、このとてつもない推論が正しいのだとすれば、社会ネットワークの境界の定義と、おおまかな個々の参加者の振る舞いが、全体のふるまいを決定しうるのだということになる。社会ネットワークの対象とするレベルを会社とすれば、どこまでを会社の内とし外とするか、会社の中と外とでどのようなやりとりをするのか、個々の社員の役割をどうあたえるかにより、おおまかな会社全体の振る舞いは決まる。国レベルで見るとすれば、外交と国防の仕方、そして国内の教育と法の制定と法の遵守を大まかに考えれば、巨視的な振る舞いがシミュレーションしうる。

そして、会社のマネジメントとは、社員に会社の「外」とはなにかを定義し、「外」とどうやりとりするかを教えることになり、政府の政策はよき結果を列記するのでなく、よき原因を定めることになるのだろう。

ぐるっと思考をひとまわりさせて、ヒトがどこまで「こいつには裏切ったと思われたくない!」と思えるつながりというのは、つまりは距離のべき乗として分布するのだろう。ホップのたびに急速に減衰し、ロングテイルといわれるかたちで長く一定のレベルを保つ。近い方々には決して嫌われないように行動し、ながいホップでつながる「社会」についてはゆるやかにほんの少しだけ責任を感じている。この視点からもやはり、自分がつながりを感じ、その構成員に対して責任のある行動をとれる境界がどこであるかを定義し、それを指し示してやることが一番大事であるのだと感じる。

そう、そして、欲望も平準化されるのだろう。

■余談

今朝、妻がプリントを心配そうに見ていた。「断片的な情報に左右され、ひととのつなりを実感できず、自分も愛せない新しいタイプの子ども」が増えているという内容だったそうだ。それを見て、「結局、母親との関係が基本よね。母親としっかりした絆ができないで、誰と絆をもてるのよ。」と言った。ちょっとくやしいが、結局それが本稿の本当の結論かもしれない。

■参照リンク
境界定義が曖昧になるネットとエンタープライズ by 渡辺聡さん ありがとうごぞいました!
魚は潮の流れの良いところに棲む by 飯田哲夫さん
[雑記]最近の主な判決 平成18年1月20日脳内最高裁大法廷判決 by fer-matさん
アテンションエコノミーとかについて思うこと by palさん
「日本教」モデルをネットワーク分析する (HPO)
[ゲストブログ] 物理界隈から見たべき分布と相転移 (HPO)

■訃報 h19.3.28

島尾ミホさんが亡くなったとfinalventさんの日記で知った。

[書評]海辺の生と死(島尾ミホ) by finalventさん

島尾ミホさんが感じていた世界の在り様が見事に描かれていた。島尾敏男に会いに行くところがクライマックスなのではあろうが、私は牛の話とか、女物の着物を着た傘なおしの男の話に惹かれた。いま私がどっぷりとつかっている世界の在り様とは違う世界がそこに確かにあったのではないだろうか?失われた世界よふたたび、とは決して言いたくない。ただ、なにか人が生きていくために必要な心性を目先の経済的豊かさとおちこぼれるかもしれない恐怖のあまりに、忘れてしまっているのではないかとう漠然と感じる。

生きていくために、人が人であるための感性を島尾ミホさんは確実に持っていらした。そう思う。

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2005年7月 5日 (火)

人は変われないのか? revolution or devolution

最近、あるプロジェクトを傍観させていただく貴重な機会があった。そのメンバーの方々がどれくらいすばらしい活躍をされたか、いかに短期間ですごい結果を出したかということなどは、諸々の事情でここで書くことはできないが、非常に刺激的な体験をさせていただいた。ありがとうございます。

私なりにこのプロジェクトを概観すると、結局全くルールが存在しない荒野から新しい体制を自分で作るということができる人は非常に少なく、大半の人は今までその人がいた世界のアナロジーで新しい世界を見せてあげるて始めて、安心してはまってくれるのだということだ。ものすごく少数でも、荒野を自分で切り開いた人には、確かにそれなりの報酬があるように見える。しかし、大多数の人は荒野に出ようとしてもほんの一歩二歩歩き出してそこでとまってしまう。逆に、普通に人が社会で生活するような仕組みを与えてあげると非常に多くの人がそこここの道を歩き始める。多くの人が歩きはじめると、荒野を切り開いたときほど広い道ではないにせよ、多くの小道ができる。そして、このプロジェクトでは、後者が通る道が構造的にも社会の写像として捉えうることを見事に示していたように、私は感じた。マーケティング的に言えば、道具立てというか、そこで使われるテクノロジーは一緒でも、その見せ方、そのアナロジーの与え方が決定的なのだと知った。森さんのおっしゃるように人はやはり見たいものしか見ないのだろう。

