[書評] 「年金大改革―「先送り」はもう許されない」 by 西沢和彦さん
■年金をめぐる冒険
くりおねさんの記事に刺激され、本書を読んだ。
たとえば、米国人にとって公的年金とはなにか?感覚的に一番身近なのは、ソーシャル・セキュリティー・ナンバー(social security number)が公的年金の登録番号であるということだろう。ああ、もっとも本書によると米国では「年金」でなく「社会保障税(social security taxes)」という税金なのだそうだ。ソーシャル・セキュリティー・ナンバーは、公に自分を表す基本番号になっている。米国に住むようになると、なにはともあれ誰でもとらなければならないのが、ソーシャル・セキュリティー・ナンバーだ。免許証から学生証、銀行口座、医療保険まで、個人を示すありとあらゆるところに使われる。米国に住む人にとって、とてもなじみの深いものだ。そう、ちなみに詳細は知らないが米国民であるなしにかかわらず、米国に住んでいればとらなければならないものらしい。社会保険事務所にいったときに、賃貸契約書の提出を求められて記憶がある。
・Social Security Tax by IRS Frequently Asked Questions
翻って日本人に公的年金はなにかを問えば、「毎月給料から引かれたお金があとで返ってくるはずであろうお金」という程度の認識で、自分にどんなかかわりがあるのか、なんのためにあるのか、どんな役に立つのか、日常で関係があるのか、皆目感覚的に自分から離れてしまっているものだろう。年金手帳に番号なんかあったっけ?という感覚だ。
本当に公的年金はなんのために払うのか?公的年金制度はそもそもなんのためにあるのか?
この答えを本書、「年金大改革」を読みながら探していきたい。
■雇用コストからみた公的年金
本書を読んでいてなるほどと思ったのは、年金負担を雇用コストとしてとらえていることだ。
・P.38 (正社員として雇用できないのは)高まる雇用コストや 新規正規雇用を抑制している側面も否定できない。
・P.48(厚生年金制度は)むしろ常用雇用に抑制的なメカニズムとなっている。
あなたが給与所得者であるなら、一度や二度は自分の給与明細を詳細にみたことがあると思う。健康保険、雇用保険とならんで厚生年金、厚生年金基金などの支出項目があるのをご存知だろう。だが、案外盲点らしいのが社会保険の労使折半という制度だ。つまり、雇用主と労働者の間で社会保険関係については半分ずつ負担する。しかも、雇用主側の負担は給与明細には出てこない。つまり、あなたが給与明細を見て「ああ、こんなに厚生年金をとられているんだ。」と思う額と同じ額が会社で負担されている。いわゆる「福利厚生費」として、会社の財務報告書に記載される項目である。本来あなたの給与の一部を構成する金額なのだ。
そういやあ、本書における各国の年金制度で労使折半なんてどこにも出てこなかったけど、あるのかな?
私の住む県内で数十ものチェーン店を展開しているある会社では、正規雇用の社員は数人しかいないという。雇用コストの問題でけではないのだろうが、レジから店長にいたるまで、あるいは会社の事務のかなりのところまですべてパートなのだという。これは経営の面からみたら雇用コストを抑える意味で合理的だし、たぶん女性が多いと思われるパート社員にとってもいらない労使折半分などの費用を賃金としてもらえるとか、勤続しつづけなければいけないという会社の昇進の仕組みからのがれられるということで、それなりに快適なのかもしれない。だが、これでいいのか?国全体でこういう雇用形態が一般化したら公的年金制度は厚生年金も国民年金も崩壊するだろう。
あるいは、私の個人的な体験だが、従業員に自分が社会保険を負担しているという意識をもってもらうため、社会保険の会社負担分を給与明細に記載できないかを以前調査してみたが、社会保険労務士に強く反対された。「給与支給金額を労使折半分も含めて明示すると、それは給与に含まれますます社会保険費用が増えてしまいますよ。それに、そんなことをすると陰に陽にいじわるされるってうわさですよ。」といわれた。「いじわる」ってなに?
ちなみに、国民年金と厚生年金の一体化をよく政治家が口にするが、この会社分担分の「雇用コスト」は、どう手続きさせようというのか?被用者であった人が独立した場合は、いきなり公的年金負担額が倍になるのか?非常に疑問だ。
■厚生年金に年末調整はない
もっといってしまえば、本書の範囲よりはるかに微視的な問題だが、社会保険の手続きは非常に煩雑であり、非関税障壁ではないが「非金銭負担」というべき雇用の費用がかかっている。正直、私は私の所属する会社で毎月給与計算をしているが保険事務所への申告手続き、社会保険の変動の反映、社会保険労務士への報酬など、結構な手間と時間を費やしている。
給与計算をやっていて、一番腹が立ったのが、パソコンで計算している給与データを年に一度の賃金の報告書の提出でプリンターで出力したものをもっていったら、たった一項目出力の順番が違うというだけで拒否され、手書きで全部書き直させられた。私の使っているパソコンソフトメーカーによると、全国的にはこのパソコンソフトで出力した書式の方が一般的だというのに、この業別組合の書式とは違うのだという。ちなみに、繰り返すが出力した内容自体に過不足はない。順番が違っただけ。この精神的苦痛と時間は、"priceless"と叫びたくなるくらいひどいものだった。
ちなみに、厚生年金の負担は12ヶ月のうちの3ヶ月分の給与を各年金事務所に報告することによって決定される。最近、賞与も同率でかかるようになったので賞与のたびに報告しなければならない。これらの手間はまだしも、所得税などでは年末調整というものがあって年末に必ず実際に払うべき税金と控除額との差を計算して還付するなり、払い込むなりの手続きを行うのだが、厚生年金、厚生年金基金で年末調整が行われたとは聞いたことがない。つまり、かならずしも保険料率と払い込む額が一致しないままでも還付も、追加負担もない仕組みになっている。
・社会保険の保険料の年末調整? by [Y&K]無料相談センター
■マクロ経済的観点の必要性
本書の第3章では公的年金の「積立金」について詳述されている。
年金の自主運用が始まっている事は知っていたのだが、本書を読んで始めて知ったのは、これが2007年まで財政融資資金特別会計から段階的に返還が行われていて、厚生年金の積立金の140兆円あまりのまだ3分の一程度の自主運用がはじまった段階なのだという。
これは、ぜひ経済学に詳しい方の意見を聞いてみたいという意味でここに書くのだが、公的年金積立金の自主運用に国債や財政投融資から資金が戻されると市中金融機関に国債の消化が促されるのではないだろうか?というか、年金積立金を返還するための100兆円を超える金額を国債で調達しようとするとその市場における国債の消化に問題が出るだろう。つまりは、国債価格が下落して金利高につながると想像する。民間金融機関にも収益の圧迫圧力になるだろ。非常にマクロ経済的な分析を行うべきポイントであるが、年金の自主運用とのからみでのマクロ経済的な分析というのはお目にかかったことはない。本書にも現代投資理論との関係で、これだけの規模の資金のポートフォリオを組むことは不可能だという指摘があった。
2007年の返還完了まであといくらもない。
ちなみに、この章を読んでいて年金積立金の想定の利回りを4.5%もの高率で設定しているという話を読んで思い出したのが、以前デリバティブ取引で合衆国のカルフォルニア州オレンジ・カウンティの財政が破綻して、前代未聞地方政府の破産宣言につながった。投資の破綻の理由は、投資ポートフォリオ構築における条件設定の範囲を越えた額の投資行動だったと聞く。つまり、破綻するはずのないポートフォリオを組んだが、それはあくまでも限られた分量しか取引されていないデリバティブ商品の市場範囲内で有効だったところへ、その市場額をはるかに越える資金を「負け」をとりもどすためにつぎ込んだために生じたという。まあ、公的な資金をデリヴァティブにつぎこむというのはやりすぎであったのだろうけど。
・流動性で躓いた人たち by 矢口 新さん
ちなみに、2002年現在の公的年金の自主運用ではすでに5兆円を超える運用損をだしているそうだ。
■公的年金問題の前の一個人は、ゾウの前のアリか?
まだまだ、本書のテーマははばがひろい。これだけで、書評としたらきっと作者の西沢さんに怒られてしまうのだろうが、私の印象に残った部分だけをひろわせてもらった。それでも、本書が示す最大の成果は、ある程度の情報開示があれば、複雑だといわれる公的年金制度において検証、提言が一個人で十分に行いうるということを実証したことであろう。もちろん基礎的な統計データをまとめるのにこそ莫大なエネルギーが必要とされるのだろうが、予算的にも人材的にも莫大な資源を使いながらも5年に一度しか公的年金の再計算を行わない官僚たちは日々なにをしているのだろうか?あるいは、米国では国債でした公的年金の積立金を運用しないとしながらも四半期ごとに詳細なレポートをインターネットで開示しているというが、公的年金の自主運用のレポートは開示されているのか?