「信じたい心」を増幅するネットワーク by 森祐治さん

もうちょっと言ってしまえば、テクノロジーが進んでも、そのテクノロジーが切り開いてくれた新しいレベルの人のあり方であっても、そこに集う人の特性の集合体でしかないということだ。言葉を変えていえば、人はそのテクノロジーを以前から持っている自分の枠組みでしか理解しないし、人は自分で自発的に変わろうとしないということだ。全く新しい環境に押し出されたときでも、人は見たいものしか見ない、行動して習慣になっていることしか行動できないものなのだろう。

そして、人はかなり早い時期に「見たいもの」の枠組みを作ってしまうように私には思える。場合によっては、一定の年齢を過ぎると一生そのものの見方を変える必要すら感じなくなってしまう。

人は見たいものを見る by 山口浩さん

なんというか、結論めいたことを書いてしまえば、テクノロジーの進歩そのものが人の行動を変えるというわけではなく、どういう人がそのテクノジーを使うのか、そのテクノロジーを使って変わろうとする少数の人がどれだけ影響力を持つかが、真にテクノロジーが社会を変革し、人の行動を変えうるかという試金石になるのではないだろうか?テクノロジーの導入時期が常にエキサイティングでなにか特別なことがおこりそうだと感じられるのも、そのごく少数の人たちが純度高く集まってくるからなのかもしれない。大多数がついてくるときには、大多数がフツーに所属している社会の反映にしかならない。

ちょっと唐突だが、蔵本先生は「新しい自然学」の中で、レンガつくりを例に出して「創発」概念を説明している。レンガの材料の特性、レンガの製造技術、レンガを積む技術、レンガを使って建物を作る建築家のそれぞれのレベルで、ひとつ下のレベルの特性にその上位のレベルは依存しているが、下のレベルから上位のレベルを導出することはできないということだ。

現実界は一般に階層構造をなしていて、上位のレベルにいくごとに下位のレベルの法則によっては表現できない組織原理が現れる。これを創発という。

ニュータイプとか、そんな大げさなことを言うつもりもないのだが、社会というネットワークの形はノードである人の形に確実に依拠している。そして、現代という常に新しいテクノロジーが生み出されている社会において、これまで学習してきたことを白紙にすることがとても大事なのだろうが、人はなかなか忘れることができない生き物なのだ。そんなことを今回のプロジェクトで実感した。この意味でも、生き物に寿命があって、生成したものは必ず消滅し、次の世代が活性化するという構造が理解できるように思う。

■参照リンク
タダ働きが世界を動かす by essaさん すばらしいな、すばらしいな。ほんとうにすばらしいな。
モヒカン族と社会契約説と国家主権 by さいとうさん
SNSって出会い系サイト?人脈管理ツール?それとも? by 徳力さん @ FPN
[個人サイト][ネット][SNS]コミュニケーションの可視化が起こす問題  @ ARTIFACT@ハテナ系

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2005年6月24日 (金)

複雑ネットワークのお勉強道具 from Python to Pajek

先週末、家からネットがつながらなかった。家では某光ファイバーでそもそもつないでいたのだが、なんでもメタル某というサービスと某フレッツというサービスは、実線配線は同じ会社やっているそうなので、線の引き換え工事をしようとしたらしい。ところが、先週の金曜日に中途半端なまま工事をほったらかしにされてしまったそうな。ちょっと不便だった。

しかし、よいこともあって、つながらなくてもPC自体は使えたので先般からトライしていたプログラミング言語Python上でのネットワークのオブジェクト表現に時間をかけてトライできた。私にとってオブジェクトは初体験だった。二流さん、Pythonをご紹介いただきありがとうございます!私は、スクリプト言語とは、スクリプト(書かれたもの=文字列、リスト)の処理にすぐれているという意味だとばかり思っていたが、どうも違うらしい。

スクリプト言語 @ IT用語辞典

Pythonという言語は、とてもとっつきがよく私のようなBasicしか知らない者でも、なんとかなりそうな感じがある。対話形式なので、トライ&エラーを繰り返しながら動くまとまりを作って、それを関数なり、モジュールなりの形式でまとめていくということが非常に容易だった。特に、Windows用の対話環境のIdleで、前に書いたスクリプトのところで、エンターキーを押すと自動的にそこの部分の編集モードになるということを「発見」してから作業が一気に進んだ。

Pythonは、リスト処理がものすごく強力で、私のような初心者でもほぼ構想したものができた。二流さんの話によるとPythonでは変数全てをポインタで処理しているため、[hideki, "niryuu”, 3.141592, list01]といったリスト形式に実数でも、文字列でも、リストの中のリストでも、同列で扱える。そして、リストの何番目をもってくるとか、ループを組んで順番にリストの要素をいれていくとかの操作が実にエレガントにできる。これらの機能を使って、ノードとリンクをひとつのデータ構造体の中に収納し、ノードとリンクを追加したり、削除したり、特定のノードが含まれるリンクを検索したりできるようなオブジェクトを作ってみた。まだまだ、足りない部分冗長な部分はいっぱいある。

Network Model Pythonソース

ここまでこれたのは、ロボ平さんとの議論とか、二流さんのはげましとか、いろいろな方のお力をいただいたお陰だ。深く感謝したい。今後、これを実装してランダムネットワーク(グラフ)、スモールワールドネットワーク、スケールフリーネットワークを生成するプログラムや、多数決モデルのようなネットワークのダイナミクスをシミュレーションできるようにしたいと勝手に構想している。

あと、Pythonをいじりながら複雑ネットワークをお勉強するためにツールとしていくつか興味深いものがみつかったので、その辺をまとめたい。Python関連でも、いくつかのツールがあった。まあ、多分研究者の方々にはもう常識なのだろいうとは思う。

SimPy : Pythonによるシミュレーション用のパッケージ

お客がお店に並ぶ行列などのシミュレーションから、エージェントモデルのようなシミュレーションまで扱える(らしい)Pythonで作られたパッケージだ。日本語による解説から飛んでいった。

魅力的なPython: 複雑なモデルをシンプルにするSimPy by David Mertzさん

前々から、高安秀樹さんの研究に興味を持っていて、為替の価格形成のシミュレーションをやってみたいとおもっていたのだが、このパッケージのプロセスという概念でできそうに感じている。

ネットワークを分析、表示するプログラムもいくつか見つかった。

Pajek : ネットワーク分析フリーウェア

これは、「それゆけBioinformatics」のsoreyukeさんの解説に詳しい。いや、再読するともうこれ以上私がつけくわえることはなにもないですね(汗)。あ、だって次に紹介するつもりだったGraphvizまで紹介されている!

いや、やはり研究者の方って勉強されているんですね。感動してます。失礼いたしました。

これまた、いまさらの観があるが、フリーウェアで統計パッケージが出ていることにも感動しだ。まあ、これまたsoreyukeさんが使いこなしてらっしゃるようだし、本屋に何冊も関連書籍が並んでいるのだが、自分の備忘のために関連リンクを置く。

  • R:統計パッケージ
  • ダウンロード

  • 初心者用マニュアル
  • Rwiki:(Rについてのwikiサイト)
  • Rで統計:(私が最初にRを発見したサイト)
  • ■追記

    DanさんがRを「ガンダムにはじめて乗ったアムロのごとく使える」と言っているのでR。

    R - 汎用言語としても素敵なんでR

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    2005年6月18日 (土)

    [書評]不動産市場分析 & 不動産市場の経済分析

    4789224201不動産市場分析―不透明な不動産市場を読み解く技術
    清水 千弘
    住宅新報社 2004-05

    by G-Tools
    4532132339不動産市場の経済分析―情報・税制・都市計画と地価
    西村 清彦
    日本経済新聞社 2002-06

    by G-Tools

    先日、清水千弘さんにお会いしてい本を2冊もいただいてしまった。実は本書は、私のリアルの仕事とHPOにおける関心領域との間をつなぐような内容だった。

    おおよそこの2冊は、地価の分析、指標化に関する内容だった。清水さんの元々のご専門は、元々多変量解析だと聞いている。そこから、不動産価格の指標作りに集中されたのはさすがだ。ヘドロック法ヘドニック法という手法で、見事に不動産公示価をうわまわる精度の不動産価格を導出されている。

    多変量解析によって要因をさまざまに分析し、この手法により定量化された道路幅や面積などの「因子」を排除して、GISで分析すればその土地、その土地における「地価」というのが導出されるはずだ。そして、それは関東全体の地価分布図で色分けされたようになだらかな等高線になるのだろう。

    地価分布図 @ 東急不動産

    元々akillerさんからべき乗則を教えていただいた時も都市経済学との関連だったように記憶している。以前、人口について調べたときにどうも都市の人口の分布はべき分布的だということを記事にした。

    べき乗則と首都圏経済白書 (HPO)

    この類推で言えば、地価もきっと都市と同じようにべき分布とのからみがあるような気がしてならない。こうした試みの内にある「不動産市場分析」のp.90の地価のGIS分析を見ているとむらむらくる。昔やった、正規格子モデルの「集中シュミレーション」の山を思い出す。

    [書評] べき乗則、ウェブログ、そして、不公平さ (HPO)

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    2004年1月25日 (日)

    大学を出てからの歩み

    先日、大学の学部の同窓会からお声がかかり総会の後でお話をさせていただきた。若手を3人ほど呼んで、より若手の集客を増やそうというこころみだったようだ。自分自身も若い後輩のために一生懸命原稿を作っていったのだが、もうすでに功なり名を遂げた諸先輩、諸先生方だけを前に話をすることになった...そのときの原稿です。パワーポイントからPDFに変換してあります。

    「大学を出てからの私の歩み」をダウンロード

    2003/8/30

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