そろそろ最初の問いに戻りたい。公的年金は、我々にとってなんなのか?著者は、次のように書いていた。
・P.72 公的年金制度は、保険料を拠出する国民と年金の給付を行う政府との間に交わされた契約と見ることができる。
日本にはおいては、果たして契約関係というべきものが成立しているのかはなはだ疑わしい。国庫からいくらとか、消費税を財源として国民年金の帳尻をあわすとか、さまざまな議論があるようだがいっそ米国なみに社会保障税として全てを税金化してしまった方が逆にわかりやすさが増すと感じた。厚生労働省の「世代と世代の助け合い論」には全面的に賛成しかねるにしても、これから人口構成の内の高齢者の割合が非常に増えて、個々の家族で親世代の面倒を見ることができないのなら、誰かが面倒をみなければならない。なんらかの費用負担は不可欠なのだろう。だから、その財源が税金であれ、公的年金であれ自分たちが納得の行く制度が必要であるし、自分たちが負担しなければならないということは間違いのない事実だ。この意味で、また介護保険との関わり、医療保険とのかかわりで、公的年金の税制化が議論されてしかるべきであろう。
しかも、多分史上もっとも裕福な65才以上人口を支えるために、史上最も親世代よりも貧乏になるであろう我々40才以下の世代が支えなければいけないというパラドックスを社会的にも、個人的、心情的にもどう解決したらよいのか?
いまのままでは、公的年金とはなんなのか誰もなにも納得のいく答えをだせない。
そして、ごくごく小さなわがままを最後に言わせてもらえば、せめて厚生年金も年末調整をしてほしいし、労使折半などとわかりにくいことをせずに一本で給与明細に記載することができるようにしてほしい。公的年金が税金になれば窓口が一本化するので、すこしは事務手続きも減るだろう。もっといえば、年金が税になれば公的年金を払わないと今度は脱税になる。年金の空洞化の防止にも役立つだろう。それは、財務省と厚生労働省の管轄の問題があるから難しいとかいう話は聞きたくない。ことは、かなり切羽詰っている。
余談だが、本書ではかなり詳細に年金関係のシュミレーションを行う実務的な方法が述べられていた。それは、以前私が厚生年金の雑駁なシュミレーションをしたときの手法とかなり近かった。また、年金討論会で見せていただいた4991枚のデータ部分から類推できる手法とも近いように感じた。精度においてまったく比較にならないのだろうが、ちょっとうれしかった。
・ひともすなる年金といふもの (HPO)
■この本は国民の必読書かもしれない
まずは、真剣に本書を読んでいただきたい。私のブログにおいて、「読め」などとかくつもりはさらさらなかったが、これは本当に日本国民の必読書かもしれない。最初の1章を読んだだけでも、世代別でこんなに年金の払込額と受け取れる額が違うのかと愕然とすること請け合いだ。公的年金の問題ひとつとっても、きちんと思考すれば国家とあなた自身とのかかわりについて、認識が新たになると感じた。
■追記 平成16年8月15日 「週刊!尾花広報部長」へのトラックバックにあたり...
年金討論会の時は、大変お世話になりました。「後だしじゃんけん」的な出席のお願いだったにもかかわらず、参加させていただき、するつもりのなかった質問までさせていただき、年金問題を考えるきっかけとなりました。ありがとうございました。
みなさまのご努力によりCD-ROMデータまで厚生労働省の方々から出していただけるようになってよかったですね。いま、お盆のお休みを利用して年金問題を一生懸命勉強中です。
■追記 平成16年8月16日 「小子化問題とか年金のこととか、それが何か?」@月ナル者へのトラックバックにあたって
別件でトラックバックをいただいたのだが、ふと興味深い記事をかいていらっしゃったのを発見したので、すかさずトラックバックさせていただいた。以下のような問題を指摘されているように感じた。
・労働力の現象への対策としての移民の問題
・現在あるいは将来のいわゆる外国人労働者への課税の問題
・もうちょっと拡大して年金の問題
ちなみに、まだ調査不足でこれから調べところなのだが、この記事の冒頭にかいた米国のSS#(ソーシャル・セキュリティー・ナンバー)は、外国人として入国して移民となるとか、市民権を得るとかしたときまで統一された番号で学歴、職歴、賃金、保険加入歴などを追跡していける仕組みだと思う。
月ナル者のGiraudさんご指摘の問題も、今後年金、税制、諸保険制度の改革において議論されなければならない問題であると感じた。
ああ、でも「そんなのは現在のところ無視されるほどの誤差くらいの問題でしかない。」とか言われて終わりなんだろうな...
■「 【公的年金TF】年金の積立金と財政投融資について」へのトラックバックにあたって 平成16年8月18日
相変わらず時勢に疎い私は、Hiroetteさんが、こんなに分かりやすく、すばらしい記事を書かれていると今日まで気がついていなかった。更新をストップされてから、きずくとはうかつだった。Hiroetteさんは、多分一番の焦点である積立金の問題にぐいぐいと筆をすすめていらっしゃる。リンクされている財務省理財局のページも分かりやすかった。更新を再開されてから改めていろいろと意見交換をさせていただきたい。
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